世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
143 / 642

感謝の礼

しおりを挟む
「デニッシュ派ですか?」


 SUVを運転する七町さんは、パンはデニッシュ派らしい。


「違います」


 違った。


 俺は現在、日本に戻ってきている。マスタック家の女性たちへ化粧品を届ける為だ。とは言え俺に女性用化粧品の知識なんてほとんどない。そして大量に購入しなければならない手前、妹や母に頼る訳にもいかなかった。なので七町さんに化粧品の買い出しに付き合って貰ったのだ。


 貴族令嬢に売る商品となる為、下手な物を売る訳にはいかないと、結構なお値段のする化粧品を買う事になった。


「本当なら私も一緒についていって、使い方をレクチャーしたいくらいです」


 と七町さん。俺は七町さんが推奨する動画をダウンロードし、化粧品の使い方のメモを取り、更には一度自分で化粧までさせられて、その使い方を叩き込まれた。そしてその帰り道での事である。


「デーイッシュです。デーイッシュ派。モーハルドの二大派閥の一つです」


 ほう。話はオルドランドの首都であった出来事の話となり、俺の苦労話に耳を傾けていた七町さんが、そう口にした。


「デーイッシュ派、ですか?」


「ええ。恐らくですけど、そのノールッド大司教と言う人物のやり口から、強硬派であるデーイッシュ派である可能性が高いですね」


 そうなのか。


「モーハルドは、強硬派であるデーイッシュ派閥と、穏健派であるコニン派閥に大別されるのですが、穏健派であるコニン派が、そんな人造天使なんて作り出すとは思えません。と言うか、その話本当なんですか?」


 本当です。日本政府として、モーハルドとの橋渡しをしているであろう七町さんでも、手に入れていない情報だったらしい。恐らく桂木も知らないだろう。


「人造天使ですか。恐らく魔王との決戦用に作っているのでしょうけど、常軌を逸した話ですね。今コニン派が立場が弱いからと言って、好き勝手し過ぎなのでは?」


 七町さんもデーイッシュ派には憤っているようだ。


「コニン派、穏健派は立場が弱いんですか?」


「この数年はそうみたいです。教皇様も頭が痛いでしょうね」


「え? 教皇様はデーイッシュ派じゃないんですか?」


 モーハルドのシステムがどうなのか知らないが、教皇と言うのは、複数名いる枢機卿に選ばれてなるもののはずだ。ならば多数派であろうデーイッシュ派から選ばれると思っていたが。


「現在の教皇様が選ばれた時には、コニン派が優勢だったんですよ。それがここ数年でひっくり返ったんです」


 成程。


「恐らく、教皇様としても、これ以上デーイッシュ派を増やしたくないから、そのノールッド大司教を国外に出したのでしょうけど、まさか国の外でそんな事をするとは思わないですよねえ」


 全くだ。そのせいでオルドランドとモーハルドの間に見事な亀裂が生じてしまった。これはちょっとやそっとじゃ修復不可能だろう。


「モーハルドとしては、ハイポーションを盾に強気に出たかったところでしょうけど、オルバーニュ財団がバックについたゴルコス商会が、ハイポーションの販売を始めるとなると、時世が変わる節目かも知れませんね。モーハルドも、今までみたいにハイポーションで強気に出られなくなるでしょうから。下手したらこのまま世を転がり落ちていく可能性も出てきたかも」


 七町さんが運転しながら暗い笑いをしている。相当モーハルド相手に手を焼いていそうだ。


「そうなってくると、日本や桂木さん、異世界調査隊との繋がりが、モーハルドの強みになってくるんですかね?」


 確かモーハルドは魔王討伐に自衛隊に手を貸せと言ってきていたはずだ。つまり自衛隊の力を買っている訳だ。それは自衛隊員個人の能力もそうだろうし、小銃やらなんやらの、地球の現代兵器も魅力なのだろう。異世界調査隊も、テレビやネットで見る感じ、かなり向こうの世界に馴染んできている。頼りにされてきていて、一定の信頼を勝ち得ているのが分かる。


「ふふん。そうはさせません」


 だが、どうやら日本政府の思惑としては、桂木率いる異世界調査隊とモーハルドの勝ち逃げは、許さない方針のようだ。


「それで、今から向かう場所に、今後を左右する人物がいる訳ですね?」


「…………」


 俺の質問に返事はない。だがそれが答えになっていた。



「ようこそ、お越しくださいました」


 向かった先は別荘だった。昔の和建築をリノベーションした建物だ。緑に囲まれ、庭も純和風だ。そこで待っていたのは、和服を着た品の良いおばあさまだった。


 使用人に玄関に通されるなり、玄関で三つ指ついてお迎えされた。この別荘の主人であろう女性にここまでされる覚えがない。呆けている間に畳の客間に通され、緑茶とお菓子が出された。


「今、夕餉の支度をしておりますので、こちらでしばしお待ちください」


 そう言うおばあさまは部屋から出てはいかず、襖の脇で控えていた。完全に俺が主人であるかのような待遇だ。どう言う事?


「えっと、以前どこかでお会いしましたっけ?」


「いいえ、初めてです。ですがお会いしたかったのは事実です。ずっとお礼がしたかったので、その機会をくださった七町さんには感謝しているんですよ。この度は、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるおばあさまに、こちらの方が恐縮してしまう。ふむ? どう言う事? と七町さんを見遣ると、


「梅雨頃にポーションを貰ったでしょう? それで回復されたのが、こちらの辻原美登利みどりさんです」


 ああ! 確かバヨネッタさんを食器の卸屋さんに連れて行くとき、卸屋さんを貸し切りにして貰うのと、買った食器代を立て替えて貰うのに、ポーションを二個渡したんだった。


「へえ、あれ、実験や研究に使ったんじゃなくて、人助けに使ったんですね」


 俺の言葉に、七町さんも美登利さんも複雑な顔をしていた。


「一本は研究機関に持っていったわ。残る一本が美登利さんに使われたの。それも美登利さんを救うつもりではあったけど、人体実験であった側面も否めないわ」


 まあ、日本で初めて、それも極秘裏に使用されたんだ。実験的側面があったのはそうなのだろう。


「私も納得済みでしたから、七町さんを責めないでくださいね」


「そんな責めなんてしませんよ」


 人一人救われたのだから、良い事だ。成程、それで美登利さんは俺にお礼したくてここに呼んだのか。…………あれ? じゃあこの人が今後の日本の道行きを左右する人なのか? …………いや待て、辻原? と思考を巡らせていたところに、ドタドタドタと無遠慮な足音を響かせながら、誰かがこちらへやってくるのが分かった。


「あら、夫が着いたようです」


 と美登利さんが口にするのと、客間の襖が勢い良く開け放たれたのはほぼ同時だった。そこにいたのは偉丈夫な老人で、眼光は鋭く背筋はピンッと伸び、周りを威圧する存在感を放っていた。その老人がギロリとこちらを見下ろす。


「お前が工藤春秋か?」


「辻原義一ぎいち!?」


 それはテレビでも見掛ける国会議員だった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙
ファンタジー
成長に限界を感じていた探索者、織田隆二。 彼はダンジョンで非常に強力なモンスターに襲われる。 死を覚悟するも、その際に起きた天災で気を失ってしまう。 目を覚ましたときには、襲い掛かってきたモンスターと入れ替わってしまっていた。 「嘘だぁぁあああ!」 元に戻ることが絶望的なだけでなく、探索者だった頃からは想像もつかないほど弱体化したことに絶望する。 ダンジョン内ではモンスターや今まで同じ人間だった探索者にも命を脅かされてしまう始末。 このままこのダンジョンで死んでいくのか、そう諦めかけたとき。 「大丈夫?」 薄れていく視界で彼を助けたのは、テイマーの少女だった。 救われた恩を返すために、織田隆二はモンスターとして強くなりながら遠くから彼女を見守る。 そしてあわよくば、彼女にテイムしてもらうことを夢見て。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

処理中です...