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事情聴取で分かった事
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『洗脳感染』。それがムチーノのユニークスキルの名前らしい。マスタック侯爵越しに手に入った情報によると、ムチーノは幼い頃から不思議な体質の持ち主であったそうだ。怪我をして治癒魔法を掛けられれば、自分だけでなく周りの者たちも回復し、攻撃魔法を放てば、対象の相手だけでなく、その周りの者たちにまで攻撃の手が及ぶ。ムチーノは魔法を伝播させる特異体質であり、本人はこれを『感染』と読んでいた。
他に命名のしようがなかったのかな? とは思うが、今は横に置いておいて、この『感染』体質によって、ムチーノは若い頃に戦場で数々の武勲を上げたそうだ。まあ、戦い方としては、自身の周りを騎士たちにガチガチに固めて貰っての、遠距離攻撃魔法一択だったらしいが、それも体質から考えれば仕方ない。もしムチーノが魔法で死ぬような攻撃を受ければ、それが伝播して部隊が全滅するのだから。
ムチーノは敬虔なデウサリウス教徒であった。唯一神デウサリウスが世界を作り、我々はその恩恵によって暮らせているのだとか。しかしこの世界は残念ながら完璧ではなく、完璧ではないが為に、不幸な人間が生まれ落ちると信じている。どうやらそれは間抜けな天使が世界創造の手助けをしたが為に、悪がほんの少し混じり、その悪の因子が魔王であったり、魔人や多神教の信者なんてものを生み出したのだそうだ。
であれば、世界の狂いを正すのはデウサリウス教徒の使命であるらしい。デウサリウス様へ祈りを捧げ、デウサリウス様を信じる者を一人でも多く増やし、世界をデウサリウス教徒で満たす事が可能となれば、この世界のどこかでまた魔王が生まれたとしても、すぐに対処可能となり、平穏はすぐに訪れる。誰にも何人にも壊す事の出来ない、デウサリウス教徒だけが住む永久世界教国の実現。それがデウサリウス教徒の最終目標なのだとか。
何とも凄い話だが、地球でも十字軍やら宣教師やらいたからなあ。その思想を責める資格が俺にあるかは分からない。
「なんか途中からデウサリウス教徒とはどんな存在か? みたいな話になってましたけど、結局今回の件は何がどうなったんですか?」
俺はマスタック侯爵邸の客室で、ソファに座りながら、対面のマスタック侯爵に尋ねる。マスタック侯爵の横にはディアンチュー嬢がちょこんと座り、こちら側ではバヨネッタさんとオルさんが俺と同じソファに座り、バンジョーさんとアンリさんが後ろに立っている。ミデンはソファの横に座っていた。
「うむ」
とマスタック侯爵がお茶を一口飲みながら話してくれた話では、ムチーノは順調に親の後を継いで侯爵家当主となった。
当主となったムチーノがまず取り掛かったのが、異教徒の排斥であったらしい。領内にいる他の多神教徒や一神教徒に改宗を迫り、改宗をしないのであれば、投獄や拷問などもあったとかなかったとか。それを恐怖に思った異教徒たちは、我先にムチーノ侯爵領から逃げ出そうとしたが、領境でそれが明るみとなり、虐殺が行われたとも言われている。
「なんでそんな奴が領主をしていられたんですか?」
「帝国の各貴族領では、自治権が認められていると言う事と、この件が評議会に上がってきた時、あやつは凶作からの一揆だったと説明したのだ。確かに当時は長年の日照り続きで水量雨量が不足し、不作が続いていたからな。信じる者が多かった」
そんなこんなで領内をデウサリウス教一色に染め上げたムチーノは、その厚い信仰心の矛先を、オルドランド全土に向け始めたのだ。
しかし帝室は一貫して、全ての宗教の自由を認める、信仰の自由を政策として敷いていた。
これでは駄目だ。と信仰心の厚いムチーノは思った事だろう。いくら自身に単独裁量権があろうと、帝室が上にいては潰される。ならば帝室を亡き者にして、オルドランドを貴族制にするなり、己がこの国の帝にならなければならない。ムチーノはそんな事を悶々と心奥で燻らせながらこの二十年程を生きてきたそうだ。
転機が訪れたのは、何度目かのモーハルド旅行に出掛けた先での事だった。教都にて教皇より呼び出しを受けたムチーノは喜び勇んで教皇区にやってきた。そこで教皇からされた話では、最近になって魔王が生まれた事。これによって魔物たちが活発化している事。そして教皇はそれを憂いている事。
その憂いの対象にはオルドランドも含まれており、今度大司教を派遣するので、その世話を信頼出来るムチーノに任せたい。との話であった。ムチーノは喜んでそれを快諾した。自分が神に一歩近付いた気分だったそうだ。
そうしてやってきたのがノールッド大司教だ。大役を任されたノールッド大司教であったが、不満だったらしい。ノールッド大司教からしたら、モーハルドを離れてオルドランドにやってくるのは、左遷のように感じていたようだ。ここから上、枢機卿や教皇の座を狙っていたノールッド大司教は、酷く落ち込んでいた。
それでも甲斐甲斐しくノールッド大司教の世話をしていたのがムチーノだ。ノールッド大司教が不便しないように、ありとあらゆるものを取り揃え、自身に出来る贅の限りを尽くして歓待する日々だった。
それが何ヶ月も続いて気を良くしたノールッド大司教は、ムチーノにこんな話を持ち掛けた。
「祝福の儀を受けませんか?」
デウサリウス教徒にとって、祝福の儀とは最初の一回だけである。その後、再度祝福の儀を受けるなり、スキル屋でスキルを買うなんて言語道断。異端として相応の処罰や、デウサリウス教から追放されてもおかしくない事である。が、
「どうやら神は、あなたが新たなスキルに目覚める事をお望みらしい」
などとノールッド大司教は上手い事言って、ムチーノを籠絡。ムチーノは祝福の儀を受けたのだそうだ。大っぴらにはやっていないが、こう言う事はモーハルドでもたまにある事らしい。
それはさておき、これによってムチーノが手にしたスキルが、『洗脳』であった。これに狂喜乱舞する二人。これさえあればオルドランドの全国民、いや、全世界民をデウサリウス教徒に出来る。
そう考えて早速実行に移した二人を、更なる嬉しい誤算が待っていた。ムチーノのギフト『感染』が上手く作用したのだ。これによってムチーノのシンパは爆発的に増大していく。『洗脳感染』によって洗脳されていく人々は、自身が洗脳されているなどと気付きもしないで、ムチーノの手駒となって様々な事を行うようになっていった。
そしてあと少しでまだ幼いジョンポチ陛下を、帝の椅子から引きずり下ろし、自身が座る事が可能となる。そんな時期に俺がやってきた。
『神の子』と噂されるガキが現れた事に動揺した二人は、陛下を亡き者とする作戦を少し変更し、今回の作戦に俺を組み込んだのだ。
「結果は、ハルアキ、君が全てをぶち壊してくれたお陰で大失敗に終わった訳だけどね」
ふむ。俺が現れようと現れまいと、あいつらはジョンポチ陛下を無間迷宮に叩き落として、帝の座につくつもりだったのか。帝位争いと宗教問題に見事にバッティングするとは、俺の『英雄運』にも困ったものだ。
「あの最後にムチーノ侯爵とノールッド大司教が合体して現れた怪物は何だったんですか?」
俺は残る疑問をマスタック侯爵に尋ねた。
「あれはモーハルドで今研究中の魔道具らしい。なんでも人間を天使へと昇華させる実験魔道具なんだとか」
うへえ。やべえ魔道具作ってるなあモーハルド。桂木や祖父江兄妹が心配になってくるな。
「何であれ、ムチーノの奴とノールッド大司教は死刑が決まっている」
「死刑ですか」
これだけの事をしたのだから、死刑は免れないだろう。しかし、
「モーハルドは色々言ってくるんじゃないですか?」
「ああ。そうだろうな。だが流石に今回の事は看過出来ん。モーハルドとの国交はしばらく断つ事になるだろう」
そうかあ。帝位争いに宗教問題、そして外交問題と、俺が来てからデカい事が起こっているなあ。俺、サリィに来なかった方が良かったんじゃないか? って気もするが、俺が来なかったとしても事態は進行していたか。
「それで、オル殿にオルドランド帝国として頼みたい事があるのだ」
とマスタック侯爵は真剣な目をしてオルさんと向き合う。
「そなたが発見したと言うハイポーションの製造法を、我が国に売っては貰えぬだろうか?」
そうか。ハイポーションの製造はモーハルドが独占しているから、モーハルドと国交を断絶すると、ハイポーションが入ってこなくなるのか。俺がオルさんの方を見遣ると、オルさんは難しい顔をしていた。
他に命名のしようがなかったのかな? とは思うが、今は横に置いておいて、この『感染』体質によって、ムチーノは若い頃に戦場で数々の武勲を上げたそうだ。まあ、戦い方としては、自身の周りを騎士たちにガチガチに固めて貰っての、遠距離攻撃魔法一択だったらしいが、それも体質から考えれば仕方ない。もしムチーノが魔法で死ぬような攻撃を受ければ、それが伝播して部隊が全滅するのだから。
ムチーノは敬虔なデウサリウス教徒であった。唯一神デウサリウスが世界を作り、我々はその恩恵によって暮らせているのだとか。しかしこの世界は残念ながら完璧ではなく、完璧ではないが為に、不幸な人間が生まれ落ちると信じている。どうやらそれは間抜けな天使が世界創造の手助けをしたが為に、悪がほんの少し混じり、その悪の因子が魔王であったり、魔人や多神教の信者なんてものを生み出したのだそうだ。
であれば、世界の狂いを正すのはデウサリウス教徒の使命であるらしい。デウサリウス様へ祈りを捧げ、デウサリウス様を信じる者を一人でも多く増やし、世界をデウサリウス教徒で満たす事が可能となれば、この世界のどこかでまた魔王が生まれたとしても、すぐに対処可能となり、平穏はすぐに訪れる。誰にも何人にも壊す事の出来ない、デウサリウス教徒だけが住む永久世界教国の実現。それがデウサリウス教徒の最終目標なのだとか。
何とも凄い話だが、地球でも十字軍やら宣教師やらいたからなあ。その思想を責める資格が俺にあるかは分からない。
「なんか途中からデウサリウス教徒とはどんな存在か? みたいな話になってましたけど、結局今回の件は何がどうなったんですか?」
俺はマスタック侯爵邸の客室で、ソファに座りながら、対面のマスタック侯爵に尋ねる。マスタック侯爵の横にはディアンチュー嬢がちょこんと座り、こちら側ではバヨネッタさんとオルさんが俺と同じソファに座り、バンジョーさんとアンリさんが後ろに立っている。ミデンはソファの横に座っていた。
「うむ」
とマスタック侯爵がお茶を一口飲みながら話してくれた話では、ムチーノは順調に親の後を継いで侯爵家当主となった。
当主となったムチーノがまず取り掛かったのが、異教徒の排斥であったらしい。領内にいる他の多神教徒や一神教徒に改宗を迫り、改宗をしないのであれば、投獄や拷問などもあったとかなかったとか。それを恐怖に思った異教徒たちは、我先にムチーノ侯爵領から逃げ出そうとしたが、領境でそれが明るみとなり、虐殺が行われたとも言われている。
「なんでそんな奴が領主をしていられたんですか?」
「帝国の各貴族領では、自治権が認められていると言う事と、この件が評議会に上がってきた時、あやつは凶作からの一揆だったと説明したのだ。確かに当時は長年の日照り続きで水量雨量が不足し、不作が続いていたからな。信じる者が多かった」
そんなこんなで領内をデウサリウス教一色に染め上げたムチーノは、その厚い信仰心の矛先を、オルドランド全土に向け始めたのだ。
しかし帝室は一貫して、全ての宗教の自由を認める、信仰の自由を政策として敷いていた。
これでは駄目だ。と信仰心の厚いムチーノは思った事だろう。いくら自身に単独裁量権があろうと、帝室が上にいては潰される。ならば帝室を亡き者にして、オルドランドを貴族制にするなり、己がこの国の帝にならなければならない。ムチーノはそんな事を悶々と心奥で燻らせながらこの二十年程を生きてきたそうだ。
転機が訪れたのは、何度目かのモーハルド旅行に出掛けた先での事だった。教都にて教皇より呼び出しを受けたムチーノは喜び勇んで教皇区にやってきた。そこで教皇からされた話では、最近になって魔王が生まれた事。これによって魔物たちが活発化している事。そして教皇はそれを憂いている事。
その憂いの対象にはオルドランドも含まれており、今度大司教を派遣するので、その世話を信頼出来るムチーノに任せたい。との話であった。ムチーノは喜んでそれを快諾した。自分が神に一歩近付いた気分だったそうだ。
そうしてやってきたのがノールッド大司教だ。大役を任されたノールッド大司教であったが、不満だったらしい。ノールッド大司教からしたら、モーハルドを離れてオルドランドにやってくるのは、左遷のように感じていたようだ。ここから上、枢機卿や教皇の座を狙っていたノールッド大司教は、酷く落ち込んでいた。
それでも甲斐甲斐しくノールッド大司教の世話をしていたのがムチーノだ。ノールッド大司教が不便しないように、ありとあらゆるものを取り揃え、自身に出来る贅の限りを尽くして歓待する日々だった。
それが何ヶ月も続いて気を良くしたノールッド大司教は、ムチーノにこんな話を持ち掛けた。
「祝福の儀を受けませんか?」
デウサリウス教徒にとって、祝福の儀とは最初の一回だけである。その後、再度祝福の儀を受けるなり、スキル屋でスキルを買うなんて言語道断。異端として相応の処罰や、デウサリウス教から追放されてもおかしくない事である。が、
「どうやら神は、あなたが新たなスキルに目覚める事をお望みらしい」
などとノールッド大司教は上手い事言って、ムチーノを籠絡。ムチーノは祝福の儀を受けたのだそうだ。大っぴらにはやっていないが、こう言う事はモーハルドでもたまにある事らしい。
それはさておき、これによってムチーノが手にしたスキルが、『洗脳』であった。これに狂喜乱舞する二人。これさえあればオルドランドの全国民、いや、全世界民をデウサリウス教徒に出来る。
そう考えて早速実行に移した二人を、更なる嬉しい誤算が待っていた。ムチーノのギフト『感染』が上手く作用したのだ。これによってムチーノのシンパは爆発的に増大していく。『洗脳感染』によって洗脳されていく人々は、自身が洗脳されているなどと気付きもしないで、ムチーノの手駒となって様々な事を行うようになっていった。
そしてあと少しでまだ幼いジョンポチ陛下を、帝の椅子から引きずり下ろし、自身が座る事が可能となる。そんな時期に俺がやってきた。
『神の子』と噂されるガキが現れた事に動揺した二人は、陛下を亡き者とする作戦を少し変更し、今回の作戦に俺を組み込んだのだ。
「結果は、ハルアキ、君が全てをぶち壊してくれたお陰で大失敗に終わった訳だけどね」
ふむ。俺が現れようと現れまいと、あいつらはジョンポチ陛下を無間迷宮に叩き落として、帝の座につくつもりだったのか。帝位争いと宗教問題に見事にバッティングするとは、俺の『英雄運』にも困ったものだ。
「あの最後にムチーノ侯爵とノールッド大司教が合体して現れた怪物は何だったんですか?」
俺は残る疑問をマスタック侯爵に尋ねた。
「あれはモーハルドで今研究中の魔道具らしい。なんでも人間を天使へと昇華させる実験魔道具なんだとか」
うへえ。やべえ魔道具作ってるなあモーハルド。桂木や祖父江兄妹が心配になってくるな。
「何であれ、ムチーノの奴とノールッド大司教は死刑が決まっている」
「死刑ですか」
これだけの事をしたのだから、死刑は免れないだろう。しかし、
「モーハルドは色々言ってくるんじゃないですか?」
「ああ。そうだろうな。だが流石に今回の事は看過出来ん。モーハルドとの国交はしばらく断つ事になるだろう」
そうかあ。帝位争いに宗教問題、そして外交問題と、俺が来てからデカい事が起こっているなあ。俺、サリィに来なかった方が良かったんじゃないか? って気もするが、俺が来なかったとしても事態は進行していたか。
「それで、オル殿にオルドランド帝国として頼みたい事があるのだ」
とマスタック侯爵は真剣な目をしてオルさんと向き合う。
「そなたが発見したと言うハイポーションの製造法を、我が国に売っては貰えぬだろうか?」
そうか。ハイポーションの製造はモーハルドが独占しているから、モーハルドと国交を断絶すると、ハイポーションが入ってこなくなるのか。俺がオルさんの方を見遣ると、オルさんは難しい顔をしていた。
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