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罪の数
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一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為。賽の河原で石を積む子は、何を思いながら、積んでは鬼に崩される石の塔を積んでいたのだろうか。
僕は積みに積まれた本の塔を眼前に、またその上に本を積みながら、そんな妄想に更けるのだった。
☆
我が柿原家は父も母も読書家で、昔から家中に本が積まれているのは普通だったが、僕はそれを嫌っていた。本が増え過ぎて山と積まれている事が、ではない。読まれずに積まれていく本たちに罪の意識を感じていたのだ。
「いつになったら読むの?」
「読みたいんだけど時間がないんだよ、陸斗」
「老後の楽しみに取っているのよ」
僕の問いへの答えはいつも決まっていた。そんなものだろうか? そう思いながら、二人は昔から好きな作家や新進気鋭の作家の新刊が出る度に本を買ってきて、それを積んでいくのだ。
そんな本に囲まれる環境で育ってきたからだろう。僕自身も本の虫となり、日々本を読む事に明け暮れて、中一にして家にある本を全て読破した僕は、古本屋と図書館に通い詰めるようになり、高校に上がる頃には地元の図書館の本も殆ど読破するまでになっていた。
活字中毒の本の虫となった僕は、見事に文字を読まないと落ち着かない人間に成長しており、行きつけの古本屋でバイトを始めながら、新刊が出るのを待つ日々を送っていたのだが、そんな落ち着きの無い僕に、古本屋の店主はこう持ち掛けてきたのだ。
「そんなに新しい本を読みたいのなら、自分で書いたら良いじゃないか」
目から鱗、頓悟するとはこの事であり、蒙を啓かれたかのような衝撃であった。
それ以来僕はパソコンとにらめっこをする日々を送る事となり、拙いながらもテーマを決め、コンセプトを設定し、それに沿って登場人物の人物像を組み、世界観を定め、プロットを作り上げる。
あーでもないこーでもないと文字とにらめっこする日々は私にはとても面白く、小説に必要な情報を得る為に、再度図書館に通い詰める日々が始まった。
僕は細部にまで拘る人間であるらしく、文章を一行書いては、納得出来ずに消すのを繰り返しながら、ウイット、ユーモア、エスプリを利かせながら、機知に富み、メタファーを忍ばせ、軽妙洒脱な言葉遊びをするように文章を紡ぐのはとても楽しく、気付けば百万字を超える作品を作り上げていた。これはもう出版社主催の新人賞にでも出したらどうだろう? と思ったのだが、大概の文学賞が十万字前後であると知り、これではどこにも応募出来ないと落胆していた。
☆
「あ、読んだよ、小説」
失意の中、教室で古い文庫本を読んでいた時の事だ。何とこの文庫本を読んだ事のある同士がいたのか。と顔を上げると、こちらなど見向きもせずに女子たちが会話をしていただけであった。
「面白かったよ」
「そう? 照れちゃうなあ」
何の話だろうか? 小説と口にしていたのだから、やはり小説の話なのだろう。だとしたら僕も交ざりたい。その思いが届いた訳ではないが、僕がじいと彼女らを見詰めていたからだろう。照れていた方、ボブカットの女子が僕に気付いて小首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、小説って単語が耳に入ってきたから」
するともう一人の、ロングヘアの女子が、得心がいった顔となる。
「この子、文芸部でね、小説を書いているのよ」
成程。部活の話だったのか。僕はバイトがあるから文芸部には入らなかったのだ。
「で、その書いた小説をWEBにアップしている訳」
「WEBに?」
「もう、その話は良いよ。恥ずかしい」
照れるボブカットの女子だが、顔には満更でもないと書かれている。
「WEBには、誰でも書いた小説をアップして、それを公開出来るサイトってのがあるのよ」
とロングヘアの女子が教えてくれた。そうなのか。
「中には、約百万作品アップされているサイトだってあるのよ」
「百万作品ッ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまい、クラスメイトたちの注目が自分に集まり、恥ずかしさで俯いてしまった。
それにしても百万作品か。全てが長編とは限らないが、それでも読み切れない数だ。それにロングヘアの女子は「中には」と言っていた。と言う事は、複数のサイトがあると考えて良いだろう。何と言う事だ。ネットの海には、そんな島がいくつも浮いていたのだな。
「教えてくれてありがとう」
「いえいえ。まあ、まずはこの子の小説を読む所から始めてみては?」
ロングヘアの女子はそう言って、僕にスマホに保存されていた、ボブカットの女子が書いた小説を見せてきた。へえ。ちゃんと小説の体を成している。このレベルがゴロゴロあるなら、更に期待が持てそうだ。
「どう? 面白いでしょう?」
「面白い。けど……」
「けど?」
「ここ、漢字間違えているね。ここは『関わらず』じゃなくて、『拘らず』かな」
「あう……」
手で顔を覆うボブカットの女子と、嘆息をこぼすロングヘアの女子だった。
☆
何であれWEBに発表の場があると知り、僕は気が気でなくなり、家に帰って早々、そのボブカットの女子、飯村詩絵さんが登録していたサイトに、自分も登録した。書いた小説をアップするのには四苦八苦したが、何とか公開する事に成功し、その日は翌日有名になっている自分を夢見て眠りについたのだった。
目を覚ませばすぐにそのサイトを立ち上げるも、読まれた数は一桁で、感想も何もなかった。何が悪かったのか分からず、教室で飯村さんに尋ねると、「最初はそんなものだよ」と言われる。
成程、最初はそうなのか。と納得した僕は、愚直に自分が面白いと思う小説を、サイトにアップしていくが、音沙汰が無いとはこの事か。と思いながら日々が無為に過ぎていっている気がして、焦燥感に苛まれ、書けば書く程、己の書いている小説がつまらないもののように感じてきた頃、飯村さんが、サイトでコンテストがある事を教えてくれた。
「コンテスト?」
「柿原くんも応募してみたら? 出版社主催でね。入賞すれば自分の作品が本になって出版されるんだよ!」
それは知っている。飯村さんの友人であるロングヘアの津田さんが、飯村さんの作品がコンテストで入選したと教えてくれたから。しかし僕には縁が無い。
「WEBで読まれないのと、コンテストは別物だよ。WEBでは無名でも、コンテストで賞を取る人は少なくないから。柿原くんの作品面白いもん! 絶対、賞取るよ!」
飯村さんはとても強い視線で僕を励ましてくれた。これは良い機会かも知れない。このコンテストに応募して、駄目だったなら自分に小説を書く才能は無かったのだと諦めがつく。僕はコンテストに応募する事に決めた。
☆
それからもう三十年になる。僕の作品はコンテストで佳作を受賞し、ありがたい事に、それからは途切れる事無く小説を出版させて貰っている。
「まーた、新しい小説買ってる」
詩絵とはあれ以来の仲となり、今では夫婦で小説家だ。そして今日も怒られている。
「あなたは大量に本を買うんだから、電書にしてって、いつも言っているでしょ?」
「それは分かっているし、大半は電書だよ。でも紙の本も欲しくなるんだよ」
「読まないくせに。もう昔みたいに紙の本が千円、二千円だった頃とは違うのよ。今は電書がメインだから、紙の本は完全にコレクター向け。一冊一万円を超える事だって普通なんだから」
「読むよ」
「電書だって積み本しているくせに」
それを言われると痛い。父と母が積み本をしていた理由が、この歳になると理解出来る。昔よりも本を読むのに気力が必要になってきたのだ。タブレットの中に増えていく本たちを眺めながら、これを読むのに必要な気力を考えると、躊躇うようになってきた自分がいる。それに目だ。歳を経ると目が段々と悪くなっていくから、それでもって更に本から遠ざかっていってしまう。しかし読む気力が全く無い訳じゃないから、今日も新刊が出るのを見掛けてポチッてしまう。
一つ積んでは父のよう、二つ積んでは母のよう。僕の積み本は正しく罪本として僕の心を苛むのだった。
僕は積みに積まれた本の塔を眼前に、またその上に本を積みながら、そんな妄想に更けるのだった。
☆
我が柿原家は父も母も読書家で、昔から家中に本が積まれているのは普通だったが、僕はそれを嫌っていた。本が増え過ぎて山と積まれている事が、ではない。読まれずに積まれていく本たちに罪の意識を感じていたのだ。
「いつになったら読むの?」
「読みたいんだけど時間がないんだよ、陸斗」
「老後の楽しみに取っているのよ」
僕の問いへの答えはいつも決まっていた。そんなものだろうか? そう思いながら、二人は昔から好きな作家や新進気鋭の作家の新刊が出る度に本を買ってきて、それを積んでいくのだ。
そんな本に囲まれる環境で育ってきたからだろう。僕自身も本の虫となり、日々本を読む事に明け暮れて、中一にして家にある本を全て読破した僕は、古本屋と図書館に通い詰めるようになり、高校に上がる頃には地元の図書館の本も殆ど読破するまでになっていた。
活字中毒の本の虫となった僕は、見事に文字を読まないと落ち着かない人間に成長しており、行きつけの古本屋でバイトを始めながら、新刊が出るのを待つ日々を送っていたのだが、そんな落ち着きの無い僕に、古本屋の店主はこう持ち掛けてきたのだ。
「そんなに新しい本を読みたいのなら、自分で書いたら良いじゃないか」
目から鱗、頓悟するとはこの事であり、蒙を啓かれたかのような衝撃であった。
それ以来僕はパソコンとにらめっこをする日々を送る事となり、拙いながらもテーマを決め、コンセプトを設定し、それに沿って登場人物の人物像を組み、世界観を定め、プロットを作り上げる。
あーでもないこーでもないと文字とにらめっこする日々は私にはとても面白く、小説に必要な情報を得る為に、再度図書館に通い詰める日々が始まった。
僕は細部にまで拘る人間であるらしく、文章を一行書いては、納得出来ずに消すのを繰り返しながら、ウイット、ユーモア、エスプリを利かせながら、機知に富み、メタファーを忍ばせ、軽妙洒脱な言葉遊びをするように文章を紡ぐのはとても楽しく、気付けば百万字を超える作品を作り上げていた。これはもう出版社主催の新人賞にでも出したらどうだろう? と思ったのだが、大概の文学賞が十万字前後であると知り、これではどこにも応募出来ないと落胆していた。
☆
「あ、読んだよ、小説」
失意の中、教室で古い文庫本を読んでいた時の事だ。何とこの文庫本を読んだ事のある同士がいたのか。と顔を上げると、こちらなど見向きもせずに女子たちが会話をしていただけであった。
「面白かったよ」
「そう? 照れちゃうなあ」
何の話だろうか? 小説と口にしていたのだから、やはり小説の話なのだろう。だとしたら僕も交ざりたい。その思いが届いた訳ではないが、僕がじいと彼女らを見詰めていたからだろう。照れていた方、ボブカットの女子が僕に気付いて小首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、小説って単語が耳に入ってきたから」
するともう一人の、ロングヘアの女子が、得心がいった顔となる。
「この子、文芸部でね、小説を書いているのよ」
成程。部活の話だったのか。僕はバイトがあるから文芸部には入らなかったのだ。
「で、その書いた小説をWEBにアップしている訳」
「WEBに?」
「もう、その話は良いよ。恥ずかしい」
照れるボブカットの女子だが、顔には満更でもないと書かれている。
「WEBには、誰でも書いた小説をアップして、それを公開出来るサイトってのがあるのよ」
とロングヘアの女子が教えてくれた。そうなのか。
「中には、約百万作品アップされているサイトだってあるのよ」
「百万作品ッ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまい、クラスメイトたちの注目が自分に集まり、恥ずかしさで俯いてしまった。
それにしても百万作品か。全てが長編とは限らないが、それでも読み切れない数だ。それにロングヘアの女子は「中には」と言っていた。と言う事は、複数のサイトがあると考えて良いだろう。何と言う事だ。ネットの海には、そんな島がいくつも浮いていたのだな。
「教えてくれてありがとう」
「いえいえ。まあ、まずはこの子の小説を読む所から始めてみては?」
ロングヘアの女子はそう言って、僕にスマホに保存されていた、ボブカットの女子が書いた小説を見せてきた。へえ。ちゃんと小説の体を成している。このレベルがゴロゴロあるなら、更に期待が持てそうだ。
「どう? 面白いでしょう?」
「面白い。けど……」
「けど?」
「ここ、漢字間違えているね。ここは『関わらず』じゃなくて、『拘らず』かな」
「あう……」
手で顔を覆うボブカットの女子と、嘆息をこぼすロングヘアの女子だった。
☆
何であれWEBに発表の場があると知り、僕は気が気でなくなり、家に帰って早々、そのボブカットの女子、飯村詩絵さんが登録していたサイトに、自分も登録した。書いた小説をアップするのには四苦八苦したが、何とか公開する事に成功し、その日は翌日有名になっている自分を夢見て眠りについたのだった。
目を覚ませばすぐにそのサイトを立ち上げるも、読まれた数は一桁で、感想も何もなかった。何が悪かったのか分からず、教室で飯村さんに尋ねると、「最初はそんなものだよ」と言われる。
成程、最初はそうなのか。と納得した僕は、愚直に自分が面白いと思う小説を、サイトにアップしていくが、音沙汰が無いとはこの事か。と思いながら日々が無為に過ぎていっている気がして、焦燥感に苛まれ、書けば書く程、己の書いている小説がつまらないもののように感じてきた頃、飯村さんが、サイトでコンテストがある事を教えてくれた。
「コンテスト?」
「柿原くんも応募してみたら? 出版社主催でね。入賞すれば自分の作品が本になって出版されるんだよ!」
それは知っている。飯村さんの友人であるロングヘアの津田さんが、飯村さんの作品がコンテストで入選したと教えてくれたから。しかし僕には縁が無い。
「WEBで読まれないのと、コンテストは別物だよ。WEBでは無名でも、コンテストで賞を取る人は少なくないから。柿原くんの作品面白いもん! 絶対、賞取るよ!」
飯村さんはとても強い視線で僕を励ましてくれた。これは良い機会かも知れない。このコンテストに応募して、駄目だったなら自分に小説を書く才能は無かったのだと諦めがつく。僕はコンテストに応募する事に決めた。
☆
それからもう三十年になる。僕の作品はコンテストで佳作を受賞し、ありがたい事に、それからは途切れる事無く小説を出版させて貰っている。
「まーた、新しい小説買ってる」
詩絵とはあれ以来の仲となり、今では夫婦で小説家だ。そして今日も怒られている。
「あなたは大量に本を買うんだから、電書にしてって、いつも言っているでしょ?」
「それは分かっているし、大半は電書だよ。でも紙の本も欲しくなるんだよ」
「読まないくせに。もう昔みたいに紙の本が千円、二千円だった頃とは違うのよ。今は電書がメインだから、紙の本は完全にコレクター向け。一冊一万円を超える事だって普通なんだから」
「読むよ」
「電書だって積み本しているくせに」
それを言われると痛い。父と母が積み本をしていた理由が、この歳になると理解出来る。昔よりも本を読むのに気力が必要になってきたのだ。タブレットの中に増えていく本たちを眺めながら、これを読むのに必要な気力を考えると、躊躇うようになってきた自分がいる。それに目だ。歳を経ると目が段々と悪くなっていくから、それでもって更に本から遠ざかっていってしまう。しかし読む気力が全く無い訳じゃないから、今日も新刊が出るのを見掛けてポチッてしまう。
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