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魔王、仕掛ける

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 中国の京劇を思わせる仮面を付けた男。その声に俺とシンヤは聞き覚えがあった。トモノリだ。


「いやあ、面白い見世物だったよ。どうだっかな? 俺の仕掛けは? 楽しんで貰えたかな?」


「仕掛けですって?」


 バヨネッタさんが低いトーンで尋ねると、男の仮面がパッと違う柄に変わった。


「そうよ。天使のあなたなら分かっていたんじゃない? あの男が途中からおかしくなってきていた事に」


 口調が変わった。それだけじゃない。声自体が女性のものに変わった。


『では、あのバグを仕掛けたのは、あなただったのですね?』


 天使カロエルが尋ねると、また男の仮面が変わる。


「そうじゃ。儂の中にある魂の一つの故郷を探っていたら、面白いものを見付けてしまってのう。これは運営をちょいと困らせるドッキリが出来そうだと、あやつの魂を少し操作させて貰ったんじゃよ」


 今度は老爺のような声音だ。それにしても『魂の一つ』か。確かシンヤに取り憑いていたギリードとか言う魔族の話では、魔王ノブナガは二つの魂を持っている。との事だったが、既に三人目だ。どうなっている?


「つまりドミニクの暴走はお前の仕業だった訳だな? 今代魔王よ?」


 そう仮面の男に尋ねたのは、俺の後ろに隠れる武田さんだ。武田さんの「魔王」と言う一言に、場の緊張感が高まる。そしてそれを聞いて魔王の仮面がまた変わった。


「ほう、流石は先代の魔王を打倒した勇者だ」


 男の声に全身の毛が粟立つ。こいつが主人格だと嫌でも理解する。皆も同様らしく、男が一言発した時点で、手に持っていた自分の武器をあいつに向けて構えていた。


「我が名はノブナガ。長き年月を輪廻する魔王である。して、我に向けて武器を構えると言う事は、この場で我と戦う覚悟と見て良いのだな?」


 魔王ノブナガの言葉の後に、誰かの歯ぎしりが聞こえた。俺たちはドミニクとの戦いで相当疲弊している。それなのにこれから魔王と連戦なんて、出来るはずがない。それでなくても身体が理解してしまっている。この魔王はドミニクなんかより数段強い事に。例え万全の状態だったとしても、俺たちでは魔王に一蹴されてしまっていただろう。


「フフ、フッハッハッハッ!! 冗談の通じない奴らだ。我が今日ここに来たのは、我が策を打ち破った者たちに用があったからよ」


「用? では、戦うつもりはないと?」


 バヨネッタさんの言に、鷹揚に首肯するノブナガ。


「お主たちが今戦いたいと申すのなら、是非もないが」


 その発言に対して、俺たちは沈黙を貫く事しか出来なかった。


「フフ。命乞いはしないが、あえて戦う事も選ばないか。賢明だな。いや、懸命か。下手な弁明は、我の気分を逆撫でする可能性があるからな」


 どうやらこれが、俺たちが生き残れる最善手で間違いなかったようだ。と心の中で安堵の溜息を吐いていたところで、ノブナガの仮面がまた変わった。


「僕は気に食わないなあ。僕の策が一部破綻したんだ。多少この場で痛い目見てって欲しいんだけど?」


 幼い子供のような声音。そしてノブナガはその情動を形にするように、右手を上に突き出すと、その手の平から極大の魔力球を生み出した。


 それは純粋に魔力の塊であり、膨大なエネルギーであり、悪意の顕現したものだった。


 とっさに考え付いたのはこの場から逃げる事。だが、俺たちがいるのは礼拝堂の最奥であり、入ってきた階段とは真反対だ。しかも途中には魔王ノブナガがいる。「詰んだ」と思った次の瞬間、その極大の魔力球は空に掻き消えた。


「全く、いくらなんでもやり過ぎだ。そんな事したら、皆死んでしまうだろう?」


 いつの間にかノブナガの仮面は、最初のものに変わっていた。


「トモノリ……」


 俺の言に気付いたノブナガは、俺とシンヤを交互に見遣り、その仮面の奥の瞳を斜め下に反らした。


「気付いていたのか」


「何年友達やっていると思っている。声聞けば一発だよ」


 トモノリに語り掛けるシンヤの声は、優しかった。


「そうか。嬉しいよ。でも悪かったな。何か、俺のやっている事に巻き込んじまったみたいで」


「は? それってどう言う……」


 俺がそこら辺を追及しようとしたところで、魔王ノブナガの仮面がまた、新しいものに切り替わる。


「そこまでにしましょう。私にも時間がありませんからね」


 二十代くらいの青年の声だ。


「時間がない?」


「ええ。スキルや魔法ではなく、魔力で無理矢理時空を捻じ曲げてここにいますので、あまり長居出来ないのですよ」


 やっている事滅茶苦茶だな。


「おまけに、この惑星を取り囲む『聖結界』を壊さなければなりませんでしたし」


 それはそちらの都合だろう。


「ですから、端的にこちらの要求を言わせて頂きます」


 要求ねえ。向こうは一瞬でこちらを殺せるのだから、強要と言った方が正しい気もするが。


「私の配下に就きなさい」


「配下にですって?」


 バヨネッタさんが問い返す。


「そうです」


「…………目的は何?」


 ここでノブナガの仮面が主人格へと切り替わった。


「自由だ!」


「…………自由?」


「そうさ、自由だ! 完全なる自由、それが我の望みだ!」


 何を言っているのか理解し兼ねていると、また仮面が青年のものに切り替わった。


「失礼。皆さんも、この戦いを通して、気付いたのではありませんか? 自分が上位世界のプレイヤーのアバターであり、またこの世界を回すだけのNPCである事に。そしてそこに本当の自由がない事に」


 それは…………そうだ。結局俺たちは自由意思で何かをやっていると思っていても、それは上位世界のプレイヤーや運営の目的に沿うように行動させられているだけなのかも知れない。


「だから何?」


 それでもバヨネッタさんは強気に問い返す。


「だから私たちは本当の自由を手に入れる為に、立ち上がらなければならないのです」


「出来ると、思っているの?」


 バヨネッタさんの言に、ノブナガの仮面がほくそ笑んだ気がした。


「ええ。出来ますとも。それはこのドミニクなる男の行動で証明されたのでは?」


「はあ? まさかドミニクと同じように、世界を丸ごと自分の領域に変更するつもり? ドミニクはプレイヤーとやらで、私たちはNPCとやらなのでしょう? 私たちにそんな資格あるとでも……」


『あります』


 バヨネッタさんの反論に答えたのは、天使カロエルだった。皆の視線がカロエルに集中する。


『NPCにも、世界獲得権はあるのです』


 マジかよ?

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