ゾンビは踊る

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ゾンビは踊る

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 ゾンビが踊る。陽気なラテン音楽に合わせて踊るゾンビの頭を、金属バットで殴りつけてトドメを刺す。これがゾンビの仕留め方だ。


 始まりは半年前、世界中で流行の兆しを見せていたゾンビパウダーと言うクスリが日本に持ち込まれた事を発端としている。


 ゾンビパウダーは、それを摂取して音楽を聴くとハイになれる事から、海外の音楽フェスやイベント、クラブなどで流行を見せていたクスリだったのだが、その恐怖が知られる事になったのは、SNSで拡散されたある動画だった。


 それはとある海外のDJの葬式での事だ。音楽好きが集まる葬式なので、当然のようにその葬式でもクラブミュージックが流されていたのだが、そこで異変が起こった。死者であるはずのDJが起き上がったかと思うと、そのクラブミュージックに合わせて踊りだしたのだ。


 何事かと騒然となる葬式会場。当然音楽は止められたが、すると今度はそのDJが、周りの人間に襲い掛かり始めたのだ。その歯で噛み、その爪で引っ掻く。するとDJに攻撃された人間たちはものの数分で死に至り、そしてDJ同様にゾンビとなって周囲の人間たちを襲い始めたのだ。最終的には警官隊が出動して、全てのゾンビの頭を撃ち抜く事で事態は収まったが、これがゾンビパウダーによる第1の事件で、その後、同様の事件が世界各地で見られるようになった。


 そして半年前の事だ。このゾンビパウダーが裏ルートから日本に密輸され、それは瞬く間に日本中に広がっていった。ゾンビパウダーと言うものは、それ程に依存性中毒性の高い代物だったのだ。


 それは香りが良いと言うのも一役買っていたと思われる。ゾンビパウダーを摂取した人間の体臭はとても魅惑的となり、周囲でそれを嗅いだ人間は、ゾンビパウダーを摂取している人間の言う事を聞きたくなる効能があると、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)から声明が出され、そう言った人物には近付かない。またはマスクで予防するように注意喚起がなされた程だったが、それは焼け石に水で、日に日にゾンビパウダーの使用者は増えていった。


 きっと、自分だけは大丈夫。そんな思い込みが世界中のゾンビパウダー使用者にはあったのだろう。そうやって世界中がゾンビパウダーに冒されたところで、ゾンビパウダーの製造方法がまたもSNSで拡散される事になる。


 ゾンビパウダーの製造方法━━。それは、至極簡単で、ゾンビの血を沸騰蒸発させて、残った結晶がゾンビパウダーとなるのだ。


 このゾンビパウダー製造方法が拡散した事で、世界中が狂乱に陥った。ゾンビパウダー中毒者による、ゾンビパウダー中毒者狩りである。ゾンビが身近にいないなら、ゾンビパウダーの使用者を殺して、ゾンビにしてその血を抜く。そんな狂気が世界中で横行するようになったのだ。


 しかしゾンビパウダー使用者を普通に殺してゾンビにするには、殺してから1度音楽を聴かせて起き上がらせる必要があり、この時にミイラ取りがミイラになるように、ゾンビを作ろうと言う輩たちが、ゾンビに襲われてゾンビとなるケースも少なくなかった。ゾンビに襲われた場合、すぐにゾンビになるからだ。それでも安易な人殺しによるゾンビ作りは止まらなかった。


 そして世界は滅茶苦茶となり、ゾンビパウダー中毒者たちの狂気は、健常者たちまでも飲み込んでいく事になる。ゾンビパウダー使用者の体臭はとても良い香りとなり、健常者はその虜となる。つまりゾンビパウダー使用者たちは、わざと健常者に己の体臭を嗅がせる事で魅了し、健常者にゾンビパウダーを摂取するようにそそのかし、健常者がゾンビパウダー中毒になったところで殺す。そんな事を始めたのだ。


 これによって世界は緩やかに崩壊へ向かう事となり、世界から人は激減し、巷をうろつくのはゾンビとゾンビパウダー中毒者ばかりと言う世界となっていった。


 そんな中で数少ない健常者たちは寄り集まり、自警団を結成し、ゾンビやゾンビパウダー中毒者たちから身を守る行動を取り始めた。


 ゾンビも、ゾンビパウダー中毒者も音楽に弱い。ゾンビパウダーの特性と言うべきか、音楽がかかると踊らずにいられなくなるようなのだ。そして踊っている最中、ゾンビたちはそれ以外の行動が出来なくなる。そしてゾンビは頭を潰せばそれ以上動かなくなる。


 こうして自警団は巷をうろつくゾンビたちを倒しては、ゾンビパウダー中毒者の手にゾンビパウダーが渡らないように、血抜きをしてゾンビを焼却する日々を送っていた。


 俺も志願して自警団入りしてからは、音楽を鳴らしながら街の巡回をしていたが、こんな日が来ようとは思っていなかった。


「陽菜……」


 俺の前では、俺の彼女━━だった陽菜が、ゾンビとなって踊り狂っていた。世界がこんな事になる前、確かに陽菜は健常者だった。世界がこんな事になって、離れ離れになってしまったが、きっとお互い生き残っていると思っていた。


 この数ヶ月で陽菜の身に何が起きたのか俺には分からない。しかし陽菜は、もう人で無いものに変わり果てており、彼女を蘇らせる手立ては無い。それならばと、俺は歯を食いしばって踊り狂うゾンビの陽菜に向かって、金属バットを振り下ろした。

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