死にかけ令嬢は二度と戻らない

水空 葵

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5. 誉め言葉

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 あれから一週間。
 私はすっかり一人で動き回れるまでに元気になった。

 ずっと……食べる・寝る・ライアス様とお話。このどれかしか出来ていなかったから、少し太った気がする。
 二の腕をつまむと、少しだけプニプニとした感触がする。

 家の周りを何周もしても疲れたりはしないから、もう家の仕事のお手伝いだって出来ると思う。

「ライアス様。侍女さん一人だけでは大変だと思うので、私にもこの家の仕事を手伝わせてください」

「分かった。だが、無理はするな。
 倒れてしまっては元も子も無いからね」

「ありがとうございます!」

「というわけだから、イリヤはエリシアに色々教えるように。
 それと、俺も何か手伝うことにする」

 すごく良い笑顔で、侍女さん――イリヤさんに伝えるライアス様。
 その言葉を受け取ったイリヤさんは困ったような表情を浮かべていて、こんなことを口にする。

「ライアス様に使用人の真似事をさせたことが発覚すれば、私は牢屋行きです。
 エリシア様も伯爵家のお嬢様だとお聞きしました。とても働かせることなんて出来ません」

「エリシアの両親のように虐げる目的なら牢屋行きだが、俺達は働くことを望んでいる。
 だらだらと過ごしていると身体が鈍ってしまうから、その対策だ」

「畏まりました。お仕事ですから厳しく教えますが、宜しいですか?」

「はい、私は大丈夫です!」

「俺はちょっと遠慮……」

「ライアス様にはこの際ですから、私の苦労を味わって頂きます!」

 イリヤさんの笑顔に負ないように、私も笑顔を返す。
 けれどライアス様は笑顔に気圧されたみたいで、逃げ出そうとしたところを先回りされていた。

 イリヤさん、仕事はすごく出来る人だと思うから、色々なことを学べそうで楽しみ。
 けれど足を引っ張りそうで、不安も感じてしまう。

「お手柔らかにお願いします」

「足を引っ張ってしまうかもしれないけど、精一杯頑張るので色々教えてください!
 よろしくお願いします!」

 嫌そうな表情を浮かべながら頭を下げているライアス様に続けて、私もイリヤさんに頭を下げる。

「お二人とも、決してご無理はなさらないでください。
 では、早速ですが洗濯から致しましょう」

 こうして、私達は湖に面しているお庭に出て、洗濯をすることになった。

「洗濯物、今日は少ないのですね!」

「貴族の屋敷ではありませんから、普段からこの量です。
 ライアス様もエリシア様も普段着しか着ていないので、洗濯は他よりもかなり楽です」

 洗濯籠は私でも持ち上げられるほど軽いから、私が洗い場で運んでいる。
 ライアス様もイリヤさんも心配そうに私を見守ってくれているけれど、屋敷に居た頃は何往復もしないと運べない量を洗濯していたから、これくらいだと物足りない気もしてしまう。

「エリシア様、手慣れている様子ですが……洗濯をされたことがあるのですか?」

「洗濯も掃除も出来ますよ~。
 屋敷の仕事は私が大体やっていましたから!」

 正確にはやらされていたのだけど、細かいことは気にしなくて良いよね。

 私が侍女の仕事をやらないといけなかったのは、お義母様の癇癪が酷すぎて侍女の入れ替わりが激しかったから。
長く勤めている侍女も居たけれど、いつクビにされるか分からない状態だから、他のお屋敷と掛け持ちしている人が殆どで、一人で全ての仕事が出来る侍女が居ない日もあった。

 私が教えないと屋敷の仕事はほとんど止まってしまう状態だったから、私も長く勤めていた侍女達も居なくなった今は……きっと洗濯も料理も掃除も滞っていると思う。
 捨てられてしまった私が心配する必要は無いけれど、残っている侍女達がひどい目に遭っていないか心配になってしまう。

 私と違って逃げられるから、命の危険は無いと思うけれど。

「エリシア様のご実家は侍従を雇えないほどお財布事情が厳しかったのでしょうか……?」

「そんなことは無いと思います。お義母様は毎日のように新しい宝石を買っていましたし、侍女も二十人くらい居ましたから」

「それなら、何故エリシア様が……?」

「侍女の入れ替わりが激しくて、教えられる人が私ともう二人くらいしか居なかったのです。
 それに、働いていないとお義母様に追い出されてしまうので、住む場所のために仕方が無くて」

「辛い日々を過ごされていたのですね」

「仕事は辛くなかったですよ?
 ご飯が無いのと硬い地面の上でしか眠れなかったのが辛かったです」

 そこまで口にしてから顔を上げると、ライアス様もイリヤさんも悲しそうな表情を浮かべていた。
 そして二人で顔を見合わせると、揃ってこんなことを口にする。

「バードナ家は絶対に潰す」

「バードナ家を潰しましょう」

「言うまでも無いが、エリシアには害が及ばないようにするぞ」

「当然でございます。エリシア様を泣かせたら鞭打ちに処しますから、覚悟してくださいね」

 なんだか物騒。
 でも、二人とも私のために危険なことをしようとしてくれている。

 そう思うと目頭が熱くなってきて……。
 ううん、これは洗剤が目に入ってしまっただけだよね。

「ライアス様、イリヤさん。ありがとうございます」

「これくらい気にするな。
……エリシア、泣いているのか?」

「嬉し涙です……」

「ライアス様、早速泣かせましたね?
 鞭はどこに仕舞ったでしょうか……」

「ちょっと待て、さっきの本気か!?」

「冗談です」

 それからは、私とライアス様で手分けして洗濯物を洗っていった。
 やっていることは屋敷に居た時と同じだけれど、色々なことをお話しながらだとすごく楽しかった。

「ライアス様、シャボン玉を作っていないで集中してください。
 貴方は子供ですか?」

「可愛くていいじゃないですか。シャボン玉も綺麗です」

「かわ……俺が可愛いのか?
 冗談だよな?」

「本心ですけれど、不満でしたか?」

「可愛いと言われて喜ぶ男は居ない」

 ライアス様が不機嫌になる時もあったけれど、お昼前までには掃除も無事に終えることが出来た。
 可愛いは誉め言葉なのに……。
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