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旅は道連れ世は情け

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 ラガーの街の水が完全に引いた。街の石畳は水を含んだ濃い色から、淡いパステル調に変わり、それとともに街の気温もどんどん上昇していき、気化熱による温度低下がなくなった街は、夏らしく暑かった。


 街から水が引いたと言う事は、ラガーの街から首都に旅立つと言う事を意味している。俺としては街でボチボチ開き始めている陶芸教室で、陶芸体験をしてからでも遅くない。と思っていたのだが、実際に陶芸品が出来上がるには、一週間以上掛かると聞いて断念した。ろくろ回して完成ではないのだなあ。



「え? もう出たんですか?」


 朝起きて、身支度を整え、バンジョーさんとオルガンにあいさつして出発しようとしたら、部屋から出てこない。仕方なくフロントで言伝てを頼んだら、バンジョーさんとオルガンは既に出発しているとの事だった。


「薄情ね。世話して上げたって言うのに」


 とそれを聞いたバヨネッタさんは少し怒っていた。


「何か事情があったんですよ」


 あの二人が不義理な人間には見えなかった。きっと止むに止まれぬ事情と言うものがあったのだろう。と言う気持ちで、少しだけ沸き上がる腹立たしさに蓋をしておいた。



 ラバのテヤンとジールを連れて、アルーヴ五人組と一緒になって桟橋に向かう。


「よう。遅かったな」


 と船に着くなり、マークン船長に肩をバンバン叩かれた。この痛さ、もう既に懐かしいけど、やっぱり痛い。


「遅かったですか?」


「ああ。お連れさんはもう船に乗ってるぜ」


 とマークン船長は『麗しのジョコーナ号』を親指で指して言うが、振り返ってみても、バヨネッタさんもオルさんも、アンリさんもアルーヴたちもいる。ミデンだってここにいる。誰一人欠けていないので首を横に傾けるしかなかった。


「やあやあ皆さん、遅かったじゃないか。乗る船を間違えたのかと思ったよ」


 そう言って船から出てきたのは、


「バンジョーさん!?」


 バンジョーさんとオルガンだった。


「何であなたがここにいるの?」


 と早速バヨネッタさんの冷徹な視線が、バンジョーさんに突き刺さる。


「ええ? いいじゃないですか、旅は道連れと言うでしょう? ボクも一緒に連れて行ってくださいよ」


 中々豪胆な事をおっしゃる。バヨネッタさんが静かに怒っている。


「何で私たちに付いてこようと思ったの?」


 しかしバヨネッタさんは怒りを爆発させる事なく、それでいてバンジョーさんを睨み付けるように尋ねた。


「ふふ。ボクはあなたたちに英雄の片鱗を見たのです! あなたたちと一緒に旅をすれば、きっとボクは面白い歌をいくつも生み出す事が出来る! あなたたちと旅をする。これは吟遊詩人としての性、いえ、使命なのです!」


 そのフレーズ前にも聞いたなあ。好きなのかなあ。しかし自分本位と言うか、自分に正直な人だ。バンジョーさんが正直過ぎて、バヨネッタさんが逆に困っている。そして俺が英雄運を持っているからって、チラチラこちらを見ないで欲しい。


「バンジョーくん」


「何でしょう?」


 とここでオルさんがバヨネッタさんに代わって、バンジョーさんに尋ねる。


「僕らがこれから行くのは、オルドランドの首都なんだけど、それでも付いてくるのかい?」


「うっ!」


 そこを突かれたのは痛かったのか、後退るバンジョーさん。何で? いや、確かバンジョーさんは高所恐怖症だったはず。首都はビール川の上流にあるのだから、高所と言えなくないのか。それにしても船で遡上出来る場所にあるんだ。高さは感じ難いんじゃなかろうか?


「それでも! 同行すると決めたのです!」


 と一歩前に出て決意表明するバンジョーさん。その真剣な眼差しに、しばし黙考したオルさんは深く頷いた。


「バヨネッタ様。彼の同行をお許し願えませんしょうか?」


 頭を下げるオルさん。バヨネッタさんも、オルさんにそこまでして頼まれれば、嫌と言うのも気が引けるらしい。


「分かったわ。同行しても良いけど、夜中に煩くするんじゃないわよ」


 そう言いながら船に乗り込むバヨネッタさん。


「ありがとうございます! オルさんもありがとうございます!」


 そうやって感謝を述べるバンジョーさんだったが、お礼を言ってオルさんと握手をすると、


「旅費は自分で払ってね」


 とガッチリ握手で釘を刺され、顔の引きつるバンジョーさんだった。



 ボロン……ボロロン……。


『麗しのジョコーナ号』の甲板にて、テヤンとジールに見守られながらデルートを鳴らすのは、バンジョーさんではなく俺である。


 アニンにデルートに変化して貰うと、それをボロンボロンと弾いては、バンジョーさんに添削して貰っている。つまりバンジョーさんにデルートを習っているのだ。


 何せ首都までは四日掛かると言う話で、それまで暇だったのだ。その間自由にオルガンが変化したデルートを掻き鳴らすバンジョーさんを見ていたら、俺も弾いてみたくなってしまったのだった。


 最初は船室の片割れ、男部屋で弾いていたのだが、オルさんに研究の邪魔だと追い出され、次に共有スペースで弾いていたら、女部屋から煩いと文句を言われたので、甲板で弾く事になったのだが、暑い。暑さで指が滑る。


 男部屋や共有スペースなど、密閉空間ならば魔法で涼しくも出来るのだが、こう開放的な場所では、涼しくしようにも、涼しさは四方八方に霧散してしまってどうしようもなかった。ただ川の上なので気化熱と風で暑さは少しだけ和らいでいたが。


「ハルアキ! この暑さに対抗するには、もっと音楽に集中しなければ駄目だ!」


 と暑さに負けぬバンジョーさんの熱血指導によって、俺たちは一日中デルートを弾き続けるのだった。


「煩いわよ! 夜中に煩くするなって言ったでしょう!」


 バヨネッタさんに説教されながら見上げる夜空は、星が煌めいていてとても美しかった。

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