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寝落ち=気絶

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「おっはよーー!!!!」


 朝、教室に入るなり元気にあいさつしたら、全員に驚かれた。解せん。


「ど、どうしたハルアキ? 大丈夫か?」


 タカシが心配そうに近付いてきて俺の肩を揺する。


「ええ!? 大丈夫かだって!?」


 俺はタカシの手を振り払いながら、自分の席に座った。


「大丈夫な訳ないじゃん……。三徹だよ?」


 突っ伏した机がひんやりしていて気持ち良い。


「おお……、そうか」


 タカシ、アネカネ、ミウラさんが俺に同情の視線を送っている。それを面白いものを見付けたように、テレビカメラが撮影していた。…………テレビカメラ?


「え!? 何!? テレビ!?」


 驚いて机から上半身を跳ね起こす。見ればカメラを構えた男性カメラマンと、その横にマイクを持った女性が立っていた。


「どうも。帝京TVの『異世界人さんいらっしゃい!』と言う番組です」


「はあ。…………はっ! あれだ! 『いらっしゃい!』シリーズだ!」


「はい。そうです。ご存知でしたか」


『いらっしゃい!』シリーズとは、水曜夜八時からやっている、帝京TVの人気番組だ。これまでも『外国人さんいらっしゃい!』で様々な外国人が日本で暮らす姿を密着取材したり、『職人さんいらっしゃい!』で職人の生活に密着取材したりと、様々な人々の密着取材をするテレビ番組だ。


「な、成程。『異世界人さんいらっしゃい!』と言う事は、ミウラさんとアネカネの密着取材ですか?」


「はい。学校や大使館からは取材許可を頂いております」


 まあ、そうか。『いらっしゃい!』シリーズ程の人気番組からの取材となると、断る方が逆に怪しくなるってものか。


「でもそれなら、転校初日からでも良かったのでは?」


 なんで三日目からなんだ?


「それなんですけど、新しく日本と国交を結ぼうと言うエルルランドとの交渉に、結構手間取りまして、こんな中途半端な時期に」


 ほ~ん、成程ねえ。それでもたった二日遅れで取材許可を勝ち取るとは、流石は人気番組である。しかし、


「これ俺、寝れないよね」


「いえ、寝てください。流石に三日寝ていないのは身体に悪いですよ」


 ミウラさんが優しい言葉を掛けてくれる。


「私知っているわ。こう言う時、体調が悪いって言って、保健室で寝ると良いって」


 とアネカネ。この発言に周りからは失笑が漏れる。だがアネカネは何故笑われているのか分からず、首を傾げていた。


「誰からそんな事教わったんだ?」


「モモカよ」


 あいつ、絶対自分でその手を使っているな。


「と言う訳で、保健室で寝てくると良いわよ」


 自信満々に言われてもな。


「それ、テレビカメラの前でやったら、後で絶対バレるやつだから」


 ハッとしてテレビカメラを見るアネカネ。そうしてまたも周りから失笑が漏れる。


「お~い、席に着いて」


 そうして担任の先生が教室に入ってきた。


「辛かったら寝ちゃってくださいね」


「何なら肩貸してあげましょうか? それとも膝枕が良いかしら?」


「どちらも遠慮させて貰うよ」


 そうアネカネに断りを入れ、先生の方を向いたところで記憶が飛んだ。



「工藤起きろ!!」


 男性の大声にハッと目が見開いた。ぼやけていた視界の焦点が合うと、視界は横に倒れ、左隣りのミウラさんの方を向いていた。


「工藤!!」


 大声は数学Ⅱの先生の声だ。と言う事はもう四限目か!? 完全に眠っていた! 俺は慌てて上半身を起こそうとするが、それを背中に置かれた手に封じられる。誰だ!?


「もうしばらくゆっくりしてて良いわよ」


 声の主はアネカネだった。と言う事は、今俺の背中に手を置いているのもアネカネなのだろう。


「先生、寝かせおいてやってくださいよ~」


 タカシが先生に、俺を見逃すように嘆願している声が聞こえてきた。


「そう言われてもなあ。テレビの取材だって来ているんだぞ? 学校の恥を全国、いや、全世界に晒す事になる」


「そんな事はありません。ハルアキ様は良くやっておられます。今日はたまたま寝不足だっただけなのです」


 とミウラさんも俺を擁護してくれる。


「いや、だからと言ってなあ。学校には多数の学生が通うので、それなりの規律の遵守と言うものが求められるのだよ」


「あら? それをあなたが言うのかしら? 先生の方こそ、学生に規律を守れと指示するなら、そんな服じゃなく、他の先生たちと同じ服を着るべきじゃないの?」


 アネカネの反論に、学友たちが「そうだそうだ」と同調する。数Ⅱの先生はサッカー部の顧問もやっていて、普段からジャージだからなあ。ジャージが悪い訳じゃないけど、異世界人から正論をかまされたら、何も言えなくなっちゃうよなあ。


「…………分かった。が、授業中に寝ていても、工藤の為にはならないからな。成績落ちても俺は知らんぞ」


 おお。あの数Ⅱの先生が引いた。凄いぞ皆! これでもう少しだけ寝ていられる。



「ああ、身体がバッキバキだあ」


「大丈夫ですか?」


「寝足りないとか?」


 ミウラさんとアネカネが、身体をバキバキ鳴らす俺を心配してくれた。


「まあ、午前中机に突っ伏してずっと寝ていたからな」


 対してタカシが、呆れたように明太フランスをかじりながら答える。


「悪かったな。マジで限界だったみたい。なんか、先生たちに色々言っててくれたみたいで、助かっよ」


 俺の言葉にタカシが照れたように横を向く。


「別に。ミウラさんとアネカネが必死になってハルアキを庇っていたから、俺は手助けしただけだよ。俺は女性の味方だからな」


 タカシが言っても説得力ゼロだな。


「なんだよ?」


「いや、別に」


「しっかし、何があったんだ? って言えないか」


 とタカシはすぐ横のテレビクルーを見遣り、口をつぐんだ。


「そうだなあ。ちょっと会社と連絡取ってみないと、分からないかなあ」


「会社、ですか?」


 マイクを持った女性ディレクターに首肯して、俺はスマホで会社にDMを送る。


「ハルアキと俺は、クドウ商会で働かせて貰っているんですよ」


「えっ!? クドウ商会って、あのクドウ商会ですか!?」


 驚くディレクターさんに、俺は首肯で返す。


「クドウ商会って言ったら、異世界貿易の急先鋒。今地球で一番ホットな会社じゃないですか。そんなところが、高校生をバイトで雇っているんですか?」


「俺たちだけじゃないですよ、働いているのは。この学校には結構います」


 俺の言葉にディレクターさんは驚いていた。だがこれは事実だ。それは祖父江兄妹だけの話ではなく、他にも何人かいる。と言うのも、


「クドウ商会って、この町にオルドランドのアンテナショップ開いているじゃないですか。タカシなんかはそこで売り子していて、売り上げナンバーワンですよ」


 そう、オルドランドの事を知って貰う為に、クドウ商会では全国各地にアンテナショップを開店させており、タカシはこの町のアンテナショップで、売り子をしている。『魅了』の効果があるので、タカシが店に出るだけで、売り上げが二倍三倍になると、店長が言っていた。まあ、異世界特需で、タカシがいなくても相当な売り上げなのだが。


「まあ、それは分かりますね」


 と女性ディレクターが少し頬を染めながらタカシを見詰めている姿に、横のカメラマンが引いていた。


「それじゃあ、ハルアキくんもそこでバイトを?」


「いや、ハルアキは違いますね」


「違うんですか?」


「ええ。ハルアキは渉外部って言う、異世界と交渉する部署で働いているんです」


「高校生が渉外部!?」


 めっさ驚いているな。渉外部とは会社外部との交渉役であり、この場合、異世界と連絡や交渉の場に立っている事になる。そんな重要部署に高校生がいれば、驚かれるのは当然だろう。実際は社長なんだけど。


「凄いですね」


 ディレクターさんが、本当に感心しているように声を上げた。


「今朝まで色々ありまして、三徹でした」


 褒められて、照れ隠しににへらと笑う。


「えっ? それ、労働基準法的に駄目なんじゃ?」


「でしたね。つい秋までは」


「つい秋までは?」


「ほら、オルドランドとの国交樹立で、国会に新たな法律が提出されたじゃないですか。あの中に、外国とのやり取りに関係する者に限り、労働基準法第61条の限りではない。って法律が加えられたんです」


「へえ、そんな法律が」


「何せ、こちらとは常識が異なる世界とか生活時間の違う外国との交渉事ですから、何時から何時までとか労働時間を設定出来ないんですよ」


 俺の説明に、テレビクルーの二人の口は、開いたままになっていた。その間に会社から返信だ。



「おっ。ここで話すのは駄目だけど、会社での取材はオーケーっぽいな」


「会社での取材がオーケーって、どう言う事ですか?」


 事情の飲み込めていないディレクターさんが、俺に尋ねてきた。


「いえね、今日学校が終わった後、ミウラさんとアネカネに、ちょっと手伝って貰いたい事がありまして」


「それで三徹なんて事になっていたの?」


 アネカネが呆れ気味に尋ねてきた。


「ああ。『誰かさん』のお陰でね」


「それはご迷惑をお掛けしました」


 本当に。もう慣れましたけど。それにこれは、文部科学省と博物館協会の人たちが盛り上がったせいでもある。


「私たちは何をお手伝いすれば良いのでしょう?」


「それは会社に着いてからと言う事で。大丈夫です。お父様には既に許可をお取りしてありますから」


「分かりました」


 俺の言にミウラさんが首肯する。ちらりとアネカネを見ればアネカネも頷いていた。


「まあ、そんな訳ですので、テレビクルーのお二人も放課後、会社に来てください」


 俺が視線を二人に向けると、引き気味ながらも首肯するテレビクルーの二人。ま、こんな特ダネ、見過ごす訳ないか。


「あ、多分、Future World Newsの武田さんもいると思いますけど、大丈夫ですか?」


「え? あいつがいるんですか?」


 めっさ嫌そうだな、ディレクターさん。同じ業界人にも好かれていないんだな、武田のおっさんは。

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