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死者を悼む
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俺たちはジャガラガの君主オームロウの前に着地すると、俺はそのまま男に跪く。バヨネッタさんとリットーさんは一歩離れた場所から、俺を見守っていた。巨大な馬に跨っているからか、その巨漢は見上げれば首が痛くなる程に大きい。
赤い大馬に跨った巨漢。歳は三十代か、髪は暗青緑で肩に掛かり風になびき、日に焼けた顔は般若のように怒りを隠す事がなく、目はギョロリとこちらを睥睨していた。左手で手綱を持ち、右手にはハルバードのような大槍を握り締めている。その威容と男が発する気から、このオームロウなる男が俺よりも強い事は肌で感じられた。
オームロウは一度リットーさんへ視線を向けた後に、俺を見下し口を開いた。
「お前か、ティカを殺したのは」
その声圧だけで頭が下がった。返事をしようとしても身体が竦んで、脳では返事をしようとしているのに、口から声が出てこない。とは言え、このまま無言でいる訳にもいかない。腹で覚悟を決めて、俺は顔を上げると、オームロウの目を真っ直ぐ見詰めながら、
「はい」
としっかり返事をした。
瞬間、オームロウの発する気が膨れ上がる。怒気に全身の肌がピリピリして、一瞬にして鳥肌に包まれる。
「そうか。その意味分かっているのだろうな」
オームロウは大層ティカに熱心だったと聞いている。その権力で無理矢理自分の婚約者にしてしまう程に。そして見るからに勇猛果敢然とした佇まいである。ここで言葉を間違えれば、オルドランドを巻き込んで、ジャガラガと日本で戦争になりかねない。
日本の自衛隊を以ってすれば負ける事はないだろうが、人は大勢死ぬ事になるだろう。初の地球対異世界の戦争の引き金を、俺が引くのは避けたいところだ。
オームロウ以下ジャガラガ軍が静観している中、俺は口を開いた。
「私が今回この場にお伺いいたしましたのは、婚約者様をお返しする為でございます」
オームロウの怒気が、膨れ上がると言うよりも、俺を突き刺すものに変わり、胃はキリキリするし、頭に血が通わなくて目の前が暗くなるし、唾を飲み込もうにも既にカラカラに口の中が渇いていて、この怒気だけでもう死にそうだ。
「そうか」
感情のこもらない返事。オームロウはその一言とともに馬を翻す。同時に後ろに控えていたジャガラガ軍が、ザーッと左右に分かれて君主の通り道を空けた。
「付いてこい」
背中で語るオームロウの後を追うように、そして、周囲にフラフラな事が気取られないように気を付けながら立ち上がり、付いていく。
俺たちがオームロウに連れてこられたのは、一際大きなゲルだった。車輪が付いていたので、もしかしたらこのまま数十と言う馬に牽かせて移動するのかも知れない。
「こちらが婚約者様のご遺体になります」
奥の高座敷に腰を下ろしたオームロウの前で、俺は白布を広げ、その上に国連平和維持軍が回収してくれた、カロエルの塔第三階層に取り残されていたティカの遺体を横にした。
俺によって首を刎ねられた遺体を前に、オームロウは取り乱した様子は見せず、高座敷を立ち上がると、ティカの遺体の前まできて胡座をかいて腰を下ろし、慈しむようにその頭を何度も何度も撫でてあげるのだった。
そうして長い間頭を撫でていたオームロウであったが、自身の中で一区切りついたのだろう。腰からナイフを取り出すと、ティカの髪を一握り刈り取り、次に自身の髪を一本引き抜くと、その髪でティカの髪を結んで、己の懐に仕舞い込んだ。その所作の一つ一つから、オームロウの愛情が伝わってきて、ティカとの向き合い方はどうであれ、本当に愛していたのだなあ。と実感した。
オームロウが高座敷に戻った後、ティカの遺体はそのまま白布に包まれ、オームロウ配下の人の手によって、俺たちの視界の外に運ばれていく。
「リットーから、ティカを唆したのは、魔王の配下だと聞いている」
肘置きに肘を突いてオームロウがこちらに問う。今回、バヨネッタさんにはサリィからここまでの道を転移扉で繋げて貰い、リットーさんにはオームロウに事前に話を通して貰った。本当に二人にはお世話になりっぱなしだ。
「はい」
俺は居住まいを正してオームロウに頭を垂れる。
「正確には、今代魔王ノブナガに操らていたドミニクなる男に、です」
「そうか」
その後、沈黙が場を支配した。頭を下げている俺からは、オームロウの顔は分からない。が、何やら思案げな雰囲気は感じ取れた。
「お前らは魔王と会ったのだったな」
やっと発せられたオームロウの声には、怒気は混ざっておらず、君主としての威厳が乗せられていた。
「はい」
「どう受け止めた」
どう受け止めた、か。これは、ティカを殺した俺=日本との戦争ではなく、ティカを唆して俺たちと戦わせた魔王との戦争に、思考をシフトさせたと考えて良いのだろうか?
「どうなのだ?」
「はい。パジャンの仙者の言を借りれば、あの魔王は歴代でも最強クラスで、この世界だけでなく、他の複数の世界までも手中に収める器だとか」
「ほう? 余であっても相手にはならぬと申すか?」
オームロウから闘気が沸き立つ。やはりこの君主は、己の婚約者を戦場に駆り立てた魔王と、一戦交えるつもりなのだ。だが、
「敵わないでしょう」
俺の言葉に、場にいたジャガラガの人間たちがざわつく。
「敵わないか」
「あの場には仙者の他に、私の後ろに控えるお二人もおりました。その三人を以ってしても、あの魔王に傷一つ付けられなかったであろう事は、若輩の私にも明白でした。そこにオームロウ様が加わられたところで、結果は覆らないかと思われます」
「貴様無礼だぞ!!」
俺の言葉にジャガラガの若い武官が反論し、それを皮切りににわかに場のジャガラガ人たちが騒ぎ出すが、
「やめろ」
オームロウの一言で静まり返る。
「お前は正直者だな」
「申し訳ありません。ですがこれも御身を思っての申し出と受け止めて頂ければと存じます」
「余の身をか?」
痛いところを突いてくるな。
「申し訳ありません。今は世界対魔王と言う構造になっておりますので、ここでジャガラガに下手に動かれると、世界が平らにされてしまうとの腹積もりがありました」
「本当にお前は馬鹿正直だな」
全くだ。正直を通り越して馬鹿が正しい。
「リットーよ、魔王との会談はいつだったか?」
「半年後だな!」
「分かった。では我々ジャガラガも、その時に向けて準備をするとしよう」
おお! これはなんとか日本対ジャガラガの戦争を回避出来たのではないか?
「ご理解頂き、ありがとうございます」
俺が頭を床にこすりつけるように礼をすると、
「ただしお前には、余の婚約者を殺した賠償金を払って貰う」
ときっちり落とし前をつけるように釘を刺されてしまった。俺の口から婚約者を殺したと明言してしまったからなあ。まあ、これで戦争が回避出来るのなら、安い出費……なのか?
赤い大馬に跨った巨漢。歳は三十代か、髪は暗青緑で肩に掛かり風になびき、日に焼けた顔は般若のように怒りを隠す事がなく、目はギョロリとこちらを睥睨していた。左手で手綱を持ち、右手にはハルバードのような大槍を握り締めている。その威容と男が発する気から、このオームロウなる男が俺よりも強い事は肌で感じられた。
オームロウは一度リットーさんへ視線を向けた後に、俺を見下し口を開いた。
「お前か、ティカを殺したのは」
その声圧だけで頭が下がった。返事をしようとしても身体が竦んで、脳では返事をしようとしているのに、口から声が出てこない。とは言え、このまま無言でいる訳にもいかない。腹で覚悟を決めて、俺は顔を上げると、オームロウの目を真っ直ぐ見詰めながら、
「はい」
としっかり返事をした。
瞬間、オームロウの発する気が膨れ上がる。怒気に全身の肌がピリピリして、一瞬にして鳥肌に包まれる。
「そうか。その意味分かっているのだろうな」
オームロウは大層ティカに熱心だったと聞いている。その権力で無理矢理自分の婚約者にしてしまう程に。そして見るからに勇猛果敢然とした佇まいである。ここで言葉を間違えれば、オルドランドを巻き込んで、ジャガラガと日本で戦争になりかねない。
日本の自衛隊を以ってすれば負ける事はないだろうが、人は大勢死ぬ事になるだろう。初の地球対異世界の戦争の引き金を、俺が引くのは避けたいところだ。
オームロウ以下ジャガラガ軍が静観している中、俺は口を開いた。
「私が今回この場にお伺いいたしましたのは、婚約者様をお返しする為でございます」
オームロウの怒気が、膨れ上がると言うよりも、俺を突き刺すものに変わり、胃はキリキリするし、頭に血が通わなくて目の前が暗くなるし、唾を飲み込もうにも既にカラカラに口の中が渇いていて、この怒気だけでもう死にそうだ。
「そうか」
感情のこもらない返事。オームロウはその一言とともに馬を翻す。同時に後ろに控えていたジャガラガ軍が、ザーッと左右に分かれて君主の通り道を空けた。
「付いてこい」
背中で語るオームロウの後を追うように、そして、周囲にフラフラな事が気取られないように気を付けながら立ち上がり、付いていく。
俺たちがオームロウに連れてこられたのは、一際大きなゲルだった。車輪が付いていたので、もしかしたらこのまま数十と言う馬に牽かせて移動するのかも知れない。
「こちらが婚約者様のご遺体になります」
奥の高座敷に腰を下ろしたオームロウの前で、俺は白布を広げ、その上に国連平和維持軍が回収してくれた、カロエルの塔第三階層に取り残されていたティカの遺体を横にした。
俺によって首を刎ねられた遺体を前に、オームロウは取り乱した様子は見せず、高座敷を立ち上がると、ティカの遺体の前まできて胡座をかいて腰を下ろし、慈しむようにその頭を何度も何度も撫でてあげるのだった。
そうして長い間頭を撫でていたオームロウであったが、自身の中で一区切りついたのだろう。腰からナイフを取り出すと、ティカの髪を一握り刈り取り、次に自身の髪を一本引き抜くと、その髪でティカの髪を結んで、己の懐に仕舞い込んだ。その所作の一つ一つから、オームロウの愛情が伝わってきて、ティカとの向き合い方はどうであれ、本当に愛していたのだなあ。と実感した。
オームロウが高座敷に戻った後、ティカの遺体はそのまま白布に包まれ、オームロウ配下の人の手によって、俺たちの視界の外に運ばれていく。
「リットーから、ティカを唆したのは、魔王の配下だと聞いている」
肘置きに肘を突いてオームロウがこちらに問う。今回、バヨネッタさんにはサリィからここまでの道を転移扉で繋げて貰い、リットーさんにはオームロウに事前に話を通して貰った。本当に二人にはお世話になりっぱなしだ。
「はい」
俺は居住まいを正してオームロウに頭を垂れる。
「正確には、今代魔王ノブナガに操らていたドミニクなる男に、です」
「そうか」
その後、沈黙が場を支配した。頭を下げている俺からは、オームロウの顔は分からない。が、何やら思案げな雰囲気は感じ取れた。
「お前らは魔王と会ったのだったな」
やっと発せられたオームロウの声には、怒気は混ざっておらず、君主としての威厳が乗せられていた。
「はい」
「どう受け止めた」
どう受け止めた、か。これは、ティカを殺した俺=日本との戦争ではなく、ティカを唆して俺たちと戦わせた魔王との戦争に、思考をシフトさせたと考えて良いのだろうか?
「どうなのだ?」
「はい。パジャンの仙者の言を借りれば、あの魔王は歴代でも最強クラスで、この世界だけでなく、他の複数の世界までも手中に収める器だとか」
「ほう? 余であっても相手にはならぬと申すか?」
オームロウから闘気が沸き立つ。やはりこの君主は、己の婚約者を戦場に駆り立てた魔王と、一戦交えるつもりなのだ。だが、
「敵わないでしょう」
俺の言葉に、場にいたジャガラガの人間たちがざわつく。
「敵わないか」
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「貴様無礼だぞ!!」
俺の言葉にジャガラガの若い武官が反論し、それを皮切りににわかに場のジャガラガ人たちが騒ぎ出すが、
「やめろ」
オームロウの一言で静まり返る。
「お前は正直者だな」
「申し訳ありません。ですがこれも御身を思っての申し出と受け止めて頂ければと存じます」
「余の身をか?」
痛いところを突いてくるな。
「申し訳ありません。今は世界対魔王と言う構造になっておりますので、ここでジャガラガに下手に動かれると、世界が平らにされてしまうとの腹積もりがありました」
「本当にお前は馬鹿正直だな」
全くだ。正直を通り越して馬鹿が正しい。
「リットーよ、魔王との会談はいつだったか?」
「半年後だな!」
「分かった。では我々ジャガラガも、その時に向けて準備をするとしよう」
おお! これはなんとか日本対ジャガラガの戦争を回避出来たのではないか?
「ご理解頂き、ありがとうございます」
俺が頭を床にこすりつけるように礼をすると、
「ただしお前には、余の婚約者を殺した賠償金を払って貰う」
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