上 下
10 / 74

10.負け続ける日々(※sideアレイナ)

しおりを挟む
「じゃあまた明日ね、ダリウス様」
「ああ。気を付けて。愛しているよ、アレイナ」

 私たちは学園の門のところで別れの口づけを交わす。新年度が始まって約1ヶ月。これは私たちの日課になっていた。通っていく数人の学生にチラチラ見られているけれど、全く気にならない。むしろ見せつけてやりたい気分だ。

 迎えの馬車に乗り込み、座って一息つく。よし、今日も順調な一日だったわ。私は自然と笑みを漏らした。

(上手くいってる。何もかもが……。このままディンズモア公爵夫人の座を手にしてみせるわ。もう誰にも馬鹿になんかさせないんだから)

 そして私が為し得なかった数々のことは、私とダリウス様の間に産まれてくるであろう子どもたちにでも遂げさせればいい。たとえば、王家に嫁いだり、貴族学園で首席になったり……。そういった、すごい功績よ。





 元々私は、王家に嫁ぐはずだったのだ。
 あの素敵なエリオット王太子殿下の妻になるはずだった。

 エリオット殿下は、幼い頃から私の憧れの人だった。金髪碧眼の絵に描いたような美貌、優しい眼差し、聡明で気品とオーラが溢れていた。

(ああ、私、フィールズ公爵家に生まれてきて本当によかった…。私はきっと、この人のお嫁さんになれるんだわ。この優しい眼差しは、大人になればきっと、私だけのものになるのね…)

 殿下と茶会の席などで顔を合わせるたびに、私はそう夢に見てはうっとりとしていた。
 やがて私は本気でエリオット殿下に恋い焦がれるようになっていった。身を焦がすほどの、熱い想いで。

 だけど、殿下はなかなか私の方を見てはくれない。いつも違う子のことをじっと見ている……気がする。それが気にくわなかった。

(……あの子、クラリッサ・ジェニング侯爵令嬢、だっけ。…気のせい?エリオット殿下、いつもあの子のことばかり見てる…)

 子どもとはいえ、恋する女の勘は鋭い。私は他の誰も気付いていない殿下の秘めた恋心を敏感に察知してしまっていたのだ。

 肝心のそのクラリッサ・ジェニングは、いつもディンズモア公爵家の息子と一緒にいる。ディンズモア公爵家の息子を追いかけ回している。
 そんな様子を、王妃様の横で大人しく座ったままのエリオット殿下が時折ジッと目で追っている。

 とても優しく、切なげな瞳で。
 12歳の子どもが、8歳の女の子を。

(……私、あの子大っ嫌い)

 ピンクブロンドのたぐまれな美しい髪を風になびかせ、紫色のキラキラと輝く瞳で一途にディンズモア公爵家の息子を見つめて追いかけている、あの子。真っ白な肌はまるで天使のようで、頬は愛らしく桃色に色づいていた。

(……全っ然可愛くない。あざとーい。あんなの、わざと可愛い子ぶってるだけだわ。大っ嫌い!)

 本当は可愛かった。だから余計に腹が立った。茶会のたびに大人たちが、私ではなくあのピンクブロンドの侯爵家の娘を褒めそやしている。私は大人たちの会話にも敏感だった。

「ねぇ、ますます美しくなっているじゃありませんの、クラリッサ嬢。もう末恐ろしいほどだわ」
「本当ですわね。あの子には輝くような魅力があるわ…。あんな鮮やかなピンクブロンドの髪、滅多にお目にかかれるものではありませんわよ。それに、あの整ったお人形のようなお顔立ち…」
「ご心配でしょう、ジェニング侯爵夫人も。目を離せませんわね」
「まぁ、ふふ、そんなことは…」
「ディンズモア公爵夫人も、楽しみですわね。きっとご子息とあのクラリッサ嬢との間に産まれる子どもはそりゃ可愛いお顔をしてますわよ。どちらもとても美形ですもの。ほほほほ…」

 謙遜しながらもまんざらでもなさそうなジェニング侯爵夫人や、周囲の大人たちのあの子を褒めまくる声が耳障りで苛ついた。何よ、あんな子。うちよりだいぶ格下なのよ?!私の金髪を、この魅力的な赤い瞳を褒めなさいよ!失礼よ!!

 その時、

「フィールズ公爵夫人のところも、とても聡明なお嬢様が…」

(っ!!)

 やっとうちの話題だわ。私は全然聞いていない素振りで花々など見ながら、婦人たちの会話に耳をそばだてていた。胸が高鳴る。私のことは何と言って褒め称えるのだろう。

「エリオット王太子殿下の妃になるに、これ以上ないほど相応しいお嬢様ですものね、ミリー嬢は。本来に聡明でいらっしゃること。もうラィーア語も堪能なのでしょう?信じられませんわ」
「ええ。まだ7歳でしょう?本当に尊敬いたしますわ。さすがはフィールズ公爵家のお嬢様…」

(…………。……は?)

 また。またミリーの話か。ふつふつと腹の奥底が煮えたぎってくる。
 母はそれらの賛辞を当たり前のことのように悠然と受け止めている。

「ほほ。主人が語学が堪能ですから。ミリーも好きみたいなのよ。外国語を学ぶことが。本当に、母親の私が驚くほどにスルスルと覚えていってしまうんですのよ。こちらが恐ろしくなってしまうわ」

 まぁ、ほほほほ…、と、母の機嫌をとるかのように周囲のご婦人たちが一緒になって楽しそうに笑っている。

 楽しくないのは、私だけだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

処理中です...