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43. side 元聖女候補の苦難

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 アスクライ公国の首都アルカシエルで防衛戦の準備が進む中、この国に亡命してきたリーシャ・ジュエリスは国境近くの村で監視下に置かれていた。
 小さな家――ではなく、無人で人の気配の無い商店の中で、屈強な体つきの男四人に囲まれている状況に、リーシャは今日何度目か分からない溜息を漏らした。

 こうなってしまった原因は、今から十分ほど前に遡る。



「リーシャさん、貴女がアスクライ公国である程度自由に暮らすためには、身体検査を受けて頂く必要があります。
 協力して頂けますか?」

 侵略が始まったタイミングでの亡命希望。密偵の類ではないかと疑われるのは当然のことだった。
 本来なら追い返されているところだが、聖女候補は利用価値がある。そういうわけで、物理的にも魔法的にも怪しい点が無いか調べることになったのだが……。

「どうして男に体をまさぐられなきゃいけないの!? 私は聖女候補なのよ!?」
「グレールでは聖女候補だったかもしれませんが、我が国には聖女候補などという身分は存在していません。
 我が国では平民と同じ身分だということをお忘れ無く」

 騎士の一人がそう説明しても、リーシャは態度を改めようとしない。
 こんな態度だと追い返されて当然だから、騎士達の間ではリーシャはただ逃げてきただけと判断されていた。

 このような態度を取る密偵は、どんなに馬鹿な首長が治める国でも存在しない。
 だから……。

「この我儘な態度はリーシャの素の性格だろうな」
「間違いない。しかし命令は絶対だ。
 どんなに拒絶されようとも、身体検査は必ずするように」
「分かっている。しかし、相手が女性となると本当に扱いが面倒だ。
 全く、女性がいない隊に入ったことを後悔する時が来るとはな」

 建物の外では、そんな会話が交わされていた。

 ちなみに、この隊の騎士達はほぼ全員、の女性が苦手だ。
 そんなわけでこの任務は、どんな過酷な訓練よりも、どんなに壮絶な戦地よりも、彼らに取っては地獄に感じられている。

「全くだ。いつもいつも厄介ごとを保ってくるのは女ばかり。良い加減、うんざりだ」
「ルシアナ様以外はな」
「あのお方も厄介事は起こしているだろ。この戦のきっかけはルシアナ様なんだろう?」
「いや、この中にいるリーシャが原因らしい。なんでも王子を唆したとか」
「そうだったのか。ああ、今日ほど任務を放棄したいと思ったことは無いな」

 大きな溜息が二つ、重なった。


 
 それから一時間。
 いつまでも指示を受け入れようとしないリーシャに痺れを切らした騎士達は、話し合いの末に強硬手段に出ることに決めていた。

「本当に身体検査を受けるつもりはないんだな?」
「無いわよ! 変態!
 私の身体が目当てなことくらい分かっているのよ!」
「妻以外の女に興味は無い。
 よし、彼女を大人しくして差し上げろ」
「承知した」

 そんなやり取りの後、リーシャは二人の騎士に足と腕を押さえつけられ、そのまままで縄で縛り付けられていった。
 そのせいで戦場では似つかわしくない豪奢なドレスに皺が寄っていく。

 けれども、リーシャはドレスのことは一切気にかけずにいた。

「離しなさい! 聖女様に言いつけるわよ!」
「どうぞご勝手に」

 全く相手にしてくれない騎士達相手に、王国での権力を振りかざして脅そうとしている。
 しかしここはアスクライ公国。グレール王国での権力は全く相手にされていない。

「よし、検査具を持ってきてくれ」
「分かりました」

 そうしてこの部屋に運ばれてきたのは、人の腕の長さほどある筒のような見た目をした魔道具だった。
 これは一定の距離の中に発動済みの魔法や武器の類があれば光を放つもので、以前のように見ぐるみを全部剥がすことなく身体検査が出来る優れものだ。

 これを使っている時に大きく動くと検知漏れが出てしまう欠点はあるものの、こうして縛り付けてしまえば関係のないこと。

「な、何よそれ……」
「大人しくしてください」

 そんな言葉と共にリーシャの身体に魔道具が近付けられていく。

「やめて……」

 説明を聞くことをせずに文句ばかり言っていた彼女は、得体の知れないものを近づけられている事に恐怖を覚えていた。

 震えのせいでカチカチと歯を鳴らしてしまうほどに。



 今はたったこれだけの出来事。
 けれども、亡命先でも我儘なリーシャの苦難は、これから増えていきそうだ。
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