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38.フィールズ公爵家のスキャンダル
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(もう2年生もあと半年もないのね…。何だか最近はあっという間だな)
以前は一日一日がすごく長くて、毎日が辛くてたまらなかったけど…、今ではもう完全に過去の話。
私の縁談話はいまだに父が決めかねていて、私は相変わらずの独り身のままだけれど、むしろその方が気楽だった。もう当分男性はこりごりだと思っていたから。婚約破棄の件で両親に心労をかけてしまったことも、私がそう思うようになった一つの大きな原因だった。
でも結局はその裁判もようやく片がつきそうで、先日の夕食の時に父が安心したように言っていた。
「お前に非はなかったということで決着がついた。どこからもお前のフィールズ公爵令嬢への虐めの事実は出てこないし、お前の素行に問題があったと証言する者もいない。ディンズモア公爵家とフィールズ公爵家からはきちんと我が家に支払うべきものを支払ってもらう。もうお前は何も心配しなくていいからな」
その言葉を聞いて私も心底ホッとしたものだった。じきに両公爵家には賠償額が通達されるそうだ。
今は語学の勉強や読書や、それに……エリオット殿下との文通が楽しくて仕方がない。殿下のお手紙にはいつも私のことを気遣う優しい言葉が綴られていて、新しいお手紙が届くたびに私は胸を高鳴らせていた。
(…決して後ろめたいような内容は書いていない……けれど…、そうだとしてもミリー嬢に知られれば、きっとまた私は糾弾されるわよね…)
そうは思うけれど、返事を出せばまた必ず殿下からのお手紙は届く。それを無視して勝手にこちら側が文通を終わらせるわけにはいかないという思いもありながら、また返事を書いてしまっている。
だけどいつかはどこかで終わらせなければいけないのだろう。
(寂しいけれど、それは当たり前のこと…。その時が来れば、ただ受け入れるだけ)
そんなことを思っていた、ある日のことだった。
「みんな、おはよう」
「っ!!クッ……クラリッサ……!聞いて!」
朝私が登校して自分のクラスに入ると、固まって何やらヒソヒソと話していた仲良しのクラスメイトたちが慌てふためいたように私を手招きする。一体どうしたのだろう。……そう言えば、廊下を歩いている時からそこかしこで何組もの生徒たちがヒソヒソやっていたような…。ほら、今もクラスのあちこちで皆が声を潜めて何かを話しているし…。
「なぁに?どうしたの?」
「たっ!大変なのよ!公爵家で大スキャンダル発生よ」
「……えっ?」
公爵家、と聞いて私の心臓が大きく跳ねた。ドキドキしながら、私は友人の言葉の続きを待つ。
「とんでもないことよ。こんなこと……ティナレイン王国始まって以来なんじゃないかしら。…王太子殿下の婚約者の、あのミリー・フィールズ公爵令嬢が、う、浮気をしていたらしいのよ。それも、外で!平民の男とよ!!」
(…………。…………え?)
友人の言葉があまりにも衝撃的で、私はにわかには信じられなかった。
「……そんな、……まさか」
「本当らしいのよ!朝から学園中その話題で持ちきりよ!誰から広まったのかは知らないけれど…」
「なんとね、王家に密告の文書が送られてきたらしいの。ミリー嬢が男と逢い引きをしている場所や時間帯、回数やその、な、内容まで……何もかも詳細に記してあったんですって!」
「それで王太子殿下が直接確かめに行ったみたいなのよ!そしたら!まさにその真っ最中で!」
「や、やだぁっ。何よその真っ最中って…」
「そういうことでしょ?!外よ、外。信じられる?あの人って天才だの秀才だの散々もてはやされていたのに…。まさか、こんな大それたことをなさっていたなんて……っ!」
「それだけじゃないのよ!!その平民の男っていうのがね、実は詐欺師で…」
「そうそう!ミリー嬢は恋人のつもりでいたみたいなんだけど、相手はただミリー嬢を騙して弄んでいただけだそうなのよ!」
「信じられないわ……なんて惨めなのかしら、ミリー・フィールズ公爵令嬢……」
「………………っ、」
珍しく興奮して語り合っている友人たちの中に立ち、私はショックのあまり身動き一つできずにいた。
あの時、ミリー嬢に言われた辛辣な言葉が頭の中によみがえってくる。
『あなたって、あざとい見た目を武器にして格上の男たちを誑かす娼婦みたいねぇ。ディンズモア公爵令息のみならず、エリオット殿下にまで擦り寄っていって籠絡しようとするなんて。薄汚いわ。娼婦なら娼婦らしく場末の娼館ででもお仕事しなさいよ』
『もしもまた私の、いえ、私たちフィールズ公爵家の目を盗んで殿下に色目使ったりしたら、もうただじゃおかないわ。父に言ってあんたの家を潰してやるんだから!!』
「……………………。」
あんなに強く、ひどい言葉を連ねてまで私を非難してきたのは、エリオット殿下のことを愛していたからではなかったというの……?
(もしも、この話が本当のことだとすれば……、エリオット殿下は今頃どんな気持ちでいらっしゃるのかしら……)
殿下のことを思うと、胸がぎゅうっと締めつけられるようだった。
以前は一日一日がすごく長くて、毎日が辛くてたまらなかったけど…、今ではもう完全に過去の話。
私の縁談話はいまだに父が決めかねていて、私は相変わらずの独り身のままだけれど、むしろその方が気楽だった。もう当分男性はこりごりだと思っていたから。婚約破棄の件で両親に心労をかけてしまったことも、私がそう思うようになった一つの大きな原因だった。
でも結局はその裁判もようやく片がつきそうで、先日の夕食の時に父が安心したように言っていた。
「お前に非はなかったということで決着がついた。どこからもお前のフィールズ公爵令嬢への虐めの事実は出てこないし、お前の素行に問題があったと証言する者もいない。ディンズモア公爵家とフィールズ公爵家からはきちんと我が家に支払うべきものを支払ってもらう。もうお前は何も心配しなくていいからな」
その言葉を聞いて私も心底ホッとしたものだった。じきに両公爵家には賠償額が通達されるそうだ。
今は語学の勉強や読書や、それに……エリオット殿下との文通が楽しくて仕方がない。殿下のお手紙にはいつも私のことを気遣う優しい言葉が綴られていて、新しいお手紙が届くたびに私は胸を高鳴らせていた。
(…決して後ろめたいような内容は書いていない……けれど…、そうだとしてもミリー嬢に知られれば、きっとまた私は糾弾されるわよね…)
そうは思うけれど、返事を出せばまた必ず殿下からのお手紙は届く。それを無視して勝手にこちら側が文通を終わらせるわけにはいかないという思いもありながら、また返事を書いてしまっている。
だけどいつかはどこかで終わらせなければいけないのだろう。
(寂しいけれど、それは当たり前のこと…。その時が来れば、ただ受け入れるだけ)
そんなことを思っていた、ある日のことだった。
「みんな、おはよう」
「っ!!クッ……クラリッサ……!聞いて!」
朝私が登校して自分のクラスに入ると、固まって何やらヒソヒソと話していた仲良しのクラスメイトたちが慌てふためいたように私を手招きする。一体どうしたのだろう。……そう言えば、廊下を歩いている時からそこかしこで何組もの生徒たちがヒソヒソやっていたような…。ほら、今もクラスのあちこちで皆が声を潜めて何かを話しているし…。
「なぁに?どうしたの?」
「たっ!大変なのよ!公爵家で大スキャンダル発生よ」
「……えっ?」
公爵家、と聞いて私の心臓が大きく跳ねた。ドキドキしながら、私は友人の言葉の続きを待つ。
「とんでもないことよ。こんなこと……ティナレイン王国始まって以来なんじゃないかしら。…王太子殿下の婚約者の、あのミリー・フィールズ公爵令嬢が、う、浮気をしていたらしいのよ。それも、外で!平民の男とよ!!」
(…………。…………え?)
友人の言葉があまりにも衝撃的で、私はにわかには信じられなかった。
「……そんな、……まさか」
「本当らしいのよ!朝から学園中その話題で持ちきりよ!誰から広まったのかは知らないけれど…」
「なんとね、王家に密告の文書が送られてきたらしいの。ミリー嬢が男と逢い引きをしている場所や時間帯、回数やその、な、内容まで……何もかも詳細に記してあったんですって!」
「それで王太子殿下が直接確かめに行ったみたいなのよ!そしたら!まさにその真っ最中で!」
「や、やだぁっ。何よその真っ最中って…」
「そういうことでしょ?!外よ、外。信じられる?あの人って天才だの秀才だの散々もてはやされていたのに…。まさか、こんな大それたことをなさっていたなんて……っ!」
「それだけじゃないのよ!!その平民の男っていうのがね、実は詐欺師で…」
「そうそう!ミリー嬢は恋人のつもりでいたみたいなんだけど、相手はただミリー嬢を騙して弄んでいただけだそうなのよ!」
「信じられないわ……なんて惨めなのかしら、ミリー・フィールズ公爵令嬢……」
「………………っ、」
珍しく興奮して語り合っている友人たちの中に立ち、私はショックのあまり身動き一つできずにいた。
あの時、ミリー嬢に言われた辛辣な言葉が頭の中によみがえってくる。
『あなたって、あざとい見た目を武器にして格上の男たちを誑かす娼婦みたいねぇ。ディンズモア公爵令息のみならず、エリオット殿下にまで擦り寄っていって籠絡しようとするなんて。薄汚いわ。娼婦なら娼婦らしく場末の娼館ででもお仕事しなさいよ』
『もしもまた私の、いえ、私たちフィールズ公爵家の目を盗んで殿下に色目使ったりしたら、もうただじゃおかないわ。父に言ってあんたの家を潰してやるんだから!!』
「……………………。」
あんなに強く、ひどい言葉を連ねてまで私を非難してきたのは、エリオット殿下のことを愛していたからではなかったというの……?
(もしも、この話が本当のことだとすれば……、エリオット殿下は今頃どんな気持ちでいらっしゃるのかしら……)
殿下のことを思うと、胸がぎゅうっと締めつけられるようだった。
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