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美人は得か? 損か?
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「はあ……」
溜息一つとっても艶めかしい。
俺の前にいる蒼髪の美女は、その腰まである髪をくるくるいじりながら目を伏せている。絵になるなあ。
「あのう、俺たちは何でここに呼ばれたのでしょう?」
サーミア嬢との昼食から数日後、蒼髪の美女、カージッド子爵の妻であるダプニカ夫人は、俺とバヨネッタさんをブークサレの屋敷に呼び付けておいて、さっきからソファにしなだれかかりながら、溜息しかしていない。俺は美女の妖艶な姿に眼福なので、このまま一時間二時間でも構わないのだが、横のバヨネッタさんが爆発しそうだ。
「私って、罪な女よね」
おう、いきなりだな。横でバヨネッタさんが殺意を抱いているのが分かるんですけど? 夫人は気付いてなさそうだ。
「ベフメ伯爵は、夫を子爵の地位から追い落とし、この子爵領と私を手に入れようとしているのです」
「はあ、そうなんですか?」
バヨネッタさんが爆発しないように気を使いながら、俺はダプニカ夫人に相槌を打つ。
「ええ。あの男は前々から私にいやらしい視線を向けてきていたのですよ。思い出すだけでも身の毛がよだつ」
と夫人は美しい眉根をひそめて、自らがどれだけそれを嫌がっているかを表現する。しかし美女ってのは、苦悶の表情をしていても絵になる。
「そんなのあなたの気のせいじゃないの? 自意識過剰と言うやつね」
バヨネッタさんの言葉には嫌味ったらしさが満ちていた。対して夫人はまた溜息だ。
「そうであればどれだけ喜ばしかったか」
「と言うと、ベフメ伯爵から何か具体的なアプローチがあった訳ですね?」
俺の問いに夫人は首肯した。
「あれはポンコ砦が魔犬によって封鎖されてすぐの事です。私と夫は仔細を評議会に報告する為、首都に赴いていました」
へえ。貴族もちゃんと仕事してるんだな。偏見か。
「そこで行われた夜会で、ベフメ伯爵は私に詰め寄ってきたのです」
ん? 仕事で首都に行ったんだよね? 何で夜会? 貴族の付き合いとかあるのかな?
「しかも会場の人気のない場所を狙って」
おう、それは普通に怖いな。
「その時はリットー様が私を人目のつく場所に連れ戻してくださったので、事なきを得ましたが、そうでなければ……」
うう、確かに身の毛のよだつ話だ。リットーって人、グッジョブ。
「その時にベフメ伯爵に言われたのです。絶対にお前を手に入れる。と」
成程。そんな事があれば、伯爵の動向を怪しむのも納得だ。
「伯爵の狙いがあなただけじゃなく、この子爵領にまで及んでいるのは何故?」
バヨネッタさんもこんな話を聞かされたせいか、いつの間にか真剣に質問していた。
「ここカージッド子爵領はカッツェルと接し、オルドランドの人間が東と貿易をするには、どうしても避けて通れぬ交通の要衝なのです」
まあ、オルドランドとカッツェルの間にはガイトー山脈と言う高い嶺が行き来を妨げているからな。そこに穴を開けるブークサレ・ロッコ間は両国にとってかなり重要な街道だと分かる。
「つまり砂糖貿易で財を成したベフメ伯爵としては、このカージッド子爵領を通る度に支払う関税が馬鹿に出来ない額だと言う事ね?」
ああ、そう言う事か。流石ケチ臭いベフメ伯爵とも思うが、塵も積もれば山となる。毎度となればその額も相当な物になるのだろう。
「それで、ベフメ伯爵はこのカージッド子爵領を併呑して、砂糖貿易だけでなく、通行関税でも利益を得ようとしていると?」
バヨネッタさんの問いに首肯するダプニカ夫人。
「私もあまり本気に捉えないようにしてきたのですが、事ここに至って、身の危険を感じ、あなた方に寄る辺を求めたのです」
「事ここに至って、ですか?」
何が至ったのか分からん。
「ええ。まさかあの男が、実の娘であるサーミア嬢を殺してまで、財と私に執着していたなんて」
「はあ!? まさかあの襲撃事件、本気で実の娘を殺す気だったって言うんですか!?」
俺は驚きが隠せず、自分でも分かる程大きな声を出していた。
「そうです。あの男は我が領の騎士たちがサーミア嬢を守りきれなかった事を口実に、このカージッド子爵領に攻め込むつもりだったのです」
「本当なんですか?」
それにしては襲ってきたのは街のチンピラたちだった。作戦がお粗末過ぎないか?
「あれは幾つも仕掛けた暗躍の一つでしかありません。現に今日までにサーミア嬢が寝泊まりをしている伯爵別邸周辺で、サーミア嬢の暗殺を持ち掛けられたと思われる暗殺者や殺し屋が複数人、騎士団によって捕縛されています」
うげえ、何だよそれ? 実の娘を殺してまで、我欲を叶えようとするなんて、人間の思考とは思えない。
「それで? 何故私たちを頼ったの?」
バヨネッタさんの問いにダプニカ夫人は嘆息する。
「これだけ実行犯が捕まっていると言うのに、ベフメ伯爵にたどり着けていません。我々では限界があるようなのです。ポンコ砦の魔犬を退治したと言うその豪腕、私たちの為に使っては頂けないでしょうか?」
上目遣いで美女が懇願している。これだけで俺なんか「任せてください」と返事をしてしまいそうだが、ここでこの件を請けるかどうかを決めるのはバヨネッタさんだ。
「私の二つ名、知っているかしら?」
バヨネッタさんは了承の返事ではなく、質問に質問で返した。
「銃砲の魔女、またの名を財宝の魔女、でしたかしら?」
ダプニカ夫人の答えに、にやりと笑うバヨネッタさん。
「成功報酬として、この子爵領の財宝を差し出すと言うなら、この件、喜んで関わらせて貰うわ」
これに対してピクリと眉を動かすダプニカ夫人。子爵領の財宝ねえ。どうやらバヨネッタさんには心当たりがあるようだ。
「…………分かりました。魔女バヨネッタ。この件が解決されたあかつきには、あなたが望む財宝を用意すると、私、ダプニカがここに宣誓します」
こうして俺たちは、このカージッド子爵とベフメ伯爵の争いに、足を踏み入れる事になったのだった。
溜息一つとっても艶めかしい。
俺の前にいる蒼髪の美女は、その腰まである髪をくるくるいじりながら目を伏せている。絵になるなあ。
「あのう、俺たちは何でここに呼ばれたのでしょう?」
サーミア嬢との昼食から数日後、蒼髪の美女、カージッド子爵の妻であるダプニカ夫人は、俺とバヨネッタさんをブークサレの屋敷に呼び付けておいて、さっきからソファにしなだれかかりながら、溜息しかしていない。俺は美女の妖艶な姿に眼福なので、このまま一時間二時間でも構わないのだが、横のバヨネッタさんが爆発しそうだ。
「私って、罪な女よね」
おう、いきなりだな。横でバヨネッタさんが殺意を抱いているのが分かるんですけど? 夫人は気付いてなさそうだ。
「ベフメ伯爵は、夫を子爵の地位から追い落とし、この子爵領と私を手に入れようとしているのです」
「はあ、そうなんですか?」
バヨネッタさんが爆発しないように気を使いながら、俺はダプニカ夫人に相槌を打つ。
「ええ。あの男は前々から私にいやらしい視線を向けてきていたのですよ。思い出すだけでも身の毛がよだつ」
と夫人は美しい眉根をひそめて、自らがどれだけそれを嫌がっているかを表現する。しかし美女ってのは、苦悶の表情をしていても絵になる。
「そんなのあなたの気のせいじゃないの? 自意識過剰と言うやつね」
バヨネッタさんの言葉には嫌味ったらしさが満ちていた。対して夫人はまた溜息だ。
「そうであればどれだけ喜ばしかったか」
「と言うと、ベフメ伯爵から何か具体的なアプローチがあった訳ですね?」
俺の問いに夫人は首肯した。
「あれはポンコ砦が魔犬によって封鎖されてすぐの事です。私と夫は仔細を評議会に報告する為、首都に赴いていました」
へえ。貴族もちゃんと仕事してるんだな。偏見か。
「そこで行われた夜会で、ベフメ伯爵は私に詰め寄ってきたのです」
ん? 仕事で首都に行ったんだよね? 何で夜会? 貴族の付き合いとかあるのかな?
「しかも会場の人気のない場所を狙って」
おう、それは普通に怖いな。
「その時はリットー様が私を人目のつく場所に連れ戻してくださったので、事なきを得ましたが、そうでなければ……」
うう、確かに身の毛のよだつ話だ。リットーって人、グッジョブ。
「その時にベフメ伯爵に言われたのです。絶対にお前を手に入れる。と」
成程。そんな事があれば、伯爵の動向を怪しむのも納得だ。
「伯爵の狙いがあなただけじゃなく、この子爵領にまで及んでいるのは何故?」
バヨネッタさんもこんな話を聞かされたせいか、いつの間にか真剣に質問していた。
「ここカージッド子爵領はカッツェルと接し、オルドランドの人間が東と貿易をするには、どうしても避けて通れぬ交通の要衝なのです」
まあ、オルドランドとカッツェルの間にはガイトー山脈と言う高い嶺が行き来を妨げているからな。そこに穴を開けるブークサレ・ロッコ間は両国にとってかなり重要な街道だと分かる。
「つまり砂糖貿易で財を成したベフメ伯爵としては、このカージッド子爵領を通る度に支払う関税が馬鹿に出来ない額だと言う事ね?」
ああ、そう言う事か。流石ケチ臭いベフメ伯爵とも思うが、塵も積もれば山となる。毎度となればその額も相当な物になるのだろう。
「それで、ベフメ伯爵はこのカージッド子爵領を併呑して、砂糖貿易だけでなく、通行関税でも利益を得ようとしていると?」
バヨネッタさんの問いに首肯するダプニカ夫人。
「私もあまり本気に捉えないようにしてきたのですが、事ここに至って、身の危険を感じ、あなた方に寄る辺を求めたのです」
「事ここに至って、ですか?」
何が至ったのか分からん。
「ええ。まさかあの男が、実の娘であるサーミア嬢を殺してまで、財と私に執着していたなんて」
「はあ!? まさかあの襲撃事件、本気で実の娘を殺す気だったって言うんですか!?」
俺は驚きが隠せず、自分でも分かる程大きな声を出していた。
「そうです。あの男は我が領の騎士たちがサーミア嬢を守りきれなかった事を口実に、このカージッド子爵領に攻め込むつもりだったのです」
「本当なんですか?」
それにしては襲ってきたのは街のチンピラたちだった。作戦がお粗末過ぎないか?
「あれは幾つも仕掛けた暗躍の一つでしかありません。現に今日までにサーミア嬢が寝泊まりをしている伯爵別邸周辺で、サーミア嬢の暗殺を持ち掛けられたと思われる暗殺者や殺し屋が複数人、騎士団によって捕縛されています」
うげえ、何だよそれ? 実の娘を殺してまで、我欲を叶えようとするなんて、人間の思考とは思えない。
「それで? 何故私たちを頼ったの?」
バヨネッタさんの問いにダプニカ夫人は嘆息する。
「これだけ実行犯が捕まっていると言うのに、ベフメ伯爵にたどり着けていません。我々では限界があるようなのです。ポンコ砦の魔犬を退治したと言うその豪腕、私たちの為に使っては頂けないでしょうか?」
上目遣いで美女が懇願している。これだけで俺なんか「任せてください」と返事をしてしまいそうだが、ここでこの件を請けるかどうかを決めるのはバヨネッタさんだ。
「私の二つ名、知っているかしら?」
バヨネッタさんは了承の返事ではなく、質問に質問で返した。
「銃砲の魔女、またの名を財宝の魔女、でしたかしら?」
ダプニカ夫人の答えに、にやりと笑うバヨネッタさん。
「成功報酬として、この子爵領の財宝を差し出すと言うなら、この件、喜んで関わらせて貰うわ」
これに対してピクリと眉を動かすダプニカ夫人。子爵領の財宝ねえ。どうやらバヨネッタさんには心当たりがあるようだ。
「…………分かりました。魔女バヨネッタ。この件が解決されたあかつきには、あなたが望む財宝を用意すると、私、ダプニカがここに宣誓します」
こうして俺たちは、このカージッド子爵とベフメ伯爵の争いに、足を踏み入れる事になったのだった。
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