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第1章

4. 我慢の限界です

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「婚約解消はもう決まったことだ。無駄な足掻きはするなよ?」

 圧をかけるような笑みと共に、そんなことを口にするアノールド殿下。

「ごめんなさい。どうしても断れなくて、アノールド殿下の子を授かってしまいましたの」

 私に勝ち誇ったような笑みを向ける聖女アイリス様。
 二日で授かるようなものでは無いと思うけれど、気にしない。

「もう受け入れていますから、ご心配なさらないでください」

 その笑みに対して、私も笑みを浮かべて言葉を返した。
 どういうわけか聖女様が悔しそうな表情を浮かべていたけれど、気には留めない。

 私の絶望する顔を見たかっただけだと思うから。
 平民だった聖女様は良くも悪くも感情を隠すのが苦手だ。

 お陰で考えていることが分かりやすくて助かるのよね。
 その殿下は素直さを気に入ったみたいだけど、浮気するような人だから聖女様が居なくてもきっと同じ未来を辿ったと思う。

「そうか。では、グレーティア伯爵家への支援も打ち切らせてもらう。
 王太子の妻として相応しい家である必要も無いからな」

 けれどお父様とお母様は不服なようで、国王陛下に告げられた支援打ち切りの言葉に息を吞んだのが分かった。
 少し前にお兄様とお話した時、領地経営は王家の支援が無くても上手くいくという事だったから、きっと贅沢目的なのよね。

 お父様達が私を大切にしていたのも、王家からの支援で贅沢をするためだと考えると納得できてしまう。
 他の貴族よりも仲が良い家族でも、お父様もお母様もリリアばかり気にかけているから、余計に。

「それは困ります。急に打ち切られると……」

「だが必要無い事だろう? 一か月は猶予を設けよう。
 それまでに対策するように」

「承知しました……」

 もっとも、相手が国王陛下だから贅沢したい気持ちを表に出すことなんて出来ない。
 お父様は苦しそうな表情を浮かべながら、渋々といった様子で頷いていた。

 贅沢をほどほどにすれば、貴族らしい生活は送れるというのに……。
 呆れて何も言えなかった。

「しかし、いきなり奪うほど世も薄情ではない。
 もしシエル嬢がアーバード公爵の後妻になるのなら、支援を継続しよう」

 アーバード公爵様は今の国王陛下の兄なのだけど、女性関係で問題を起こして王位継承権を失ったお方だ。
 それだけでも嫌なのに、特殊な趣味をお持ちで、今まで嫁いだ五人の令嬢全員が精神を病んで実家に戻るという曰く付き。

 私のお父様よりも年上のお方に身を捧げろるだなんて、冗談でも受け入れたくない。
 お父様もお母様も私に頷くように視線で訴えているけれど、時間に加えて身体も奪われるなんて、断頭台にかけられるとしてもお断りだわ。

 私の人生なのだから、これは私が決めること。
 もう何もかも奪われる人生とはお別れするって決めたから、私は両親に目配せしてから口を開いく。

「お断りします」

「な……」

「シエル、正気なの?」

 愕然とする両親を放っておいて、私は王太子殿下に向き直った。

「二年間、お世話になりました。聖女様を幸せにしてくださいね」

 嫌味を込めた満面の笑みを浮かべる私に、殿下も笑顔を返してくる。

「ありがとう。必ず幸せにしてみせよう」

 満更でもなさそうな殿下と聖女様は早速仲良さそうにべったりとくっついているのだけど、後で不仲になるようにと神様にお願いしておいた。
 ついでに靴の中に必ず小さな石が入ることもお願いしようかしら?



 そんなわけで私は無事に傷物になったのだけど、この騒ぎの後からダンスの誘いがひっきりなしに訪れるようになってしまった。
 正直、何かの欲望が見え隠れしていて、手を握られるだけでも吐き気がするのだけど、相手は侯爵令息様。

 私のような伯爵令嬢に断れる訳がなくて、パーティーの最期までダンスをする羽目になってしまった。
 いつもの過労のせいで体力が付いていたみたいで、一切疲れなかった自分の身体が恨めしい。

 もう妃教育と称した過酷な労働も無いから、馬車の中で眠ることは無かった。
 お父様とお母様は先に屋敷に帰たから、今日も馬車に乗っているのは私とマリーだけ。

 でも、今はそれがすごく嬉しい。

「お疲れさまでした、シエルお嬢様」

「ありがとう」

 お兄様が領地の屋敷に閉じ込められている今、信頼できるのはマリーしか居ないから。
 信じていた両親には裏切られてしまったのだから、仕方ないのだけど。

 もう屋敷に戻りたくない気持ちでいっぱいだ。
 けれど料理や家事を知らない貴族の令嬢が一人で暮らしていくのは難しくて、お金の問題もあるから、戻らないという選択は出来ない。

 そんな憂鬱な気持ちで玄関に入ると、侍女達がいつも通りに出迎えてくれる。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま。いつもありがとう」

「こちらこそ、お嬢様のお陰で楽しくお仕事を出来ているので、感謝しております」

 他愛ない会話を交えてから部屋に戻って着替えた私は、いつものように夕食のために食卓に向かったのだけど……。
 家族みんな食事を始めていた。

 私の席に料理は並んでいない。
 料理長さんに視線を向けると、彼はお父様の方に視線を向けた。

 お父様の指示らしい。
 私は捨てられたということね……。

 そう理解した時、悲しさよりも胸の奥がふつふつと煮えたぎるような感覚がした。
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