325 / 642
やっぱり
しおりを挟む
「うわっちゃー! マジかよ! そんなのスパイ失格じゃねえか!」
言いながらバンジョーさんは天を仰ぎ見る。耳が赤くなっているのがちょっと面白い。
バンジョーさんは本人が口にした通り、スパイだと俺は思って接していた。モーハルドのスパイだ。これは焼き物の街ラガーでバンジョーさんと出会った時から、直感的に何かあると思っていた。そうかもと思ったのは、バンジョーさんが西から来たと言っていたからだ。
オルドランドを北から南に流れるビール川。その支流であるラガー川は、ベフメ伯爵領のある東へ分かれるピルスナー川とは反対に、西に流れるのだ。ではその行き着く先の先、オルドランドの西にはどんな国があるのかと言えば、エルルランド公国や、小国家群のビチューレ、そしてモーハルドがある。
エルルランドやビチューレ、またはオルドランドが何か仕掛けてきていた可能性はあったが、やはり可能性が高かったのがモーハルドだったので、俺はバンジョーさんはモーハルドのスパイだろうと思ってここまで接してきた。どうやら間違いじゃあなかったようだ。
「やっぱりハイポーションの作製って、そんなにヤバい事案だったんですねえ」
「まあな。今までモーハルドが独占してきた事業だ。それがいきなり、一人の学者が製造に成功しました。なんて情報が飛び込んできたかと思ったら、あのオルバーニュ財団が絡んできたんだ。事情を探ろうとするのも当然だろう?」
まあ確かに。それはそうなんだよなあ。
「俺って、実は何回か殺されかけてますよね?」
「ああ。ハイポーションの件に神の子の件と、何回かハルアキ殺害に関して上司とやり取りしたよ。実行命令までは下らなかったけど、寸前までは行っていたとか。ボクの上司は胃痛が治まらなかったらしい」
「はは、ハイポーション贈りましょうか?」
「今なら泣いて喜ぶかもな」
「今なら、ですか?」
少し前なら違っていたと言う事か。
「教皇様がこちらでセクシーマン様とお会いになられただろう?」
「? はい」
「あれで国内の世情がガラッと変わってな。今は教皇様の求心力がかなり強くなっているんだ。強硬派のデーイッシュ派も強く出られなくなっている」
「と言う事は、バンジョーさんはデーイッシュ派だったんですか?」
だがそれには首を横に振るバンジョーさん。
「コニン派だよ。まあ、コニン派にも色々いるのさ。ボクがデーイッシュ派だったら、ハルアキは出会った初日に殺しているよ」
それは怖い。良かったバンジョーさんがコニン派で。
「ハルアキくん、もうそろそろ君の番だけど、大丈夫かな?」
そこにオルさんが話し掛けてきた。
「はい。…………オルさんもやっぱり暗殺対象だったりしたんですか?」
そんなオルさんを振り返りながら、俺はバンジョーに耳打ちする。
「あの人は俺のところだけでなく、世界中から命を狙われている」
「そうなんですか!? 実行犯となんて出会った事ないんですけど?」
驚愕の事実だ。それが本当なら、あの異世界での日々はもっと殺伐とした旅になっていたはずである。
「ハルアキはオルバーニュ財団の力を舐め過ぎだよ。あそこのトップが旅をするとなると、それだけで敵対組織だけでなく、財団自体も相当に気を配って、各所に命令を下して、敵対組織が何かする前に、泡沫組織なんかは潰されているよ」
そうだったんだ。俺たちがのほほんと旅をしていた裏側では、闇の組織同士が、暗躍を繰り広げていたんだ。いや、のほほんとしていたのは俺だけか。バヨネッタさんやアンリさんは知っていただろうから。
「ハルアキくん、聞いている?」
「あ、はい。俺の方はいつでも大丈夫ですよ」
「…………」
「…………どうかしましたか? オルさん?」
何かオルさんが俺を上から下までじっくり見てくるのだが?
「うん、いや、良いなあと改めて思ってね。やっぱりその新しいスキル、僕に譲ってくれないかなあ?」
「また言っているんですか? 浅野からこれだけの技術提供がなされたんですから、もう十分じゃないですか?」
「されたからだよ。君のそのスキルがあれば、この提供された技術を更に有効利用出来ると思うんだ」
う~ん、確かに。俺が天賦の塔で取得してきたこのスキル、俺が持っていてもあまり有効利用出来そうにないスキルなんだよなあ。でも、
「すみません、俺の勘が、このスキルは外すな。って訴えているので」
俺が断りを入れると、オルさんは物凄く残念そうに項垂れて、
「分かったよ」
と研究員たちの方を振り返る。
そこには日本人だけでなく、オルバーニュ財団から来ている者や、魔女島から来ている者の姿もあった。そして彼ら彼女らがサンドボックス内を映し出しているモニターを確認して、オルさんに頷き返す。
「モニタリングの準備オーケーです」
「ではハルアキくん、良いかな?」
「分かりました」
言って俺は立ち上がり、サンドボックスの中へと侵入した。
「待っていたわよ、ハルアキ」
サンドボックスの中は茫洋と広がる白い空間で、その中央では、トゥインクルステッキに横座りしたバヨネッタさんが、不敵な笑みを浮かべていた。
言いながらバンジョーさんは天を仰ぎ見る。耳が赤くなっているのがちょっと面白い。
バンジョーさんは本人が口にした通り、スパイだと俺は思って接していた。モーハルドのスパイだ。これは焼き物の街ラガーでバンジョーさんと出会った時から、直感的に何かあると思っていた。そうかもと思ったのは、バンジョーさんが西から来たと言っていたからだ。
オルドランドを北から南に流れるビール川。その支流であるラガー川は、ベフメ伯爵領のある東へ分かれるピルスナー川とは反対に、西に流れるのだ。ではその行き着く先の先、オルドランドの西にはどんな国があるのかと言えば、エルルランド公国や、小国家群のビチューレ、そしてモーハルドがある。
エルルランドやビチューレ、またはオルドランドが何か仕掛けてきていた可能性はあったが、やはり可能性が高かったのがモーハルドだったので、俺はバンジョーさんはモーハルドのスパイだろうと思ってここまで接してきた。どうやら間違いじゃあなかったようだ。
「やっぱりハイポーションの作製って、そんなにヤバい事案だったんですねえ」
「まあな。今までモーハルドが独占してきた事業だ。それがいきなり、一人の学者が製造に成功しました。なんて情報が飛び込んできたかと思ったら、あのオルバーニュ財団が絡んできたんだ。事情を探ろうとするのも当然だろう?」
まあ確かに。それはそうなんだよなあ。
「俺って、実は何回か殺されかけてますよね?」
「ああ。ハイポーションの件に神の子の件と、何回かハルアキ殺害に関して上司とやり取りしたよ。実行命令までは下らなかったけど、寸前までは行っていたとか。ボクの上司は胃痛が治まらなかったらしい」
「はは、ハイポーション贈りましょうか?」
「今なら泣いて喜ぶかもな」
「今なら、ですか?」
少し前なら違っていたと言う事か。
「教皇様がこちらでセクシーマン様とお会いになられただろう?」
「? はい」
「あれで国内の世情がガラッと変わってな。今は教皇様の求心力がかなり強くなっているんだ。強硬派のデーイッシュ派も強く出られなくなっている」
「と言う事は、バンジョーさんはデーイッシュ派だったんですか?」
だがそれには首を横に振るバンジョーさん。
「コニン派だよ。まあ、コニン派にも色々いるのさ。ボクがデーイッシュ派だったら、ハルアキは出会った初日に殺しているよ」
それは怖い。良かったバンジョーさんがコニン派で。
「ハルアキくん、もうそろそろ君の番だけど、大丈夫かな?」
そこにオルさんが話し掛けてきた。
「はい。…………オルさんもやっぱり暗殺対象だったりしたんですか?」
そんなオルさんを振り返りながら、俺はバンジョーに耳打ちする。
「あの人は俺のところだけでなく、世界中から命を狙われている」
「そうなんですか!? 実行犯となんて出会った事ないんですけど?」
驚愕の事実だ。それが本当なら、あの異世界での日々はもっと殺伐とした旅になっていたはずである。
「ハルアキはオルバーニュ財団の力を舐め過ぎだよ。あそこのトップが旅をするとなると、それだけで敵対組織だけでなく、財団自体も相当に気を配って、各所に命令を下して、敵対組織が何かする前に、泡沫組織なんかは潰されているよ」
そうだったんだ。俺たちがのほほんと旅をしていた裏側では、闇の組織同士が、暗躍を繰り広げていたんだ。いや、のほほんとしていたのは俺だけか。バヨネッタさんやアンリさんは知っていただろうから。
「ハルアキくん、聞いている?」
「あ、はい。俺の方はいつでも大丈夫ですよ」
「…………」
「…………どうかしましたか? オルさん?」
何かオルさんが俺を上から下までじっくり見てくるのだが?
「うん、いや、良いなあと改めて思ってね。やっぱりその新しいスキル、僕に譲ってくれないかなあ?」
「また言っているんですか? 浅野からこれだけの技術提供がなされたんですから、もう十分じゃないですか?」
「されたからだよ。君のそのスキルがあれば、この提供された技術を更に有効利用出来ると思うんだ」
う~ん、確かに。俺が天賦の塔で取得してきたこのスキル、俺が持っていてもあまり有効利用出来そうにないスキルなんだよなあ。でも、
「すみません、俺の勘が、このスキルは外すな。って訴えているので」
俺が断りを入れると、オルさんは物凄く残念そうに項垂れて、
「分かったよ」
と研究員たちの方を振り返る。
そこには日本人だけでなく、オルバーニュ財団から来ている者や、魔女島から来ている者の姿もあった。そして彼ら彼女らがサンドボックス内を映し出しているモニターを確認して、オルさんに頷き返す。
「モニタリングの準備オーケーです」
「ではハルアキくん、良いかな?」
「分かりました」
言って俺は立ち上がり、サンドボックスの中へと侵入した。
「待っていたわよ、ハルアキ」
サンドボックスの中は茫洋と広がる白い空間で、その中央では、トゥインクルステッキに横座りしたバヨネッタさんが、不敵な笑みを浮かべていた。
1
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。
彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。
暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる