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前提条件(前編)

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 翌日━━。前日に『五閘拳・重拳』と『ゼイラン流海賊剣術』の具合を確かめた俺と、それに付き合ってくれたゴウマオさんは、ゼラン仙者の前に立っていた。その脇にはついでにパジャンさんも。


「ではこれより、二人の『有頂天』がどれ程のものか見てみよう」


「はい」


「はい」


 俺たちは首肯した。したはしたが、何をすれば良いのやら。


「と言っても尸解仙法で『有頂天』はもう覚えているので、二人に教える事は少ないがな」


 とゼラン仙者。


「まずハルアキに聞くが、ハルアキは『超集中』状態になれるか?」


「『超集中』、ですか?」


『超集中』? 『有頂天』を使うのに前提条件があるのか? と俺は『鑑定(低)』でプレイヤースキルを調べるが、『超集中』の表記はない。


「ない、ですね、『超集中』。それがないと『有頂天』を使えないんですか?」


「いや、そんな事はないが、『有頂天』の効力が極端に弱まるのだ。不完全と言うべきか」


 そうなのか。だとすると、今からでも獲得するべきプレイヤースキルだな。と俺は思案する。


「シンヤは『ゾーンに入る』と言っていたな」


 とゼラン仙者が更に追加情報をくれた。成程、ゾーンに入る必要があるのか。ゾーンと言うのは、アスリートなどが試合や一つのプレイに対して極度に集中している状態を指し、感覚が研ぎ澄まされ、プレイのパフォーマンスも上がる、プレイの最適状態とも言われる状態だ。


「俺は雑念が多いですからねえ。『ゾーンに入る』のは難しいかも知れません」


「確かに、ハルアキがゴチャゴチャ考えているのは良く見るな」


 ゼラン仙者の言に、ゴウマオさんまで頷いている。俺って外側から見てもそうなんだな。


「ゴウマオさんは使えるんですか?」


「俺は尸解仙法の中で会得した」


 との答え。そう言えば、ゴウマオさんは死後の世界で無数の獣と戦い続けて『有頂天』を会得したんだっけ。その中で身体と思考を最適化させるプロセスを経ていたのだろう。


「ではゴウマオ、尸解仙法で会得した『有頂天』を、ハルアキに見せてやってくれ。ハルアキはそれを見て、得られるものがあれば、そこから自分のものにしろ。何せハルアキの獲得方法はこちらの想定外だったものでな。どう教えたものか、と頭を悩ませていたのだ」


 確かに。俺は命で『有頂天』を買っただけだからな。使い方云々と言われると困るな。


 そう考えている内に、ゴウマオさんが俺たちから距離を取って、五閘拳の基本の型の最初の構えを取る。その身体は脱力していて一切の力みがなく、目は半眼で、何かを視ると言うより、身体感覚で感じるような状態だ。それでいてゴウマオさんの存在感が薄くなったように感じる。いや、周囲に溶けたと表現するべきか。


 出だしは緩やかだった。基本の型に忠実に、ゆっくりたっぷり時間を使って、太極拳のような円運動を繰り返す。だがその表出する力はこれまでのゴウマオさんとは明らかに違った。ゴウマオさんが手を振るえば、周囲の魔力を巻き込むように空間が歪み、脚を上げれば、手の時と同様に周囲の魔力が同調して持ち上がる。大体ゴウマオさんを中心に半径三十メートルくらいだろうか。その内側が、まるでゴウマオさんと一体化したように動いていた。


 最後に手を合わせてお辞儀をするゴウマオさんに、俺は「おお~」と感嘆の声を漏らし拍手していた。


「まあ、最初はそのくらいだろう。だがその程度では、魔王どころか六魔将にも通じるかどうかと言ったところだ。精進せよ」


 ゼラン仙者の言葉に、ゴウマオさんは嫌な顔一つせずにもう一度頭を下げる。


「で、どうだ? ハルアキ。出来そうか?」


 出来そうか? と言われても、全く出来る気がしない。五閘拳に坩堝の開放が必要なように、型を真似たところで、『超集中』を持たない俺では、『有頂天』は無理なのではなかろうか? 五十万命秒もしたのに、無駄な買い物をした気分だ。


「ねえねえ、ハルアキの『有頂天』の項にはなんて書いてあるの?」


 そこに口を挟んできたのがパジャンさんだ。言われてみればそうか。出来ないと肩を落とす前に、『有頂天』を鑑定するくらいはしておこう。


『有頂天』:元は地球の仏教用語。『全合一』を会得した者が、夢中になる事で到達する仙道の最高到達点。


 何だこれ? 俺は首を傾げ、同じく『鑑定』を持つゼラン仙者も首を傾げている。


「『超集中』に関しては表記されていませんね」


「そうだな」


 俺とゼラン仙者は揃ってもう一度首を傾げていた。この『夢中』って言葉が曲者だ。俺は『空間庫』からスマホを取り出し、アプリの国語辞典で調べてみた。


夢中:1 物事に熱中して我を忘れている様。ある事に集中している様。


   2 夢を見ている間。夢の中。


   3 意識を失う事。自覚を失う事。


 とある。1は『超集中』を指しているとも取れる。そして3は単に意識を失うのではなく、尸解仙法での『有頂天』の獲得を指しているようにも思えるな。となると、2でも『有頂天』が使えるようになるはずだ。


 夢の中? 寝れば良いのか? 夢を見れば良いのか? と言われましても。…………いや待て。もしかしてレム睡眠状態を指しているんじゃないか? 人間の睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、ノンレム睡眠とは深い眠りの状態で、夢を見るのは浅い眠りのレム睡眠の時だったはずだ。


 そしてレム睡眠では時に、脳だけ覚醒して身体が睡眠状態にある為に動けなくなる金縛りが起きたり、夢を見ている時にその夢を自覚する事で、夢の中の状況を思い通りに変化させられる明晰夢を見る事が可能になったりする。


 この脳の半覚醒状態とも取れるレム睡眠状態になる事で、『超集中』状態になれない俺でも、『有頂天』が扱えるようになるかも知れない。と言う事をゼラン仙者に進言してみた。


「成程な。それで? どうなんだ?」


「明晰夢は見れます!」


 そう。俺は明晰夢を見れるのだ。中学の時にシンヤやタカシら悪友たちと、エッチな夢でも見られないかと、ネットで調べて色々試した結果、俺一人だけ明晰夢を見られるようになったのだ。まあ、エッチな夢に関しては、俺の知識がお粗末だった為に、そこそこのものしか見られなかったが。俺のプレイヤースキルの欄にも、『明晰夢』はちゃんと表記されている。


「それで? ハルアキは自在に寝られるのか?」


「出来ません!」


「だろうな」


 俺はがっくりと両手と両膝を突く。たとえ『明晰夢』から『有頂天』を使えるようになるのだとしても、自在に、いつでも寝られるようにならなければならないのなら、やっぱり意味がない。


「まあ、その程度の事で『有頂天』を使えるようになるなら、どうとでもなるな」


 そこに光明を差し込んでくれたのは、ゼラン仙者だった。

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