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地下五階(後編)

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「ハルアキ!」


 地獄の大穴まで戻ってきたところで、リットーさんに呼び止められた。


「はい?」


「どうやらハルアキは、ダンジョンや冒険者のルールには詳しくないようなので教えておくが、あの場では助けに行くものではない!」


「はい?」


 あの場、と言うのはさっきの大部屋での事だろうか?


「助けに行くなって、見殺しにしろ、って事ですか?」


「そうなるな!」


 そんな事出来るはずがない。あの魔法使い二人は、俺が助けに行かなければ死んでいたかも知れないんだ。


「パーティの経験値の問題だ。一人入るだけで貰える経験値が違ってくるからな」


 と言うジェイリスくん。どうやら彼もリットーさんと同意見らしい。


「そんな経験値なんかの為に彼女らは命懸けになっていると?」


「…………」


「…………」


 返事がない。どうやら本当のようだ。恐るべしレベルのある社会。


「それじゃあ、助けたい、と思ったら、どうすれば良いんですか?」


「そのパーティに助太刀して良いか尋ねる」


 とジェイリスくん。んな悠長な。だけどこれがダンジョンや冒険者たちのマナーであるらしい。ええ、面倒臭いなあ。



 そんな事を考えながら、次の冒険者パーティがいる大部屋に入った。既に戦端は開かれており、大部屋は敵味方入り乱れての乱戦となっていた。


 五体のグレイ(ゴブリン)たちの目が赤く明滅し、念動力で冒険者パーティを攻撃している。地下一階のグレイはただの小人だったが、地下五階までくると、念動力を使ってくるようだ。知っているゴブリンの戦い方じゃない。


 対して十人の冒険者たちはそれをレジストすると、素早く距離を詰めて、各々の武器や魔法で攻撃していく。その様に迷いはなく、このような状況にも慣れた対処のようだ。


 しかしそれはグレイたちも同様で、念動力でもって冒険者たちの攻撃を相殺していた。各所で一対二に別れての戦闘が行われている。


「これは、助けに入らない方が良いんですよね?」


「そうだな!」


「今乱入したら、確実に恨まれるだろうな」


 面倒臭いなあ。こっちはこっちで早く仕事を終わらせたいのに。だがまあ、このパーティは先のパーティとは違って、地下五階の戦いに慣れているようで、安心して見ていられた。倒すのに時間は要するようだが、大丈夫だろう。



「ベフメ家からの御達し?」


 案の定安定した戦いで終始戦闘を有利に進めた冒険者パーティが、ほぼ無傷でグレイを倒し終えたところで、俺たちが声を掛ける。しかし怪訝な視線である。


「地上でその説明は嫌と言う程聞いている。だが二年近くここの吸血神殿で活動しているが、本当にベフメ家の人間が話を持ってきたのは初めてだ」


 とリーダーらしき男性が言う。それは怪訝な表情にもなるな。


「二週間前に地上に出た時には、そんな話聞かなかったわよ?」


 と双剣使いの女性。俺たちがベフメルに到着したのが一週間前だからな。そう考えると水路建設に入るまでの期間が短いな。


「急遽決まったんですよ。もうすぐ雨季ですから、それまでに水路を完成させろって。ベフメ家の無茶振りは皆さんも知っているでしょう?」


 俺のこの言葉に、冒険者たちは顔を見合わせる。どうやらベフメ家の無茶振りってだけで、話が通じるらしい。



「じゃあ行ってくる」


 結果、この冒険者パーティは話し合って、一人が地上に話を聞きに行く事で決着した。それで本当なら全員で地上に引き返す事になる。


「さあ、俺たちは狩りの続きだ!」


 と地下五階に残った冒険者パーティは、地獄の大穴周辺で魔物狩りを続行するらしい。その為に残った訳だし。


 俺たちはと言えば、俺が『聖結界』を張って、その中で休憩だ。


「皆良くやるよなあ。そんなに戦うのが好きかね?」


 冒険者たちを眺めながら独り言つ俺を見て、ジェイリスくんが嘆息する。


「かーっはっはっはっ!! ハルアキは外国人だから不思議かも知れないな!」


 と笑うリットーさん。俺とジェイリスくんは顔を見合わせ首を傾げた。


「彼が外国人だからですか?」


 とジェイリスくんがリットーさんに尋ねる。


「ああ、そうだ! オルドランドでは、何であれ戦って勝ち取る事が美徳とされ、推奨されているだろう?」


 首肯するジェイリスくん。そうなの!?


「だが、それを美徳としない国もあるのだ! 和と協調を美徳とし、争い事を極力避けようとする国がな!」


「本当ですか!?」


 驚いて俺をマジマジと見てくるジェイリスくん。


「本当だけど、それってそんなに驚く事なの?」


 と言う俺の反応にジェイリスくんは更に驚いていた。こっちの方が驚きだが、戦って勝ち取るのが良しとされているのなら、前ベフメ伯爵がカージッド子爵に戦争を吹っ掛けたのも、ジェイリスくんが俺に決闘を申し入れてきたのもなんだか頷ける。要するにオルドランドと言う国は、自分が正しいと思うなら、勝って証明せよ。ってな具合のお国柄なのだろう。


「そんな国があるんだな」


 しみじみと口にするジェイリスくん。


「そんな国があるんだよ」


 しみじみと応える俺。そんなのほほんとした時間が『聖結界』の中で流れていた外では、


「ぎゃあああ!?」


 悲鳴が起こっていた。


 何事か!? と視線を冒険者パーティの方へ移すと、冒険者たちが見えない何かに斬り裂かれていた。

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