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Ch1・令嬢たちの初恋と黒の陰謀
1ー21・黒の彼女
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「え、えっと」
「しょうがないですよね」
見事なタイミングで、その場に現れたミユ。
「ミユちゃん、ごめん」
すぐさま謝るユイト。
「謝る必要ないわ、悪いのはレイよ、1から100まで」
それからミユは、リリエッタにある程度の事情を説明した。
レイの方も、フィオナと同じ学校に通うのは気まずいので、影武者であるユイトを用意した事。そしてそのユイトは実は、地上世界の出身である事も。
「しかし彼がレイでないと、なぜわかったのですか?」
そこはミユにもわからなかった。
「わかるさ。貴族としての、あのサギ王子の事は徹底的に調べたんだ。いつかまたフィオナに近づいて来た時のためにね、わたしが守れるようにって」
だからこそ彼女は、ユイトの付け焼き刃の振る舞いを見て、疑いを持ったのだった。
「リリエッタ様」
いつになく真剣そうなミユ。
「これだけは言わせてください。レイは、あいつはフィオナ様の事、本当にずっと後悔してるんです。だから彼を、ユイトを選んだんですよ」
「そう、らしいね」
リリエッタはユイトの方を見る。
彼は何も事情を知らないので、ふたりの少女が交わした言葉のやりとりに、どのような意味合いが潜んでいるのかもわからない。
ただ、レイは昔、フィオナと何かあって、それを深く後悔している。そしてリリエッタもどうやらその事情を知っている。
「彼の事、言いますか?」
ミユのその問いに、ユイトはドキリとする。
「いや、言わない」
あっさりとリリエッタは言った。
「彼の事が明るみになったら、学園に彼は通えなくなる。という事は本物が来る事になるんでしょ? それなら彼に通ってもらう方がわたしとしてはいいから」
「感謝します」
どうやらこの展開をミユは読んでいたようだった。
「それはそうとユイト、もうすぐゲストスピーチがあるから、もし選ばれたら、練習通りに」
貴族パーティーではよくあるという、立候補者か、推薦された者が行うスピーチ。ツキシロ家の当主なら立候補しなくても、推薦される可能性は高いので、ユイトはその事前練習もばっちりであった。
「うん、頑張るよ」
そしてユイトが会場に戻って行ったので、今度はミユとリリエッタが、その場にふたりだけとなる。
「地上世界の男の子、か」
リリエッタの呟き。
「もうわかっていると思いますが、容姿以外は全然似ていないので、隠すのも一苦労なんですよ」
しかし楽しげにミユは笑う。
「そう、みたいね」
そしてリリエッタにもわかる。
ミユがタメ口で、しかも名を呼ぶ時に様を付けないでいる意味。
「ねえミユ」
「何ですか?」
「あなたが見てきた彼の印象って、どんな感じ?」
「わたしは」
その時だった。
会場のドームから突然鳴り響いてきた、爆発音のような音。
ミユとリリエッタは、すぐさま互いを一瞬見てから、会場へと走った。
ーー
「これは」
会場ではほとんどの人たちが意識を失ってしまい、倒れていた。
起きていたのは、かなり乱れたくせ毛の男と、白衣の男。それに起きてはいたが、かろうじてという感じで、片膝を地についていたユイト。
「"誘眠"?」
ミユはそうだろうと気づく。
強制的な睡眠を引き起こさせる特殊技能。
「おまえ」
他の者たちと同じく、意識を失っていたフィオナの所にきて、彼女に手を伸ばしたくせ毛男に、リリエッタは迫り、高熱を帯びた拳を食らわせようとする。
しかし、普通なら熱すぎて受け止められるはずがないその拳を、普通に男は受け止める。
「つっ」
次の瞬間には、なぜ自分の熱が無効化されてしまったかをリリエッタは理解する。
自分とは逆に、超低温。つまりくせ毛男の特殊技能は、リリエッタの加熱と対をなす特殊技能、冷却なのだろう。
「リリエッタ様」
今度はミユが、くせ毛冷却男に風圧を食らわせようとするが、男はその自分に向けられた風全てを凍結させ、個体にして、素早く叩き砕く。
そして男はミユとリリエッタ、それぞれに手のひらを向け、何かを繰り出そうとする。しかしその前に、今度はユイトが起こした風圧で、冷却男は吹き飛ばされる。
「あの餓鬼、普通じゃないぞ、自力で誘眠をとかれた」
少し吹き飛ばされた所で、しかしまた風を凍結させ砕いた男に向かって、白衣の方が叫ぶ。
「ちっ」
そして舌打ちをして、冷却男に追撃しようとしたミユとリリエッタに対し、自らの特殊技能による誘眠攻撃をかける白衣男。
「うう」
「何だよ、こんなの」
さっきまでのユイトと同じように、意識こそ奪われなかったものの、かなり辛く、能力発動するような集中力も発揮できなくなる少女ふたり。
だが、ユイトはもはやそれを完全に克服していた。
すぐ近くの銀製のフォークを掴んで、その情報を自らに取り込み、会場中の様々な銀製品を球体に変えて、二人の敵それぞれに向かって放ちもする。
しかしその全て、銀球の1発たりとも男たちには届かなかった。その全てが、彼らから、ある一定の距離に入った所で、止まってしまったのである。
「"重力操作"」
そう、その特殊技能で自分の攻撃を防がれてしまった事はよくわかった。
それをユイトはよく知っている。
彼女の能力。
「言ったでしょう、ユイト」
いつからか、会場に入ってきていたアイテレーゼ。
「あなたでも、邪魔するなら容赦しない」
一瞬ユイトは、頭が真っ白で何も出来なかった。そしてその隙を、今は黒い彼女はまさしく容赦なくついた。
「うっ」
自分の手元の周囲に発生させられた重力の引力で、転移具を離してしまい、さらに、アイテレーゼはその転移具を自分の元に引き寄せた。
同時に、ユイトが転移具を手放してしまった事で、冷却男と白衣男の周囲の銀球は、全てその場に落ちた。
「うわっ」
ユイトは奪われた転移具を消し、新しいのを生成しようしたが、それは出来なかった。
アイテレーゼは、彼の足元に強い重力を生じさせて、ユイトは膝をつき、両手を開いた状態で地につけた体勢となってしまう。
「手を開いていては転移具を生成できないでしょう」
その通り、ユイトは転移具を生成するのに、必ず握り拳をつくる必要がある。コード能力には意識や認識というものが強く関係しているためか、そのような制限は珍しくない。
「アイちゃん、なんで?」
「ユイト、あなたは強い。動揺を誘って隙をつくには、わたし自身を使うしかなかった」
求めていた答ではない。
「なんでだよ?」
叫ぶユイト。
「なんできみが、こんな事」
島で別れた日の事ばかり頭に浮かんだ。
寂しげなカナメを優しく抱き締めた彼女。もう会えないと告げた彼女。震える声でさよならと言った。
「ヴィザ、カルント。早くフィオナ・アルデラントを」
ユイトの声などもう聞こえていないかのように無視して、ふたりの仲間に声を投げたアイテレーゼ。
名を呼ばれた彼らは頷き、冷却男の方が、意識のないフィオナを抱える。
「アイちゃん」
「だから」
そこで再び、アイテレーゼは彼と向き合う。
そして彼女は、ユイトを自らの能力で押さえつけたまま、彼に使われなかったナイフとフォークを8本、彼の周囲に移動させた。
「忠告したのに」
「うああっ」
叫び声と共に、飛び散る血しぶき。
「うう」
重力の引力を利用する彼女に、両手両足それぞれにフォーク、ナイフを2本ずつ刺されたユイト。
「ユイ、ト」
朦朧とする意識の中、それでも、なんとか絞り出すように彼の名を呼んだミユ。
「長居は無用よ」
平然と、仲間の男たちに告げるアイテレーゼ。
「ねえ、ユイト」
会場を出る時、振り返って彼女は告げた。
「こんなところ、もう懲りたでしょう。アルケリ島に帰ればいい。少なくとも、あなたの居場所はここじゃないわ」
──
"冷却"(コード能力事典・特殊技能12)
対象範囲内を冷やす特殊技能。
対象範囲の熱を高める加熱と、まったく完全に逆の効果。ただし、こちらの方がコントロールがしやすいとされている。熱を高めてしまうと、ミクロ領域での物質の振動が増し、制御しにくくなるからである。
"誘眠"(コード能力事典・特殊技能37)
対象の睡眠を誘う特殊技能。
正確には周囲の物質で、対象の五感に働きかける。
むしろなぜ、睡眠効果しか及ぼせないのかが謎だが、それに関しては、おそらく元々が、子供を寝かしつける事を想定した能力のためという説が有力。
"重力操作"(コード能力事典・特殊技能68)
局所的に空間を歪ませ、重力を発生させる特殊技能。
戦闘における汎用性の高さのわりに、負担が軽い。しかし使用の瞬間、最も使用者が無防備になる能力とも言われる。負担自体は軽いわりに、狙い通りの効果を発生させるには、かなり意識を傾けなければならないからである。
「しょうがないですよね」
見事なタイミングで、その場に現れたミユ。
「ミユちゃん、ごめん」
すぐさま謝るユイト。
「謝る必要ないわ、悪いのはレイよ、1から100まで」
それからミユは、リリエッタにある程度の事情を説明した。
レイの方も、フィオナと同じ学校に通うのは気まずいので、影武者であるユイトを用意した事。そしてそのユイトは実は、地上世界の出身である事も。
「しかし彼がレイでないと、なぜわかったのですか?」
そこはミユにもわからなかった。
「わかるさ。貴族としての、あのサギ王子の事は徹底的に調べたんだ。いつかまたフィオナに近づいて来た時のためにね、わたしが守れるようにって」
だからこそ彼女は、ユイトの付け焼き刃の振る舞いを見て、疑いを持ったのだった。
「リリエッタ様」
いつになく真剣そうなミユ。
「これだけは言わせてください。レイは、あいつはフィオナ様の事、本当にずっと後悔してるんです。だから彼を、ユイトを選んだんですよ」
「そう、らしいね」
リリエッタはユイトの方を見る。
彼は何も事情を知らないので、ふたりの少女が交わした言葉のやりとりに、どのような意味合いが潜んでいるのかもわからない。
ただ、レイは昔、フィオナと何かあって、それを深く後悔している。そしてリリエッタもどうやらその事情を知っている。
「彼の事、言いますか?」
ミユのその問いに、ユイトはドキリとする。
「いや、言わない」
あっさりとリリエッタは言った。
「彼の事が明るみになったら、学園に彼は通えなくなる。という事は本物が来る事になるんでしょ? それなら彼に通ってもらう方がわたしとしてはいいから」
「感謝します」
どうやらこの展開をミユは読んでいたようだった。
「それはそうとユイト、もうすぐゲストスピーチがあるから、もし選ばれたら、練習通りに」
貴族パーティーではよくあるという、立候補者か、推薦された者が行うスピーチ。ツキシロ家の当主なら立候補しなくても、推薦される可能性は高いので、ユイトはその事前練習もばっちりであった。
「うん、頑張るよ」
そしてユイトが会場に戻って行ったので、今度はミユとリリエッタが、その場にふたりだけとなる。
「地上世界の男の子、か」
リリエッタの呟き。
「もうわかっていると思いますが、容姿以外は全然似ていないので、隠すのも一苦労なんですよ」
しかし楽しげにミユは笑う。
「そう、みたいね」
そしてリリエッタにもわかる。
ミユがタメ口で、しかも名を呼ぶ時に様を付けないでいる意味。
「ねえミユ」
「何ですか?」
「あなたが見てきた彼の印象って、どんな感じ?」
「わたしは」
その時だった。
会場のドームから突然鳴り響いてきた、爆発音のような音。
ミユとリリエッタは、すぐさま互いを一瞬見てから、会場へと走った。
ーー
「これは」
会場ではほとんどの人たちが意識を失ってしまい、倒れていた。
起きていたのは、かなり乱れたくせ毛の男と、白衣の男。それに起きてはいたが、かろうじてという感じで、片膝を地についていたユイト。
「"誘眠"?」
ミユはそうだろうと気づく。
強制的な睡眠を引き起こさせる特殊技能。
「おまえ」
他の者たちと同じく、意識を失っていたフィオナの所にきて、彼女に手を伸ばしたくせ毛男に、リリエッタは迫り、高熱を帯びた拳を食らわせようとする。
しかし、普通なら熱すぎて受け止められるはずがないその拳を、普通に男は受け止める。
「つっ」
次の瞬間には、なぜ自分の熱が無効化されてしまったかをリリエッタは理解する。
自分とは逆に、超低温。つまりくせ毛男の特殊技能は、リリエッタの加熱と対をなす特殊技能、冷却なのだろう。
「リリエッタ様」
今度はミユが、くせ毛冷却男に風圧を食らわせようとするが、男はその自分に向けられた風全てを凍結させ、個体にして、素早く叩き砕く。
そして男はミユとリリエッタ、それぞれに手のひらを向け、何かを繰り出そうとする。しかしその前に、今度はユイトが起こした風圧で、冷却男は吹き飛ばされる。
「あの餓鬼、普通じゃないぞ、自力で誘眠をとかれた」
少し吹き飛ばされた所で、しかしまた風を凍結させ砕いた男に向かって、白衣の方が叫ぶ。
「ちっ」
そして舌打ちをして、冷却男に追撃しようとしたミユとリリエッタに対し、自らの特殊技能による誘眠攻撃をかける白衣男。
「うう」
「何だよ、こんなの」
さっきまでのユイトと同じように、意識こそ奪われなかったものの、かなり辛く、能力発動するような集中力も発揮できなくなる少女ふたり。
だが、ユイトはもはやそれを完全に克服していた。
すぐ近くの銀製のフォークを掴んで、その情報を自らに取り込み、会場中の様々な銀製品を球体に変えて、二人の敵それぞれに向かって放ちもする。
しかしその全て、銀球の1発たりとも男たちには届かなかった。その全てが、彼らから、ある一定の距離に入った所で、止まってしまったのである。
「"重力操作"」
そう、その特殊技能で自分の攻撃を防がれてしまった事はよくわかった。
それをユイトはよく知っている。
彼女の能力。
「言ったでしょう、ユイト」
いつからか、会場に入ってきていたアイテレーゼ。
「あなたでも、邪魔するなら容赦しない」
一瞬ユイトは、頭が真っ白で何も出来なかった。そしてその隙を、今は黒い彼女はまさしく容赦なくついた。
「うっ」
自分の手元の周囲に発生させられた重力の引力で、転移具を離してしまい、さらに、アイテレーゼはその転移具を自分の元に引き寄せた。
同時に、ユイトが転移具を手放してしまった事で、冷却男と白衣男の周囲の銀球は、全てその場に落ちた。
「うわっ」
ユイトは奪われた転移具を消し、新しいのを生成しようしたが、それは出来なかった。
アイテレーゼは、彼の足元に強い重力を生じさせて、ユイトは膝をつき、両手を開いた状態で地につけた体勢となってしまう。
「手を開いていては転移具を生成できないでしょう」
その通り、ユイトは転移具を生成するのに、必ず握り拳をつくる必要がある。コード能力には意識や認識というものが強く関係しているためか、そのような制限は珍しくない。
「アイちゃん、なんで?」
「ユイト、あなたは強い。動揺を誘って隙をつくには、わたし自身を使うしかなかった」
求めていた答ではない。
「なんでだよ?」
叫ぶユイト。
「なんできみが、こんな事」
島で別れた日の事ばかり頭に浮かんだ。
寂しげなカナメを優しく抱き締めた彼女。もう会えないと告げた彼女。震える声でさよならと言った。
「ヴィザ、カルント。早くフィオナ・アルデラントを」
ユイトの声などもう聞こえていないかのように無視して、ふたりの仲間に声を投げたアイテレーゼ。
名を呼ばれた彼らは頷き、冷却男の方が、意識のないフィオナを抱える。
「アイちゃん」
「だから」
そこで再び、アイテレーゼは彼と向き合う。
そして彼女は、ユイトを自らの能力で押さえつけたまま、彼に使われなかったナイフとフォークを8本、彼の周囲に移動させた。
「忠告したのに」
「うああっ」
叫び声と共に、飛び散る血しぶき。
「うう」
重力の引力を利用する彼女に、両手両足それぞれにフォーク、ナイフを2本ずつ刺されたユイト。
「ユイ、ト」
朦朧とする意識の中、それでも、なんとか絞り出すように彼の名を呼んだミユ。
「長居は無用よ」
平然と、仲間の男たちに告げるアイテレーゼ。
「ねえ、ユイト」
会場を出る時、振り返って彼女は告げた。
「こんなところ、もう懲りたでしょう。アルケリ島に帰ればいい。少なくとも、あなたの居場所はここじゃないわ」
──
"冷却"(コード能力事典・特殊技能12)
対象範囲内を冷やす特殊技能。
対象範囲の熱を高める加熱と、まったく完全に逆の効果。ただし、こちらの方がコントロールがしやすいとされている。熱を高めてしまうと、ミクロ領域での物質の振動が増し、制御しにくくなるからである。
"誘眠"(コード能力事典・特殊技能37)
対象の睡眠を誘う特殊技能。
正確には周囲の物質で、対象の五感に働きかける。
むしろなぜ、睡眠効果しか及ぼせないのかが謎だが、それに関しては、おそらく元々が、子供を寝かしつける事を想定した能力のためという説が有力。
"重力操作"(コード能力事典・特殊技能68)
局所的に空間を歪ませ、重力を発生させる特殊技能。
戦闘における汎用性の高さのわりに、負担が軽い。しかし使用の瞬間、最も使用者が無防備になる能力とも言われる。負担自体は軽いわりに、狙い通りの効果を発生させるには、かなり意識を傾けなければならないからである。
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