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マッドサイエンティスト
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リビングで俺たち三人の対面に陣取るバヨネッタさん。俺が出したお茶を一口すすると、その目がすうっと細められてから、口角が上がる。一見笑っているように見えるが、明らかに目の奥が笑っていない。
「さて、洗いざらい話してくれるわよね?」
湯呑みをテーブルに置いての一言目がそれだった。声のトーンはいつも通りなのに、何故か背筋を冷たいものが流れる。
「あのう……」
俺は恐る恐る小さく手を上げた。この際だからロコモコの事を説明するのはやぶさかではない。だがその前に、確認しておきたい事があるのだ。
「なんでアネカネは、バヨネッタさんの拘束魔法で全身ぐるぐる巻きにされているんですか?」
バヨネッタさんの横でピチピチ跳ねるアネカネ。足元から口まで拘束魔法で簀巻きにされているので、跳ねる以外のリアクションが出来ないのは分かるが、大魚の如く暴れる姿は、いつもの明るいアネカネとはかけ離れていた。
「こうでもしないと、この子がロコモコのところまですっ飛んで行きそうだったからよ」
「アネカネの方が、ですか?」
「そうよ。私はこれでも冷静よ。いえ、妹が暴れだしたから、逆に冷静になれたとも言えるわね」
それ程だったのか。これは思っていた以上に根が深そうだ。
「ロコモコの事を話すのは良いんですけど、姉妹揃って魔大陸に突貫なんてしないでくださいよ?」
「しないわよ」
俺は心の内でホッとした。
「するとしたら母も誘うわ」
全然納得して貰えていなかった。
「あのですね、トモノリとの会話は傍受されているだろうから、バヨネッタさんに伝わらないよう話題にしませんでしたが、ロコモコは……」
「知っているわよ。魔王軍の六魔将の内の一人なんでしょう。オルから情報は入手しているわ」
知っていたのか。とここでアネカネが無理矢理に口の拘束を解いた。
「お姉ちゃん! 知っていたなら何で教えてくれなかったの!? あいつはお父さんの仇なのよ!」
アネカネの口から聞き捨てならないワードが出てきたな。仇? バヨネッタさんの顔色を窺っても、先程からの薄い笑みのままで、その奥で何を思っているかまでは窺い知れない。
「予想外と言った顔ね。ロコモコに何か吹き込まれたのかしら?」
図星だ。向こうは敵だと言うのに、言われた事を鵜呑みにしてしまった。
「すみません。ロコモコにバヨネッタさんのお父様を殺したのは、バヨネッタさんだと聞かされていたので」
「事実よ」
俺が反省して理由を語ると、またとんでもない言葉が返ってきた。
「違うのよ、ハルアキ! これには理由があったの! お姉ちゃんが、大好きだったお父さんを意味もなく殺める訳ないでしょ!」
何も自己弁護しないバヨネッタさんに代わって、アネカネが必死に取り繕う。
「分かっているよ。バヨネッタさんとは何だかんだで一年近く一緒に旅をしてきているからね。そんな理不尽に人殺しを、まして家族を殺すような人じゃない事くらい、理解しているよ」
俺の言葉を聞いてあからさまにホッとするアネカネ。バヨネッタさんの方には動揺はなさそうだが。
「でもそうなると、こちらとしてはこれ以上は何も語る事がないですかね。俺たちが魔大陸に行くのに、案内役として現れたのがロコモコだったんです」
そう言って俺は、バヨネッタさんにロコモコとのやり取りを逐一話した。
「な、な、な、何なのよあいつぅッ!! 過去を自分の都合の良いように改変してしゃべって! あの件で魔女島にいられなくなったのは、自分も同じくせに!」
俺の話を聞いて激怒するアネカネ。確かにこれは拘束が解かれればロコモコのところまですっ飛んで行きそうだ。対してバヨネッタさんは何やら黙考している。
「何か気になる点でも?」
「ええ。ロコモコはハルアキのお友達の魔王の攻撃を受けて、グチャグチャになっても生きていたのよね?」
バヨネッタさんの質問に首肯する。
「はい。恐らくトモノリは音系のスキルだと俺は睨んでいます。その直撃を受けてロコモコの身体は振動でグチャグチャになりましたが、ものの数秒で元の状態に回復しました。だからロコモコのスキルは回復系ではないかと」
俺の話を聞いて、バヨネッタさんだけでなくアネカネまでが黙ってしまった。
「どう思う、お姉ちゃん」
「素直に考えれば、魔女島を追い出されてから回復系統のスキルを獲得したとも取れるけれど、あの頭のイカれたロコモコだもの、きっと、自分の身体を実験台に人体改造でもしたのでしょう」
「自分の身体で人体改造ですか!?」
とんでもない話だな。それが本当なら、確かに頭のネジが何本か外れている。
「ええ。ロコモコのギフトは『解剖』。そしてスキルは『合成』だから。ロコモコはこの二つを使っての改造手術を得意としているのよ」
魔女と言うよりマッドサイエンティストだな。
「『合成』と『融合』は違うんですか?」
首肯する二人。
「そうよ。『融合』は完全に溶け合って別個体になるけれど、『合成』では合成するのに使われた素体の名残りや意識がそれぞれ残るの。意識のない無機物や意識の波長が違う植物との『合成』ならまだしも、動物同士の『合成』は、見ているだけでも鳥肌が立ったものだったわ」
アネカネが、昔を思い出してか、顔をしかめて自分の身体を抱き締める。スキル『生命の声』を持つアネカネとは、相性の悪そうなスキルだ。
「でもそれだけだったら、私と相性最悪なだけだから我が家としては無視していれば良かったの。でも元来妬みや嫉みで出来ているような性格のあいつは、島で一目置かれていたお姉ちゃんに嫉妬して……」
「やめなさい」
何かを言おうとしたアネカネを、バヨネッタさんが制止する。
「でもお姉ちゃん!」
「ハルアキたちには関係ない話よ」
自分を見詰める姉の圧に、アネカネは黙り込む。だが、これだけ情報が揃えば、否が応でも想像してしまう。バヨネッタさんたち姉妹の父親は、ロコモコの改造手術の餌食となったのではないか、と。そして改造された父親を、バヨネッタさんは殺さなければならなかったのではないか、と。
「とにかく。ハルアキ、ロコモコの相手はこちらに回して貰うわよ」
バヨネッタさんの目力が凄い。その圧に負けて頷きそうになったところで、何者かが窓からすうっと侵入してきた。
「駄目よ、ティティ」
入ってきたのは姉妹の母、サルサルさんだった。いや、このマンション、オルさんにスキル対策して貰っているんですけど? それ以前に何故日本に? 俺がぼけーっとなっているところに、サルサルさんはイタズラっぽく口に人差し指を当てて、ウインクしてくるのだった。
「駄目って、母さん、ロコモコは私たち家族の……」
サルサルさんが日本にいるのを指摘しないと言う事は、二人ともサルサルさんがこっちに来ていたのは知っていたんだな。
「あなたには、今度の戦いで魔王を倒すと言う大目標があるはずよ? いくらあなたでもロコモコまで相手にしている余裕はないはず」
「それは……」
優しく諭す母に、バヨネッタさんは下唇を噛んで俯いてしまった。
「大丈夫よ。安心なさい。私が、あの人の仇がこの世に存在している事を赦すと思っているの?」
うん。流石はバヨネッタさんの母親だ。顔は優しい笑顔なのに、まるで地獄の炎を背負っているかのように凄い圧を感じる。
「私もいるからね!」
そこにアネカネも加わり、サルサルさんと二人掛かりで説得されるバヨネッタさん。
「……はあ。分かったわよ」
おお! バヨネッタさんが折れた!
「一撃入れるだけにしておくわ」
やっぱりバヨネッタさんだった。
「さて、洗いざらい話してくれるわよね?」
湯呑みをテーブルに置いての一言目がそれだった。声のトーンはいつも通りなのに、何故か背筋を冷たいものが流れる。
「あのう……」
俺は恐る恐る小さく手を上げた。この際だからロコモコの事を説明するのはやぶさかではない。だがその前に、確認しておきたい事があるのだ。
「なんでアネカネは、バヨネッタさんの拘束魔法で全身ぐるぐる巻きにされているんですか?」
バヨネッタさんの横でピチピチ跳ねるアネカネ。足元から口まで拘束魔法で簀巻きにされているので、跳ねる以外のリアクションが出来ないのは分かるが、大魚の如く暴れる姿は、いつもの明るいアネカネとはかけ離れていた。
「こうでもしないと、この子がロコモコのところまですっ飛んで行きそうだったからよ」
「アネカネの方が、ですか?」
「そうよ。私はこれでも冷静よ。いえ、妹が暴れだしたから、逆に冷静になれたとも言えるわね」
それ程だったのか。これは思っていた以上に根が深そうだ。
「ロコモコの事を話すのは良いんですけど、姉妹揃って魔大陸に突貫なんてしないでくださいよ?」
「しないわよ」
俺は心の内でホッとした。
「するとしたら母も誘うわ」
全然納得して貰えていなかった。
「あのですね、トモノリとの会話は傍受されているだろうから、バヨネッタさんに伝わらないよう話題にしませんでしたが、ロコモコは……」
「知っているわよ。魔王軍の六魔将の内の一人なんでしょう。オルから情報は入手しているわ」
知っていたのか。とここでアネカネが無理矢理に口の拘束を解いた。
「お姉ちゃん! 知っていたなら何で教えてくれなかったの!? あいつはお父さんの仇なのよ!」
アネカネの口から聞き捨てならないワードが出てきたな。仇? バヨネッタさんの顔色を窺っても、先程からの薄い笑みのままで、その奥で何を思っているかまでは窺い知れない。
「予想外と言った顔ね。ロコモコに何か吹き込まれたのかしら?」
図星だ。向こうは敵だと言うのに、言われた事を鵜呑みにしてしまった。
「すみません。ロコモコにバヨネッタさんのお父様を殺したのは、バヨネッタさんだと聞かされていたので」
「事実よ」
俺が反省して理由を語ると、またとんでもない言葉が返ってきた。
「違うのよ、ハルアキ! これには理由があったの! お姉ちゃんが、大好きだったお父さんを意味もなく殺める訳ないでしょ!」
何も自己弁護しないバヨネッタさんに代わって、アネカネが必死に取り繕う。
「分かっているよ。バヨネッタさんとは何だかんだで一年近く一緒に旅をしてきているからね。そんな理不尽に人殺しを、まして家族を殺すような人じゃない事くらい、理解しているよ」
俺の言葉を聞いてあからさまにホッとするアネカネ。バヨネッタさんの方には動揺はなさそうだが。
「でもそうなると、こちらとしてはこれ以上は何も語る事がないですかね。俺たちが魔大陸に行くのに、案内役として現れたのがロコモコだったんです」
そう言って俺は、バヨネッタさんにロコモコとのやり取りを逐一話した。
「な、な、な、何なのよあいつぅッ!! 過去を自分の都合の良いように改変してしゃべって! あの件で魔女島にいられなくなったのは、自分も同じくせに!」
俺の話を聞いて激怒するアネカネ。確かにこれは拘束が解かれればロコモコのところまですっ飛んで行きそうだ。対してバヨネッタさんは何やら黙考している。
「何か気になる点でも?」
「ええ。ロコモコはハルアキのお友達の魔王の攻撃を受けて、グチャグチャになっても生きていたのよね?」
バヨネッタさんの質問に首肯する。
「はい。恐らくトモノリは音系のスキルだと俺は睨んでいます。その直撃を受けてロコモコの身体は振動でグチャグチャになりましたが、ものの数秒で元の状態に回復しました。だからロコモコのスキルは回復系ではないかと」
俺の話を聞いて、バヨネッタさんだけでなくアネカネまでが黙ってしまった。
「どう思う、お姉ちゃん」
「素直に考えれば、魔女島を追い出されてから回復系統のスキルを獲得したとも取れるけれど、あの頭のイカれたロコモコだもの、きっと、自分の身体を実験台に人体改造でもしたのでしょう」
「自分の身体で人体改造ですか!?」
とんでもない話だな。それが本当なら、確かに頭のネジが何本か外れている。
「ええ。ロコモコのギフトは『解剖』。そしてスキルは『合成』だから。ロコモコはこの二つを使っての改造手術を得意としているのよ」
魔女と言うよりマッドサイエンティストだな。
「『合成』と『融合』は違うんですか?」
首肯する二人。
「そうよ。『融合』は完全に溶け合って別個体になるけれど、『合成』では合成するのに使われた素体の名残りや意識がそれぞれ残るの。意識のない無機物や意識の波長が違う植物との『合成』ならまだしも、動物同士の『合成』は、見ているだけでも鳥肌が立ったものだったわ」
アネカネが、昔を思い出してか、顔をしかめて自分の身体を抱き締める。スキル『生命の声』を持つアネカネとは、相性の悪そうなスキルだ。
「でもそれだけだったら、私と相性最悪なだけだから我が家としては無視していれば良かったの。でも元来妬みや嫉みで出来ているような性格のあいつは、島で一目置かれていたお姉ちゃんに嫉妬して……」
「やめなさい」
何かを言おうとしたアネカネを、バヨネッタさんが制止する。
「でもお姉ちゃん!」
「ハルアキたちには関係ない話よ」
自分を見詰める姉の圧に、アネカネは黙り込む。だが、これだけ情報が揃えば、否が応でも想像してしまう。バヨネッタさんたち姉妹の父親は、ロコモコの改造手術の餌食となったのではないか、と。そして改造された父親を、バヨネッタさんは殺さなければならなかったのではないか、と。
「とにかく。ハルアキ、ロコモコの相手はこちらに回して貰うわよ」
バヨネッタさんの目力が凄い。その圧に負けて頷きそうになったところで、何者かが窓からすうっと侵入してきた。
「駄目よ、ティティ」
入ってきたのは姉妹の母、サルサルさんだった。いや、このマンション、オルさんにスキル対策して貰っているんですけど? それ以前に何故日本に? 俺がぼけーっとなっているところに、サルサルさんはイタズラっぽく口に人差し指を当てて、ウインクしてくるのだった。
「駄目って、母さん、ロコモコは私たち家族の……」
サルサルさんが日本にいるのを指摘しないと言う事は、二人ともサルサルさんがこっちに来ていたのは知っていたんだな。
「あなたには、今度の戦いで魔王を倒すと言う大目標があるはずよ? いくらあなたでもロコモコまで相手にしている余裕はないはず」
「それは……」
優しく諭す母に、バヨネッタさんは下唇を噛んで俯いてしまった。
「大丈夫よ。安心なさい。私が、あの人の仇がこの世に存在している事を赦すと思っているの?」
うん。流石はバヨネッタさんの母親だ。顔は優しい笑顔なのに、まるで地獄の炎を背負っているかのように凄い圧を感じる。
「私もいるからね!」
そこにアネカネも加わり、サルサルさんと二人掛かりで説得されるバヨネッタさん。
「……はあ。分かったわよ」
おお! バヨネッタさんが折れた!
「一撃入れるだけにしておくわ」
やっぱりバヨネッタさんだった。
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