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「ここより東に、カラヅと言う国がある」


 ゼラン仙者は、グッドマンと勇者パーティとの派手な爆発を伴う戦いを見上げたまま話し始めた。


「カラヅには空を駆ける金毛赤面の大猿がいてな。聖属性の魔石を持つ魔物は、魔王の『狂乱』の影響を受けないので、その地の者を他の魔物などから守る存在として、その地に住まう者たちからは聖天大猿と呼ばれ、国からも守護獣として敬われる存在だった」


「だった……ですか」


 俺の言葉にゼラン仙者は首肯した。


「そうだ。一年前の事だ。そのカラヅの大猿が何者かにより討たれたとの報が私の耳に届いた」


「つまり、その国の守護獣を狩ったのがグッドマンだと?」


「奴の空の移動方法が、あの大猿を彷彿とさせるのだ」


 確かにグッドマンの空の移動方法は独特だ。バヨネッタさんのような魔女たちのように、何かに乗って移動する訳でも、俺のように翼で飛翔する訳でもない。空にまるで地面があるかのように、空を蹴って移動するのだ。


「hahaha! 流石は仙者! 物知りですネ! その通り! 私の魔石ハ、私が倒したサルのモノです!」


 耳が良いな。今もシンヤたちとドンパチ煩く戦闘中だと言うのに、グッドマンは事もなげに俺たちの会話に参加してきた。


「あのおサルさんは、『天駆』と言う空ヲ駆けるスキルを保有していまシタ。だから、その魔石ヲ取り込んだ私モ、『天駆』を使えるのデス! そう! 私こそガ、魔族にしテ、四元素と聖属性ヲ操る、最強の六魔将! 人呼んで、聖天四精のオリバー・グッドマンです!」


 何を言っているんだこいつは。とツッコみたいが、事実それが使えているのだから、口には出せない。が、それは魔物のスキルは死した後も魔石に残り続ける事を示唆していた。とは言え、現状そこからスキルを人間に移せるのは、マッドサイエンティストであり、『解剖』と『合成』が使えるロコモコだけだが。


 しかし、一国の守護獣を倒す程の実力か。たしかに、シンヤたち五人とグッドマン一人で実力が均衡している事を考えると、それくらいの事は成せるのかも知れない。


 そしてグッドマンが聖属性だと言う事実を突き付けられ、俺はある事に気付いてしまった。


「あのう、もしかしなくても、グッドマンの攻撃って、『聖結界』では防げないのでは?」


「だろうな」


 あっさり言い切るゼラン仙者。マジかー。少ない魔力で『聖結界』を展開したのに、無駄骨じゃないか。俺は意味のない『聖結界』を解除しようとして、何かが頭を過ぎった。俺のギフト『瞬間予知』による直感のようなものだ。なんだろうか? 何か違和感を感じるのだ。


 何かの予感に突き動かされるようにして、俺は状況を細かに観察する。とは言え、こちら側に違和感はない。シンヤたち勇者パーティも、ゼラン仙者もパジャンさんもリットーさんも、ただグッドマンに注力しているだけだ。


「! やられた!」


 大声を上げる俺に、皆の視線がこちらに集まる。そしてその中には、悪意を発露させた笑顔を浮かべるグッドマンの姿もあった。


「ゼラン仙者! 敵はグッドマンだけじゃない! あいつは囮だ! 本命が既にトホウ山に入り込んでいるはずだ!」


「何だと!? だが警報が……切られている!?」


「あいつが今派手に暴れているのは、そうする事で仲間がこの山の結界の一部を破壊したり警報を切っても、気付かれ難くする為の誘導だったんだよ!」


 俺の説明に、全員がもう一度グッドマンを見上げた。


「バレてしまいましタカ」


 言って肩を竦めるグッドマン。瞬間、俺とゼラン仙者は宮殿を振り返り、そちらへ向かおうとする。


 ズドーンッッ!!


 そこに落とされる幾条もの電撃。更に薄い水膜が俺たちを取り囲み、俺たちは全員、グッドマンの放った電撃と水膜の檻に囚われていた。


「くっ!」


 こんな単純な罠に引っ掛かり、ゼラン仙者は歯噛みして上空のグッドマンを見上げる。


「行かせるワケないでショウ。アナタたちには、仲間が仕事を終わらせるマデ、ここで私と遊んでイテ貰いマス」


 グッドマンの口角が、これでもかと吊り上がる。きっと俺たちを出し抜いた事が心の底から可笑しくて仕方ないのだろう。


「シンヤ! 『覚醒』を使ってさっさとそいつを黙らせろ!」


 ゼラン仙者の命令に、勇者パーティ全員がシャキン! となった。


「分かりました! 皆! いくぞ!」


 とシンヤが気合いを入れ、パーティがシンヤの周りに集まったところで、カクンと五人が飛行雲から落っこちた。まるで寝落ちした子供のように。


「シンヤ!」


 思わず駆け寄り、五人の容態を見るが、落下によるダメージがあったはずなのに、全員が本当に眠っていた。


「睡眠毒だな」


 後ろからゼラン仙者の声がして振り返ると、ゼラン仙者にしがみついてパジャンさんも眠っていた。その姿にハッとしてリットーさんの方を見遣れば、リットーさんまで眠っていた。俺が眠っていないのは『ドブさらい』のお陰か?


「シンヤたちにも、それなりに毒への耐性を付けさせているのだがな。それを超える毒を使える奴が、今この場にいると言う事か」


 その危うさに俺の喉がごくりと鳴る。


「oh! 仕事が早いですネエ、ムーシェンさん!」


「ムーシェンだと!?」


 グッドマンの言葉に、ゼラン仙者が殊の外食い付いた。知り合いかな。


「何者ですか?」


「私の兄弟子だ」


 それはヤバい。それを聞いただけでヤバい事が分かるくらいにヤバい。


「ハッハッハ。久しいなゼランよ」


 中空に声が木霊こだましたかと思えば、前方に影よりも濃い闇の水溜りのようなものが現れ、そこから黒い道士服を着た壮年の男が姿を現した。


「お久しぶりです兄者。兄者の方も変わりなく悪巧みに勤しんでおられるようで」


 ゼラン仙者の言葉の端々はしばしに棘を感じる。


「ハッハッハ。それが俺の生き甲斐だからな」


 だがムーシェンはそれを笑ってやり過ごした。しかし、外道仙者に悪巧みが生き甲斐って言われるとか、相当だな、このムーシェンとか言う人。


「まさか、あなたが前線まで出張ってくるとは思いませんでしたよ」


「俺だってたまには外の空気が吸いたくなる」


「私の宝を強奪するのは、そのついでですか」


「そう言う事だ」


 二人とも笑顔で会話をしているが、内容は剣呑だ。


「まあ、宝が目的だったからな。ここらで引かせて貰おう」


 ゼラン仙者に向かってそう言ったムーシェンは、ちらりとこちらに視線を向けた。何だ? やるのか? と俺は『聖結界』の中で拳を構える。


「ハッ。命拾いしたな。その『聖結界』を解いていれば、俺はバァ様の命により、貴様を殺していたところだ。だがまあ、今日は弟弟子の顔を立てて見逃してやろう。せいぜい今後も寝首をかかれないように用心するんだな」


 言ってムーシェンは現れた時のように、影の中に消えていった。


「兄者は邪仙と呼ばれる人だからな。『聖結界』とはすこぶる相性が悪いのだ。個としての戦闘力もそれ程でもない」


「はあ」


 グッドマンとは真逆って事か。などと気を抜いていると、


「それでハ、目的の物モ手に入ったようなノデ、私も退散しマス!」


 といつの間にか俺たちを囲っていた電撃と水膜の檻を解いていたグッドマンも、空を蹴って彼方へと消えていった。何だったんだあいつら。結局あいつらが欲していた目的の物って何だったの?

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