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ハイポーション製造小話(前編)
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「残念ですが、日本も梅雨ですので、ご期待には添えないかと思います」
俺の言に、眉間に凄いシワを寄せて俺を睨むバヨネッタさん。そんな顔をされても六月だし。梅雨だし。
「どうにかならないの?」
そう言って嘆息しながら、バヨネッタさんはミデンを撫でながら窓の外を見遣る。ベフメ伯爵家から見える外は、しとしとと雨が降り続いていた。
雨は大事だ。だが人間は濡れるのを嫌う生き物だ。こう雨続きだと、雨のない別の場所に行ってしまいたくなる。どうせなら異世界にでも。と言う事でバヨネッタさんから「日本に行きたい」と提言されたのだが。
「どうにか、と言われましても。天気ですからね。向こうには天気をどうにかする魔法もありませんから。それに、それをやると農家なんかがモロに影響を受けるんですよ。水は大事ですから」
嘆息するバヨネッタさん。
「そうねえ。雨は大事ねえ」
外はしとしと雨が降っている。オルドランドの雨季は始まったばかりだ。これからもっと大降りになるらしい。
仕方ないわねえ。と嘆息するバヨネッタさんといると息が詰まるので、俺はバヨネッタさんの部屋を退出して、オルさんの部屋に向かった。
「なんですか? これ?」
オルさんの部屋のテーブルには、所狭しと液体の入ったビンが置かれていた。
「おお! ハルアキ! 今日はいつも通り遅いな!」
そして当たり前のようにリットーさんがいた。
「リットーさん。ウルドゥラはもうベフメルから出て行ったようですけど?」
その日のうちにベフメル全域に張り巡らされたウルドゥラ包囲網であったが、ウルドゥラは包囲網が完成するより先にベフメルの街から逃亡していた。これはベフメルの北大門の警備兵の目撃証言による。
警備兵の話では、ウルドゥラは普通に旅人を装い北大門を堂々と出て行ったそうだ。大胆不敵な奴である。
「連れない事言うな! そんな善行を積むだけの旅なぞしていて、楽しい訳がないだろう? それに私もゼストルスも雨が好きではないのだよ!」
「はあ、そうですか」
まあ、リットーさんの旅だし、勝手にして欲しい。
「それで? オルさんと一緒になって、何やってるんですか? もしかして日も落ちないうちから酒盛りですか?」
「そんな訳ないだろう」
オルさんに正されてしまった。まあ、そうですよねえ。
「だったら何してるんですか?」
だがその答えは貰えず、代わりにビンの一つから小皿に分けたものを差し出された。「飲め」と言う事なのだろう。俺は恐る恐る一口飲んでみる。
「ポーションですね」
「その通り。今、ポーションをハイポーションに出来ないか、実験中なんだ」
ポーションをハイポーションに。これは異世界中の研究者の命題らしく、オルさんも日々研究を続けているが、未だハイポーションの製造に成功したのは、モーハルドだけだ。
「ポーションをハイポーションにするって、具体的にはどう言う研究なんですか?」
さわりは聞いていても、具体的に何をするのかは知らない。そう言えば俺はハイポーションを飲んだ事もなかった。
「ああ。酸だ」
とオルさん。
「酸?」
どうやらハイポーションの取っ掛かりは分かっているらしいが、それが酸とはいかに?
「どうやらハイポーションはポーションに酢のようなものを混ぜて出来ているらしい」
ああ、「酸」って言うから何かと思えば、「酢」の事を言っていたのか。王水でも混ぜてるのかと思ってしまった。
「つまり、ハイポーションはポーションと酢を混ぜた混合物らしいけど、その酢が、何から造られた酢か分からないから難儀していると?」
首肯するオルさんとリットーさん。
俺は失礼してポーション以外のビンを小皿に分けて飲ませて貰うと、確かに中身は様々な酢だった。基本はフルーツ酢や雑穀酢のようだが、麦酢や酒酢もある。
「この配合に難儀していてね。未だその黄金比を確立させた者はいないんだよ」
いないんだよ。と言われてもねえ。
「なんだか一言言いたそうだな!」
とリットーさんに見破れてしまった。オルさんも、何か意見があるなら、とこちらを見ている。
「いやね、何で、ポーションと酢を混ぜるんですか? もしかしたら、ポーション自体が発酵しているのかも知れないじゃないですか」
俺の発言に二人は溜息を吐く。どうやら議論し尽くされている話らしい。
「ハルアキくん、ポーションと言うのはね、腐らないんだよ」
腐らない? それは凄いな。じゃあ、肉や作物なんかをポーションに漬けておけば、永久に腐らず長持ちするって事か?
「本当ですか?」
俺はその答えに懐疑的だった。
「ずいぶん疑っているな! 有名な話だぞ? ポーションは腐らない! コルトと言う国に、二千年前にポーション漬けにされたウサギ肉が、今でも腐らずに残っている! 私は実際にコルトに行って見た事がある!」
へえ、そうなのか。コルトって国がどこにあるのか知らないけど。
「コルトは小国家群ビチューレを構成する一国だよ」
とオルさんが教えてくれた。そうなのか。この先、行く事もあるかも知れないな。
「本当に腐らないんですね?」
「まだ疑うのかい?」
「いえね、それだとベナ草はどうなんだろう? と思いまして」
ベナ草はポーションの原材料だ。これを水に漬けたり、煮出したりしたものがポーションである。
「ああ、ベナ草は確かに腐るね」
ベナ草は腐るんだ。
「それがポーションになると腐らなくなるんですか?」
「ああ」
なんだろう? 水素か酸素と結合して、ベンゼン環みたいなものでも作るのだろうか?
「その腐ったベナ草を使えば、ハイポーションになったりは……」
首を横に振られてしまった。
「腐ったベナ草からは、ポーションは作れないんだよ」
ふ~む。難しい。まあ、そりゃあそうか。この世界のトップクラスの研究者たちが、長年研究を続けていても作れないものなんだから。
「それでポーションにお酢かあ」
絶対違うと思う。
「モーハルドはどう言っているんですか? あそこがハイポーションを独占しているんですよね?」
嘆息する二人。今日は良く他者の溜息を見る日だ。
「神の御業だそうだ。世界中の人々がデウサリウス神を信仰するようになれば、自然とハイポーションも増えていくだろう、と」
ああ、それは溜息も吐きたくなるわな。
「でも、実際に神はおわす訳ですし、あながち、神の御業も無きにしも非ずなのでは?」
「ハルアキくん」
「すみませんでした!」
オルさんに初めて睨まれた。例え神の御業であっても、それを学術的に研究するのが研究者だ。我ながら馬鹿な発言をしたものである。
「でも、金を溶かす酸である王水があるように、ポーションを腐らせる菌があっても不思議じゃないと思いますけど」
「そんな菌、あると思うかい?」
「乳酸菌ならどこにでも。植物や土、海に、人の腸内や皮膚、口からも採取されてますね」
「そんなところから!?」
二人が驚いている。
「チーズなんかは商人が暑い砂漠を渡るのに、乳を羊の胃袋に保存しているうちに、乳がカードと言う凝固分と、ホエーと言う分離した水分に分かれたところから発明されたとか。これは羊の胃袋に凝固酵素である乳酸菌があったからだと言われています」
「ふ~む。乳酸菌? だっけ? 恐るべしだな。チーズも乳酸菌なのか」
二人の驚きが感心に変わっている。
「って言うか、これは地中海ヨーグルトって言う乳酸菌食品を増やす方法として使われているんですけど、ポーションにハイポーションを混ぜて、適温で菌を増殖させてみれば、ポーションがハイポーションに変わるのでは?」
って、そんな事、既にやっているよなあ。
「…………」
「…………」
二人ともめっちゃ驚いている。オルさんなんて口をパクパクさせていた。
「それだ!!」
リットーさんは光明が見えた。と言う感じで立ち上がって喜んでいるが、対照的にオルさんはジッとしている。
「オル! 嬉しくないのか?」
オルさんはリットーさんに肩を揺すられながらもジッとしたままだ。
「いや、それは本当に研究だと言えるのだろうか? 結局、モーハルドの呪縛から抜け出せていないような」
「それはそうかも知れませんけど、もしこれで成功すれば、ポーションは発酵すると言う事実と、どうやらモーハルドにはポーションを発酵させる菌がいる。と言う事が分かりますよ」
「…………そうか。そうだな」
と、どうやら前向きになったオルさんだった。
俺の言に、眉間に凄いシワを寄せて俺を睨むバヨネッタさん。そんな顔をされても六月だし。梅雨だし。
「どうにかならないの?」
そう言って嘆息しながら、バヨネッタさんはミデンを撫でながら窓の外を見遣る。ベフメ伯爵家から見える外は、しとしとと雨が降り続いていた。
雨は大事だ。だが人間は濡れるのを嫌う生き物だ。こう雨続きだと、雨のない別の場所に行ってしまいたくなる。どうせなら異世界にでも。と言う事でバヨネッタさんから「日本に行きたい」と提言されたのだが。
「どうにか、と言われましても。天気ですからね。向こうには天気をどうにかする魔法もありませんから。それに、それをやると農家なんかがモロに影響を受けるんですよ。水は大事ですから」
嘆息するバヨネッタさん。
「そうねえ。雨は大事ねえ」
外はしとしと雨が降っている。オルドランドの雨季は始まったばかりだ。これからもっと大降りになるらしい。
仕方ないわねえ。と嘆息するバヨネッタさんといると息が詰まるので、俺はバヨネッタさんの部屋を退出して、オルさんの部屋に向かった。
「なんですか? これ?」
オルさんの部屋のテーブルには、所狭しと液体の入ったビンが置かれていた。
「おお! ハルアキ! 今日はいつも通り遅いな!」
そして当たり前のようにリットーさんがいた。
「リットーさん。ウルドゥラはもうベフメルから出て行ったようですけど?」
その日のうちにベフメル全域に張り巡らされたウルドゥラ包囲網であったが、ウルドゥラは包囲網が完成するより先にベフメルの街から逃亡していた。これはベフメルの北大門の警備兵の目撃証言による。
警備兵の話では、ウルドゥラは普通に旅人を装い北大門を堂々と出て行ったそうだ。大胆不敵な奴である。
「連れない事言うな! そんな善行を積むだけの旅なぞしていて、楽しい訳がないだろう? それに私もゼストルスも雨が好きではないのだよ!」
「はあ、そうですか」
まあ、リットーさんの旅だし、勝手にして欲しい。
「それで? オルさんと一緒になって、何やってるんですか? もしかして日も落ちないうちから酒盛りですか?」
「そんな訳ないだろう」
オルさんに正されてしまった。まあ、そうですよねえ。
「だったら何してるんですか?」
だがその答えは貰えず、代わりにビンの一つから小皿に分けたものを差し出された。「飲め」と言う事なのだろう。俺は恐る恐る一口飲んでみる。
「ポーションですね」
「その通り。今、ポーションをハイポーションに出来ないか、実験中なんだ」
ポーションをハイポーションに。これは異世界中の研究者の命題らしく、オルさんも日々研究を続けているが、未だハイポーションの製造に成功したのは、モーハルドだけだ。
「ポーションをハイポーションにするって、具体的にはどう言う研究なんですか?」
さわりは聞いていても、具体的に何をするのかは知らない。そう言えば俺はハイポーションを飲んだ事もなかった。
「ああ。酸だ」
とオルさん。
「酸?」
どうやらハイポーションの取っ掛かりは分かっているらしいが、それが酸とはいかに?
「どうやらハイポーションはポーションに酢のようなものを混ぜて出来ているらしい」
ああ、「酸」って言うから何かと思えば、「酢」の事を言っていたのか。王水でも混ぜてるのかと思ってしまった。
「つまり、ハイポーションはポーションと酢を混ぜた混合物らしいけど、その酢が、何から造られた酢か分からないから難儀していると?」
首肯するオルさんとリットーさん。
俺は失礼してポーション以外のビンを小皿に分けて飲ませて貰うと、確かに中身は様々な酢だった。基本はフルーツ酢や雑穀酢のようだが、麦酢や酒酢もある。
「この配合に難儀していてね。未だその黄金比を確立させた者はいないんだよ」
いないんだよ。と言われてもねえ。
「なんだか一言言いたそうだな!」
とリットーさんに見破れてしまった。オルさんも、何か意見があるなら、とこちらを見ている。
「いやね、何で、ポーションと酢を混ぜるんですか? もしかしたら、ポーション自体が発酵しているのかも知れないじゃないですか」
俺の発言に二人は溜息を吐く。どうやら議論し尽くされている話らしい。
「ハルアキくん、ポーションと言うのはね、腐らないんだよ」
腐らない? それは凄いな。じゃあ、肉や作物なんかをポーションに漬けておけば、永久に腐らず長持ちするって事か?
「本当ですか?」
俺はその答えに懐疑的だった。
「ずいぶん疑っているな! 有名な話だぞ? ポーションは腐らない! コルトと言う国に、二千年前にポーション漬けにされたウサギ肉が、今でも腐らずに残っている! 私は実際にコルトに行って見た事がある!」
へえ、そうなのか。コルトって国がどこにあるのか知らないけど。
「コルトは小国家群ビチューレを構成する一国だよ」
とオルさんが教えてくれた。そうなのか。この先、行く事もあるかも知れないな。
「本当に腐らないんですね?」
「まだ疑うのかい?」
「いえね、それだとベナ草はどうなんだろう? と思いまして」
ベナ草はポーションの原材料だ。これを水に漬けたり、煮出したりしたものがポーションである。
「ああ、ベナ草は確かに腐るね」
ベナ草は腐るんだ。
「それがポーションになると腐らなくなるんですか?」
「ああ」
なんだろう? 水素か酸素と結合して、ベンゼン環みたいなものでも作るのだろうか?
「その腐ったベナ草を使えば、ハイポーションになったりは……」
首を横に振られてしまった。
「腐ったベナ草からは、ポーションは作れないんだよ」
ふ~む。難しい。まあ、そりゃあそうか。この世界のトップクラスの研究者たちが、長年研究を続けていても作れないものなんだから。
「それでポーションにお酢かあ」
絶対違うと思う。
「モーハルドはどう言っているんですか? あそこがハイポーションを独占しているんですよね?」
嘆息する二人。今日は良く他者の溜息を見る日だ。
「神の御業だそうだ。世界中の人々がデウサリウス神を信仰するようになれば、自然とハイポーションも増えていくだろう、と」
ああ、それは溜息も吐きたくなるわな。
「でも、実際に神はおわす訳ですし、あながち、神の御業も無きにしも非ずなのでは?」
「ハルアキくん」
「すみませんでした!」
オルさんに初めて睨まれた。例え神の御業であっても、それを学術的に研究するのが研究者だ。我ながら馬鹿な発言をしたものである。
「でも、金を溶かす酸である王水があるように、ポーションを腐らせる菌があっても不思議じゃないと思いますけど」
「そんな菌、あると思うかい?」
「乳酸菌ならどこにでも。植物や土、海に、人の腸内や皮膚、口からも採取されてますね」
「そんなところから!?」
二人が驚いている。
「チーズなんかは商人が暑い砂漠を渡るのに、乳を羊の胃袋に保存しているうちに、乳がカードと言う凝固分と、ホエーと言う分離した水分に分かれたところから発明されたとか。これは羊の胃袋に凝固酵素である乳酸菌があったからだと言われています」
「ふ~む。乳酸菌? だっけ? 恐るべしだな。チーズも乳酸菌なのか」
二人の驚きが感心に変わっている。
「って言うか、これは地中海ヨーグルトって言う乳酸菌食品を増やす方法として使われているんですけど、ポーションにハイポーションを混ぜて、適温で菌を増殖させてみれば、ポーションがハイポーションに変わるのでは?」
って、そんな事、既にやっているよなあ。
「…………」
「…………」
二人ともめっちゃ驚いている。オルさんなんて口をパクパクさせていた。
「それだ!!」
リットーさんは光明が見えた。と言う感じで立ち上がって喜んでいるが、対照的にオルさんはジッとしている。
「オル! 嬉しくないのか?」
オルさんはリットーさんに肩を揺すられながらもジッとしたままだ。
「いや、それは本当に研究だと言えるのだろうか? 結局、モーハルドの呪縛から抜け出せていないような」
「それはそうかも知れませんけど、もしこれで成功すれば、ポーションは発酵すると言う事実と、どうやらモーハルドにはポーションを発酵させる菌がいる。と言う事が分かりますよ」
「…………そうか。そうだな」
と、どうやら前向きになったオルさんだった。
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