上 下
58 / 74

58.屈辱の結婚生活(※sideアレイナ)

しおりを挟む
 2週間前に出した我がディンズモア公爵家での茶会の誘いは、全員が不参加の返事だった。

「……何なのよ、どいつもこいつも……!本当に薄情ね。こんな露骨に手のひらを返してくるなんて……!」

 共に学園で学んだ友人たちは、かつては私に擦り寄ってきては私を褒めそやしていた。そのうちの大半は私を通して王太子殿下の婚約者であるミリーにおべっかを言っていたようなものだったけれど、それでも私があのフィールズ公爵の娘というだけで皆がチヤホヤしてきたものだ。何かにつけてさすがはフィールズ公爵家のご令嬢、素晴らしいわ、素敵ですわと皆できるだけ私に失礼がないように、嫌われないようにと必死なのが窺えたものだ。

 それが、今では。

 私はテーブルの上に今日届いた茶会の招待に対する欠席の手紙を放り投げた。そこにはすでに数十通もの欠席の返事が投げ出されていて、見ているだけで胃が滾るほどの怒りが湧いてくる。その日は家の用事があり…、や、誠に残念ですが先約がございまして…、だの、何かしらの言い訳めいた理由が書いてあるのはまだ丁寧な方だ。ひどいものになると礼儀作法も良識もすっ飛ばしてただ一言「茶会のお誘いですが、欠席させていただきます。」とだけ、まるで殴り書きのように書いてよこしたものまであった。

(私が……この私が、ここまでないがしろにされるなんて……!)

 全身が怒りと屈辱でガクガクと震え、私はテーブルの上の手紙たちを乱暴に床になぎ払った。





 ダリウスと結婚してからの毎日は苦痛の連続だった。
 私は学園を中退したけれど、彼はまだしばらく学生だ。ディンズモア公爵と夫人は、その彼に代わってこの私に公爵領の仕事を叩き込もうとしてきたのだ。

「なぜ私に領地経営の話なんかなさいますの?!それは全部ダリウス様のお仕事でしょう。私に教えられても困りますわ!」
「馬鹿を言うなアレイナ嬢。あれは何の役にも立たん。学園での勉強さえついていくのがやっとという奴なんだぞ。あいつにここまで傾いた我が領地の事業を再興する力量などない。君がしっかりしてくれなくては」
「むしろあなたがダリウスを引っ張っていくつもりで頑張ってちょうだい。私たちを騙してまで息子と結婚したんでしょう?!自分のやったことに責任を持って、死に物狂いで働いてもらわなくてはね」

 ディンズモア公爵夫妻の言葉に私は驚愕した。はぁ?!何を言っているのこの人たち。自分たちが手塩にかけて育て上げてきた息子でしょう?

「なぜそんなにもダリウス様のことを信用なさらないのか分かりませんわ。彼にはこのディンズモア公爵家の一人息子として最高の教育を受けさせてきたんじゃありませんの?!彼だからこそ、この窮地を脱する秘策を思いつき実行できるはずですわ!その辺の男たちとはワケが違うはずよ」

 私が反論すると夫妻は顔を見合わせた後、深く溜息をついた。

「……君は一体息子の何を見てきたのか。これまで金と手間を存分にかけて受けさせてきた教育は、あいつには微塵も身についておらん。広大なディンズモア公爵領の仕事というのは多岐に渡るんだ。たかだか貴族学園の進級ごときも危ぶまれるような知能では経営などとても任せられん」
「…あなたたちの一連の騒動でね、主人もすっかり心身共に弱ってしまっているのよ。先日も心臓が痛いと言って医者を呼んだわ。ストレスは厳禁ですって。これ以上負担をかけないでちょうだい」
「な…………っ」

 二人の責めるような視線が心外でならない。たしかにディンズモア公爵はここ最近一気に老け込んだ。突然痩せ細り、目の下は真っ黒になり髪は反対にどんどん白くなっていく。だけどそれは単に歳をとったからでしょう?まるで私のせいのように言われたって困るんですけど。言いがかりも甚だしいわ。

「従業員も大幅に解雇したのよ。領内の大型の店舗は慰謝料支払いのために何軒も畳んだし、もう給料も払えないから…。…あなたも店に立って働いてくれなくては困るわ」
「は、……わ、私が、ですか?!」

 公爵夫人の言葉に耳を疑った。店に立って働く?!私に……そんな下々の者のような労働をしろと?!

「何もおかしな話ではないだろう。君ももうこのディンズモア公爵家の一員だ。その健康な体があるのだから、我が家のために働きなさい。それくらいの手伝いをしている貴族家の嫁などいくらでもいる」
「で!ですが!その前に私はまだ花嫁修行として勉強しなければならないことがたくさんありますわ!忙しいのですからそんなことしていられません!」
「今のあなたに働く以上に大切なことなんてありません。明日からすぐにでもお店に立ってもらいますからね」
「…………っ、」

 私を見つめる二人の目は敵意か憎悪しか感じられない。何よそれ。おかしいでしょう。こんなの、息子の元に嫁いできてくれた高貴な令嬢に対する態度じゃないわ。うちの実家が男爵にまで降格させられたからって侮ってるのかしら。失礼な人たちね……!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...