世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
468 / 638

天使の奇跡は悪魔の所業(前編)

しおりを挟む
「マチコさんですか?」


 L魔王に指差されて、マチコさんがギョッとしている。思ってもみなかったのだろう。


「確かにマチコさんは『範囲再生』と言う回復スキルを持っているけど、回復スキルじゃあ癌は治療出来ないよ」


 何で俺が天使にスキルの説明をしなくちゃならないんだ。


「馬鹿にしているの? 癌に回復スキルを掛けると、正常な細胞だけでなく癌細胞までが活性化する事くらい、私だって知っているわよ」


 とL魔王は腰に手を当て、下から覗き込むようにして俺を睨んでくる。知っていたのか。それなら何でマチコさんを指差したんだ?


「癌って言うのはね、身体から取り除くのもある意味正解だけど、それだけじゃないのよ。活性化させるのがある意味正解でもあるの」


「はあ?」


 思わず声が裏返ってしまった。活性化させるのが正解? このバカ天使、何を言っているんだ?


「誰がバカ天使よ」


 そう言えばL魔王は心が読めるんだった。更に頬を膨らませて俺を睨んでくるL魔王だったが、元が美少女なので、凄まれても可愛いとしか思えないな。


「えへへ」


 と照れたように頭を掻くL魔王。チョロ天使だなあ。


「ちょっと~」


 また睨まれてしまった。


「悪いが二人とも、痴話喧嘩なら他所でやってくれ。って言うか工藤、この事バヨネッタに話すぞ」


「やめてください」


 武田さん、それは洒落にならない。チョロ天使に睨まれるのとは訳が違う。殺される。


「こんな会話していますけど、今、頭をフル回転させているんですよ」


 L魔王の言葉を信じるなら、癌は活性化させるのがある意味正解と言う。先に調べた限りでは、癌と言うのは正常な細胞の遺伝子に傷が付く事で細胞が変異し、止めどなく分裂を繰り返す異常な細胞となり、それらが塊となると悪性腫瘍と呼ばれるものになる。悪性腫瘍は無秩序に増殖しながら、周囲に染み込んだり、身体のあちこちに飛び火する厄介者で、飛び火した先で新しい塊(悪性腫瘍)を作ったりする。そうやって身体機能を圧迫していき、身体が正常な働きが出来なくなる。それが癌だ。そんな癌を活性化させたら、あっという間に身体が機能不全を起こすぞ。


 マチコさんの『範囲再生』を使うなら、再生医療として、残っている正常な細胞を体外で増やして、そこから癌細胞を攻撃する性質のあるT細胞(Tリンパ球)を取り出して癌細胞を攻撃させる方がまだ理に適っている。


「そう? 確かに、癌を治療するのであれば、それが正解ね。でもあそこまで癌が進行していては手遅れでしょうけど。それにあの子の『範囲再生』はその程度なのかしら?」


 ? マチコさんの『範囲再生』は再生させる範囲を指定し、そこで傷付いている細胞を治癒するスキルだ。細胞分裂させるスキルであり、そして恐らく細胞分裂の回数券であるテロメアを使わずに細胞分裂をさせている。でもマチコさんのスキルは『細胞分裂』ではなく、『再生』だ。再生って細胞分裂させるだけじゃないのか?


 俺は『空間庫』からスマホを取り出して、再生やら治癒やらを調べてみた。すると、どうやら人間の身体は自己再生機能により細胞の修復も行っているらしい。また『再生』と言う言葉には、そのままでは働かない状態から、また働く状態になる、またはする。と言う意味があるようだ。


 つまりマチコさんの『再生』は、修復しながら細胞分裂させるスキルと言う事か。しかもテロメアを消費しない過剰再生ってのがあるから、単に修復、細胞分裂させているのではなく、止めどなく細胞分裂をさせているんだ。これによってミカリー卿は太った。これは過剰な細胞分裂によってそれが塊となったと考えられる。あれ?


「なんかまるで、癌細胞みたいだ……」


 ぼそりと口にした俺の言葉に、L魔王の口角がにやりと上がる。


「それってつまり、『範囲再生』を使えば、癌細胞が修復されて普通の細胞になるって事?」


「惜しい! 癌細胞は変異した細胞だから、増える事はあっても元には戻らないのよねえ。でも機能を修復して正常化させる事は出来るわ」


 と指を鳴らすL魔王。もう面倒臭いからいっぺんに教えて欲しい。


「それじゃあつまらないじゃない」


 こいつやっぱり天使じゃなくて悪魔なんじゃないの?


「それは小悪魔って事かしら? それとも悪魔的にキュートとか?」


 俺はL魔王の態度に嘆息する。なんかこめかみをぐりぐりしてやりたくなるな。俺がそう想像しただけで、L魔王は己のこめかみをガードするのだ。


「…………それで、結局俺は何をどうすれば良いんだ?」


 俺とL魔王とのやり取りに痺れを切らしたマチコさんが尋ねてきた。そして、もう分かっているんでしょう? との顔を向けてくるL魔王。はあ。確かにこれは治療としてある意味・・・・正解なのかも知れない。人道としてどうかと思うが、ここは異世界だしな。


「ストーノ教皇の全身を癌細胞に置換する」


「は?」


 マチコさんだけでなく、L魔王以外の全員がそんな顔をしてきた。それはそうだろうなあ。


「そんな事が可能なんですか?」


 マチコさんが不安そうに尋ねてくるが、俺に言われてもなあ。横にいるL魔王を見遣れば、「その通り」とでも言うように得意気にうんうん頷いている。だけど、


「マチコさんの『範囲再生』だけでは無理だと思う」


「何ですかそれ」


 怪訝な視線が痛い。皆してそんな視線を向けないで。


「マチコさんの『範囲再生』の修復能力で、癌細胞は正常に機能する細胞になる可能性は高いけど、でもマチコさんのスキルは結局、細胞を増やすスキルだから、単にストーノ教皇へ『範囲再生』を掛けても、癌細胞が増えるだけで、置換されるには至らないんだ」


 ミカリー卿が意味なく太ったみたいに、ただ悪性腫瘍として増えるに留まる事になる。


「つまり、猊下の身体を全部癌細胞に置換させる為には、俺が『範囲再生』で猊下の癌細胞を増やしている間、誰かが正常な細胞を傷付け続けなければならない。って訳ですか?」


 マチコさんは理解が早くて助かる。マチコさんが言う通り、そうやって正常な細胞が傷付き死ねば、その部分に癌細胞が入り込み、『範囲再生』の効果で修復された癌細胞が傷付いた細胞の代わりを始めるだろう。なんとも面倒臭いやり方だ。


 そして皆の視線がガドガンさんに向く。


「え? 私? ちょっと待って! もしかして私に、猊下に毒を盛れ。って言うんですか?」


 それに対して首肯した俺は、どんな表情をしていたのだろうか。対するガドガンさんの顔が見る見るうちに青ざめていくのは良く見えていたが。


「私は、ストーノ教皇猊下お付きの薬師だったのよ!?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました

福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。 現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。 「君、どうしたの?」 親切な女性、カルディナに助けてもらう。 カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。 正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。 カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。 『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。 ※のんびり進行です

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

処理中です...