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【第二章 政権掌握】第一節 盧蘇・王受の乱
改土帰流の決定
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嘉靖六(一五二七)年二月。両広総督姚鏌は田州府の処置を定めた。
改土帰流である。
すなわち姚鏌は岑氏による田州府土官の世襲を停止し流官(中央政府から派遣される官吏)による統治に改めると決めた。
そのような決定がくだされることはある程度予想されていたとはいえ、明初以来百五十年以上にわたる田州の自治が剥奪されるのである。田州の土舎、土目にとっては天地が転覆するほどの大問題であった。
岑栄とともに盧蘇が花蓮に面会を求めた。
盧蘇に会うのは久しぶりだが、盧蘇はほとんど前置きもなく、いった。
「土目衆はみなこの決定に不満であり、叛旗を翻すべきとの意見が大勢です」
「それは穏やかではないわね。あなたはどうなの。総管も蜂起に賛成なの」
「はい。もはやそれしかないと思っています」
「驚いたわ。いつでも冷静な総管がそんなことをいうなんて」花蓮は岑栄の方を向き、「あなたはどうなの。蜂起に賛成しているの」
岑栄は冴えがない口調で、
「私は決めかねています。花蓮さまのご意見を聞いたうえで判断しようかと」
「とても勝算があるとは思えないわ」
盧蘇は穏やかながらも決意の強さを感じさせる口調で、
「土目衆は、流官に改められるくらいならば、わずかな可能性に賭けてでも戦う道を選ぶ、と声を揃えております」
岑栄が
「わずかな可能性もあるとは思えない」
というと、盧蘇は岑栄に向かっていった。
「思恩の土目にともに蜂起するよう促すのだ。思恩は岑濬の乱のあとに改土帰流の処置を受け、土目たちは大きな不満を抱いている。思恩土目は常々流官廃止の機会を窺っており、おそらくはわれらの誘いに乗る。さすれば、かなり大規模な叛乱となる」
「田州府城内にはいま一万の明軍がいる。とても追い出せる数ではない」
田州府城内には戦後処理と治安維持のために岑猛討伐軍の五将のひとりの張經の軍一万人がそのまま駐留している。
「城外で既におよそ一万人を集め終えている。その一万でそとから攻め城内で呼応すれば府城を奪還できよう。そして城に籠り、勝たずとも負けない戦いをし、一方で京師に外交工作をおこなうのだ」
「お屋形さまが守れなかった田州を土目が寄り集まって守れると思うのか」
「お屋形さまは早々に府城を捨てられ籠城戦はされなかった。中華一といわれる田州兵が守るこの城を官軍がそう簡単に落とせるはずがない」
岑栄は首を振り、
「田州兵が中華で最強なのは士気がどこの兵よりも高いからだ。しかし、その兵を育てたお屋形さまはもういない。指揮台にお屋形さまの姿がなければ兵の士気は上がらない。外交のためのときを稼ぐつもりでも、ひと月ももたずに落城するのではどうにもなるまい」
盧蘇は花蓮に向き直り、いった。
「だからこそ力をお貸しいただきたいのです。お屋形さまも邦彦さまもおられないいま、ふたりの代わりを担うことができるのは花蓮さまだけです。指揮台の上に悲しみの底にありながらもお屋形さまの遺志を継いで立つあなたの姿があれば、兵たちも、そして、われわれ土目も、大いに士気を上げることでしょう」
「どうかしらね。去年の秋に政廳に出たとき、ずいぶんと冷たい目でみられたわよ」
「土目たちはお屋形さまを失った悲しみの大きさのためにあのような態度をとってしまったのです。裏切ったのは岑璋。花蓮さまは娘といえども心は田州とともにあること、みな心のなかではわかっているのです。兵たちのあいだで花蓮さまの人気は昔もいまも大きい。花蓮さまに旗頭となっていただければ土舎、土目、兵がひとつになって戦うことができます」
岑栄が盧蘇にいった。
「『ひとつになって戦う』というが、芝さまと邦相さまのどちらを後継に立てるか未だに一致をみていないではないか。私は芝さまを推し、多くの土目は邦相さまを推している。総管は未だに立場をはっきりしておられぬ。この状態では土舎、土目の気持ちはひとつになり得ない。兵たちも、誰を次の土官とするために戦っているのかがわからなければ力を出し切ることはできないだろう」
盧蘇は声をやや小さくしていった。
「いまは田州が一丸とならなければならないとき。土目のほとんどが邦相さまを推している。邦相さまには問題もあるが、邦相さまを立てることとせざるを得ないと私は思う」
岑栄は対照的に声を大きくして、
「これまでなんどもいったではないか。邦相擁立には反対だ。花蓮さまも心のなかでは芝さまが良いと思っているのだ。花蓮さまに指揮台に立っていただきたいのなら、芝さまを擁立することとせよ」
岑栄は花蓮の顔をちらりとみた。花蓮の気持ちを代弁するつもりでそういったのだが、花蓮は黙ったままでいる。
盧蘇がいった。
「芝さまを立てれば朝廷に流官に改める理由を与えるようなものだ。われわれが芝さまを土官にと推そうものなら朝廷はすかさず田州には政務を司るにふさわしい者がいない、ゆえに土官継続を認めることはできないというだろう」
「後見を立てればよいのだ。誰かが芝さまを後見し執政となればいい」
盧蘇は岑栄のいう「誰か」が花蓮をさすことはわかっているが、
「同じことだ。朝廷は、執政を立てなくてはならないのならば土官継続は認められないというだろう」
盧蘇の口調は弱い。盧蘇も邦相の資質を疑っており、できるのならば芝に土官を継がせ花蓮を摂政とするのがいいと思っているのだ。
岑栄は納得しない。
「邦相さまでは絶対にだめだ。愚昧な主君を戴いてもこの難局を乗り越えることはできない。結局は破滅に至ることになる」
ふたりの会話を黙って聞いていた花蓮が口を開いた。
「蜂起に反対はしないわ」
盧蘇は、
「ではさっそく政廳へお越しください。みなも喜ぶでしょう」
と嬉しそうな顔をしたが、花蓮は、
「いえ、叛乱に参加はしないわ。私はこの蜂起から距離を置くことにする」
と落ち着いていった。
「なぜですか」と、盧蘇は慌てた声でいった「去年の秋の土目たちの態度を怒っておられるのですか。いまは田州の危機ですぞ。みなが一丸となってことに当たらねばなりません」
「田州のことを考えれば、一丸となるべきではないと思うのよ」
「どういうことでしょう」
と、盧蘇が眉に皺を寄せた。
「朝廷にとっての別の選択肢をつくるのよ」
岑栄も意味がわからず首を傾げた。
「朝廷は、叛乱によって要求が通ったという前例をつくることはできないと考えるわ。でも財政が苦しいから、叛乱の主導者の要求は撥ね付けながらも田州が鎮まる方法があるのであれば、それに飛びつくかもしれない。土目が主導し邦相をかついで起こした叛乱なのであれば、叛乱に参加していない者が推す芝に土官を継がせることを許してことを収めようとするかもしれない」
「なるほど。確かにそうですね」と岑栄はうなずいたが、「しかし、もし朝廷が叛乱軍の要望を容れた場合、邦相が土官に任じられることになります」
「そうなるでしょうね」
「邦相さまが土官となれば、その気性を考えると、将来自分の地位を脅かす恐れのある者を排除しようとするかもしれません。芝さまと、その庇護者である花蓮さまの命を狙うこともあり得るかと。そこまでひどいことにはならないとしても――」岑栄は語尾を伸ばして続けることばを探し、「花蓮さまのお立場が危ういものとなるのではないかと」
岑栄は「居場所がなくなる」といいたかったのだ。夫が死に、子もない。実子同然だった邦彦も死んだ。邦彦の子の芝が政権の座にあれば、岑猛と邦彦の暗黙の遺志で芝のまつりごとを助ける者として田州にいる意義がある。邦相が土官となれば花蓮が田州にいる理由がなくなる。かといって、夫を謀殺した父を許せず実家に戻るという選択肢もない。この天の下でどこにも居場所がなくなってしまうのだ。
しかし花蓮は、
「しょうがないわ。土官の世襲が認められるのならば、それでよしとするしかないわ」
と、あっさりといった。岑猛が死んでからずっと、今後の自分はどうすればいいのかということについてどうにも考える気になれないのだ。自暴自棄とまではいわないが、投げやりな気持ちが続いているといっていい。
盧蘇がいった。
「私が今日ここに参ったのは花蓮さまに叛乱の旗頭になっていただきたいからです。花蓮さまのお姿が指揮台にないことで士気が上がらず叛乱軍が早々に敗れることになれば朝廷は有無をいわさず改土帰流を断行してしまうでしょう」
「旗頭なら、私よりずっといいひとがいるわ」
「花蓮さま以上の人物などおりません」
「いるわよ」
「花蓮さま以上の人物はお屋形さまだけです。しかし、お屋形さまは既に――」盧蘇はいいかけて、花蓮のことばの意味に気づいた。「お屋形さまですか。なるほど。お屋形さまですね」
先に述べたように、岑猛の死後、両広総督府にふたつの首が届いたことなどから岑猛は実は死んではいないという噂が広まった。それを利用しようというのである。
花蓮はうなずき、
「みんなが噂しているあいだになにが本当なのかわからなくなってきている。いま有力な土舎か土目が『お屋形さまは南安で生きている』といえば、噂は真実として語られるようになるわ」
盧蘇は腕組みをしてしばらく考えていたが、
「おっしゃるとおりかもしれませんな。妙案かもしれません」
「わたしなんかより猛哥の方がずっといいわよ」
そういった花蓮の頬に微かに赤みが戻った。岑猛が叛乱の旗頭となれば、岑猛が復活し、再び会えるような、そんな感覚を抱いたのだ。
盧蘇がいった。
「しかしながら、花蓮さまが叛乱に参加しないと聞いた人々は、『やはり田州のことを考えていない』と口々にいうでしょう。その覚悟をしていただかなくてはなりませんが」
「もとより覚悟の上よ。それよりあなたこそ覚悟はいいかしら。朝廷が改土帰流の決定を覆すことになったとしても、叛乱の首謀者を罰することが条件とされるでしょう。罰せられるのはあなたよ」
「むろんわかっております。田州のためとなるのであれば、罰せられ命を落とすことになろうとも構いません」
盧蘇は真剣な顔でいった。
改土帰流である。
すなわち姚鏌は岑氏による田州府土官の世襲を停止し流官(中央政府から派遣される官吏)による統治に改めると決めた。
そのような決定がくだされることはある程度予想されていたとはいえ、明初以来百五十年以上にわたる田州の自治が剥奪されるのである。田州の土舎、土目にとっては天地が転覆するほどの大問題であった。
岑栄とともに盧蘇が花蓮に面会を求めた。
盧蘇に会うのは久しぶりだが、盧蘇はほとんど前置きもなく、いった。
「土目衆はみなこの決定に不満であり、叛旗を翻すべきとの意見が大勢です」
「それは穏やかではないわね。あなたはどうなの。総管も蜂起に賛成なの」
「はい。もはやそれしかないと思っています」
「驚いたわ。いつでも冷静な総管がそんなことをいうなんて」花蓮は岑栄の方を向き、「あなたはどうなの。蜂起に賛成しているの」
岑栄は冴えがない口調で、
「私は決めかねています。花蓮さまのご意見を聞いたうえで判断しようかと」
「とても勝算があるとは思えないわ」
盧蘇は穏やかながらも決意の強さを感じさせる口調で、
「土目衆は、流官に改められるくらいならば、わずかな可能性に賭けてでも戦う道を選ぶ、と声を揃えております」
岑栄が
「わずかな可能性もあるとは思えない」
というと、盧蘇は岑栄に向かっていった。
「思恩の土目にともに蜂起するよう促すのだ。思恩は岑濬の乱のあとに改土帰流の処置を受け、土目たちは大きな不満を抱いている。思恩土目は常々流官廃止の機会を窺っており、おそらくはわれらの誘いに乗る。さすれば、かなり大規模な叛乱となる」
「田州府城内にはいま一万の明軍がいる。とても追い出せる数ではない」
田州府城内には戦後処理と治安維持のために岑猛討伐軍の五将のひとりの張經の軍一万人がそのまま駐留している。
「城外で既におよそ一万人を集め終えている。その一万でそとから攻め城内で呼応すれば府城を奪還できよう。そして城に籠り、勝たずとも負けない戦いをし、一方で京師に外交工作をおこなうのだ」
「お屋形さまが守れなかった田州を土目が寄り集まって守れると思うのか」
「お屋形さまは早々に府城を捨てられ籠城戦はされなかった。中華一といわれる田州兵が守るこの城を官軍がそう簡単に落とせるはずがない」
岑栄は首を振り、
「田州兵が中華で最強なのは士気がどこの兵よりも高いからだ。しかし、その兵を育てたお屋形さまはもういない。指揮台にお屋形さまの姿がなければ兵の士気は上がらない。外交のためのときを稼ぐつもりでも、ひと月ももたずに落城するのではどうにもなるまい」
盧蘇は花蓮に向き直り、いった。
「だからこそ力をお貸しいただきたいのです。お屋形さまも邦彦さまもおられないいま、ふたりの代わりを担うことができるのは花蓮さまだけです。指揮台の上に悲しみの底にありながらもお屋形さまの遺志を継いで立つあなたの姿があれば、兵たちも、そして、われわれ土目も、大いに士気を上げることでしょう」
「どうかしらね。去年の秋に政廳に出たとき、ずいぶんと冷たい目でみられたわよ」
「土目たちはお屋形さまを失った悲しみの大きさのためにあのような態度をとってしまったのです。裏切ったのは岑璋。花蓮さまは娘といえども心は田州とともにあること、みな心のなかではわかっているのです。兵たちのあいだで花蓮さまの人気は昔もいまも大きい。花蓮さまに旗頭となっていただければ土舎、土目、兵がひとつになって戦うことができます」
岑栄が盧蘇にいった。
「『ひとつになって戦う』というが、芝さまと邦相さまのどちらを後継に立てるか未だに一致をみていないではないか。私は芝さまを推し、多くの土目は邦相さまを推している。総管は未だに立場をはっきりしておられぬ。この状態では土舎、土目の気持ちはひとつになり得ない。兵たちも、誰を次の土官とするために戦っているのかがわからなければ力を出し切ることはできないだろう」
盧蘇は声をやや小さくしていった。
「いまは田州が一丸とならなければならないとき。土目のほとんどが邦相さまを推している。邦相さまには問題もあるが、邦相さまを立てることとせざるを得ないと私は思う」
岑栄は対照的に声を大きくして、
「これまでなんどもいったではないか。邦相擁立には反対だ。花蓮さまも心のなかでは芝さまが良いと思っているのだ。花蓮さまに指揮台に立っていただきたいのなら、芝さまを擁立することとせよ」
岑栄は花蓮の顔をちらりとみた。花蓮の気持ちを代弁するつもりでそういったのだが、花蓮は黙ったままでいる。
盧蘇がいった。
「芝さまを立てれば朝廷に流官に改める理由を与えるようなものだ。われわれが芝さまを土官にと推そうものなら朝廷はすかさず田州には政務を司るにふさわしい者がいない、ゆえに土官継続を認めることはできないというだろう」
「後見を立てればよいのだ。誰かが芝さまを後見し執政となればいい」
盧蘇は岑栄のいう「誰か」が花蓮をさすことはわかっているが、
「同じことだ。朝廷は、執政を立てなくてはならないのならば土官継続は認められないというだろう」
盧蘇の口調は弱い。盧蘇も邦相の資質を疑っており、できるのならば芝に土官を継がせ花蓮を摂政とするのがいいと思っているのだ。
岑栄は納得しない。
「邦相さまでは絶対にだめだ。愚昧な主君を戴いてもこの難局を乗り越えることはできない。結局は破滅に至ることになる」
ふたりの会話を黙って聞いていた花蓮が口を開いた。
「蜂起に反対はしないわ」
盧蘇は、
「ではさっそく政廳へお越しください。みなも喜ぶでしょう」
と嬉しそうな顔をしたが、花蓮は、
「いえ、叛乱に参加はしないわ。私はこの蜂起から距離を置くことにする」
と落ち着いていった。
「なぜですか」と、盧蘇は慌てた声でいった「去年の秋の土目たちの態度を怒っておられるのですか。いまは田州の危機ですぞ。みなが一丸となってことに当たらねばなりません」
「田州のことを考えれば、一丸となるべきではないと思うのよ」
「どういうことでしょう」
と、盧蘇が眉に皺を寄せた。
「朝廷にとっての別の選択肢をつくるのよ」
岑栄も意味がわからず首を傾げた。
「朝廷は、叛乱によって要求が通ったという前例をつくることはできないと考えるわ。でも財政が苦しいから、叛乱の主導者の要求は撥ね付けながらも田州が鎮まる方法があるのであれば、それに飛びつくかもしれない。土目が主導し邦相をかついで起こした叛乱なのであれば、叛乱に参加していない者が推す芝に土官を継がせることを許してことを収めようとするかもしれない」
「なるほど。確かにそうですね」と岑栄はうなずいたが、「しかし、もし朝廷が叛乱軍の要望を容れた場合、邦相が土官に任じられることになります」
「そうなるでしょうね」
「邦相さまが土官となれば、その気性を考えると、将来自分の地位を脅かす恐れのある者を排除しようとするかもしれません。芝さまと、その庇護者である花蓮さまの命を狙うこともあり得るかと。そこまでひどいことにはならないとしても――」岑栄は語尾を伸ばして続けることばを探し、「花蓮さまのお立場が危ういものとなるのではないかと」
岑栄は「居場所がなくなる」といいたかったのだ。夫が死に、子もない。実子同然だった邦彦も死んだ。邦彦の子の芝が政権の座にあれば、岑猛と邦彦の暗黙の遺志で芝のまつりごとを助ける者として田州にいる意義がある。邦相が土官となれば花蓮が田州にいる理由がなくなる。かといって、夫を謀殺した父を許せず実家に戻るという選択肢もない。この天の下でどこにも居場所がなくなってしまうのだ。
しかし花蓮は、
「しょうがないわ。土官の世襲が認められるのならば、それでよしとするしかないわ」
と、あっさりといった。岑猛が死んでからずっと、今後の自分はどうすればいいのかということについてどうにも考える気になれないのだ。自暴自棄とまではいわないが、投げやりな気持ちが続いているといっていい。
盧蘇がいった。
「私が今日ここに参ったのは花蓮さまに叛乱の旗頭になっていただきたいからです。花蓮さまのお姿が指揮台にないことで士気が上がらず叛乱軍が早々に敗れることになれば朝廷は有無をいわさず改土帰流を断行してしまうでしょう」
「旗頭なら、私よりずっといいひとがいるわ」
「花蓮さま以上の人物などおりません」
「いるわよ」
「花蓮さま以上の人物はお屋形さまだけです。しかし、お屋形さまは既に――」盧蘇はいいかけて、花蓮のことばの意味に気づいた。「お屋形さまですか。なるほど。お屋形さまですね」
先に述べたように、岑猛の死後、両広総督府にふたつの首が届いたことなどから岑猛は実は死んではいないという噂が広まった。それを利用しようというのである。
花蓮はうなずき、
「みんなが噂しているあいだになにが本当なのかわからなくなってきている。いま有力な土舎か土目が『お屋形さまは南安で生きている』といえば、噂は真実として語られるようになるわ」
盧蘇は腕組みをしてしばらく考えていたが、
「おっしゃるとおりかもしれませんな。妙案かもしれません」
「わたしなんかより猛哥の方がずっといいわよ」
そういった花蓮の頬に微かに赤みが戻った。岑猛が叛乱の旗頭となれば、岑猛が復活し、再び会えるような、そんな感覚を抱いたのだ。
盧蘇がいった。
「しかしながら、花蓮さまが叛乱に参加しないと聞いた人々は、『やはり田州のことを考えていない』と口々にいうでしょう。その覚悟をしていただかなくてはなりませんが」
「もとより覚悟の上よ。それよりあなたこそ覚悟はいいかしら。朝廷が改土帰流の決定を覆すことになったとしても、叛乱の首謀者を罰することが条件とされるでしょう。罰せられるのはあなたよ」
「むろんわかっております。田州のためとなるのであれば、罰せられ命を落とすことになろうとも構いません」
盧蘇は真剣な顔でいった。
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