3 / 123
第1章
3. 婚約解消
しおりを挟む
「これは……」
久々に開いた帳簿を見て、つい声を漏らしてしまう私。
お母様の物としか思えないアクセサリーやドレスにかかった大金の記録で埋め尽くされている光景に、しばらく動けなかった。
私の家の家族仲は他所の家に比べると良いのだけど、この帳簿を見ていると私は利用されているだけのように思えてしまう。
少し我慢すればリリアにも満足に買ってあげられるはずなのに……。
昨日の夕食の時のことを思い出していると、また頭が痛くなってしまう。
考えたくないけれど、私はお金稼ぎの道具と見られているみたい。
男性の貴族が領主になるための勉強をする学院で優秀な成績を収めているお兄様なら、この現状を変えてくれるかもしれない。
けれども、お父様はそんなお兄様を領地に閉じ込めてただ手伝わせるだけ。
きっと、この日常は変わらない。
信じたくないけど、私の人生は何もかも奪われるためにあるのかもしれないわ。
「こんな人生、早く捨てたいわ……」
これ以上考えても気分が悪くだけ。
気持ちを鎮めたくてテラスに出ようとしたら、侍女のマリーに腕を引かれてしまった。
「お嬢様!? 早まらないでください!」
「風に当たるだけよ?」
「今、人生を捨てたいと……」
「口に出てたのね、ごめんなさい。自ら命を絶つような真似はしないわ」
慌てて訂正すると、マリーはほっとしたような表情を浮かべる。
私の専属になってくれている彼女は薄給だった頃から私に優しくしてくれている。
けれど優しいと思っていた両親があんなのだから、少し疑ってしまう。
「安心しました。
お嬢様がお辛いのは分かっていますが、私のような一介の侍女では奥様の浪費を止められないのです。
力不足で申し訳ありません」
「ありがとう。その気持ちだけで十分よ」
少しして、気分が落ち着いた私はお兄様に当てた手紙を書いた。
中身は両親の現状の報告だけ。それでも、きっと動いてくれる。
お兄様でも無理だったら、その時は家を出よう。
貴族から見れば身分を失った女性というのは侮蔑の対象だけれど、平民からの評価は少し違う。
気品と学があって、穏やかな人が多い……と思われている。
実際は策略だらけで常に神経をとがらせないといけないのだけど、貴族に憧れて侍従になる人は多いのよね。
マリーも貴族に憧れていたから、お母様の浪費を目の当たりにして失望したらしい。
私に原因があるとは思えないけれど、力の至らなさに申し訳ないと思ってしまった。
◇
翌日。
私は王家主催のパーティーの会場に来ていた。
今日もアノールド殿下は聖女様といちゃ……げふげふ、大変仲良さそうにしていらっしゃる。
普段は私のエスコート役に回ってくれるお兄様はというと、今日は婚約者様をエスコートする約束だから私の隣には居ない。
これは私の問題だからお兄様を恨んだりはしないけれど、ちょっとだけ寂しい。
私に向けられる嘲笑や憐みの視線はいつものことだけれど、孤独になるだけでこんなに刺々しいものになるのね……。
いたたまれなくなって、テラスに出る私。
その直後、声をかけてくる人が居た。
「パーティーは楽しまないのですか?」
声のした方を見ると、夕焼けを思わせる紅い双眸が私を捉えていた。
髪色は少し茶色がかった赤。
王国の貴族は全員顔と名前が一致するようにはしているのだけど、この人のことは知らない。
まさか、侵入者かしら? あの厳重な警備を掻い潜れるとなると、相当の手練れのはず。
「いいえ、少し風に当たりに来ただけですわ」
「それにしては寂しそうな顔をしていたが? 浮気でもされたのか?」
いきなり言い当てられて、言葉を詰まらせてしまう私。
もう答えを言っているようなものだけど、目の前の殿方はそれ以上問いかけてはこなかった。
「まあ、なんだ。そんな男はさっさと捨てるに限る。どうせロクでもない奴だ」
「分かっていますわ。でも、私の地位では叶いませんの」
「あー、そっか。王国貴族って大変だなぁ」
一歩距離を詰められたから、一歩後ずさる私。
浮気されている身とはいえ血の繋がっていない殿方と親しくしている姿を見られたら、私の責も問われるかもしれない。
「私は戻りますわね」
「ああ、早く戻ってくれ」
浮気の罪を擦り付けられるのは嫌だから、視線に射抜かれることを選ぶ私だった。
会場に戻ってからしばらく好奇の視線に晒されていると、ふと私に近付いてくる人の姿があった。
「シエル、話がある。こっちに来い」
「分かりました……」
アノールド殿下に言葉を返して、後を追う私。
どこに向かうのかと思えば会場の中央で、さっきよりも注目されるようになってしまった。
国王夫妻に私の両親、それから聖女様の姿もある。
「お話とは、何でしょうか?」
「単刀直入に言う。シエル、君との婚約を解消したい」
恐る恐る問いかけると、そんな答えが返ってきた。
王族に婚約破棄された令嬢の未来は明るくないとよく言われているけれど、正直どうだっていい。
あの地獄のような日々とお別れ出来ると思えば、今すぐにでも歓喜の声を上げたい気持ちになってしまった。
久々に開いた帳簿を見て、つい声を漏らしてしまう私。
お母様の物としか思えないアクセサリーやドレスにかかった大金の記録で埋め尽くされている光景に、しばらく動けなかった。
私の家の家族仲は他所の家に比べると良いのだけど、この帳簿を見ていると私は利用されているだけのように思えてしまう。
少し我慢すればリリアにも満足に買ってあげられるはずなのに……。
昨日の夕食の時のことを思い出していると、また頭が痛くなってしまう。
考えたくないけれど、私はお金稼ぎの道具と見られているみたい。
男性の貴族が領主になるための勉強をする学院で優秀な成績を収めているお兄様なら、この現状を変えてくれるかもしれない。
けれども、お父様はそんなお兄様を領地に閉じ込めてただ手伝わせるだけ。
きっと、この日常は変わらない。
信じたくないけど、私の人生は何もかも奪われるためにあるのかもしれないわ。
「こんな人生、早く捨てたいわ……」
これ以上考えても気分が悪くだけ。
気持ちを鎮めたくてテラスに出ようとしたら、侍女のマリーに腕を引かれてしまった。
「お嬢様!? 早まらないでください!」
「風に当たるだけよ?」
「今、人生を捨てたいと……」
「口に出てたのね、ごめんなさい。自ら命を絶つような真似はしないわ」
慌てて訂正すると、マリーはほっとしたような表情を浮かべる。
私の専属になってくれている彼女は薄給だった頃から私に優しくしてくれている。
けれど優しいと思っていた両親があんなのだから、少し疑ってしまう。
「安心しました。
お嬢様がお辛いのは分かっていますが、私のような一介の侍女では奥様の浪費を止められないのです。
力不足で申し訳ありません」
「ありがとう。その気持ちだけで十分よ」
少しして、気分が落ち着いた私はお兄様に当てた手紙を書いた。
中身は両親の現状の報告だけ。それでも、きっと動いてくれる。
お兄様でも無理だったら、その時は家を出よう。
貴族から見れば身分を失った女性というのは侮蔑の対象だけれど、平民からの評価は少し違う。
気品と学があって、穏やかな人が多い……と思われている。
実際は策略だらけで常に神経をとがらせないといけないのだけど、貴族に憧れて侍従になる人は多いのよね。
マリーも貴族に憧れていたから、お母様の浪費を目の当たりにして失望したらしい。
私に原因があるとは思えないけれど、力の至らなさに申し訳ないと思ってしまった。
◇
翌日。
私は王家主催のパーティーの会場に来ていた。
今日もアノールド殿下は聖女様といちゃ……げふげふ、大変仲良さそうにしていらっしゃる。
普段は私のエスコート役に回ってくれるお兄様はというと、今日は婚約者様をエスコートする約束だから私の隣には居ない。
これは私の問題だからお兄様を恨んだりはしないけれど、ちょっとだけ寂しい。
私に向けられる嘲笑や憐みの視線はいつものことだけれど、孤独になるだけでこんなに刺々しいものになるのね……。
いたたまれなくなって、テラスに出る私。
その直後、声をかけてくる人が居た。
「パーティーは楽しまないのですか?」
声のした方を見ると、夕焼けを思わせる紅い双眸が私を捉えていた。
髪色は少し茶色がかった赤。
王国の貴族は全員顔と名前が一致するようにはしているのだけど、この人のことは知らない。
まさか、侵入者かしら? あの厳重な警備を掻い潜れるとなると、相当の手練れのはず。
「いいえ、少し風に当たりに来ただけですわ」
「それにしては寂しそうな顔をしていたが? 浮気でもされたのか?」
いきなり言い当てられて、言葉を詰まらせてしまう私。
もう答えを言っているようなものだけど、目の前の殿方はそれ以上問いかけてはこなかった。
「まあ、なんだ。そんな男はさっさと捨てるに限る。どうせロクでもない奴だ」
「分かっていますわ。でも、私の地位では叶いませんの」
「あー、そっか。王国貴族って大変だなぁ」
一歩距離を詰められたから、一歩後ずさる私。
浮気されている身とはいえ血の繋がっていない殿方と親しくしている姿を見られたら、私の責も問われるかもしれない。
「私は戻りますわね」
「ああ、早く戻ってくれ」
浮気の罪を擦り付けられるのは嫌だから、視線に射抜かれることを選ぶ私だった。
会場に戻ってからしばらく好奇の視線に晒されていると、ふと私に近付いてくる人の姿があった。
「シエル、話がある。こっちに来い」
「分かりました……」
アノールド殿下に言葉を返して、後を追う私。
どこに向かうのかと思えば会場の中央で、さっきよりも注目されるようになってしまった。
国王夫妻に私の両親、それから聖女様の姿もある。
「お話とは、何でしょうか?」
「単刀直入に言う。シエル、君との婚約を解消したい」
恐る恐る問いかけると、そんな答えが返ってきた。
王族に婚約破棄された令嬢の未来は明るくないとよく言われているけれど、正直どうだっていい。
あの地獄のような日々とお別れ出来ると思えば、今すぐにでも歓喜の声を上げたい気持ちになってしまった。
273
お気に入りに追加
4,483
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢は身の危険を感じるので家を出ます 〜伯爵家は乗っ取られそうですが、本当に私がいなくて大丈夫ですか?〜
超高校級の小説家
恋愛
マトリカリア伯爵家は代々アドニス王国軍の衛生兵団長を務める治癒魔法の名門です。
神々に祝福されているマトリカリア家では長女として胸元に十字の聖痕を持った娘が必ず生まれます。
その娘が使う強力な治癒魔法の力で衛生兵をまとめ上げ王国に重用されてきました。
そのため、家督はその長女が代々受け継ぎ、魔力容量の多い男性を婿として迎えています。
しかし、今代のマトリカリア伯爵令嬢フリージアは聖痕を持って生まれたにも関わらず治癒魔法を使えません。
それでも両親に愛されて幸せに暮らしていました。
衛生兵団長を務めていた母カトレアが急に亡くなるまでは。
フリージアの父マトリカリア伯爵は、治癒魔法に関してマトリカリア伯爵家に次ぐ名門のハイドランジア侯爵家の未亡人アザレアを後妻として迎えました。
アザレアには女の連れ子がいました。連れ子のガーベラは聖痕こそありませんが治癒魔法の素質があり、治癒魔法を使えないフリージアは次第に肩身の狭い思いをすることになりました。
アザレアもガーベラも治癒魔法を使えないフリージアを見下して、まるで使用人のように扱います。
そしてガーベラが王国軍の衛生兵団入団試験に合格し王宮に勤め始めたのをきっかけに、父のマトリカリア伯爵すらフリージアを疎ましく思い始め、アザレアに言われるがままガーベラに家督を継がせたいと考えるようになります。
治癒魔法こそ使えませんが、正式には未だにマトリカリア家の家督はフリージアにあるため、身の危険を感じたフリージアは家を出ることを決意しました。
しかし、本人すら知らないだけでフリージアにはマトリカリアの当主に相応しい力が眠っているのです。
※最初は胸糞悪いと思いますが、ざまぁは早めに終わらせるのでお付き合いいただけると幸いです。
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。
その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。
そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。
そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる