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「やってられないわ」


 地下八十階。ヤマタノオロチがいるボス部屋の前室まで引き上げてきた俺たち。決め手に欠ける幾度もの戦闘に、バヨネッタさんが文句を垂らす。自分が乗り気で引き受けたと言うのに、いい気なものである。


「なあに? ハルアキ、言いたい事があるなら、口に出したらどうかしら?」


「いえ! 何でもありません!」


 これを口に出せない俺も俺だが。


「何なのあいつ? どれだけ痛めつけても、いえ、痛めつければつけるほど、強くなって再生してくるんだけど。まともに相手をしていられないわ。弱点とかないの?」


 相当にお冠のバヨネッタさんが、勇者パーティの方を睨む。その視線に肝を冷やしたような顔をする面々。


「弱点は分かっているんです」


 口を開くシンヤに、


「だったら事前に教えなさいよ」


 とバヨネッタさんが更に睨みを効かせる。縮こまるシンヤだが、これには俺もバヨネッタさんと同意見だ。


「それで? どんな弱点なの?」


「弱点は尾の付け根です」


 半眼で尋ねるバヨネッタさんに答えるシンヤ。成程。ヤマタノオロチと言えば草薙の剣。確か草薙の剣はヤマタノオロチの尾から出てきたと伝説にはあったっけ。まあ、あのヤマタノオロチが草薙の剣をドロップするかは知らないが。しかしてその答えにバヨネッタさんが嘆息する。


「で? どうやって尾の付け根に攻撃するのよ?」


 そこなんだよなあ。尾の付け根に攻撃出来れば苦労はないのだ。ヤマタノオロチはまるで尾の付け根を守るように、頭をこちらへ向けて待ち構えており、その頭を全て斬り落としても、尻尾の先から毒霧を出してこちらの進行を妨げてくるし、胴が分厚いからフルチャージのトゥインクルステッキでも貫通しない。とても厄介なのだ。


「ハルアキ、アニンで地中を伝って、直接尾の付け根を攻撃出来る?」


「出来なくはないと思いますけど、恐らく弱点まで届きません」


 俺の答えに、バヨネッタさんを始め、全員が首を傾げた。


「あのヤマタノオロチ、首はどうだか知りませんけど、胴は魔法やスキルに対してかなり高い防御能力を有していますね。だから俺のスキルの『時間操作』を無効化されてしまう。そう言う構造だと、魔力で操作するアニンは恐らく届かないと思います」


 俺の説明に全員が嘆息する。俺としても残念だが、世の中上手くいかないものである。


「つまり、私たちがこの八十階層を突破するには、あの無限に再生増殖する化け物相手に、真正面から立ち向かい、弱点である尾の付け根を破壊するしかない。と言う訳ね」


「そう、なりますね」


 バヨネッタさんの発言にシンヤが乾いた笑いをこぼす。


「良し。戻りましょう」


「そうですね」


 こう言った決断は、八十階にくる前にして欲しかった。結局骨折り損のくたびれ儲けだったなあ。と俺たちは地下八十階を後にする決断をしたのだった。


「って言うか、シンヤたちはどうやってヤマタノオロチを倒すつもりだったんだ?」


 素直にレベル上げを頑張るか、新たに仲間を大量に引き入れて数で押し切る以外、クリアの方法が思いつかない。と首を捻る俺に、ラズゥさんが教えてくれた。


「それはですね、もう一つの弱点であるお酒で、ヤマタノオロチを酔っ払わせるのです」


 酒? ああ、そう言えば、ヤマタノオロチがスサノオと戦った時、スサノオは酒でヤマタノオロチを酔わせて退治したんだっけ。


「酔っ払ったヤマタノオロチは、その能力が減退する事が知られていますから。『超回復』も『増殖』も、他の能力も鈍ります」


 へえ。それならいけそうな気がするな。


「お酒でしたら、献上品としていくらか持ってきていますが……」


 と優しい使節団の代表が声を上げる。いえいえ、お気持ちだけで十分ですよ。献上品ですからねえ。多分目録とかあるだろうし、それと齟齬が出たら、それこそ大問題ですから。と俺とラズゥさんで丁重にお断りしておく。


「酒なら私も持っているぞ!」


 話を聞いていたリットーさんが、自身の『空間庫』から酒樽を取り出す。


「私も持っているわよ。リットーより上等なお酒をね」


 対抗するバヨネッタさん。何なら俺も持っている。エルルランドの三公から貰ったお酒だ。だが俺はそれを口にはしなかった。ラズゥさんが「何も分かっていないな」みたいな視線を二人に送っていたからだ。


「お酒は種類とかはどうでも良いのです。問題は量です」


「量、ですか?」


 俺の問いにラズゥさんが首肯する。


「ヤマタノオロチはザルなので、ちょっとやそっとの量では酔わないのです。だから大量のお酒が必要になってきます。それこそ、あの部屋を酒で埋め尽くす程の」


 成程。その準備に時間が掛かっている訳か。ちなみにザルと言うのは大酒飲みの事を指す。器のザルに酒を注ぐかのように、上から下へただ流れて行くだけで、全く酔わない人の事だ。


「なので今首都ヨーホーでは、その近隣の町や村などへも支援要請をして、大量のお酒を作らせているのです」


 そう語るラズゥさんの顔には、どことなく悲壮感が見て取れた。まあ、金額的な事を考えれば、気分が憂鬱にもなるだろう。勇者パーティは決して裕福ではないからな。まあ、酒の代金を勇者パーティが払うのか、パジャンが国として払うのかは知らないが。


 しかし大量のお酒ねえ。……………………ん?


「バヨネッタさん、もしかしたらあれ、使えるんじゃないですか?」


「あれ?」


 いや、首を傾げられても。何か俺が変な発言した人みたいになっちゃうじゃないですか。


「あれですよ、酒飲みの黄金。先代のベフメ伯爵と争っていたカージッド子爵の奥方であるダプニカ夫人から、問題解決のお礼として、黄金の酒杯を譲り受けたじゃないですか」


「ああ、あれね」


 どうやら思い出してくれたらしい。


 酒飲みの黄金は、黄金で出来た酒杯型の魔道具で、これに魔力を注ぐと酒杯が酒で満たされると言う代物である。つまり魔力が尽きない限り、酒が溢れ続けると言う訳だ。


「いけるわね」


「そうですね」


「戻るわよあなたたち!」


「はあ!?」


 素っ頓狂な声を出すラズゥさんら一同を尻目に、俺とバヨネッタさんはボス部屋の前室へと踵を返したのだった。

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