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噂話

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 デルートへと変化したオルガンの音色に合わせて、バンジョーさんの良く通る歌声が宿の食堂に響く。ここで会ったのも何かの縁と、俺たちはバンジョーさんとオルガンを俺たちが泊まる宿に招待した。


 幸い宿には空室が出来ていた事もあり、俺たちがラガーの街に滞在している間は、バンジョーさんとオルガンにはその部屋を使って貰う事になった。


 しかし恵んで貰うばかりでは申し訳ない。と二人は言い出し、夜には宿の食堂で歌を披露する事で決まったのだ。バンジョーさんは吟遊詩人として各地を転々としているのだと言う。って言うか、吟遊詩人って本当に存在したんだな。


 バンジョーさんが歌うのは英雄譚が多い。吟遊詩人は良く知らないが、歌手って恋愛の歌を良く歌うイメージがあったので意外だった。何でも、恋愛の歌も歌う事はあるが、身分制度のしっかりしているオルドランドでは、身分差の恋、みたいなのを歌うのは、下手すると取り締まりの対象になるそうだ。吟遊詩人も大変である。


 なのでワクワクドキドキ出来る英雄譚が好まれるのだそうだ。そして人気はやはりリットーさんらしい。彼の英雄譚は枚挙にいとまがないそうで、それって本当? と疑いたくなる話も少なくないらしい。


「いわく、巨竜を殴って倒しただの、いわく、十万を超える敵兵を一人で打ち破っただの、いわく、千人を殺した毒蛇を殺して食べたが、腹も壊さなかっただの、いわく、好きになった女性に一万回告白して十万回振られただの、出所の良く分からない話がゴマンとあるんだよ」


 確かに、最初に出てきた話からして、既にぶっ飛んでいるが、あのリットーさんであればありえそうに思えてしまうから不思議だ。


「まあ、ボクはリットー様に会った事ないんだけどね」


 と歌を終えて、俺たちと食事をするバンジョーさんが肩をすくめる。


「そうなんですか? 俺たちベフメルでずっとリットーさんと一緒だったんですよ」


「ええっ!!」


 良く通る声で驚かれると、食堂中から注目を浴びるので困る。


「ほ、本当なのかい!?」


「ええ。ベフメ家で寝食をともにしたりしてましたね」


「リットー様ってどんな人なんだい? やはり噂に違わぬ傑物なのかい? 好きな食べ物は? 嫌いな食べ物は? お茶目なのかなあ? 真面目なのかなあ? 愛竜のゼストルスはどんな感じだった? 背は? 大きい? 小さい?」


 質問の圧が凄い。あまりの質問攻めに俺がアワアワしているのが余程面白いのか、同じ卓を囲むバヨネッタさんとオルさんがニヤニヤしていた。


「助けてください」


 と俺が助けを求めると、


「これがリットーに対する世間一般の反応ってやつだよ」


 とオルさんに軽く流されてしまった。


「今もベフメルにいるのかい?」


 バンジョーさんの質問攻めはまだ続いていた。


「いえ、俺たちより先に出発しました。北に向かったようですね」


「北か。首都に向かったのかな。それとも更に北の国境線か」


 ブツブツと思考を巡らせるバンジョーさんの顔は真剣そのものだった。更に北ねえ。そう言えばカッツェルで山脈地帯を迂回するのに、北と南どっちに行くかで、俺たちは南を選択したんだよなあ。北は情勢が不安定だとかで。国境線云々って事は、オルドランドとどこかが小競り合いでもしているのだろうか?


「まあ、首都の更に北かは分かりませんけど、目的地はダンジョンだと思いますよ」


「ダンジョン?」


 意外だったのだろう。バンジョーさんは俺を見ながら首を傾げていた。そんなバンジョーさんに対して、俺はベフメルの吸血神殿であった出来事を話した。


「ベフメルでそんな事が! 吸血鬼ウルドゥラと、それを追う竜騎士リットー。…………うおおおお!! 歌が! 詩が! どんどんと浮かび上がってくる!! 悪いが、ボクはここで失礼させて貰うよ!」


 などと切り出したバンジョーさんは、夕食もそこそこに自室へと戻っていってしまったのだった。


 その夜はオルガンが変化したデルートの音色が、夜中まで宿中に鳴り響き、苦情がこちらまできたので、バヨネッタさんが結界で封じる事態にまでなったのだった。



「やあ! おはよう!」


 次の日の朝、食堂であいさつしてきたバンジョーさんは、目の下の隈からして徹夜したのだろうが、徹夜明けの変なハイテンションで元気そうだった。


「聞いてください。『竜騎士対吸血鬼。その死闘』」


「いえ結構です」


「何故だい!?」


 と驚きの隠せないバンジョーさんだったが、昨夜さんざん鳴り響いていたので、その歌はもうお腹いっぱいなのだ。


「とりあえず食事にしません?」


 鼻息荒いバンジョーさんを落ち着かせる為に、とりあえず朝食を摂る事を勧める。


「いやいや、そんな事よりまずは一曲……」


 と食い下がるバンジョーさんだったが、ギュルギュルと鳴く腹の虫には抗い切れず、俺たちと卓を囲んで朝食を食べ始めるのだった。


「そう言えば、ここいら辺もベフメルから北と言えば北なんだよね」


 朝食のパン粥を腹に入れて、一息吐いたバンジョーさんは、何かを思い出したように口にする。


「そうだけど、ラガー周辺にダンジョンなんてなかったはずよ」


 古代のお宝大好きなバヨネッタさんが反論する。確かに、ここら辺にダンジョンなり遺跡なんかがあるのなら、バヨネッタさんが黙っていない気がする。いや、攻略済みなら別か。


「まあ、普通のダンジョンならね」


 普通のダンジョンって何? ダンジョンって時点で普通ではないと思う。


「あれは僕らがラガー川を遡上している時に見かけた、いや、正確にはオルガンが感じ取ったのだけど、あの大きなカイカイ虫は、確かダンジョンではなかっただろうか?」


 大きなカイカイ虫? カイカイ虫ってデンデン虫だろ? それがダンジョンってどう言う事? とバヨネッタさんとオルさんの顔色を窺うと、驚きで固まっていた。


「あのう、バヨネッタさん? オルさん?」


 俺の声にハッとする二人。それから二人はバンジョーさんをジッと凝視する。


「えっと、何か?」


 二人に凝視されて縮こまるバンジョーさん。


「本当に見たの?」


『うむ。肉眼で認識するのは難しかろうが、我が心眼を騙せるものではない』


 そう答えたのはオルガンだった。オルガンの答えにしばし黙考する二人。


「まさか本当に存在したなんて」


 とずいぶん間を取ってオルさんが口を開く。


「ええ。それこそリットーの与太話程度の眉唾物だと思っていたんだけど、実在したのね、カヌスの移動要塞『幻惑のカイカイ虫』」


 カヌスの移動要塞『幻惑のカイカイ虫』? 何を言っているのか一つも理解出来ないんですけど?

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