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狭い溝
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コンコンコン。
「お疲れ様です」
ほとんど授業中寝ていた俺は、放課となるや飛び起きて魔法科学研究所へとやって来た。受付で記名して入館証を貰うと、オルさんの研究室のドアをノックする。
「うわ……」
ドアを開けたら大勢の人がいて、少し目を見張ってしまった。
「いやあ工藤くん! 待っていたよ!」
と一番に俺に話し掛けてきたのはオルさんではなく、この研究所の主任研究員であり、種子島でのロケット打ち上げにも手を貸して頂いた立花女史だった。
「え? あ? はい? え? 何で立花さんが?」
「君のヒーラー体から色々分かる事があってねえ。今、この研究所ではヒーラー体がホットなトレンドになっているんだよ」
へえ、そうなのか。まあ、昨日オルさんと話しただけでも色んな気付きがあったからなあ。
「それで、何かわかったんですか?」
昨日ここを発つ時に、それなりに『清塩』で生成した塩を置いてきたからなあ。分かった事があるのだろう。
「そうだね、分かった事もある。けれどその前に、君、天賦の塔でどんなスキルを授かったんだい?」
え? ドキッとして周囲を見回すと、研究室にいる全員が俺の方を見ていた。何か関係あったのか? 言いたくないとは言えない雰囲気だ。
「いやねえ、工藤くんが天賦の塔に向かった後、君のヒーラー体で色々実験をしていたんだ」
俺が言い難そうにしていると、何か言い出す前に、気を使ってか立花さんが話し始めた。
「それで分かったんだけど、君や回復系のスキルを持つ人間と、ポーションに含まれるヒーラー体や他人を癒せる治癒系のスキルを持つ人間とでは、ヒーラー体の遺伝子構造が違う事が判明したんだよ」
へえ、そうなんだ。まあ、俺、治癒系スキル持っていないもんな。
「正確には治癒系スキルを持つ人間は、両方のヒーラー体を持っているんだけどね」
成程。治癒系のヒーラー体を持っているベナ草が、自身を回復させられないのは、回復系のヒーラー体を持っていないからなのかな。
「と言う訳で、治癒系のヒーラー体をヒーラー体1型、新たに君から見付かった回復系のヒーラー体をヒーラー体2型と呼称させて貰う事にしたよ」
「それは、別に構いませんけど」
「それで、君が残してくれた塩を調べていたら、何と解毒作用がある事が分かってね。これが『清塩』だから邪気払いで毒を無毒化するのか、回復系ヒーラー体だから毒を無毒化出来るのか、この場で議論していたら、何と途中で解毒作用が強化されたじゃないか。これは工藤くんが天賦の塔で新たに手に入れたスキルが関係していて、それが分かれば、この解毒作用がどちらなのか分かると思ってね。それで君が来るのを待っていたんだ」
ああ、そう言う事か。でも俺の新スキルかあ。はあ。
「…………『ドブさらい』です」
「は?」
その場にいた研究員全員が首を傾げた。
「『ドブさらい』です。何か、浄化系スキルの最下位だそうです」
「浄化系かあ」
これを聞いて立花さんをはじめ半数が頭を抱えた。
「そうだよ、毒は人体からしたら異物だもんなあ、それで傷付いた部分を回復させるのではなく、入ってきた毒を浄化系スキルで分解して無毒化していたんだなあ」
「と言う事は、2型は回復系なだけでなく浄化系でもあるのか?」
「それは工藤くんのギフトだろう?」
「ギフトである『清塩』から、2型のヒーラー体が発見された理由は?」
研究員の一人が何か発言すれば、そこから俺を放ったらかしにして始まる議論。なんだろうか、『ドブさらい』を笑われなかった事を喜ぶべきか、放ったらかしにされた事を泣くべきか、複雑な心境だ。
「そう言えば、塔で武田さんとも話していたんですけど、どうやらヒーラー体は人間なら全員持っている可能性があるんじゃないかって……」
この研究室の波に乗る事にした俺が、天賦の塔で武田さんと話していた事を口にした途端、全員の注目が俺に集まった。
「それはどう言う事だい?」
オルさんが俺に問うてきた。
「ほら、天賦の塔が出来た時、『小回復』のスキルを獲得した人間が大量に出たじゃないですか」
「ああ!」と研究員たちから声が上がる。だが半分近くが首を捻っていたので、情勢には疎いのかも知れない。
「だから、発現条件はオルさんと話した事でしょうけど、そもそも人間はヒーラー体を身体に隠し持っているんじゃないかと」
「確かにその可能性はあるな。となると2型がベースで1型は変異体って事にならないか?」
「確かに、その線が有力だな」
「いいえ、待って。でもベナ草は2型のヒーラー体を持っていないわ。2型がベースであると決め付けるのは時期尚早じゃないかしら?」
そしてまた始まる議論の嵐。まあ、楽しそうで何よりだな。
「ハルアキくん、ハルアキくん」
オルさんに手招きされて近くに寄る。
「『ドブさらい』ってどんなスキルなんだい?」
キラキラした目で尋ねられては答えるしかない。俺は武田さんが口にした事を『記録』から呼び出して答える。
「ふむ。狭所や溝渠かあ」
腕組みするオルさんの視線の先には机があり、そこにはズラリと試験管が並べられている。試験管には無色透明の液体が入れられていた。
「何です? その試験管」
「ああ、これは毒の試液を入れた試験管に、ハルアキくんの塩を加えたものだよ」
言われれば試験管の底に塩が溶けずに残っている。
「もう無毒化しているんですか?」
「ああ。試液には色が付けられていたんだけど、もう無色透明だろう? 無毒化している証拠さ。何なら飲んでみせようか?」
「やめてください」
それで何かオルさんの身体に異常が出たら、俺のせいになりそうだ。
「それで、その試験管の何が気になるんですか?」
「うん。試験管も狭所と言えば狭所だよねえ」
ああ、そう言われればそうかも。
「だから効果が良く発揮された。と?」
「うん。かなあ? ってレベル。それで、ものは試しなんだけど、確か『清塩』って、塩の粒を集めて色んな形に出来るんだよねえ?」
「? はい」
基本はベナ草の花だけど、それ以外にも出来るは出来る。
「細い管に成形する事は可能かい?」
「細い管、ですか?」
ああ、細い管なら狭所であり溝渠って事になるのか。そこに毒液を通せばそれだけで無毒化すると?
「細い管って、どのくらいですか?」
「血管くらいかなあ」
細過ぎじゃない!? いや、心臓辺りや太ももの大動脈ならそれなりに太いのか。でも確かに、それが分かれば俺の身体はいくら毒を体内に注入されても、無毒化可能と言う事になるのか。飲む前から酒とか酔わなくなりそうだな。
「とりあえず、直径五ミリからいかせてください」
俺は塩で真っ直ぐな管を成形した。
「お疲れ様です」
ほとんど授業中寝ていた俺は、放課となるや飛び起きて魔法科学研究所へとやって来た。受付で記名して入館証を貰うと、オルさんの研究室のドアをノックする。
「うわ……」
ドアを開けたら大勢の人がいて、少し目を見張ってしまった。
「いやあ工藤くん! 待っていたよ!」
と一番に俺に話し掛けてきたのはオルさんではなく、この研究所の主任研究員であり、種子島でのロケット打ち上げにも手を貸して頂いた立花女史だった。
「え? あ? はい? え? 何で立花さんが?」
「君のヒーラー体から色々分かる事があってねえ。今、この研究所ではヒーラー体がホットなトレンドになっているんだよ」
へえ、そうなのか。まあ、昨日オルさんと話しただけでも色んな気付きがあったからなあ。
「それで、何かわかったんですか?」
昨日ここを発つ時に、それなりに『清塩』で生成した塩を置いてきたからなあ。分かった事があるのだろう。
「そうだね、分かった事もある。けれどその前に、君、天賦の塔でどんなスキルを授かったんだい?」
え? ドキッとして周囲を見回すと、研究室にいる全員が俺の方を見ていた。何か関係あったのか? 言いたくないとは言えない雰囲気だ。
「いやねえ、工藤くんが天賦の塔に向かった後、君のヒーラー体で色々実験をしていたんだ」
俺が言い難そうにしていると、何か言い出す前に、気を使ってか立花さんが話し始めた。
「それで分かったんだけど、君や回復系のスキルを持つ人間と、ポーションに含まれるヒーラー体や他人を癒せる治癒系のスキルを持つ人間とでは、ヒーラー体の遺伝子構造が違う事が判明したんだよ」
へえ、そうなんだ。まあ、俺、治癒系スキル持っていないもんな。
「正確には治癒系スキルを持つ人間は、両方のヒーラー体を持っているんだけどね」
成程。治癒系のヒーラー体を持っているベナ草が、自身を回復させられないのは、回復系のヒーラー体を持っていないからなのかな。
「と言う訳で、治癒系のヒーラー体をヒーラー体1型、新たに君から見付かった回復系のヒーラー体をヒーラー体2型と呼称させて貰う事にしたよ」
「それは、別に構いませんけど」
「それで、君が残してくれた塩を調べていたら、何と解毒作用がある事が分かってね。これが『清塩』だから邪気払いで毒を無毒化するのか、回復系ヒーラー体だから毒を無毒化出来るのか、この場で議論していたら、何と途中で解毒作用が強化されたじゃないか。これは工藤くんが天賦の塔で新たに手に入れたスキルが関係していて、それが分かれば、この解毒作用がどちらなのか分かると思ってね。それで君が来るのを待っていたんだ」
ああ、そう言う事か。でも俺の新スキルかあ。はあ。
「…………『ドブさらい』です」
「は?」
その場にいた研究員全員が首を傾げた。
「『ドブさらい』です。何か、浄化系スキルの最下位だそうです」
「浄化系かあ」
これを聞いて立花さんをはじめ半数が頭を抱えた。
「そうだよ、毒は人体からしたら異物だもんなあ、それで傷付いた部分を回復させるのではなく、入ってきた毒を浄化系スキルで分解して無毒化していたんだなあ」
「と言う事は、2型は回復系なだけでなく浄化系でもあるのか?」
「それは工藤くんのギフトだろう?」
「ギフトである『清塩』から、2型のヒーラー体が発見された理由は?」
研究員の一人が何か発言すれば、そこから俺を放ったらかしにして始まる議論。なんだろうか、『ドブさらい』を笑われなかった事を喜ぶべきか、放ったらかしにされた事を泣くべきか、複雑な心境だ。
「そう言えば、塔で武田さんとも話していたんですけど、どうやらヒーラー体は人間なら全員持っている可能性があるんじゃないかって……」
この研究室の波に乗る事にした俺が、天賦の塔で武田さんと話していた事を口にした途端、全員の注目が俺に集まった。
「それはどう言う事だい?」
オルさんが俺に問うてきた。
「ほら、天賦の塔が出来た時、『小回復』のスキルを獲得した人間が大量に出たじゃないですか」
「ああ!」と研究員たちから声が上がる。だが半分近くが首を捻っていたので、情勢には疎いのかも知れない。
「だから、発現条件はオルさんと話した事でしょうけど、そもそも人間はヒーラー体を身体に隠し持っているんじゃないかと」
「確かにその可能性はあるな。となると2型がベースで1型は変異体って事にならないか?」
「確かに、その線が有力だな」
「いいえ、待って。でもベナ草は2型のヒーラー体を持っていないわ。2型がベースであると決め付けるのは時期尚早じゃないかしら?」
そしてまた始まる議論の嵐。まあ、楽しそうで何よりだな。
「ハルアキくん、ハルアキくん」
オルさんに手招きされて近くに寄る。
「『ドブさらい』ってどんなスキルなんだい?」
キラキラした目で尋ねられては答えるしかない。俺は武田さんが口にした事を『記録』から呼び出して答える。
「ふむ。狭所や溝渠かあ」
腕組みするオルさんの視線の先には机があり、そこにはズラリと試験管が並べられている。試験管には無色透明の液体が入れられていた。
「何です? その試験管」
「ああ、これは毒の試液を入れた試験管に、ハルアキくんの塩を加えたものだよ」
言われれば試験管の底に塩が溶けずに残っている。
「もう無毒化しているんですか?」
「ああ。試液には色が付けられていたんだけど、もう無色透明だろう? 無毒化している証拠さ。何なら飲んでみせようか?」
「やめてください」
それで何かオルさんの身体に異常が出たら、俺のせいになりそうだ。
「それで、その試験管の何が気になるんですか?」
「うん。試験管も狭所と言えば狭所だよねえ」
ああ、そう言われればそうかも。
「だから効果が良く発揮された。と?」
「うん。かなあ? ってレベル。それで、ものは試しなんだけど、確か『清塩』って、塩の粒を集めて色んな形に出来るんだよねえ?」
「? はい」
基本はベナ草の花だけど、それ以外にも出来るは出来る。
「細い管に成形する事は可能かい?」
「細い管、ですか?」
ああ、細い管なら狭所であり溝渠って事になるのか。そこに毒液を通せばそれだけで無毒化すると?
「細い管って、どのくらいですか?」
「血管くらいかなあ」
細過ぎじゃない!? いや、心臓辺りや太ももの大動脈ならそれなりに太いのか。でも確かに、それが分かれば俺の身体はいくら毒を体内に注入されても、無毒化可能と言う事になるのか。飲む前から酒とか酔わなくなりそうだな。
「とりあえず、直径五ミリからいかせてください」
俺は塩で真っ直ぐな管を成形した。
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