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かに座
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デウサリオンは小さな街で、その中央には広場があり、そこに隣接する形で、聖伏殿と呼ばれる荘厳な宮殿が建っている。そこはデウサリウス教の中枢であり、世界各国から選ばれし枢機卿以上の人間が、日々、御神デウサリウスに祈りを捧げ、また、デウサリウス教の今後の方針について話し合う場所でもある。もちろんストーノ教皇の住まいでもある。
どうやらVIP扱いらしい俺たちは、武田さんが寝泊まりしている高級ホテルの前に横付けされた黒塗りの高級外車に乗ると、使用人の白髪の紳士が乗る先導車に続いて聖伏殿へと向かった。
中央広場を素通りし、聖伏殿の裏の駐車スペースに乗り付けた俺たちが通されたのは、謁見の間でも、応接室でもなく、ストーノ教皇の私室だった。
ストーノ教皇の部屋は、一言で言えば質素だった。聖職者とは言え、教皇なのだからもう少し華があってもバチは当たらないと思うくらいに、その身辺には物が少なく、ミニマリストか、さもなければ己の死期を悟り、身辺整理をした人間の部屋をしていた。そしてストーノ教皇は後者だった。
ベッドに伏すストーノ教皇の顔は、頬はこけて色が抜け、身体も枝のように細かった。
「ごめんなさいね。お客人にこのような姿を晒して」
弱々しい声だ。前にお会いしたのは半年近く前の事だが、あの頃は年に比べて溌剌とされていた記憶がある。まるで別人のようになってしまったストーノ教皇の姿に、俺は内心かなり狼狽えていた。
(ストーノ教皇を狙った忍者軍団による犯行は、バンジョーさんたちによって防がれたんじゃなかったのか?)
床に伏せるストーノ教皇の前で立ち尽くしたまま、視線をバンジョーさんに向けると、バンジョーさんは首を横に振るった。
「癌だそうだ」
それは、何と言うか、神様ももう少しタイミングを考えて欲しい。
「もう、治らないんですか?」
「ステージ4だ。密かに日本の医者にも診せて確認もした」
ぽつりと武田さんが声をこぼした。癌には0期からⅣ期まであり、ステージ4の癌は末期癌だ。しかもこの感じからして、余命幾ばくもないのだろう。
武田さんには『空識』があるから、もしかしたら前々からストーノ教皇の癌を知っていたかも知れない。だからってどうにも出来なかった訳だが。
俺たちはその場でどう立ち回れば良いのか分からず、結局あいさつだけ済ませて、ストーノ教皇の私室を後にした。
「はあ」
誰ともなく溜息が漏れる。場所は聖伏殿の会議室だ。様々な話し合いなども行われる聖伏殿には、このような会議室がいくつかあるそうだ。
「たった半年でここまで悪くなるものなんですか?」
いくら癌でも、体調悪化が酷過ぎないか?
「半年前に会った時から、既に癌だったんだよ。薬で進行を遅らせていたんだ。もう、何年も前からストーノの身体はボロボロだったんだそうだ」
武田さんの言葉には、悔恨の念がこもっていた。
「セクシーマン様のせいではありません。馬鹿な我々があの方に無理をさせてきたのです」
バンジョーさんもショックで落ち込んでいる。きっと最近になって知ったのだろう。
「それで、残る命の少ない教皇の為に、タケダはこの地に残ると言いたいの?」
「バヨネッタさん」
歯に衣着せぬ物言いは、バヨネッタさんらしさの一端だが、時と場合を選ばないのが頂けない。
「まあ、分かるよ、バヨネッタの言いたい事も。俺がここに残ったって、何か出来る訳じゃない。それなら二人の旅に同行した方が建設的だ。今後の世界の為にも、そうするべきだと。頭では分かっているんだよ」
頭で理解していても、心が拒絶する事は往々にしてある。人間は賢く愚かな生き物だから、たとえ間違っていても情動に衝き動かされる事もある。
「はあ。タケダが直情的な人間である事は知っているわ」
バヨネッタさんは嘆息し、テーブルに置かれたお茶を呷ると、まだお茶の残るカップを見詰めながら、そう口にした。武田さんやバンジョーさんからしたら、意外だったらしく、二人とも目を大きくしてちょっと固まっている。
「そしてタケダが、ただの馬鹿ではない事も知っているわ。代案があるのでしょう? 話くらい聞くわよ」
おお。確かに、俺たちがモーハルドに乗り込むまで、二週間以上の期間があったんだ。その間、忍者軍団の後始末があったにせよ、二人して無為な時間を過ごしていた訳ではないだろう。見れば決意の目をして、二人はバヨネッタさんに首肯していた。
「入ってきてくれ」
武田さんが入口の扉の方へ声を掛けると、
「失礼します」
とのあいさつの後、扉が開かれた。現れたのは見た目は俺より若く背の低い少女だ。桃色のショートカットで、意志の強そうな瞳の色は灰色。聖伏殿で働いてるのだろう、聖職者のローブを身にまとっているが、その胸の大きさは隠しきれていない。そして何だか他の聖職者とは雰囲気が違う気がする。
「ガドガンだ」
武田さんに紹介されて、少女は俺たちへ頭を下げた。珍しいな。俺はともかく異教徒であるバヨネッタさんにも頭を下げるなんて。それにしても、
「ずいぶんと堅そうな名前ですね」
俺の言に武田さんが肩をすくめる。
「代々受け継いでいる名前だからな」
「そう言う事」
今のやり取りだけで、バヨネッタさんはある程度の状況を理解出来たらしい。が、俺にはさっぱりなので、目で説明を求めた。
「ガドガンと言う名は、セクシーマンと魔王討伐の旅をした勇者パーティの一人として、吟遊詩人の歌にも出てくるのよ」
へえ、成程? 見るからに若い彼女が、武田さんと同年代とは思えないから、きっと名前を継いだ次世代のガドガンさんなのだろう。
「ガドガンは確か薬師だったわね」
バヨネッタさんの言葉に首肯する武田さん。ああ、確かバァが流行らせた紫斑病の薬を作った薬師がいたっけ。
「いくら名を継いでいるとは言え、未知のダンジョンの道案内が出来るの?」
バヨネッタさんの懸念はもっともだ。恐らくこの場のガドガンさんは、俺たちがこれから向かうダンジョンに、足を踏み入れた事はないだろう。そんな人の同行は、足を引っ張られるだけならまだしも、パーティを危機に陥らせる危険性をはらんでいる。
「まあ、色々と勘繰りたい気持ちは分かる。が、少なくともガドガンの頭脳は信用出来る」
と武田さんは自信ありげに口角を上げてみせた。
どうやらVIP扱いらしい俺たちは、武田さんが寝泊まりしている高級ホテルの前に横付けされた黒塗りの高級外車に乗ると、使用人の白髪の紳士が乗る先導車に続いて聖伏殿へと向かった。
中央広場を素通りし、聖伏殿の裏の駐車スペースに乗り付けた俺たちが通されたのは、謁見の間でも、応接室でもなく、ストーノ教皇の私室だった。
ストーノ教皇の部屋は、一言で言えば質素だった。聖職者とは言え、教皇なのだからもう少し華があってもバチは当たらないと思うくらいに、その身辺には物が少なく、ミニマリストか、さもなければ己の死期を悟り、身辺整理をした人間の部屋をしていた。そしてストーノ教皇は後者だった。
ベッドに伏すストーノ教皇の顔は、頬はこけて色が抜け、身体も枝のように細かった。
「ごめんなさいね。お客人にこのような姿を晒して」
弱々しい声だ。前にお会いしたのは半年近く前の事だが、あの頃は年に比べて溌剌とされていた記憶がある。まるで別人のようになってしまったストーノ教皇の姿に、俺は内心かなり狼狽えていた。
(ストーノ教皇を狙った忍者軍団による犯行は、バンジョーさんたちによって防がれたんじゃなかったのか?)
床に伏せるストーノ教皇の前で立ち尽くしたまま、視線をバンジョーさんに向けると、バンジョーさんは首を横に振るった。
「癌だそうだ」
それは、何と言うか、神様ももう少しタイミングを考えて欲しい。
「もう、治らないんですか?」
「ステージ4だ。密かに日本の医者にも診せて確認もした」
ぽつりと武田さんが声をこぼした。癌には0期からⅣ期まであり、ステージ4の癌は末期癌だ。しかもこの感じからして、余命幾ばくもないのだろう。
武田さんには『空識』があるから、もしかしたら前々からストーノ教皇の癌を知っていたかも知れない。だからってどうにも出来なかった訳だが。
俺たちはその場でどう立ち回れば良いのか分からず、結局あいさつだけ済ませて、ストーノ教皇の私室を後にした。
「はあ」
誰ともなく溜息が漏れる。場所は聖伏殿の会議室だ。様々な話し合いなども行われる聖伏殿には、このような会議室がいくつかあるそうだ。
「たった半年でここまで悪くなるものなんですか?」
いくら癌でも、体調悪化が酷過ぎないか?
「半年前に会った時から、既に癌だったんだよ。薬で進行を遅らせていたんだ。もう、何年も前からストーノの身体はボロボロだったんだそうだ」
武田さんの言葉には、悔恨の念がこもっていた。
「セクシーマン様のせいではありません。馬鹿な我々があの方に無理をさせてきたのです」
バンジョーさんもショックで落ち込んでいる。きっと最近になって知ったのだろう。
「それで、残る命の少ない教皇の為に、タケダはこの地に残ると言いたいの?」
「バヨネッタさん」
歯に衣着せぬ物言いは、バヨネッタさんらしさの一端だが、時と場合を選ばないのが頂けない。
「まあ、分かるよ、バヨネッタの言いたい事も。俺がここに残ったって、何か出来る訳じゃない。それなら二人の旅に同行した方が建設的だ。今後の世界の為にも、そうするべきだと。頭では分かっているんだよ」
頭で理解していても、心が拒絶する事は往々にしてある。人間は賢く愚かな生き物だから、たとえ間違っていても情動に衝き動かされる事もある。
「はあ。タケダが直情的な人間である事は知っているわ」
バヨネッタさんは嘆息し、テーブルに置かれたお茶を呷ると、まだお茶の残るカップを見詰めながら、そう口にした。武田さんやバンジョーさんからしたら、意外だったらしく、二人とも目を大きくしてちょっと固まっている。
「そしてタケダが、ただの馬鹿ではない事も知っているわ。代案があるのでしょう? 話くらい聞くわよ」
おお。確かに、俺たちがモーハルドに乗り込むまで、二週間以上の期間があったんだ。その間、忍者軍団の後始末があったにせよ、二人して無為な時間を過ごしていた訳ではないだろう。見れば決意の目をして、二人はバヨネッタさんに首肯していた。
「入ってきてくれ」
武田さんが入口の扉の方へ声を掛けると、
「失礼します」
とのあいさつの後、扉が開かれた。現れたのは見た目は俺より若く背の低い少女だ。桃色のショートカットで、意志の強そうな瞳の色は灰色。聖伏殿で働いてるのだろう、聖職者のローブを身にまとっているが、その胸の大きさは隠しきれていない。そして何だか他の聖職者とは雰囲気が違う気がする。
「ガドガンだ」
武田さんに紹介されて、少女は俺たちへ頭を下げた。珍しいな。俺はともかく異教徒であるバヨネッタさんにも頭を下げるなんて。それにしても、
「ずいぶんと堅そうな名前ですね」
俺の言に武田さんが肩をすくめる。
「代々受け継いでいる名前だからな」
「そう言う事」
今のやり取りだけで、バヨネッタさんはある程度の状況を理解出来たらしい。が、俺にはさっぱりなので、目で説明を求めた。
「ガドガンと言う名は、セクシーマンと魔王討伐の旅をした勇者パーティの一人として、吟遊詩人の歌にも出てくるのよ」
へえ、成程? 見るからに若い彼女が、武田さんと同年代とは思えないから、きっと名前を継いだ次世代のガドガンさんなのだろう。
「ガドガンは確か薬師だったわね」
バヨネッタさんの言葉に首肯する武田さん。ああ、確かバァが流行らせた紫斑病の薬を作った薬師がいたっけ。
「いくら名を継いでいるとは言え、未知のダンジョンの道案内が出来るの?」
バヨネッタさんの懸念はもっともだ。恐らくこの場のガドガンさんは、俺たちがこれから向かうダンジョンに、足を踏み入れた事はないだろう。そんな人の同行は、足を引っ張られるだけならまだしも、パーティを危機に陥らせる危険性をはらんでいる。
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