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懸念事項
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相も変わらず俺たちの旅は土日に進む。なので月~金曜日は先々の宿場で逗留する事になる。タカシや祖父江兄を鍛えるのは、その宿場で逗留している時だ。
タカシや祖父江兄だけでなく、自衛隊員や警察官、役人など、レベルアップが必要だと思う人たちは、朝、学校に行く前に俺がクドウ商会に寄って転移門を開き、異世界に送り出している。オルドランドと取り決めをしているので、オルドランド国内であれば武器、銃火器の携行もありだ。
その人たちは放課後に、俺がクドウ商会に来た時に日本へ戻って来たり、そのまま異世界の宿場で泊まっていったりしていた。だが宿場の外でテントを使ってキャンプ。なんて事はさせていない。日本と、地球と比べれば、野外でキャンプなんて、危険度の桁が違う。結界系スキルや魔法が必須であり、彼らはそれをまだ覚えていないからだ。
「タカシは家族バレしていないのか?」
「いやあ、そんな事はないなあ。うちの家族は俺がバイト始めて喜んでいたくらいだよ。これで女の子たちに奢って貰ってばかりいるヒモ状態が多少なりとも解消されるって」
成程。木を隠すなら森。じゃないが、前田家はそれまでも異常だったから、タカシの変化に鈍感になっている訳か。
そんな他愛ない会話を交わしながら異世界にやって来くると、宿場町は殺気立っていた。既に十一月で、サリィから西に進んで何度目かの宿場だが、ここのところはどこの町や村も殺気立っている。
理由は西が元ムチーノ侯爵の支配地域であったからだ。サリィではジョンポチ陛下の演説で鎮静化した宗教問題だったが、地方や地域によっては、それはまだ住人同士の深い溝や確執となって現れている。
何せムチーノ侯爵の支配地域では、デウサリウス教以外の宗教は認められず、住人たちは皆デウサリウス教に改宗。拒否した人々は場合によっては、なんだかんだ理由を付けられ、殺されてきた背景があるからだ。
そしてこの宿場町は特に殺気立っているように思えた。
「何かあったんですか?」
俺たちの監督として同行してくれているバヨネッタさんに尋ねる。
「そう言えば、街道に賊が出た。とアンリが昼に話していたわね」
とバヨネッタさんは周囲のざわつきなんてどこ吹く風のご様子だ。それにしても住人同士の軋轢に加えて賊か。俺は本当にタイミングが悪いなあ。
「賊ですか?」
バヨネッタさんがそんな様子でも、俺たちとしてはそうはいかない。特にそれを聞いたタカシは、歩行速度が鈍る、周囲を必要以上に警戒するなど、かなり嫌そうなのが態度に出ていた。
「賊と遭遇したりしたら、俺たち殺されたりしないよなあ?」
タカシが俺の服の袖を掴んで尋ねてくる。
「さあな」
「何でそんなにたんぱくなんだよ? 殺されるかも知れないんだぞ?」
タカシは今にも泣きそうだった。町の外に出る前からそれじゃあ、先が思いやられる。
「はあ。賊が出たらタカシと小太郎くんは俺が『聖結界』で守るよ」
「本当か!?」
俺の言に一安心するタカシとは対照的に、
「俺は大丈夫だ」
と祖父江兄は言い返してきた。
「大丈夫、なのかい?」
俺の言にムッとする祖父江兄。
「俺が賊ごときに負けると思っているのか?」
不機嫌になる祖父江兄だったが、俺からしたらそんな事もあるだろう。としか言えない。ここはレベルと言う確かなランクがある世界だ。相手のレベルが祖父江兄より高ければ、その可能性もあるだろう。それより、
「俺が怖いのは、乱戦なんかになった場合、相手を殺してしまわないかって事だよ」
「殺して……」
このパワーワードには、祖父江兄もタカシも閉口してしまった。『人を殺す』。それは現代日本で生きる我々にとっては、禁忌のようなものであり、『人を殺さない』と言う呪いを掛けられているかのようだ。
「だ、だからなんだ! 必要なら人を殺す事だって、してみせる!」
声を振り絞った祖父江兄を、
「イイカクゴネ」
とバヨネッタさんが褒めた。『人を殺す』に反応したようだ。
「対人戦において、人を殺す覚悟があるのは良い事よ。それは戦闘において懸念事項が一つ減ると言う事だもの」
俺はバヨネッタさんの言を訳して、タカシにも分かるように伝える。
「懸念事項が一つ減る。ですか?」
祖父江兄がバヨネッタさんに尋ね返す。
「ええ、そうよ。対人戦において、第一に考えるべきは己の身を守る事」
バヨネッタさんの言に俺たちは首肯する。
「第二に、仲間がいれば仲間の身を守る事」
これにも首肯する。
「だけよ」
「だけですか!?」
思わず声を上げてしまった。
「何を驚いているのハルアキ? 魔物や野生動物を相手にする時は、あなただって、この二つだけしか気にしていないでしょう?」
バヨネッタさんにそう突かれて、俺は言葉に詰まる。確かにそうだったかも知れない。
「でも、相手は同じ人間なんですよ?」
「でもじゃないのよ。戦闘においては、対人戦であろうと魔物戦であろうと、懸念事項は一つでも少ない方が、思考が研ぎ澄まされて勝率が上がるのよ」
そう言うものだろうか? まあ確かに、マルチタスクは仕事の効率が下がる。と言うのは聞いた事がある気がする。
「戦闘において懸念事項が少ない方が良い。ハルアキだってそれを本能で理解しているから、賊が現れた時にコタロウとタカシを『聖結界』に閉じ込めようと考えたのでしょう? そうすれば、第二の懸念事項である、仲間を守るが必要なくなるから」
そう言われればそうかも知れない。あれはタカシと祖父江兄を守りたい気持ちも当然あったが、懸念事項を減らすと言う側面もあったのか。
「まあ、ハルアキの場合、そこに『人を殺さない』と言う懸念事項を自ら追加しているけれど。それは戦闘において、こと、乱戦、接戦においては、致命的な思考の鈍化、判断力の低下を招きかねないのよ」
そうかも知れない。だけど日本の道徳倫理で生きてきた俺には、やはり『人を殺す』と言うのは、躊躇われる心的事項なのだ。
「話終わったのか? 途中から二人が何話しているのか、さっぱりだったんだけど」
そしてタカシに内容を訳してやるのを忘れていた。
タカシや祖父江兄だけでなく、自衛隊員や警察官、役人など、レベルアップが必要だと思う人たちは、朝、学校に行く前に俺がクドウ商会に寄って転移門を開き、異世界に送り出している。オルドランドと取り決めをしているので、オルドランド国内であれば武器、銃火器の携行もありだ。
その人たちは放課後に、俺がクドウ商会に来た時に日本へ戻って来たり、そのまま異世界の宿場で泊まっていったりしていた。だが宿場の外でテントを使ってキャンプ。なんて事はさせていない。日本と、地球と比べれば、野外でキャンプなんて、危険度の桁が違う。結界系スキルや魔法が必須であり、彼らはそれをまだ覚えていないからだ。
「タカシは家族バレしていないのか?」
「いやあ、そんな事はないなあ。うちの家族は俺がバイト始めて喜んでいたくらいだよ。これで女の子たちに奢って貰ってばかりいるヒモ状態が多少なりとも解消されるって」
成程。木を隠すなら森。じゃないが、前田家はそれまでも異常だったから、タカシの変化に鈍感になっている訳か。
そんな他愛ない会話を交わしながら異世界にやって来くると、宿場町は殺気立っていた。既に十一月で、サリィから西に進んで何度目かの宿場だが、ここのところはどこの町や村も殺気立っている。
理由は西が元ムチーノ侯爵の支配地域であったからだ。サリィではジョンポチ陛下の演説で鎮静化した宗教問題だったが、地方や地域によっては、それはまだ住人同士の深い溝や確執となって現れている。
何せムチーノ侯爵の支配地域では、デウサリウス教以外の宗教は認められず、住人たちは皆デウサリウス教に改宗。拒否した人々は場合によっては、なんだかんだ理由を付けられ、殺されてきた背景があるからだ。
そしてこの宿場町は特に殺気立っているように思えた。
「何かあったんですか?」
俺たちの監督として同行してくれているバヨネッタさんに尋ねる。
「そう言えば、街道に賊が出た。とアンリが昼に話していたわね」
とバヨネッタさんは周囲のざわつきなんてどこ吹く風のご様子だ。それにしても住人同士の軋轢に加えて賊か。俺は本当にタイミングが悪いなあ。
「賊ですか?」
バヨネッタさんがそんな様子でも、俺たちとしてはそうはいかない。特にそれを聞いたタカシは、歩行速度が鈍る、周囲を必要以上に警戒するなど、かなり嫌そうなのが態度に出ていた。
「賊と遭遇したりしたら、俺たち殺されたりしないよなあ?」
タカシが俺の服の袖を掴んで尋ねてくる。
「さあな」
「何でそんなにたんぱくなんだよ? 殺されるかも知れないんだぞ?」
タカシは今にも泣きそうだった。町の外に出る前からそれじゃあ、先が思いやられる。
「はあ。賊が出たらタカシと小太郎くんは俺が『聖結界』で守るよ」
「本当か!?」
俺の言に一安心するタカシとは対照的に、
「俺は大丈夫だ」
と祖父江兄は言い返してきた。
「大丈夫、なのかい?」
俺の言にムッとする祖父江兄。
「俺が賊ごときに負けると思っているのか?」
不機嫌になる祖父江兄だったが、俺からしたらそんな事もあるだろう。としか言えない。ここはレベルと言う確かなランクがある世界だ。相手のレベルが祖父江兄より高ければ、その可能性もあるだろう。それより、
「俺が怖いのは、乱戦なんかになった場合、相手を殺してしまわないかって事だよ」
「殺して……」
このパワーワードには、祖父江兄もタカシも閉口してしまった。『人を殺す』。それは現代日本で生きる我々にとっては、禁忌のようなものであり、『人を殺さない』と言う呪いを掛けられているかのようだ。
「だ、だからなんだ! 必要なら人を殺す事だって、してみせる!」
声を振り絞った祖父江兄を、
「イイカクゴネ」
とバヨネッタさんが褒めた。『人を殺す』に反応したようだ。
「対人戦において、人を殺す覚悟があるのは良い事よ。それは戦闘において懸念事項が一つ減ると言う事だもの」
俺はバヨネッタさんの言を訳して、タカシにも分かるように伝える。
「懸念事項が一つ減る。ですか?」
祖父江兄がバヨネッタさんに尋ね返す。
「ええ、そうよ。対人戦において、第一に考えるべきは己の身を守る事」
バヨネッタさんの言に俺たちは首肯する。
「第二に、仲間がいれば仲間の身を守る事」
これにも首肯する。
「だけよ」
「だけですか!?」
思わず声を上げてしまった。
「何を驚いているのハルアキ? 魔物や野生動物を相手にする時は、あなただって、この二つだけしか気にしていないでしょう?」
バヨネッタさんにそう突かれて、俺は言葉に詰まる。確かにそうだったかも知れない。
「でも、相手は同じ人間なんですよ?」
「でもじゃないのよ。戦闘においては、対人戦であろうと魔物戦であろうと、懸念事項は一つでも少ない方が、思考が研ぎ澄まされて勝率が上がるのよ」
そう言うものだろうか? まあ確かに、マルチタスクは仕事の効率が下がる。と言うのは聞いた事がある気がする。
「戦闘において懸念事項が少ない方が良い。ハルアキだってそれを本能で理解しているから、賊が現れた時にコタロウとタカシを『聖結界』に閉じ込めようと考えたのでしょう? そうすれば、第二の懸念事項である、仲間を守るが必要なくなるから」
そう言われればそうかも知れない。あれはタカシと祖父江兄を守りたい気持ちも当然あったが、懸念事項を減らすと言う側面もあったのか。
「まあ、ハルアキの場合、そこに『人を殺さない』と言う懸念事項を自ら追加しているけれど。それは戦闘において、こと、乱戦、接戦においては、致命的な思考の鈍化、判断力の低下を招きかねないのよ」
そうかも知れない。だけど日本の道徳倫理で生きてきた俺には、やはり『人を殺す』と言うのは、躊躇われる心的事項なのだ。
「話終わったのか? 途中から二人が何話しているのか、さっぱりだったんだけど」
そしてタカシに内容を訳してやるのを忘れていた。
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