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3. 夜会にて
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「コネリー侯爵様、お加減はいかがですか?」
「……ああ……、今日はだいぶ気分がいいよ……。……お前たちが仲良く見舞いに来てくれた、おかげかな……」
「まぁ、ふふ。よかったですわ」
結婚から数日後。私はザイール様に連れられ、コネリー侯爵のお見舞いに来ていた。どこからどう見ても仲睦まじい夫婦に見えるように、細心の注意を払う。
「……その、首飾りは、……ザイールが……?」
「はい、先日贈ってくださいました。ザイール様の美しい瞳の色と同じ色の宝石です」
これは私のアイデアだった。ザイール様の色の宝石を私が身につけていれば、いかにも妻として大切にされているように見えるのではないかと。もちろん離縁の際には、宝石は置いていくという約束で。
「そう、か……。お前が、女性にそんなことを、できるとは……。はは、……驚いたな……」
コネリー侯爵は目を細め、とても嬉しそうに微笑んでいる。罪悪感に胸がツキリと痛むけれど、私は私の役目を果たすのみだ。コネリー侯爵を騙しているのだと申し訳なく思う心に蓋をして、私もいかにも幸せな新妻らしく、ザイール様を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。助かった」
「ええ、無事に済んでよかったです」
「私は寄るところがあるから、君は馬車で先に屋敷に帰りたまえ」
「はい、承知いたしましたわ」
先程まで私に優しく微笑み返してくれていたザイール様は、コネリー侯爵が静養している別邸を出た途端、スッと無表情に戻る。短い会話を交わした後、そのまま私たちは別れた。
それから約二ヶ月、私たちはこうした日常を過ごした。普段屋敷にいる時は、完全に赤の他人。でもあまりに他人行儀すぎて使用人たちに不審がられないよう、ごくたまに食事だけ共にして、その時には主に私が楽しげにザイール様に話しかけ、ザイール様はウンウンと頷いているという感じだった。そのわずかな夫婦ごっこの時間が、私にとってはひそかに至福の一時だったのだ。
決してそれを表に出すことはしないけれど。
そんなある夜、私はザイール様に同伴して、大規模な夜会に出席することとなった。国中から多くの方々が集まっており、私たちが到着した頃には、会場である大広間にはあちこちで賑やかに談笑する着飾った人々の姿があった。
多くのご令嬢方を虜にした完璧な侯爵令息と、没落寸前の伯爵令嬢の私。今社交界では、この結婚は噂の的だろう。案の定、ザイール様と私が会場に入った途端多くの注目を浴び、大広間が少し静まったほどだ。
(……気にしない気にしない。私の役目はあくまで、ザイール様のお飾りの妻。侯爵令息の妻として恥ずかしくない立ち居振る舞いをすればいいのだから)
実際にはあまりの居心地悪さに、壁の一部になっていたいぐらいだったけれど、それでも私はキリッと前を向いて口角を上げていた。
「……大丈夫だ。君はただ私の隣にいてくれればいい」
「ええ、ザイール様」
私たちが顔を見合わせて微笑むと、何人かの高位貴族の方々がザイール様に話しかけてこられた。ザイール様は私を紹介し、私は出しゃばらない程度に丁寧に挨拶をした。
(よかった……案外順調に過ごせているわ。お屋敷に戻るまで、このままただニコニコしていよう)
ザイール様の隣に寄り添いながら、私はそう考えていた。
ザイール様の懇意にしている方々や、その方々からの繋がりで何人かの貴族の方とお話をして、また二人きりになった時、
「ザイール様、ごきげんよう。よかったわ、いらしていたのですね」
華やかで美しいご令嬢が、ご友人と思われる方々を伴って近付いてきた。
「……パトリシア嬢、ご無沙汰している」
最近は無表情の中にもらザイール様の感情が少し読み取れるようになってきた。今ガクッと気分が落ちた気がする……。ほんの一瞬、そんな雰囲気を出した。
声をかけてこられたのは、パトリシア・ベレスフォード侯爵令嬢だった。貴族学園でいつもザイール様の後ろをついてまわっていた方という印象だ。美男美女で互いに侯爵家の令息と令嬢。お似合いのお二人は、きっとこのまま婚約されるのだろうともっぱらの噂だった。けれど結局、ザイール様は誰とも婚約しないままに学園を卒業されたのだった。
パトリシア嬢はツンと顔を上げると、斜に構えた感じで私をチラリと見た。扇で顔を半分ほど隠してはいるが、なんだか挑発的な雰囲気は伝わってくる。
「こちらの方とご結婚されたのですね、ザイール様。紹介してくださる?」
「……君も知っているだろう?同じ学園で学んでいたのだから。アップルヤード伯爵家のメリナだ」
「ご無沙汰しております、パトリシア様」
私はにこやかに挨拶をした。するとパトリシア嬢は、眉間に皺を寄せ小首をかしげると、しばらく考え込んでから言った。
「アップルヤード伯爵家……?……あら、分かりましたわ。あの没落伯爵と名高いアップルヤード伯爵ね!おほほほほ……。よかったじゃありませんの、上手いこと裕福な侯爵家に潜り込めて。逼迫する没落貴族家ならではのたくましさかしら。これであなたのご実家も、どうにか持ちこたえられるのではなくて?ねぇ?皆さん」
「……っ!」
芝居がかった様子で露骨な嫌味を言い、我が家の名を出し愚弄してくるパトリシア嬢に、怒りが込み上げる。けれど、ここで感情を露わにするわけにもいかない。私の役目はあくまで、コネリー侯爵令息様の妻。ザイール様の、しとやかで完璧な妻なんだから……!
必死に自分にそう言い聞かせ、引きつる口角を頑張って上に上げていると、ザイール様が冷えきった声で言った。
「醜い嫉妬は止めたらどうだ?見苦しいぞ、パトリシア嬢」
「……ああ……、今日はだいぶ気分がいいよ……。……お前たちが仲良く見舞いに来てくれた、おかげかな……」
「まぁ、ふふ。よかったですわ」
結婚から数日後。私はザイール様に連れられ、コネリー侯爵のお見舞いに来ていた。どこからどう見ても仲睦まじい夫婦に見えるように、細心の注意を払う。
「……その、首飾りは、……ザイールが……?」
「はい、先日贈ってくださいました。ザイール様の美しい瞳の色と同じ色の宝石です」
これは私のアイデアだった。ザイール様の色の宝石を私が身につけていれば、いかにも妻として大切にされているように見えるのではないかと。もちろん離縁の際には、宝石は置いていくという約束で。
「そう、か……。お前が、女性にそんなことを、できるとは……。はは、……驚いたな……」
コネリー侯爵は目を細め、とても嬉しそうに微笑んでいる。罪悪感に胸がツキリと痛むけれど、私は私の役目を果たすのみだ。コネリー侯爵を騙しているのだと申し訳なく思う心に蓋をして、私もいかにも幸せな新妻らしく、ザイール様を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。助かった」
「ええ、無事に済んでよかったです」
「私は寄るところがあるから、君は馬車で先に屋敷に帰りたまえ」
「はい、承知いたしましたわ」
先程まで私に優しく微笑み返してくれていたザイール様は、コネリー侯爵が静養している別邸を出た途端、スッと無表情に戻る。短い会話を交わした後、そのまま私たちは別れた。
それから約二ヶ月、私たちはこうした日常を過ごした。普段屋敷にいる時は、完全に赤の他人。でもあまりに他人行儀すぎて使用人たちに不審がられないよう、ごくたまに食事だけ共にして、その時には主に私が楽しげにザイール様に話しかけ、ザイール様はウンウンと頷いているという感じだった。そのわずかな夫婦ごっこの時間が、私にとってはひそかに至福の一時だったのだ。
決してそれを表に出すことはしないけれど。
そんなある夜、私はザイール様に同伴して、大規模な夜会に出席することとなった。国中から多くの方々が集まっており、私たちが到着した頃には、会場である大広間にはあちこちで賑やかに談笑する着飾った人々の姿があった。
多くのご令嬢方を虜にした完璧な侯爵令息と、没落寸前の伯爵令嬢の私。今社交界では、この結婚は噂の的だろう。案の定、ザイール様と私が会場に入った途端多くの注目を浴び、大広間が少し静まったほどだ。
(……気にしない気にしない。私の役目はあくまで、ザイール様のお飾りの妻。侯爵令息の妻として恥ずかしくない立ち居振る舞いをすればいいのだから)
実際にはあまりの居心地悪さに、壁の一部になっていたいぐらいだったけれど、それでも私はキリッと前を向いて口角を上げていた。
「……大丈夫だ。君はただ私の隣にいてくれればいい」
「ええ、ザイール様」
私たちが顔を見合わせて微笑むと、何人かの高位貴族の方々がザイール様に話しかけてこられた。ザイール様は私を紹介し、私は出しゃばらない程度に丁寧に挨拶をした。
(よかった……案外順調に過ごせているわ。お屋敷に戻るまで、このままただニコニコしていよう)
ザイール様の隣に寄り添いながら、私はそう考えていた。
ザイール様の懇意にしている方々や、その方々からの繋がりで何人かの貴族の方とお話をして、また二人きりになった時、
「ザイール様、ごきげんよう。よかったわ、いらしていたのですね」
華やかで美しいご令嬢が、ご友人と思われる方々を伴って近付いてきた。
「……パトリシア嬢、ご無沙汰している」
最近は無表情の中にもらザイール様の感情が少し読み取れるようになってきた。今ガクッと気分が落ちた気がする……。ほんの一瞬、そんな雰囲気を出した。
声をかけてこられたのは、パトリシア・ベレスフォード侯爵令嬢だった。貴族学園でいつもザイール様の後ろをついてまわっていた方という印象だ。美男美女で互いに侯爵家の令息と令嬢。お似合いのお二人は、きっとこのまま婚約されるのだろうともっぱらの噂だった。けれど結局、ザイール様は誰とも婚約しないままに学園を卒業されたのだった。
パトリシア嬢はツンと顔を上げると、斜に構えた感じで私をチラリと見た。扇で顔を半分ほど隠してはいるが、なんだか挑発的な雰囲気は伝わってくる。
「こちらの方とご結婚されたのですね、ザイール様。紹介してくださる?」
「……君も知っているだろう?同じ学園で学んでいたのだから。アップルヤード伯爵家のメリナだ」
「ご無沙汰しております、パトリシア様」
私はにこやかに挨拶をした。するとパトリシア嬢は、眉間に皺を寄せ小首をかしげると、しばらく考え込んでから言った。
「アップルヤード伯爵家……?……あら、分かりましたわ。あの没落伯爵と名高いアップルヤード伯爵ね!おほほほほ……。よかったじゃありませんの、上手いこと裕福な侯爵家に潜り込めて。逼迫する没落貴族家ならではのたくましさかしら。これであなたのご実家も、どうにか持ちこたえられるのではなくて?ねぇ?皆さん」
「……っ!」
芝居がかった様子で露骨な嫌味を言い、我が家の名を出し愚弄してくるパトリシア嬢に、怒りが込み上げる。けれど、ここで感情を露わにするわけにもいかない。私の役目はあくまで、コネリー侯爵令息様の妻。ザイール様の、しとやかで完璧な妻なんだから……!
必死に自分にそう言い聞かせ、引きつる口角を頑張って上に上げていると、ザイール様が冷えきった声で言った。
「醜い嫉妬は止めたらどうだ?見苦しいぞ、パトリシア嬢」
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