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第1章

30. 減りはしません

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「ゴホッ……」

 淑女らしからぬ大きな咳を何度もするセフィリア様の様子に、側に控えている侍女から険しい視線を送られる私。
 でも、手応えはあったから、落ち着くのを無言で待った。

「スッキリしましたわ。あれほど回数を重ねても治らなかったのに……」

「奥様、大丈夫ですか?」

「ええ、シエルさんには感謝してもしきれないわ。ずっと治らなかったのに、一瞬で良くなるなんて、夢見たいです」

 使った魔力は多くないから、病自体は軽いものなのよね。
 だから、長い間拗らせていたとはいえ、宮廷魔術師に治せなかったというのは不思議に思えてしまう。

 そういえば、聖女と崇められていたアイリス様も病は治せていなかったから、病を治す治癒魔法の扱いが難しいのかしら?
 アルベール王国の魔法技術は帝国やサフレア王国よりも遅れているから、私の知識もそれ相応しかないのよね。

 この大陸で一番魔法に秀でているのはサフレア王国というのは有名なお話で、百年先を進んでいると称されることもあるらしい。
そんな国の出身のクラウスなら何か知っているかもしれないから、後で確認することに決める。

「光属性の適性があっても、病気や怪我の治癒魔法の適性があるとは限らない。
シエルには治癒魔法の適性があったというお話だと思うよ」

「そうだったのね。でも、それだと光属性の使い手が全員治癒魔法を使える説明が出来ないよ?」

「あれは治癒魔法じゃなくて、人が持っている自己回復能力を極端に高めるだけだから、真の治癒魔法とは違うと考えられている」

「そう……。詳しくありがとう」

 タイミングよく、クラウスが小声で教えてくれた。
 確かに、よく使われている治癒魔法は副作用も多いから、筋は通っていると思う。

 それに、船の中で読んだ魔法書の治癒魔法は私が知っていたものとは全くの別物だったから、今回上手く治せたのはクラウスのお陰だわ。

「元気になったら怒りが湧いてきましたわ……。
シエルさん、クラウスさん。是非力を貸してくださいませ」

「「もちろんです」」

 怒りを隠しきれない様子のセフィリア様の言葉に頷く私達。
 私が男装していることはお咎め無しで安心したけれど、すぐに別の不安が生まれてしまった。

「シエルさんはお嬢様らしく着飾った方が可愛いと思いますの。ぜひ見てみたいわ」

「学院では大人しくしますから、程々でお願いしますね?」

「ええ、大丈夫ですわよ」

 一応、私は隠し子でも平民として暮らしていたという設定で帝国学院に潜ることになっている。
 最初から目立つようなことをすれば反感を買ってしまうから、慣れるまでは大人しく目立たないように過ごしたいのよね。

 でも、セフィリア様の様子を見ていると、嫌な予感がする。

「シエルさん、ぜひ私の部屋にいらっしゃい」

「は、はい……失礼します」

「クラウスさんには道場を案内して差し上げて」

 待っている間に暇を持て余さないように配慮しているみたいで、侍女に指示が飛んでいく。
 クラウスが剣術好きなら良いのだけど、私はまだ彼が剣を振っている姿を見たことが殆どない。本当におまけ程度にしか使っていないのよね。

「畏まりました」

「何も無くても待てますから、適当な部屋で大丈夫ですよ」

「畏まりました。では、隣の部屋にどうぞ」

 そんなやり取りに続けて、隣の部屋に入っていくクラウス。
 一方の私はというと、満面の笑みを浮かべているセフィリア様に腕を掴まれたと思ったら、そのまま私室としか思えない部屋に連れ込まれてしまった。

「よく見ると、何を着けても何を着ても似合いそうで楽しみだわ。
 あいにく私が若かったころのドレスしか無いのだけど、気にならないかしら?」

「ええ、大丈夫ですわ」

 これは……着せ替え人形にされる気配がするわ。
 何も減らないから良いけれど、こんなに楽しそうにされると今も牢の中にいるフィーリア様に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 けれど、セフィリア様の悩みを和らげるためだと言い聞かせて、なんとか罪悪感を打ち消す私。

「これ、全部は厳しいかしら?」

「時間の問題で難しいと思いますけれど、時間が出来たらいつでもお付き合いしますから、無理はなさらないでくださいまし」

「そう、ありがとう。楽しみにしているわ」

 衣装部屋の中から、たくさんのフリルがあしらわれているドレス、それからフリルは控え目だけれど派手なデザインのドレス、私が好んで着ていたような落ち着いた色合いのドレスが取り出される。
 正直、良い趣味をしているとは思えないけれど、若い頃のセフィリア様を想像してみたら似合うと思う。
 紫の髪と赤いドレスの組み合わせは派手だけれど、少しキツイ印象が伺える顔立ちからは雰囲気が合いそうだ。

 貴族は可愛らしさよりも、自分に合うドレスを選べる方が大事なのだから、この手のドレスをセフィリア様が選んでいてもおかしくない。

 それに……屋敷の中だけで楽しむのなら、どんなドレスを着ても大丈夫なのよね。
屋敷の中で過ごすためだけに買えるのは、少し羨ましく感じてしまう。

 他人のドレスを選ぶ時のセンスは疑うけれど、楽しんで貰えるのなら気にならなかった。

「色々持っていますのね。全て社交界に着て行かれましたの?」

「自分で満足したくて着ていたものもあるから、外に出たのは半分だけですわ。
 今は流行りが変わってしまったけれど、私が現役の時は派手なデザインが流行りだったわ。だから、この辺りのシンプルなデザインのドレスは屋敷の中でしか着られなかったの」

「そうでしたのね……」

 流行りは移ろうものだと知っていたのに、常識で考えてしまった私は抜けていると思う。
 世の中完璧はあり得ないけれど、今のことは反省ね。

 そう思っていると、早速一着目のドレスが目の前に差し出される。

「まずはこれ、着てもらえるかしら? 
一回着てみたら楽しいと思うわ」

「分かりましたわ」

 恐る恐る頷く私。
すぐに侍女達に囲まれて、あっという間に着替えさせられてしまった。
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