世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順

文字の大きさ
上 下
73 / 639

美人は得か? 損か?

しおりを挟む
「はあ……」


 溜息一つとっても艶めかしい。


 俺の前にいる蒼髪の美女は、その腰まである髪をくるくるいじりながら目を伏せている。絵になるなあ。


「あのう、俺たちは何でここに呼ばれたのでしょう?」


 サーミア嬢との昼食から数日後、蒼髪の美女、カージッド子爵の妻であるダプニカ夫人は、俺とバヨネッタさんをブークサレの屋敷に呼び付けておいて、さっきからソファにしなだれかかりながら、溜息しかしていない。俺は美女の妖艶な姿に眼福なので、このまま一時間二時間でも構わないのだが、横のバヨネッタさんが爆発しそうだ。


「私って、罪な女よね」


 おう、いきなりだな。横でバヨネッタさんが殺意を抱いているのが分かるんですけど? 夫人は気付いてなさそうだ。


「ベフメ伯爵は、夫を子爵の地位から追い落とし、この子爵領と私を手に入れようとしているのです」


「はあ、そうなんですか?」


 バヨネッタさんが爆発しないように気を使いながら、俺はダプニカ夫人に相槌を打つ。


「ええ。あの男は前々から私にいやらしい視線を向けてきていたのですよ。思い出すだけでも身の毛がよだつ」


 と夫人は美しい眉根をひそめて、自らがどれだけそれを嫌がっているかを表現する。しかし美女ってのは、苦悶の表情をしていても絵になる。


「そんなのあなたの気のせいじゃないの? 自意識過剰と言うやつね」


 バヨネッタさんの言葉には嫌味ったらしさが満ちていた。対して夫人はまた溜息だ。


「そうであればどれだけ喜ばしかったか」


「と言うと、ベフメ伯爵から何か具体的なアプローチがあった訳ですね?」


 俺の問いに夫人は首肯した。


「あれはポンコ砦が魔犬によって封鎖されてすぐの事です。私と夫は仔細を評議会に報告する為、首都に赴いていました」


 へえ。貴族もちゃんと仕事してるんだな。偏見か。


「そこで行われた夜会で、ベフメ伯爵は私に詰め寄ってきたのです」


 ん? 仕事で首都に行ったんだよね? 何で夜会? 貴族の付き合いとかあるのかな?


「しかも会場の人気のない場所を狙って」


 おう、それは普通に怖いな。


「その時はリットー様が私を人目のつく場所に連れ戻してくださったので、事なきを得ましたが、そうでなければ……」


 うう、確かに身の毛のよだつ話だ。リットーって人、グッジョブ。


「その時にベフメ伯爵に言われたのです。絶対にお前を手に入れる。と」


 成程。そんな事があれば、伯爵の動向を怪しむのも納得だ。


「伯爵の狙いがあなただけじゃなく、この子爵領にまで及んでいるのは何故?」


 バヨネッタさんもこんな話を聞かされたせいか、いつの間にか真剣に質問していた。


「ここカージッド子爵領はカッツェルと接し、オルドランドの人間が東と貿易をするには、どうしても避けて通れぬ交通の要衝なのです」


 まあ、オルドランドとカッツェルの間にはガイトー山脈と言う高い嶺が行き来を妨げているからな。そこに穴を開けるブークサレ・ロッコ間は両国にとってかなり重要な街道だと分かる。


「つまり砂糖貿易で財を成したベフメ伯爵としては、このカージッド子爵領を通る度に支払う関税が馬鹿に出来ない額だと言う事ね?」


 ああ、そう言う事か。流石ケチ臭いベフメ伯爵とも思うが、塵も積もれば山となる。毎度となればその額も相当な物になるのだろう。


「それで、ベフメ伯爵はこのカージッド子爵領を併呑して、砂糖貿易だけでなく、通行関税でも利益を得ようとしていると?」


 バヨネッタさんの問いに首肯するダプニカ夫人。


「私もあまり本気に捉えないようにしてきたのですが、事ここに至って、身の危険を感じ、あなた方に寄る辺を求めたのです」


「事ここに至って、ですか?」


 何が至ったのか分からん。


「ええ。まさかあの男が、実の娘であるサーミア嬢を殺してまで、財と私に執着していたなんて」


「はあ!? まさかあの襲撃事件、本気で実の娘を殺す気だったって言うんですか!?」


 俺は驚きが隠せず、自分でも分かる程大きな声を出していた。


「そうです。あの男は我が領の騎士たちがサーミア嬢を守りきれなかった事を口実に、このカージッド子爵領に攻め込むつもりだったのです」


「本当なんですか?」


 それにしては襲ってきたのは街のチンピラたちだった。作戦がお粗末過ぎないか?


「あれは幾つも仕掛けた暗躍の一つでしかありません。現に今日までにサーミア嬢が寝泊まりをしている伯爵別邸周辺で、サーミア嬢の暗殺を持ち掛けられたと思われる暗殺者や殺し屋が複数人、騎士団によって捕縛されています」


 うげえ、何だよそれ? 実の娘を殺してまで、我欲を叶えようとするなんて、人間の思考とは思えない。


「それで? 何故私たちを頼ったの?」


 バヨネッタさんの問いにダプニカ夫人は嘆息する。


「これだけ実行犯が捕まっていると言うのに、ベフメ伯爵にたどり着けていません。我々では限界があるようなのです。ポンコ砦の魔犬を退治したと言うその豪腕、私たちの為に使っては頂けないでしょうか?」


 上目遣いで美女が懇願している。これだけで俺なんか「任せてください」と返事をしてしまいそうだが、ここでこの件を請けるかどうかを決めるのはバヨネッタさんだ。


「私の二つ名、知っているかしら?」


 バヨネッタさんは了承の返事ではなく、質問に質問で返した。


「銃砲の魔女、またの名を財宝の魔女、でしたかしら?」


 ダプニカ夫人の答えに、にやりと笑うバヨネッタさん。


「成功報酬として、この子爵領の財宝を差し出すと言うなら、この件、喜んで関わらせて貰うわ」


 これに対してピクリと眉を動かすダプニカ夫人。子爵領の財宝ねえ。どうやらバヨネッタさんには心当たりがあるようだ。


「…………分かりました。魔女バヨネッタ。この件が解決されたあかつきには、あなたが望む財宝を用意すると、私、ダプニカがここに宣誓します」


 こうして俺たちは、このカージッド子爵とベフメ伯爵の争いに、足を踏み入れる事になったのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

俺のスキルが無だった件

しょうわな人
ファンタジー
 会社から帰宅中に若者に親父狩りされていた俺、神城闘史(かみしろとうじ)。  攻撃してきたのを捌いて、逃れようとしていた時に眩しい光に包まれた。  気がつけば、見知らぬ部屋にいた俺と俺を狩ろうとしていた若者五人。  偉そうな爺さんにステータスオープンと言えと言われて素直に従った。  若者五人はどうやら爺さんを満足させたらしい。が、俺のステータスは爺さんからすればゴミカスと同じだったようだ。  いきなり金貨二枚を持たされて放り出された俺。しかし、スキルの真価を知り人助け(何でも屋)をしながら異世界で生活する事になった。 【お知らせ】 カクヨムで掲載、完結済の当作品を、微修正してこちらで再掲載させて貰います。よろしくお願いします。

処理中です...