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FIGHT BOX
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PCにケーブルで繋がれたVRゴーグルを被りベッドで横になると、俺は画面内に並ぶ数々のゲームの中から、『FIGHT BOX』を選択して、バーチャル世界へと潜っていく。
一瞬の暗転の後に、次に俺の目に飛び込んできたのは、赤い屋根の三階建ての大きな洋館。ここが俺の目的地だ。中に入ればすぐ目の前がカウンターになっていて、そこで受付を済ますと、俺は地下へと下りていった。
地下室の中央では、男と男が拳を握って向かい合っている。互いに軽妙なステップを踏みながら、相手の隙を窺う。それを取り囲むのは、二十名程いるこのゲームのプレイヤーたち。緊張感が張り詰める空気の中、一方の茶髪短髪が金髪ロングに向かって攻撃を仕掛けた。
「うらぁっ!!」
茶髪の男は思いっきり右ストレートで金髪の顔面を狙うが、そんなテレフォンパンチが通じるはずもなく、金髪に軽く避けられるとともに、左脇腹にミドルキックの反撃を食らう事となってしまった。
「ぐはっ!?」
その痛みで思わず脇腹を押さえてしまった茶髪の顎に、金髪ロングのストレートが振り下ろされ、これで茶髪のKO負けだ。そして負けた茶髪は光の粒となって消え去った。きっと今頃は上階の休憩用個室のベッドで、横になっているだろう。
「今の茶髪って誰?」
俺が観戦していたプレイヤーに尋ねると、
「タクトか。知らねー。新入りじゃね?」
との軽い返答。
「なんかさ、いきなりやってきて、ここで一番強い奴と闘わせろって豪語していたからよ。グジさんが相手をしたらこれだよ」
「中身小学生だったんじゃねえか?」
「それは無いだろ。このゲーム、R15指定だぜ?」
「じゃあ15になりたてか。何にせよ、世間知らずだよな」
世間知らずか。一年前の俺も、そんな感じでこの『FIGHT BOX』の世界に飛び込んだんだよなあ。
『FIGHT BOX』は、要するにケンカするだけのインディーゲームだ。今やネットを探せばいくらでもあるVRインディーゲームの中でも、単純明快なゲームである。扱うアバターは、外見はある程度変えられるが、ステータスは全て同じ。しかも痛みなどのフィードバックもあると言う仕様の為、このゲームを好んでやるゲーマーは少ない。
俺は一年前、いじめで引きこもり、鬱々とした毎日を過ごしていた。そしてそんな鬱々とした気分を晴らす為に、俺が求めたのが暴力だった。とは言っても、現実で暴力を振るう訳にもいかない。なので現実に近いVRの世界にその捌け口となって貰う事にした。
モンスターを狩った。ゾンビを撃った。宇宙人とも戦い、PVPやPKなんてものにまで手を染めた。これで多少は気分も晴れたが、やはり鬱々とした俺の本心を完全に晴らすまでにはいかなかった。
そうやってゲームからゲームへと渡り歩いている時に出会ったのが、この『FIGHT BOX』だ。
「ヤッホー、タクト」
そう言って俺の首に腕を回してくるのは、青髪のダニエルだ。
「今日も一戦俺とやろうぜ!」
「分かっているよ」
ダニエルに相槌を打ち、俺たちはグジさんが下がった地下室中央に、二人並んで進み出る。そして互いに向かい合えば、それが合図となってケンカの始まりだ。
いきなり両者ストレートで顔面を殴り合い、その後も防御なんて関係なく、拳と蹴りを打ち出し合う。先程のグジさんとはまるで対照的な闘い方で、痛みもフィードバックするものだから、全身めちゃくちゃ痛いのに、脳からアドレナリンが出まくって、そんな事関係なくなるのだ。
「らぁっ!」
「しゃっ!」
殴り合い蹴り合いはいつの間にやらもつれ合い、両者ともに床に転がっても、俺たちのケンカは止まらず、上になったり下になったり、攻守が切り替わりながら、ケンカは続く。そして、
ガンッ!
ダニエルの一撃が俺の顔面に決まり、これによって俺のHPは削り切られて、俺の視界は暗転した。
次に目を開けた時に目にしたのは、見知った天井だ。休憩用個室のベッドから見える天井である。
「はあ……」
息をこぼしながら、手をグーパーしてみる。もう痛い所はどこにもない。当然だ。ゲームなんだから。でも残っているものもある。あのケンカを心から楽しんだ高揚感だ。途中は痛かったし、何バカやっているんだろうって思ったし、負けたのは悔しいけど、結果、心に残ったこの高揚感が忘れられず、俺はまた、ここでケンカに明け暮れるのだろう。
となればもう一戦だ! と休憩用個室を出ると、横の個室からさっきの茶髪がそーっと出てきた所だった。
「なんだ逃げるのか?」
俺の言葉にビクリとする茶髪。
「逃げる? こんなバカなゲーム付き合ってられねーってだけだよ」
「ふ~ん? まだ憎まれ口叩けるくらいには、元気が残っているみたいだな」
「何だよ? 俺が負けたのは、相手がここのチャンピオンだったからだ。そうじゃなきゃ、俺があんな負け方する訳ない」
言うねー。
「じゃあ、俺なんかボコボコなんだ?」
「当然だ!」
「なら、逃げねーよな?」
俺の発言にギクリとする茶髪。嵌められたと分かったようだが、相手も後に引けなくなったようだ。決心したように首肯する。
「ああ、お前なんてボコボコにしてやる!」
こうして俺と茶髪との━━、
「お前、名前なんて言うの?」
「ブラウニー」
「美味そうな名前だな」
「好きなんだよ。悪いかよ」
「いいや」
こうして俺とブラウニーとの闘いが幕を開けるのだった。
一瞬の暗転の後に、次に俺の目に飛び込んできたのは、赤い屋根の三階建ての大きな洋館。ここが俺の目的地だ。中に入ればすぐ目の前がカウンターになっていて、そこで受付を済ますと、俺は地下へと下りていった。
地下室の中央では、男と男が拳を握って向かい合っている。互いに軽妙なステップを踏みながら、相手の隙を窺う。それを取り囲むのは、二十名程いるこのゲームのプレイヤーたち。緊張感が張り詰める空気の中、一方の茶髪短髪が金髪ロングに向かって攻撃を仕掛けた。
「うらぁっ!!」
茶髪の男は思いっきり右ストレートで金髪の顔面を狙うが、そんなテレフォンパンチが通じるはずもなく、金髪に軽く避けられるとともに、左脇腹にミドルキックの反撃を食らう事となってしまった。
「ぐはっ!?」
その痛みで思わず脇腹を押さえてしまった茶髪の顎に、金髪ロングのストレートが振り下ろされ、これで茶髪のKO負けだ。そして負けた茶髪は光の粒となって消え去った。きっと今頃は上階の休憩用個室のベッドで、横になっているだろう。
「今の茶髪って誰?」
俺が観戦していたプレイヤーに尋ねると、
「タクトか。知らねー。新入りじゃね?」
との軽い返答。
「なんかさ、いきなりやってきて、ここで一番強い奴と闘わせろって豪語していたからよ。グジさんが相手をしたらこれだよ」
「中身小学生だったんじゃねえか?」
「それは無いだろ。このゲーム、R15指定だぜ?」
「じゃあ15になりたてか。何にせよ、世間知らずだよな」
世間知らずか。一年前の俺も、そんな感じでこの『FIGHT BOX』の世界に飛び込んだんだよなあ。
『FIGHT BOX』は、要するにケンカするだけのインディーゲームだ。今やネットを探せばいくらでもあるVRインディーゲームの中でも、単純明快なゲームである。扱うアバターは、外見はある程度変えられるが、ステータスは全て同じ。しかも痛みなどのフィードバックもあると言う仕様の為、このゲームを好んでやるゲーマーは少ない。
俺は一年前、いじめで引きこもり、鬱々とした毎日を過ごしていた。そしてそんな鬱々とした気分を晴らす為に、俺が求めたのが暴力だった。とは言っても、現実で暴力を振るう訳にもいかない。なので現実に近いVRの世界にその捌け口となって貰う事にした。
モンスターを狩った。ゾンビを撃った。宇宙人とも戦い、PVPやPKなんてものにまで手を染めた。これで多少は気分も晴れたが、やはり鬱々とした俺の本心を完全に晴らすまでにはいかなかった。
そうやってゲームからゲームへと渡り歩いている時に出会ったのが、この『FIGHT BOX』だ。
「ヤッホー、タクト」
そう言って俺の首に腕を回してくるのは、青髪のダニエルだ。
「今日も一戦俺とやろうぜ!」
「分かっているよ」
ダニエルに相槌を打ち、俺たちはグジさんが下がった地下室中央に、二人並んで進み出る。そして互いに向かい合えば、それが合図となってケンカの始まりだ。
いきなり両者ストレートで顔面を殴り合い、その後も防御なんて関係なく、拳と蹴りを打ち出し合う。先程のグジさんとはまるで対照的な闘い方で、痛みもフィードバックするものだから、全身めちゃくちゃ痛いのに、脳からアドレナリンが出まくって、そんな事関係なくなるのだ。
「らぁっ!」
「しゃっ!」
殴り合い蹴り合いはいつの間にやらもつれ合い、両者ともに床に転がっても、俺たちのケンカは止まらず、上になったり下になったり、攻守が切り替わりながら、ケンカは続く。そして、
ガンッ!
ダニエルの一撃が俺の顔面に決まり、これによって俺のHPは削り切られて、俺の視界は暗転した。
次に目を開けた時に目にしたのは、見知った天井だ。休憩用個室のベッドから見える天井である。
「はあ……」
息をこぼしながら、手をグーパーしてみる。もう痛い所はどこにもない。当然だ。ゲームなんだから。でも残っているものもある。あのケンカを心から楽しんだ高揚感だ。途中は痛かったし、何バカやっているんだろうって思ったし、負けたのは悔しいけど、結果、心に残ったこの高揚感が忘れられず、俺はまた、ここでケンカに明け暮れるのだろう。
となればもう一戦だ! と休憩用個室を出ると、横の個室からさっきの茶髪がそーっと出てきた所だった。
「なんだ逃げるのか?」
俺の言葉にビクリとする茶髪。
「逃げる? こんなバカなゲーム付き合ってられねーってだけだよ」
「ふ~ん? まだ憎まれ口叩けるくらいには、元気が残っているみたいだな」
「何だよ? 俺が負けたのは、相手がここのチャンピオンだったからだ。そうじゃなきゃ、俺があんな負け方する訳ない」
言うねー。
「じゃあ、俺なんかボコボコなんだ?」
「当然だ!」
「なら、逃げねーよな?」
俺の発言にギクリとする茶髪。嵌められたと分かったようだが、相手も後に引けなくなったようだ。決心したように首肯する。
「ああ、お前なんてボコボコにしてやる!」
こうして俺と茶髪との━━、
「お前、名前なんて言うの?」
「ブラウニー」
「美味そうな名前だな」
「好きなんだよ。悪いかよ」
「いいや」
こうして俺とブラウニーとの闘いが幕を開けるのだった。
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