上 下
43 / 74

43.エリオット殿下と婚約?

しおりを挟む
 その日私が学園から帰宅すると、居間から父と母の話し声が聞こえてきた。

(あら、珍しいわね。お父様がこの時間にいらっしゃるなんて…。……あ、お兄様もいる……?)

 兄の声もしたので私は嬉しくなって、挨拶をしようと居間の方に近付いた。

「…………本当に、よかったですわね、あなた…」
「…ああ、……焦って次を決めておかなくてよかったよ、ははは。……まさかこんなことに……」
「…畏れ多いけれど……、こんな名誉なことって……」
「クラリッサにとっても良いことだよ。殿下は素晴らしい人格者で……」

(……?何のお話かしら…)

「ただいま戻りましたわ、お父様、お母様、お兄様」
「まぁっ!クラリッサ…」
「やあ、お帰り」
「おお、帰ったかクラリッサ。ちょうどいいところに…。座りなさい」
「?……はい」

 一体何のお話かしら。怪訝に思いながらも私は父に言われたとおりに居間のソファーに腰かけた。父はとても上機嫌だ。母も兄もニコニコしている。

「クラリッサ、エリオット王太子殿下とフィールズ公爵家のミリー嬢の婚約が破談になったことは知っているか?」
「あ、ええ。はい。先日学園中で大騒ぎに」
「そうだろうな。……それでな、先ほど国王陛下から私に打診があったのだ。クラリッサ、お前をエリオット殿下の新しい婚約者に据えたいと」
「……。…………。えっ?!わっ、……私、で、ございますか……っ?!」
「ああ」

 私が……?
 エ、エリオット殿下と、……婚約?

 突然の話に頭が真っ白になる。母は満面の笑みで言った。

「よかったわね、クラリッサ。エリオット殿下はとても穏やかで誠実なお人柄…。あなたのことも気遣ってとても親切にしてくださっていたでしょう?あんなお方となら、きっとあなたも幸せになれるわ」
「ああ。それに我がジェニング侯爵家にとってもこの上なく名誉なことだ。お前の優秀さが評価されたのだよ」
「…………そ、……それは……、はぁ…」

 じわじわと理解するにつれ、私の心臓は大きな音を立てて騒ぎはじめた。深く呼吸をして自分を落ち着かせながら、私は一生懸命考えた。たしかに…、ミリー嬢があんなことになってしまって、アレイナ嬢にはもうディンズモア公爵令息という婚約者がいる。というか、先日の裁判で責任を負う立場となった今、王家に嫁ぐというのは無理があるだろう。
 それで、……私に……?

(と、いうことは……、……え?わ、私が王太子妃になるということ?!えぇっ……!)

 辿り着いた事実に、ドッと汗が出る。わ……、私にそんな大役がまわってくるなんて……。

「……私などに、務まるのでしょうか……」

 父は私の言いたいことを理解してくれたようだ。

「国王陛下や王太子殿下がお前をと所望され、議会でも可決されたことだ。自信を持ちなさい、クラリッサ」
「そうよ。あなたの勤勉さや優秀さが認められたの。それに、あなたは公平で優しい子。…きっと良き王太子妃になれますよ」
「…お父様…、お母様…」
「よかったな、クラリッサ。殿下ならば間違いない。お前を大切にしてくださるよ。毎日見ている俺が保証する」
「お、お兄様…」





 いまだ夢を見ているようで、心の準備もあまりできていないまま、私はエリオット殿下との謁見の日を迎えた。
 緊張しながら王宮に上がり、エリオット殿下にご挨拶に行く。普段お手紙のやり取りをしているけれど、こうして直接お顔を拝見するのは久しぶりだ。

「やぁ、…久しぶりだね、クラリッサ嬢」
「殿下…。…ご、ご無沙汰しております…」

 なぜだか殿下のお顔を見た途端、くすぐったいような気恥ずかしさに頬がじわじわと熱を帯びてくる。心臓がうるさい…。
 殿下のご様子も、何となくいつもと違う気がする。

「……こちらへ。…突然のことで、驚いただろう?」
「は、はい。…私などに務まるのかと不安ではありますが、精一杯努力いたします。一日も早く、殿下の妃として相応しい知識を身に付けられるよう…」
「……ということは、……この話を受けてもらえる、ということでいいんだよね?」
「え?は、はい。もちろん」
「……君は、大丈夫かい?…それで、いいの?」

 …………ん?
 え、どういう意味だろう…。
 それでいいも何も、王家からのこの上なく名誉なお声がけだ。断る貴族家などあるはずがない。
 …私個人の気持ちということ、かしら?それなら…、

「…は、はい。私は……、嬉しゅうございます。エ、エリオット殿下の生涯の伴侶になれるなど、…夢にも思っておりませんでした、ので」

 …あ、あれ。…どうしよう。何だか言えば言うほど恥ずかしくて、どんどん顔が真っ赤になってしまう。そんな自分を意識してますます頬が熱くなる。

「…そうか。よかった。…コホン。……君に嫌がられたらどうしようかと、気が気でなかったものだから。…そう言ってもらえて、僕の方こそ嬉しいよ」
「…………。」

 エリオット殿下のお顔も赤い。いつもと違う殿下の様子に、なんだかいたたまれないような恥ずかしさを感じ、思わず俯く。

「……。あのね、クラリッサ。…そう呼んでも、いいかな」
「はっ、はい。もちろん」
「…クラリッサ。……こんなこと、今ここで言われても君も困るかもしれないけれど、僕はね、…本当は子どもの頃から、君のことがずっと好きだったんだ」
「……。………………っ、……え?」


 …………え?


 数秒間沈黙した後、私は驚いて顔を上げた。エリオット殿下は耳まで赤く染めながら恥ずかしそうに笑った。

「だけど僕は王太子という立場にあって、自分が好きになった子だからといって簡単に想いを伝えたりそばに置くことはできない。君への恋心は、生涯胸に秘めておくつもりだったんだ」
「…………っ、」

 そ…………

 そんなこと……、全然気付かなかった……。

 殿下が、私を……?本当に……?

「今回、フィールズ公爵令嬢との婚約がああいった形で破談になって、僕が真っ先に君のことを頭に思い浮かべたのは、…正直に言って、私情もだいぶ混じってる。…いや、もちろん父上にも納得してもらえているし、正式に議会でも承認されてはいるけどね。でも…、若干の後ろめたさはあったんだ。立場のある身でありながら、好きな人のことを真っ先に考えてしまったことに」
「で…………殿下……っ」
「だから……、君が僕との結婚に前向きでいてくれることが、とても嬉しいよ。……ありがとう、クラリッサ」

 そう言うと殿下は私の両手をそっと握った。

「っ!!」
「これから大変になるだろうけれど、…心配しないで。僕が君のそばにいるし、いつでも君の味方でいるから。僕を信じて、ついてきておくれ」
「……は……はい、殿下…。…よろしくお願い、いたします…」
「うん。こちらこそ」

 殿下の心から幸せそうな笑顔を見ているうちに、私の胸にも形容しがたい歓びが込み上げてきた。こんなにも優しくて素敵な方が、ずっと私を想っていてくださったなんて……。

(どうしよう……嬉しい……)

 ティナレイン王国王太子殿下との突然の婚約話に混乱し、動揺していた私だけれど、殿下の優しい光を湛えた瞳を見つめているうちに強い気持ちが芽生えてきた。

(…頑張らなきゃ。私、この方を支える良き妻になるわ。私のそばにいて、いつでも味方でいてくださるというこのお優しい方の気持ちに応えるためにも)

 必ず立派な王太子妃にならなくては。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...