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伯爵別邸にて(前編)
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「ようこそお越しくださいました。魔女様」
日曜の昼、俺たちはベフメ伯爵がブークサレに建てた華美な別邸にお招きあずかった。呼んだのはベフメ伯爵家令嬢であるサーミア嬢だ。騎士団を通して、どうしてもお礼がしたい、とのご招待であった。
赤銀の髪に、映える赤オレンジ色のドレスを着たサーミア嬢は、自ら玄関ホールで俺たちを出迎え、食堂まで案内してくれた。
今回呼ばれたのはバヨネッタさんだけだったが、バヨネッタさんがそれを嫌がったので、俺とオルさんが追従する事に。今回は自前の馬車で参上だったので、アンリさんも一緒。かと思ったら、アンリさんは別に使用人用の食堂で食事を摂るのだそうだ。俺もそっちで良かった。当然だがミデンは宿でお留守番。宿の従業員さんたちが面倒をみてくれている。
「魔女様には私を襲った悪党たちを捕縛して頂いたとか。本当にありがとうございます」
本日何度目かのお礼の言葉だ。余程恐い思いをしたのか、サーミア嬢は出会ってから何度となくバヨネッタさんにお礼を述べている。
何でもサーミア嬢はロッコ市のあるカッツェル国との更なる友誼を結ぶ為の使者として、ロッコ市に赴いていたそうだが、オルさん曰く、要は砂糖の売買契約に関する諸々だろうとの事だった。
「いいえ。私が駆け付けた時には、ほとんど事は終わっていましたから、礼など不要です」
サーミア嬢に向けてにこやかに微笑み返すバヨネッタさんだが、俺はあの笑顔が意味するものを知っている。うざいから話し掛けるな。だ。
「まあ、そうでしたのね。ではあの黒衣の君が悪党たちを退治してくださったのですね」
頬を朱に染めて夢見がちに話すサーミア嬢。俺たち三人は思わずガラスのコップの水を吹き出しそうになっていた。
「何ですか? その黒衣の君とは?」
無礼ながら俺は思わず聞き返していた。するとサーミア嬢は、俺の無礼など気にする素振りも見せず、とうとうと語り出した。
「私をお助けくださった英雄様です。鷲の如く空から舞い降り、狼の如く悪党を蹴散らすその姿は、まるで竜のように雄々しかった。あれを英雄と呼ばずに誰を英雄と呼ぶのか……」
うん。鷲なのか狼なのか竜なのかはっきりしてないね。はあ。まさに夢見る少女って感じだな。俺の横でバヨネッタさんとオルさんが、笑うのを我慢して肩を震わせている。分かるけども。俺だって英雄じゃない事くらい自覚している。
「ああ、一体どのような見目姿をなされておられるのでしょう? 金や銀の髪や瞳でしょうか? それとも赤や青? 緑や紫かしら? 好きな物は何でしょう? 愛しい相手はおられるのかしら? きっと現代に再臨されたテイレクス様のような方に違いありません」
誰?
「テイレクスはオルドランドの建国の祖だよ。英雄としても名高い」
とオルさんがこっそり耳打ちしてくれた。へえ、そんな大人物と並べられるなんて、コウエイだなあ。二人とも腹痛いとか言わない。
まあ、終始こんな感じで、サーミア嬢の会った事もない黒衣の君への熱烈な慕情を聞かされながら、昼食は進んでいった。
「どうぞ、食後に甘い物などいかがでしょう?」
と出されたのは、瓜だった。キュウリと言うか、ズッキーニと言うか、ヘチマと言うか、そんな感じの瓜だ。
「これはもしや、噂に聞くベフメ領の砂糖瓜ではありませんか?」
砂糖瓜? 聞くからに甘そうだ。まあ、スイカやメロンだってウリ科な訳だし、甘い瓜なのだろう。
「ええ。よくご存知で」
「ベフメの砂糖と言えば有名ですからね」
これが砂糖なのか? 砂糖って言うから、粉砂糖みたいなものを想像していたけど、瓜だったのか。
「しかしいささか時期が早いのでは?」
「ええ。これは我が領で特別に作らせた早生の砂糖瓜です」
「へえ。ハウス栽培とかかな?」
と俺が独り言を呟くと、周りがざわついた。
「え、ええ。良くわかりましたね?」
サーミア嬢も驚いている。え? ハウス栽培ってそんなに凄い秘密みたいなものなの? ああ、でも、こっちの世界ってビニールがないから、ガラス張りになるのか。それは大変そうだなあ。こっちに来て、大きいガラスって記憶にないしなあ。あ、でもここのコップはガラスだ。
「彼はこの年で学生として学園から遊学を許可され、我々に同行している身分ですからね。中々知識も豊富なんですよ」
とオルさんがフォローしてくれた。それを聞いてサーミア嬢も「成程」と納得してくれたのだった。
さて砂糖瓜の実食である。皿に丸々置かれた砂糖瓜を、フォークとナイフで一口大に切って口に入れる。
「あっっっっま!?」
いや、あまりの甘さに目ん玉飛び出すかと思ったんだけど!? いや、皆笑ってるけど、何これ? マジで砂糖じゃん! ガムシロップをそのまま口に入れたみたいな甘さなんだけど!? いや、何で皆普通に食べれてるの!? 何で嬉しそうなの!?
「ハルアキくん、甘くて当然だよ。何せこれが砂糖の原料。これを精製して砂糖にするんだからね」
とオルさんが教えてくれた。な、成程ね。これが砂糖の原料。サトウキビや甜菜ではなく、まさか瓜から砂糖を作っていたとは思わなかった。
そんな俺の失態でひと笑い起こったところで、いきなり食堂の扉が勢い良く開け放たれた。
何事かとそちらを見遣ると、サーミア嬢と同じ赤銀の髪をオールバックにした、丸々太ったおじさんが立っていた。第一印象は赤狸だ。うん。一発で分かった。あれがベフメ伯爵だ。そのベフメ伯爵の横にはあのオレンジ髪の家令が立っている。どこにいるのかと思ったら、そこにいたのかあんた。
「お父様!? どうしてここに!? 領都におられたはずでは!?」
どうやらサーミア嬢にしても父の来訪は予期しない事だったらしく、驚きを隠せずにいた。
「サーミア。お前が襲われたと聞いて駆け付けたに決まっているじゃないか」
そう言ってベフメ伯爵はズカズカと食堂に入ってくると、俺たちの横を通り過ぎ、一直線にサーミア嬢を抱き締める。
「ああ、可哀想なサーミア。私がカージッドなどを信用して、奴に護衛を任せたばっかりに、恐い思いをさせてしまったね」
こう言うのがなんかクサイ芝居のように感じてしまうのは、俺が日本人だからなのだろうか? こちらの世界ではこう言う親子が一般的なのかな? そう思ってバヨネッタさんとオルさんを見遣ると、ちょっと引いている。あ、これが一般的じゃないんだ。
「お父様、人が見ています。恥ずかしいわ」
などとサーミア嬢は言っているが、顔はまんざらでもない。心配されて嬉しいのだろう。
「そうかい? こちらがサーミアを助けてくれた冒険者か何かかな?」
そう言って俺たちに一瞥くれたベフメ伯爵の顔は、あまりにも感情のないものだった。それはまるで路傍の石でも見ているかのようだ。
「おい」
とベフメ伯爵が家令に指示を出すと、家令が緑のカードを出す。は? どう言う事?
「なんだ? お前らカードも持っていないのか?」
などと家令は汚い物を見るような目をこちらに向ける。
「ハルアキ、カード出しなさいってよ」
え? 俺がカード出すの? なんか嫌だなあ。と思いながら渋々鈍色の商人カードを出すと、家令が強引にカードを重ねてくる。
「ふん! 良かったな商人。期せずして儲けが得られた訳だ」
と家令から五十万エランが振り込まれた。五百万円。これは安いのか高いのか。でも聞く限り金持ち領主らしいし、正直ケチだな。とは思った。
「私の恩人ですよ? 無礼とは思わないのですか?」
サーミア嬢が俺たちの代わりに怒ってくれた。
「サーミア。お前は世間と言うものを分かっていない。下々の奴らなんぞ、金を握らせれば大抵言う事を聞くものだ。こいつらだって金欲しさにお前に近付いたに決まっている」
なんだかなあ。ここまで言い切るって、あんた今まで周りの人とどんな交流してきたんだよ? って思ってしまう。サーミア嬢は悲しそうだ。
「おい、お前ら。金を受け取ったのだからさっさと帰りたまえ」
家令の嫌味ったらしい言い方に、頭にきたのは俺だけではなかったらしく、バヨネッタさんはにっこりスマイルで、
「ではサーミア嬢。この場を去る無礼をお許しください」
とサーミア嬢にあいさつして、食堂を後にしようとしたところで、またもや来客がやって来た。
「ベフメ伯爵ッ」
赤い狸の次は青い狐だった。肩口で揃えた群青の髪をした細面の紳士は、顔まで青くして食堂にやって来た。
「カージッド子爵か」
ベフメ伯爵は、見たくないものを見た。そんな顔を隠そうともせずに相手を睥睨していた。
日曜の昼、俺たちはベフメ伯爵がブークサレに建てた華美な別邸にお招きあずかった。呼んだのはベフメ伯爵家令嬢であるサーミア嬢だ。騎士団を通して、どうしてもお礼がしたい、とのご招待であった。
赤銀の髪に、映える赤オレンジ色のドレスを着たサーミア嬢は、自ら玄関ホールで俺たちを出迎え、食堂まで案内してくれた。
今回呼ばれたのはバヨネッタさんだけだったが、バヨネッタさんがそれを嫌がったので、俺とオルさんが追従する事に。今回は自前の馬車で参上だったので、アンリさんも一緒。かと思ったら、アンリさんは別に使用人用の食堂で食事を摂るのだそうだ。俺もそっちで良かった。当然だがミデンは宿でお留守番。宿の従業員さんたちが面倒をみてくれている。
「魔女様には私を襲った悪党たちを捕縛して頂いたとか。本当にありがとうございます」
本日何度目かのお礼の言葉だ。余程恐い思いをしたのか、サーミア嬢は出会ってから何度となくバヨネッタさんにお礼を述べている。
何でもサーミア嬢はロッコ市のあるカッツェル国との更なる友誼を結ぶ為の使者として、ロッコ市に赴いていたそうだが、オルさん曰く、要は砂糖の売買契約に関する諸々だろうとの事だった。
「いいえ。私が駆け付けた時には、ほとんど事は終わっていましたから、礼など不要です」
サーミア嬢に向けてにこやかに微笑み返すバヨネッタさんだが、俺はあの笑顔が意味するものを知っている。うざいから話し掛けるな。だ。
「まあ、そうでしたのね。ではあの黒衣の君が悪党たちを退治してくださったのですね」
頬を朱に染めて夢見がちに話すサーミア嬢。俺たち三人は思わずガラスのコップの水を吹き出しそうになっていた。
「何ですか? その黒衣の君とは?」
無礼ながら俺は思わず聞き返していた。するとサーミア嬢は、俺の無礼など気にする素振りも見せず、とうとうと語り出した。
「私をお助けくださった英雄様です。鷲の如く空から舞い降り、狼の如く悪党を蹴散らすその姿は、まるで竜のように雄々しかった。あれを英雄と呼ばずに誰を英雄と呼ぶのか……」
うん。鷲なのか狼なのか竜なのかはっきりしてないね。はあ。まさに夢見る少女って感じだな。俺の横でバヨネッタさんとオルさんが、笑うのを我慢して肩を震わせている。分かるけども。俺だって英雄じゃない事くらい自覚している。
「ああ、一体どのような見目姿をなされておられるのでしょう? 金や銀の髪や瞳でしょうか? それとも赤や青? 緑や紫かしら? 好きな物は何でしょう? 愛しい相手はおられるのかしら? きっと現代に再臨されたテイレクス様のような方に違いありません」
誰?
「テイレクスはオルドランドの建国の祖だよ。英雄としても名高い」
とオルさんがこっそり耳打ちしてくれた。へえ、そんな大人物と並べられるなんて、コウエイだなあ。二人とも腹痛いとか言わない。
まあ、終始こんな感じで、サーミア嬢の会った事もない黒衣の君への熱烈な慕情を聞かされながら、昼食は進んでいった。
「どうぞ、食後に甘い物などいかがでしょう?」
と出されたのは、瓜だった。キュウリと言うか、ズッキーニと言うか、ヘチマと言うか、そんな感じの瓜だ。
「これはもしや、噂に聞くベフメ領の砂糖瓜ではありませんか?」
砂糖瓜? 聞くからに甘そうだ。まあ、スイカやメロンだってウリ科な訳だし、甘い瓜なのだろう。
「ええ。よくご存知で」
「ベフメの砂糖と言えば有名ですからね」
これが砂糖なのか? 砂糖って言うから、粉砂糖みたいなものを想像していたけど、瓜だったのか。
「しかしいささか時期が早いのでは?」
「ええ。これは我が領で特別に作らせた早生の砂糖瓜です」
「へえ。ハウス栽培とかかな?」
と俺が独り言を呟くと、周りがざわついた。
「え、ええ。良くわかりましたね?」
サーミア嬢も驚いている。え? ハウス栽培ってそんなに凄い秘密みたいなものなの? ああ、でも、こっちの世界ってビニールがないから、ガラス張りになるのか。それは大変そうだなあ。こっちに来て、大きいガラスって記憶にないしなあ。あ、でもここのコップはガラスだ。
「彼はこの年で学生として学園から遊学を許可され、我々に同行している身分ですからね。中々知識も豊富なんですよ」
とオルさんがフォローしてくれた。それを聞いてサーミア嬢も「成程」と納得してくれたのだった。
さて砂糖瓜の実食である。皿に丸々置かれた砂糖瓜を、フォークとナイフで一口大に切って口に入れる。
「あっっっっま!?」
いや、あまりの甘さに目ん玉飛び出すかと思ったんだけど!? いや、皆笑ってるけど、何これ? マジで砂糖じゃん! ガムシロップをそのまま口に入れたみたいな甘さなんだけど!? いや、何で皆普通に食べれてるの!? 何で嬉しそうなの!?
「ハルアキくん、甘くて当然だよ。何せこれが砂糖の原料。これを精製して砂糖にするんだからね」
とオルさんが教えてくれた。な、成程ね。これが砂糖の原料。サトウキビや甜菜ではなく、まさか瓜から砂糖を作っていたとは思わなかった。
そんな俺の失態でひと笑い起こったところで、いきなり食堂の扉が勢い良く開け放たれた。
何事かとそちらを見遣ると、サーミア嬢と同じ赤銀の髪をオールバックにした、丸々太ったおじさんが立っていた。第一印象は赤狸だ。うん。一発で分かった。あれがベフメ伯爵だ。そのベフメ伯爵の横にはあのオレンジ髪の家令が立っている。どこにいるのかと思ったら、そこにいたのかあんた。
「お父様!? どうしてここに!? 領都におられたはずでは!?」
どうやらサーミア嬢にしても父の来訪は予期しない事だったらしく、驚きを隠せずにいた。
「サーミア。お前が襲われたと聞いて駆け付けたに決まっているじゃないか」
そう言ってベフメ伯爵はズカズカと食堂に入ってくると、俺たちの横を通り過ぎ、一直線にサーミア嬢を抱き締める。
「ああ、可哀想なサーミア。私がカージッドなどを信用して、奴に護衛を任せたばっかりに、恐い思いをさせてしまったね」
こう言うのがなんかクサイ芝居のように感じてしまうのは、俺が日本人だからなのだろうか? こちらの世界ではこう言う親子が一般的なのかな? そう思ってバヨネッタさんとオルさんを見遣ると、ちょっと引いている。あ、これが一般的じゃないんだ。
「お父様、人が見ています。恥ずかしいわ」
などとサーミア嬢は言っているが、顔はまんざらでもない。心配されて嬉しいのだろう。
「そうかい? こちらがサーミアを助けてくれた冒険者か何かかな?」
そう言って俺たちに一瞥くれたベフメ伯爵の顔は、あまりにも感情のないものだった。それはまるで路傍の石でも見ているかのようだ。
「おい」
とベフメ伯爵が家令に指示を出すと、家令が緑のカードを出す。は? どう言う事?
「なんだ? お前らカードも持っていないのか?」
などと家令は汚い物を見るような目をこちらに向ける。
「ハルアキ、カード出しなさいってよ」
え? 俺がカード出すの? なんか嫌だなあ。と思いながら渋々鈍色の商人カードを出すと、家令が強引にカードを重ねてくる。
「ふん! 良かったな商人。期せずして儲けが得られた訳だ」
と家令から五十万エランが振り込まれた。五百万円。これは安いのか高いのか。でも聞く限り金持ち領主らしいし、正直ケチだな。とは思った。
「私の恩人ですよ? 無礼とは思わないのですか?」
サーミア嬢が俺たちの代わりに怒ってくれた。
「サーミア。お前は世間と言うものを分かっていない。下々の奴らなんぞ、金を握らせれば大抵言う事を聞くものだ。こいつらだって金欲しさにお前に近付いたに決まっている」
なんだかなあ。ここまで言い切るって、あんた今まで周りの人とどんな交流してきたんだよ? って思ってしまう。サーミア嬢は悲しそうだ。
「おい、お前ら。金を受け取ったのだからさっさと帰りたまえ」
家令の嫌味ったらしい言い方に、頭にきたのは俺だけではなかったらしく、バヨネッタさんはにっこりスマイルで、
「ではサーミア嬢。この場を去る無礼をお許しください」
とサーミア嬢にあいさつして、食堂を後にしようとしたところで、またもや来客がやって来た。
「ベフメ伯爵ッ」
赤い狸の次は青い狐だった。肩口で揃えた群青の髪をした細面の紳士は、顔まで青くして食堂にやって来た。
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ベフメ伯爵は、見たくないものを見た。そんな顔を隠そうともせずに相手を睥睨していた。
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