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「ここが教会ですか」


 オルさんに連れられやって来たのは、大通りから東に行った、オルさんたちが住んでいる地区よりランクの落ちる住宅地の中にある教会だった。


 どちらかと言えばこぢんまりとした木造の建物で、屋根が弧を描く逆V型。まるで船を逆さまにして屋根にしたような建物だ。


「ああ、そうだよ」


「何故ここの教会なんですか?」


 教会は大通りにもあり、あれは石造りの立派なものだった。人も多く出入りしていたし。あっちと比べると建物自体に味わいはあるけど、質素さが際立つし、人の出入りもない。


「この教会はクーヨンでも古い教会なんだよ」


「へえ。古い程ご利益があるとかですか?」


「いや、そんな話は聞かないね」


 そうなんだ。では何故? と思っていると、オルさんがこっそり耳打ちしてくれた。


「大きな教会で君が異世界人だとバレると厄介だろう。ここの神父には既に話を通してある。要らん詮索はされないよ」


 そう言う事か。ご迷惑をお掛けします。と頭を下げる。がオルさんは気にしていない様子だ。オルさんは貴族と言う話だが、とても気安い。きっと他の貴族だとこうはいかないのだろうな。



 教会の入り口では尼さんが掃除をしていた。


「お嬢さん」


「はい。なんでしょう?」


「私はオルと言う者だ。神父に話は通っていると思うが」


「ああ。オル様ですね。神父様。オル様がお越しになられましたよ」


 確かに話は通っているらしく、尼さんは掃除を止めて教会の中に神父を呼びに行く。


 しばらくすると中から神父さんが姿を現した。白ひげのおじいさんだ。


「オル様ですね。話は伺っております。どうぞ中へ」


 神父さんの手招きで俺とオルさんは教会の中へ入った。


 教会の中は温かみのある雰囲気で、奥の祭壇には神像が祀られ、そこに向かってベンチが並べられていた。


「一神教なんですね」


 俺が横を歩くオルさんに耳打ちすると、オルさんは難しい顔をしてしまった。


「一神教のところもあれば、多神教のところもあるよ。色んな説があるからね。現に大通りの教会は多神教で、様々な神様の像が祀られている」


 へえ、クーヨンでは一神教と多神教が混在しているのか。


「俺が今から祝福を受ける神様はなんて名前なんですか?」


「デウサリウス様だよ」


 それを聞いて俺は、口の中で何回も「デウサリウス様デウサリウス様」と唱えていた。


「では、祝福の儀を執り行いたいと思います」


 そうしているうちに、神父さんの口上が始まり、儀式は粛々と進められていく。


 神父さんに促されるままにデウサリウス様の像の前に進み出て、跪くと祈りを捧げる。祈る事は事前に考えておいてくれ、とバヨネッタさんやオルさんに言われていたが、いざ神像の前で祈り始めると、頭の中が真っ白になってしまい、


(えっと、あの、健康で長生き出来ますように。あっ、あと、旅をするので、道中安全でありますように)


 などと普通の事をお祈りしてしまった。


 俺のお祈りが終わると、パァと天井から光が降り注ぎ、「おお!」と神父さんや尼さんが驚いていた。


「神はあなたの願いを聞き届けました」


 そうですか。良く分からんが。


「あなたには、『回復』と『聖結界』のスキルが神より付与されました」


 と神父様。おお! 二つも新たにスキルが! デウサリウス様ありがとうございます!


 その後は聖録に記帳して控えの木札を貰い、教会を後にしたのだった。



「『回復』と『聖結界』か。どちらもレアスキルだね」


 帰り道、オルさんと俺が取得したスキルについて話をした。


「回復ってレアスキルなんですか?」


 レアだと言うなら、『大回復』とか『超回復』とかじゃなかろうか。


「そりゃそうだよ。回復スキル自体がレアなんだ。普通に考えて、傷や病気が人体の知識のない人間が魔力を流しただけで回復するなんて、神の御業としか言いようがないだろう?」


 成程、確かに。医者の資格がないのに、怪我や病気治せますと言われても、疑いしかない。そう言う意味では、ポーションと言うのも、中々常識外のものであるらしい。


「分かりました。『回復』は怪我を回復させる凄いスキルだって理解出来ましたけど、『聖結界』は普通の結界と何が違うんでしょう?」


「え? ハルアキくんが願った結果、神が聞き届けてくれたんだろう? なんて願ったんだい?」


「え?」


 俺が何を祈ったのか説明すると、オルさんに大笑いされてしまった。普通はこんな事願わないようだ。


「さ、次はスキル屋だね」


 この世界にはスキル屋なるものがある。その名の通りスキルを売買する店だ。折角神様から授かったスキルだというのに、それを売買するなんて、罰当たりな。とも思うが、こちらではそれが普通の事のようだ。どれだけ優れたスキルを授かったところで、宝の持ち腐れとなる事は少なくない。それなら現金に変換した方が役立つ。と言う考え方らしい。何とも世知辛い世の中だ。


「旅をするんなら『空間庫』は必須だよね。さっきの祝福の儀で授かれれば良かったんだけど」


 そう言えば、バヨネッタさんにもそんな事を言われていた。頭真っ白で飛んでいたなあ。


「すみません、余計なお金を使わせてしまって」


「ああ、気にしなくていいよ。『空間庫』はそれ程高いスキルじゃないから」


 そうなのか? アイテムボックスとかストレージって、ラノベやマンガだとレアスキルのような? いや、あれは無限に収納出来るからレアなんだ。普通に、それなりの物が収納出来るだけなら、それ程レアでもないのかも知れない。


「あ、でも俺はいらないかも」


「いらない?」


 オルさんに首を傾げられた。


「ほら、俺って転移門を持っているじゃないですか。あれを向こうの倉庫を繋げておけば」


「成程ね。確かにそれは使えるかも知れない」


「ですよね!」


「じゃあ、小さめので良いか。旅商人となると、家一軒分くらいは考えていたけど、もっと少ない容量でも良さそうだ」


 うんうん。と何やら考えながら歩くオルさんだった。



 スキル屋は大通りから一本入った、馬車が通れるくらいには大きい通りにあった。こちらもこぢんまりとしている。が、店前に二人の屈強な男が立っている。


「何してるの? 入るよ」


 男たちにビビる俺だが、オルさんに促されて店内に入る。店内はカウンターだけの店だった。店は魔法の光で明るくライティングされており、俺たち以外にも何人か客がいて、何やら分厚い台帳のようなものとにらめっこしている。


「いらっしゃいませ。買取でしょうか? 売却でしょうか?」


 と店に入るなりカウンター向こうの赤髪の女性が俺たちに尋ねてくる。何ともビジネスライクな物言いだ。


「買取だ。『空間庫』のリストを見せてくれ」


「かしこまりました」


 女性はそう言ってカウンター向こうにスッと消えたかと思うと、すぐに他の客がにらめっこしているような台帳を持ってきた。


 それをカウンターに座ってペラペラとめくっていくオルさん。どうやら台帳には店で取り扱っている『空間庫』のスキルがリストになって書かれているらしい。俺には読めないけど。



「これにしよう」


 オルさんは十分程、あれにしようかこれにしようか、と悩んでいたがどうやら決まったらしい。


「お支払いはどうなされますか?」


「カード一括で」


 とオルさんは自身の空間庫から緑色のカードを取り出す。って言うかカードの概念あったのかこの世界。


「かしこまりました。こちらヘ翳してください」


 そう言って店の女性はカードのスキャナーらしき魔法陣の描かれた魔道具をカウンターに置く。それにオルさんが緑色のカードを翳すと魔法陣が光を放つ。


「お買い上げありがとうございました」


 店の女性はそう言うと、俺たちをカウンターの奥へと連れて行った。


 カウンターの奥は薄暗い個室で、床には魔法陣が描かれている。


「どちらが『空間庫』を取得なさるのですか?」


「俺です」


「では、魔法陣の中央にお進みください」


 俺は言われるまま魔法陣の中央に立つ。すると店の女性は何やら長い呪文を唱えた始め、台帳からオルさんが選んだ紙を引き抜いた。燃える台帳の紙。すると俺の足元の魔法陣が光り出し、身体が光に包まれる。


 その数秒後、光が収まったところで、


「終わりました。これでお客様は『空間庫』が使用可能になりました」


 と店の女性。


 俺はオルさんと目配せし、何もない空間に右手を伸ばした。すると右手の先の空間が歪み、穴が開く。俺はその空間に右手を入れてみる。うん。何もない空間を感じる。


 その後スキル屋を後にして、俺たちはオルさん家に帰っていった。



「ふ~ん、『空間庫』は取得出来なかったのね。でも面白いわ。ハルアキが気にしている『聖結界』と言うのは、スキル使用者に対する悪意や害意を防いでくれるもののようね」


 オルさん家に戻ってバヨネッタさんにスキルの事を説明すると、俺のステータスを覗いたバヨネッタさんにそう解説された。


「つまり、バヨネッタさんがベルム島に張った結界と違って、悪意や害意がなければ張られた結界の中に入れるって事ですか?」


「そうなるわね」


 便利なんだか便利じゃないんだか。


「結界内に既に悪意や害意がある者が入っていた場合はどうなるんですか?」


「弾き出される仕様みたいよ」


「へえ」


 それなら安全か。


 まあ、恐らくは健康長寿を願っての『回復』に、旅の安全を願っての『聖結界』だろうからな。『聖結界』は寝込みを襲われないようにとかなんだろうな。ありがとうデウサリウス様。

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