世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
273 / 632

テンノイヌ

しおりを挟む
「入れ」


 兵士に連れられてやって来たザクトハが入室したのは、軍駐屯地にある真っ白い尋問室だ。その瞳をおどおどさせるザクトハだったが、闘技場で出会った時とは違い、その瞳は澄んでいる。


「わ、私は……」


「まずは座れ」


 何かしゃべろうとしたザクトハを制して、ジークス部隊長は自身の前に置かれた椅子に座るように指示する。こうやって機先を制して、ここでの主導権を自分側に持ってくるつもりなのだろう。


 ザクトハが椅子に座ったところで、付き添いの兵士が椅子とザクトハを魔法で固定させる。


「ここに呼ばれた意味は分かっているな?」


 ジークス部隊長のドスの効いた声に、顔を引きつらせて何度も頷くザクトハ。


「そんなに緊張しなくても、暴力は振るわせないから安心して」


 ジークス部隊長の後ろで優しく声を掛けたのに、ザクトハにギョッとされた。何故だ?


「お前はクドウ商会の、何故ここに?」


「私を知っているんですね。と言う事は、『完全魅了』で操られていた時の記憶はあるんですね」


 俺の言葉に、何と返答すれば良いのか逡巡したザクトハだったが、自身を取り囲むジークス部隊長や兵士たちを見遣るに、嘘を吐くのは得策ではないと観念したのだろう、一度息を大きく吐いてから、首肯した。


「おぼろげな部分もあるが、所々憶えている」


 成程。


「では、その憶えている全てを話して貰おう」


 ジークス部隊長のドスの効いた声に、ザクトハは生唾を飲み込み、訥々とつとつと話し始めた。



 ザクトハとティカが出逢ったのは、レーン辺境伯に連れられ、遊牧民族であるジャガラガの君主オームロウが、その時に居を構えていた、ジャガラガ南部の平原に出向いた時の事だった。


 レーン辺境伯一行は、オームロウから歓待を受けたそうだ。それも当然だろう。その日はオームロウの妹とザクトハの結納が行われる日だったからだ。これは完全な政略結婚であり、ザクトハやオームロウの妹の意思の介在はなく、これによって両国は友好国として一歩を踏み出すはずだったそうだ。


 オームロウが用意した大型ゲルで、主賓としてオームロウの妹と結納の式典に出席していたザクトハは、出席者たちから代わる代わる酒を飲まされて、かなり酩酊してしまったのだと言う。それで一時的に式を退席した。


 気分を持ち直したザクトハは式場に戻ろうと思ったが、ここは来た事もない場所であり、辺りは似たような景色ばかりで、すっかり迷ってしまった。それで誰かに道を聞こうと尋ねたのが、運悪くティカだった。


 出逢った時のティカは顔を薄いベールで覆い、その顔を見る事は出来なかったと言う。ただこれは、式場で働いていた者全員ベールで顔を隠していたそうなので、ジャガラガの風習なのかも知れない。


 道に迷っていたザクトハは、疑う事なくティカの後を付いて行ったが、通された先は式場ではなかった。どうやら物置として使用しているゲルに連れ込まれたザクトハは、そこでティカの目を見てしまい、その後は二人で逃避行である。


 ティカが式場にいたのは偶然か、それとも前から計画していたのか。何であれ使用人に化けて潜り込んでいたんだ、何かしら計画していたと考えるべきだろう。


「ティカはよく、私は弟に似ていると言っていたよ」


 そう言えばティカは闘技場でも、弟がどうのこうのと言っていたな。余程弟に思い入れがあるのだろう。


 その後の逃避行はどこをどう逃げ回っていたのか、あまり憶えていないらしい。ただ場所的にはオルドランドの東、カッツェル国の北端でアンゲルスタ兵と接触したそうだ。そう言えば、こっちに来た頃、あそこら辺は通れないと言われていたっけ。


 アンゲルスタ兵たちもその『完全魅了』で虜にしたティカは、ザクトハを連れて地球へと、アンゲルスタへとやって来た。そこでティカ曰く、運命の出逢いを果たしたと言う。


「運命の出逢い?」


 俺の独り言のような問いに、ザクトハは首肯して返してきた。


「ドミニク・メルヒェンだよ」


「まさかティカの一目惚れか?」


 しかしこれにはザクトハは首を横に振った。


「ドミニクは、ティカの弟と瓜二つだったようだ」


 どれだけ弟に固執しているんだよ。


「それでまさか、ドミニクをその『完全魅了』で自分の虜にしてしまったとか言わないよな?」


 これに首を横に振るザクトハ。ありそうな話だけに一瞬ゾッとしたが、違う事にホッとした。いや、ホッとするのも違うな。


「どうやら『魅了』を試したみたいだが、ドミニクには効かなかったんだ」


「効かない? あの『完全魅了』は相当なものだよ? グジーノの『狂乱』さえ効かない軍支給の指輪が、壊れるくらいの代物なんだから」


 これにはザクトハも首肯し、その顔は苦虫を噛み潰したように悔しさを表現していた。まあ、操られた本人なんだから、その効果の程も分かっているか。


「効かないって事は、そう言う系のスキルって事?」


 俺の言に首肯するザクトハ。


「なんでも、『天狗』と言うスキルだそうだ」


「『天狗』!?」


 なんで天狗? 天狗なんて日本の民間伝承みたいなものだろ? 俺の驚いた声が大きかったからか、周りの視線が俺に集中した。


「ああ、いえ、天狗って、私の国で語り継がれる妖怪と言いますか、魔物としてその名を聞くので、びっくりしてしまって」


「魔物、ねえ」


 俺の後ろで壁に背中を預け、今まで静観していたバヨネッタさんが口を開いた。


「『天狗』なんて、魔物の名前としても知らないし、スキル名としても聞いた事がないわ」


「まあ、世界的にはマイナーですけど、日本ではメジャーなんですよ。ねえ、武田さん」


 俺の振りに武田さんは首肯で返してくれた。


「そうだな。天狗と言えば、姿は人で鼻が高くて翼が生えていて、羽団扇を持ち、空を飛ぶとか、神通力があるとか、日本だけでメジャーだよな」


「そうだ! アイツには翼が生えている! 出し入れ可能な翼で、限られた人間に対してだけ、その翼を見せていた!」


 と武田さんの言にザクトハが反応した。


「姿が人で翼が生えているなんて、まるで天使ね」


 バヨネッタさんに言われてハッとする。確かに天狗と天使は混同される事もあるな。


「それに神通力って何かしら?」


「説明が難しいんですけど、こっちで言えばスキル? みたいな? 色々出来るみたいです」


「曖昧ねえ」


「字面では神に通じるって書くんですけど?」


「怪しさ満載ねえ」


 全くだ。俺たちは天狗に化かされたのか、馬鹿されたのか。


「色々出来るのなら、『完全魅了』を跳ね返せるのも納得出来なくはないけれど、それだと最低でもレアスキル。恐らくはユニークスキルでしょうね」


 だろうなあ。なんてこったい。敵の首領のスキル名は判明したけれど、名前からじゃあ能力までは判明しなかったなあ。


「そう言えば、地上に落ちる流星を、天狗星とか天狗流星と言うんだっけな」


 と武田さんがぼそり。成程、隕石が落ちて出来た国の国主のスキルに相応しいもののようだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し
ファンタジー
道具屋の店主モルネトは、ある日訪れてきた勇者パーティーから一方的に因縁をつけられた挙句、理不尽なリンチを受ける。さらに道具屋を燃やされ、何もかも失ったモルネトだったが、神様から同じ一日を無限に繰り返すカードを授かったことで開き直り、善人から悪人へと変貌を遂げる。最早怖い者知らずとなったモルネトは、どうしようもない人生を最高にハッピーなものに変えていく。綺麗事一切なしの底辺道具屋成り上がり物語。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...