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第1章

10. 当たり前のことでも

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「登録をお願い出来ますか?」

「畏まりました」

 クラウスに案内されて登録受付の前に来た私は、早速担当の女性に声をかけてみた。
 冒険者ギルドは権威を持っているけれど、実態は客商売だからかなり丁寧な対応を心掛けているみたい。

 物語で見かけた冒険者ギルドはあらくれ者が大勢いて、入るまで少し怖かったけれど、実際は正反対。
 体格の良い男性が楽しそうに談笑している姿はあるけれど、誰もがマナーを守っている。

 顔つきと体格は見ていて怖いけれど、素は優しそうな人ばかりだ。
 少し視線を違うところに向けてみると、迷子の子をあやす人の姿も見える。

 強面こわもてのせいで泣かれてしまった様子だけれど。

「まず、身分を証明できるものはありますか?」

「いえ、家を追い出されてしまったので、何も……」

 身分証が無くても登録できるとクラウスから聞いていたけれど、どうも雲行きが怪しい。
 普通なら犯罪を起こした経歴のある人などは雇えないはずだから、身分を証明出来なければ契約も難しい。

「だから俺が保証人になります。シエルを家族から守るためにも、この方がいいですから」

「なるほど、訳ありなのですね。貴方の冒険者カードを見せて頂けますか?」

 私の事情は隠しておきたいのが本音だけれど、こうして含みを持たせた言い方をした方が上手く物事が運ぶらしい。
 だから事前に確認された時、頷いたのだ。

「これで大丈夫ですか?」

「……っ。はい、ありがとうございます」

 金色に輝くカードを見た受付の人は一瞬息を呑んだけれど、すぐに言葉を続けた。
 あのカードはそんなにすごい物なのかしら?

 何も知らないから、見当もつかない。

「身分の証明は終わりましたので、次にこの紙にお名前と血判をお願いします」

「分かりましたわ」

 差し出されたペンを使って、名前だけ書いていく。
 家名入りにすると、お父様に干渉された時にやり過ごせなくなってしまうもの。

 偽名を使っても大丈夫だと説明を受けたけれど、それは選ばなかった。
 この名前は三年前に亡くなってしまったお祖母様が付けてくれて、すごく気に入っているから。

「針はありますか?」

「こちらに」

 血判は、何かあった時に本人だと証明したり、罪人ではないと証明するために必要なこと。
 針で血を出さないといけないけれど、チクりと痛むだけで跡は残らないから、躊躇わずに突き立てた。

「これで大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません。次は試験を受けて頂きます。
 今からご案内する部屋までお願いします」

「分かりましたわ」

 頷いてから、受付の方についていこうとする私。
 けれど、クラウスが小声でこんなことを呟いた。

「返り血には気を付けて」

「え……?」



 そうして向かった先は、中央に檻が置いてある部屋だった。
 もう試験を始めるみたいで、試験官と書かれている札を胸元に着けている人が四人待っている。

 準備終わるの早すぎないかしら?
 冒険者ギルド、恐ろしいわ。

「これからシエルさんには実技と筆記の試験を受けて頂きます。まずは実技の方から。
 あの檻の中にいるゴブリンを倒してください」

 ゴブリンというのは、色々なところに生息している魔物で、所謂人型と言われている。
 一体だけなら、女性でも倒せる最弱だけれど、普段は百を超える群れで行動していて、襲われたら対処は面倒だ。

 それに血が紫色ですごく目立つ上に、服に付いてしまったらなかなか取れない。


 確かに返り血には気を付けた方が良さそうだと思った。

 魔物も血を流すから、斬れば当然のように返り血を浴びることになってしまう。
 けれど、魔力で身体の表面を覆ってしまえば、返り血が付かないように出来る。

「分かりました。もう始めていいですか?」

「檻が上がり切ってから攻撃を始めて下さい」

 その声に続けて、ガチャガチャと音を立てて檻が持ち上がって、ガコンという音と共に止まった。
 ゴブリンは息を荒くして真っ直ぐ私に迫ってくるけれど、これくらいの魔物は貴族なら誰でも対処できる。

 私だって、剣を一閃するだけで倒せる。

「お見事です。実技試験は合格とします」

「ありがとうございます」

 続く筆記試験。
 こちらは王国の法律についての内容だったから、スラスラ解けた。

 王太子妃になるはずだったのだから解けて当たり前だけれど、聖女様は知らないのよね……。
 思い出したら、この国の将来が心配になってしまった。
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