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天使が叶えた望み
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天使に望みを叶えて貰った翌日。
検査以外これと言ってやる事もなく、退院までただベッドでゴロゴロ過ごすのにも飽きた俺は、病院の中を探索する事にした。
病院の廊下をぶらぶらと当てもなく歩いていると、女性の黄色い声で溢れる一室があった。
何事だろうか? 芸能人でも入院しているのだろうか?
俺はさりげなくその病室の前を通り過ぎつつ、チラリと中を見てみようとした。が個室のベッドは女性看護師や私服の女性たちに囲まれており、誰がいるのか見えなかった。
まあ、それほど興味があった訳でもない。このまま通り過ぎようと思っていたら、個室のベッドから俺に声が掛けられた。聞き知った声だった。
「よう、ハルアキ!」
ベッドから首だけ動かし俺の名を呼ぶのは、両手両足にギブスをはめた、身動きの取れない俺の友人、タカシだった。
タカシはベッドを取り囲む看護師や女性たちに退室を促す。女性たちは文句を垂らしながらも、タカシが言うのであれば、と渋々退室していった。残ったのは俺とタカシだけだ。
「天使になんて望み叶えて貰ってんだよ」
呆れる俺に対してタカシはにやけ顔だ。
「バッカ、男だったら憧れるだろ? ハーレム」
思わず俺は嘆息してしまう。
「まあ、エロい事は断られちゃうんだけど」
「何だよそれ?」
「俺が考えるに、不特定多数の女性を魅了する分、一人一人への効果はそこまで強くない。って事なんだと思う」
天使が願いを叶えてくれる。って言っても、完璧ではないのか。
「まあ、きっかけを貰えただけで万々歳よ。あとは俺自身の魅力でメロメロにするだけさ」
タカシって変なところでポジティブだよなあ。
「で? ハルアキはどんな望みを叶えて貰ったんだ? ここにいるって事は、他の奴らみたいに転移や転生じゃなかったんだろ?」
興味津々といった顔のタカシ。まあ、他人がどんな望みを叶えて貰ったのか気になるのも分かる。
「俺は……」
病院を退院した俺を待っていたのは、マスコミの取材攻勢だった。
事故に天使が関わっていたという噂から、事故関係者に起こった不可思議な現象の数々。いまだ事故関係者が入院している中、一番に退院した俺は、マスコミのかっこうの的だったようだ。
しかし話せる事はない。天使を見た。と言った所でどれだけの人間が納得するのか。天使が謝罪に現れて、不思議な力で望みを叶えて貰った。と言って、どれだけの人間が信じるのか。
結果、俺は「天使は見た」程度の軽い話しかする事が出来なかった。俺の後にも退院する事故関係者はいくらでもいる。他の関係者が尾ひれの付いた話でもしてくれるだろう。
その後、俺は異世界に転生した二人の葬式に出席した。俺だけ軽傷だった事に対して遠巻きに陰口を言う者もいたが、友人の葬式はつつがなく執り行われ、俺が何も言わない事で、俺の周りからマスコミの監視も段々と離れていき、俺は日常を取り戻してきていた。
事故から二ヶ月が過ぎた。俺の前には黒い空間があった。場所は俺の自室。家族は俺を置いて出掛けている。ベッドに腰掛ける俺の前に、縦二メートル、横一メートル程の真っ黒な薄い鏡のような空間は口を開けている。
俺はその中心に向かって、手に持っていた炭酸のペットボトルを投げつけた。真っ黒な空間に吸い込まれるペットボトル。立ち上がって後ろを見てみても、ペットボトルが黒い空間を貫通して、俺の部屋の壁にぶつかったような事はなかった。薄い鏡のような空間に、ペットボトルを飲み込める余地はなく、つまりペットボトルは、この部屋でないどこか、いわゆる異空間に飲み込まれたと想像出来た。
「ふむ。天使との交渉で手に入れた能力は、確かに履行されたと言う事かな」
俺は黒い空間の周りをぐるぐる回りながら、しめしめとにやついていた。
俺が天使に望んだのは、やはり異世界転移だった。ここでないどこか異世界と言うものは、凡人の俺にとっても憧れがあったのだ。
しかしいきなり異世界に放り出されると言うのも怖いし、何よりあれだけ心配してくれた家族を置いて行くのは忍びない。
なので俺が望んだのが、いつでも異世界と地球を行き来出来る能力だった。これならば異世界で危険な目にあっても、直ぐに地球に引き返してくる事が出来る。
ふふ、我ながら名案を思い付いたものだ。
さて、直ぐにも異世界に行ってみたい所だが、まずは準備が必要だろう。と言って思案してもどんな準備が必要なのか分からなかった。所詮は高一の浅知恵だったな。
とりあえず俺は一旦黒い空間……、転移門とでも名付けよう。転移門を消すと、玄関からスニーカーを持ってきて、ついでに何があるか分からないので台所から包丁を掻っ払い、冷蔵庫から新たに水の入ったペットボトルを持って自室に戻った。
包丁と水のペットボトルをリュックに入れる。あと、着替えやタオルも入れておいた方が良いか。これぐらいしか思い浮かばないな。
一先ずこれで良いか。と俺は自室で靴を履いてもう一度転移門を開いた。
真っ黒の転移門に手を伸ばすと、すうっと手が転移門に飲み込まれる。痛くはない。転移門に飲み込まれた手が少しヒンヤリするくらいだ。大丈夫そうだ。
俺は足を伸ばして転移門を通り抜ける。するとその先は、暗い暗い何も見えないような暗がりだった。
しまった! 行き先が暗い事なんて考えていなかった!
俺は直ぐ様自室に戻ると、リビングの棚から懐中電灯を引っ張りだし、もう一度転移門を潜ったのだった。
検査以外これと言ってやる事もなく、退院までただベッドでゴロゴロ過ごすのにも飽きた俺は、病院の中を探索する事にした。
病院の廊下をぶらぶらと当てもなく歩いていると、女性の黄色い声で溢れる一室があった。
何事だろうか? 芸能人でも入院しているのだろうか?
俺はさりげなくその病室の前を通り過ぎつつ、チラリと中を見てみようとした。が個室のベッドは女性看護師や私服の女性たちに囲まれており、誰がいるのか見えなかった。
まあ、それほど興味があった訳でもない。このまま通り過ぎようと思っていたら、個室のベッドから俺に声が掛けられた。聞き知った声だった。
「よう、ハルアキ!」
ベッドから首だけ動かし俺の名を呼ぶのは、両手両足にギブスをはめた、身動きの取れない俺の友人、タカシだった。
タカシはベッドを取り囲む看護師や女性たちに退室を促す。女性たちは文句を垂らしながらも、タカシが言うのであれば、と渋々退室していった。残ったのは俺とタカシだけだ。
「天使になんて望み叶えて貰ってんだよ」
呆れる俺に対してタカシはにやけ顔だ。
「バッカ、男だったら憧れるだろ? ハーレム」
思わず俺は嘆息してしまう。
「まあ、エロい事は断られちゃうんだけど」
「何だよそれ?」
「俺が考えるに、不特定多数の女性を魅了する分、一人一人への効果はそこまで強くない。って事なんだと思う」
天使が願いを叶えてくれる。って言っても、完璧ではないのか。
「まあ、きっかけを貰えただけで万々歳よ。あとは俺自身の魅力でメロメロにするだけさ」
タカシって変なところでポジティブだよなあ。
「で? ハルアキはどんな望みを叶えて貰ったんだ? ここにいるって事は、他の奴らみたいに転移や転生じゃなかったんだろ?」
興味津々といった顔のタカシ。まあ、他人がどんな望みを叶えて貰ったのか気になるのも分かる。
「俺は……」
病院を退院した俺を待っていたのは、マスコミの取材攻勢だった。
事故に天使が関わっていたという噂から、事故関係者に起こった不可思議な現象の数々。いまだ事故関係者が入院している中、一番に退院した俺は、マスコミのかっこうの的だったようだ。
しかし話せる事はない。天使を見た。と言った所でどれだけの人間が納得するのか。天使が謝罪に現れて、不思議な力で望みを叶えて貰った。と言って、どれだけの人間が信じるのか。
結果、俺は「天使は見た」程度の軽い話しかする事が出来なかった。俺の後にも退院する事故関係者はいくらでもいる。他の関係者が尾ひれの付いた話でもしてくれるだろう。
その後、俺は異世界に転生した二人の葬式に出席した。俺だけ軽傷だった事に対して遠巻きに陰口を言う者もいたが、友人の葬式はつつがなく執り行われ、俺が何も言わない事で、俺の周りからマスコミの監視も段々と離れていき、俺は日常を取り戻してきていた。
事故から二ヶ月が過ぎた。俺の前には黒い空間があった。場所は俺の自室。家族は俺を置いて出掛けている。ベッドに腰掛ける俺の前に、縦二メートル、横一メートル程の真っ黒な薄い鏡のような空間は口を開けている。
俺はその中心に向かって、手に持っていた炭酸のペットボトルを投げつけた。真っ黒な空間に吸い込まれるペットボトル。立ち上がって後ろを見てみても、ペットボトルが黒い空間を貫通して、俺の部屋の壁にぶつかったような事はなかった。薄い鏡のような空間に、ペットボトルを飲み込める余地はなく、つまりペットボトルは、この部屋でないどこか、いわゆる異空間に飲み込まれたと想像出来た。
「ふむ。天使との交渉で手に入れた能力は、確かに履行されたと言う事かな」
俺は黒い空間の周りをぐるぐる回りながら、しめしめとにやついていた。
俺が天使に望んだのは、やはり異世界転移だった。ここでないどこか異世界と言うものは、凡人の俺にとっても憧れがあったのだ。
しかしいきなり異世界に放り出されると言うのも怖いし、何よりあれだけ心配してくれた家族を置いて行くのは忍びない。
なので俺が望んだのが、いつでも異世界と地球を行き来出来る能力だった。これならば異世界で危険な目にあっても、直ぐに地球に引き返してくる事が出来る。
ふふ、我ながら名案を思い付いたものだ。
さて、直ぐにも異世界に行ってみたい所だが、まずは準備が必要だろう。と言って思案してもどんな準備が必要なのか分からなかった。所詮は高一の浅知恵だったな。
とりあえず俺は一旦黒い空間……、転移門とでも名付けよう。転移門を消すと、玄関からスニーカーを持ってきて、ついでに何があるか分からないので台所から包丁を掻っ払い、冷蔵庫から新たに水の入ったペットボトルを持って自室に戻った。
包丁と水のペットボトルをリュックに入れる。あと、着替えやタオルも入れておいた方が良いか。これぐらいしか思い浮かばないな。
一先ずこれで良いか。と俺は自室で靴を履いてもう一度転移門を開いた。
真っ黒の転移門に手を伸ばすと、すうっと手が転移門に飲み込まれる。痛くはない。転移門に飲み込まれた手が少しヒンヤリするくらいだ。大丈夫そうだ。
俺は足を伸ばして転移門を通り抜ける。するとその先は、暗い暗い何も見えないような暗がりだった。
しまった! 行き先が暗い事なんて考えていなかった!
俺は直ぐ様自室に戻ると、リビングの棚から懐中電灯を引っ張りだし、もう一度転移門を潜ったのだった。
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