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40. 苛立ち、不満、嫉妬(※sideエルシー)
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両親とともにウキウキしながらショッピングを楽しんだその日。
店を出た瞬間目についた、美男美女のカップル。
控えめすぎて地味とも言える格好をしていたけれど、それがあのメレディア・ヘイディ公爵令嬢であることはすぐに分かった。そして、その隣に立っているシンプルな装いの黒髪の男性が、他ならぬトラヴィス殿下であることも────
(何……?どういうこと?!何でこんな、ふ、二人きりで親しげに歩いてるわけ……?!)
どこからどう見ても恋人同士にしか見えないお似合いの二人は、妙に親密な雰囲気を漂わせていて、私の怒りは一瞬で頂点に達した。ヘイディ公爵令嬢を思い切り睨みつけて、馬車に乗り込む。
馬車の中で、私はトラヴィス殿下のあの言葉を思い出していた。
『俺には子どもの頃から想いを寄せている女性がいる。俺がこの恋心を捧げるのはその人だけだ。……ちなみにその人は、知的で思慮深く、慈愛に満ちた女性だ。そして常に自分自身を高めるための努力を怠らない。……学ぶことなど二の次にして、家柄に寄生するために男を侍らせている君とは真逆だな』
(……あの人だ。絶対にあの人よ。トラヴィス殿下は、メレディア・ヘイディのことが好きなんだわ……!)
ムカつく。悔しい……っ。許せない……!
変装までして、二人きりでデートなんかして。いやらしい。馬鹿じゃないの?お互い不潔なのよ。自分の兄の婚約者のことをずっと性的な目で見てたトラヴィス殿下も、王太子に振られた途端すぐさま弟に鞍替えしたあの女も。
腸が煮えくり返る。どうにかしてあの二人を引き剥がさなきゃ……!
トラヴィス殿下の目に他の女が映っていることが、どうしても許せなかった。
王太子宮での生活は、予想と全く違うものだった。
美しいドレスで着飾り、毎日大勢の侍女から傅かれて、高級なお茶とお菓子片手に優雅な生活が始まるのかと……そう思っていたのに。
現実は、来る日も来る日も勉強ばかり。しかもやたらと難しくて何一つ理解できない。口うるさいおばさんたちがネチネチギャーギャーと私の揚げ足ばかりとっては虐めてくる。アンドリュー様に泣きついても困ったような顔をして宥めてくるばかり。本っ当に頼りない男!さっさとうるさいババァたちを追い出してよ!!
不思議なのは、王太子の、自分の息子の婚約者になったこの私に、国王と王妃が一切会おうとしないことだった。お呼びもかからないし、挨拶に行きましょうか?とアンドリュー様に尋ねても、うん……、とか、何だか曖昧な返事。普通挨拶くらいしない?これから息子をよろしく頼むとか。違うの?王族は王族のしきたりか何かがあるのかしら。結婚の日までそういうのはないとか?よく分からない。まぁいいわ。
それよりも、勉強疲れでおかしくなりそう。アンドリュー様の前ではずっと猫被って大人しく可愛らしくしてたけど、ストレスがひどくて最近ではもう化けの皮が剥がれつつある。顔を合わせるときつく文句を言ってしまう。
マナーがどうの、立ち居振る舞いがどうの。集中力が足りないとかもっと意欲的に取り組めとか……。発狂しそうよ。アンドリュー様に、たまには何かご褒美が欲しい、楽しいこともないと気力が湧かないと甘えてみても、あの女との婚約解消の時に莫大な慰謝料を支払ったから自由にできる金銭がないとか、馬鹿なことばかり。王族なのにお金がないなんてことある?この国で一番お金持ちなはずでしょ?私は何のためにこの男と婚約したわけ?
うちの実家への援助もない。父の望みの大臣への登用も叶えてくれない。この人、何なの?
だんだんと二人の仲がギスギスしてきたある日、アンドリュー様が私のご機嫌を伺うようなニヤけた顔でこう言ってきた。君の養家のウィンズレット侯爵家で、君のために茶会を開いてもらうよう頼んでおいたよ。たまには気晴らしに行っておいで、いつも辛い思いをして泣いてばかりで君が可哀想だから、と。
「……じゃあ、その茶会に参加するために新しいドレスを作ってくださる?」
「…………あ……ああ、うん……。い、いいよ。分かった。だから、ね?行っておいで」
「っ!やったわ!!ありがとうアンドリュー様!」
「そ、そしてほら、侯爵邸でお友達を作ってきたらどうかな?上流階級のご令嬢方が集まるはずだからさ、君にとってはいい刺激になるんじゃないかと……マナーとか……」
「ええ、ええ!分かったわアンドリュー様!うふふ、嬉しいっ!仕立て屋さんを呼んでくださる?大至急作らせなくちゃ!特別な一枚をね!」
たっぷり時間をかけて準備して出かけたその茶会には、なぜかあのメレディア・ヘイディまで出席していた。何なの?この人。王太子から婚約を解消された立場でこんな茶会に参加するなんて。厚かましいわね。
(……あ。そういえば、出かける時になんかボソボソ言ってたっけ、アンドリュー様。「王太子妃の勉強のコツを、か、彼女に聞いておいで」とか……。この人のことだったのね)
めんっどくさい。何で楽しい茶会の場でわざわざ勉強の話なんかしなきゃいけないのよ。
侯爵夫人もメレディア・ヘイディも、上から目線で私に次々と口出ししたり説教したりしてくる。挙句の果てにはせっかくこの王太子の婚約者様が出向いてきてあげたっていうのに、ゾロゾロと帰りはじめる失礼な女たち。ヘイディ公爵家の説教女が最後に私に生意気な口をきいて帰ろうとしたから、釘を差してやったわ。トラヴィス殿下に近づくな、あんたが王家に嫁ぎたいがために第二王子を狙いに行ってるって皆にバラすわよ!って。ふん、図星だったのか、あの女言い返してもこなかったわ。
あー、それにしてもイライラする!!
不満は溜まる一方で、私はアンドリュー様に対して乱暴な口調で接するようになっていった。私をさらに苛立たせていたのは、同学年の間でトラヴィス殿下とメレディア・ヘイディ公爵令嬢がいい仲なんじゃないか、などという噂が出回りはじめたからだった。せっかくあの日の茶会で、あの女に忠告したのに。トラヴィス殿下には近づくなって。なのに……今じゃまるであの二人は婚約するんじゃないかって噂まで流れはじめた。腹が立って腹が立って、もう頭がおかしくなりそう。
イライラが最高潮に達していた時、学園でトラヴィス殿下が一人で歩いているのを見かけた。……やっぱり、彼の姿を見ると胸が高鳴る。素敵……。
(……?あの女……、メレディア・ヘイディだわ。……何で殿下の後ろをついていってるの?)
うっとりしながら遠目に殿下の姿を見ていると、少し離れたところをあの公爵令嬢が同じ方向に歩いていっていた。……あっちは、裏庭の方。なぜ昼休みにわざわざ裏庭なんかに?
「……。」
ヘイディ公爵令嬢が追いかけまわしているのか、それとも、二人してコソコソと逢引きでもするつもりなのか……。
気になってしかたない私はひそかに二人の後をつけた。
(……何あれ……!何よあれは……っ!!)
校舎の陰に隠れながら、はっきりと見てしまった。トラヴィス殿下がメレディア・ヘイディにブレスレットを着けてあげているのを。頬を赤らめながら殿下を見上げるあの女を、この上なく優しい瞳で見つめるトラヴィス殿下。
私に向けたあの冷たい軽蔑の笑みとは、全然違う。
殿下の愛情のこもった笑顔を見た瞬間、私の嫉妬心は爆発した。許せない、あの女……!なんであの女ばっかりいい思いをしてるの?!こっちは冴えない王太子の婚約者になってもいいことなんか全然なくて、毎日辛い教育を受けさせられて大変なのに……。向こうは皆の憧れの的の第二王子にあんなにチヤホヤされて、大切に扱われて、贈り物まで与えられてる……。
(やっぱり断然あっちがよかった。王太子妃教育なんて地獄のような猛勉強もさせられなくていいし、アンドリュー様とは比べ物にもならないほどカッコいいし……。ああ、どうして……何でこんなに上手くいかないの……?!)
どうしてもトラヴィス殿下が欲しい。
あんな女、この世からいなくなればいいのに。
王太子だって落とせた私だもの、あの女さえ目の前からいなくなれば、きっとトラヴィス殿下も私のことを気にかけるようになるはずなのに……。
ヘイディ公爵令嬢の頬を優しく撫でるトラヴィス殿下を見つめながら、気付けば私はボロボロと涙を流していた。嫉妬と怒りに燃える、熱い涙を。
店を出た瞬間目についた、美男美女のカップル。
控えめすぎて地味とも言える格好をしていたけれど、それがあのメレディア・ヘイディ公爵令嬢であることはすぐに分かった。そして、その隣に立っているシンプルな装いの黒髪の男性が、他ならぬトラヴィス殿下であることも────
(何……?どういうこと?!何でこんな、ふ、二人きりで親しげに歩いてるわけ……?!)
どこからどう見ても恋人同士にしか見えないお似合いの二人は、妙に親密な雰囲気を漂わせていて、私の怒りは一瞬で頂点に達した。ヘイディ公爵令嬢を思い切り睨みつけて、馬車に乗り込む。
馬車の中で、私はトラヴィス殿下のあの言葉を思い出していた。
『俺には子どもの頃から想いを寄せている女性がいる。俺がこの恋心を捧げるのはその人だけだ。……ちなみにその人は、知的で思慮深く、慈愛に満ちた女性だ。そして常に自分自身を高めるための努力を怠らない。……学ぶことなど二の次にして、家柄に寄生するために男を侍らせている君とは真逆だな』
(……あの人だ。絶対にあの人よ。トラヴィス殿下は、メレディア・ヘイディのことが好きなんだわ……!)
ムカつく。悔しい……っ。許せない……!
変装までして、二人きりでデートなんかして。いやらしい。馬鹿じゃないの?お互い不潔なのよ。自分の兄の婚約者のことをずっと性的な目で見てたトラヴィス殿下も、王太子に振られた途端すぐさま弟に鞍替えしたあの女も。
腸が煮えくり返る。どうにかしてあの二人を引き剥がさなきゃ……!
トラヴィス殿下の目に他の女が映っていることが、どうしても許せなかった。
王太子宮での生活は、予想と全く違うものだった。
美しいドレスで着飾り、毎日大勢の侍女から傅かれて、高級なお茶とお菓子片手に優雅な生活が始まるのかと……そう思っていたのに。
現実は、来る日も来る日も勉強ばかり。しかもやたらと難しくて何一つ理解できない。口うるさいおばさんたちがネチネチギャーギャーと私の揚げ足ばかりとっては虐めてくる。アンドリュー様に泣きついても困ったような顔をして宥めてくるばかり。本っ当に頼りない男!さっさとうるさいババァたちを追い出してよ!!
不思議なのは、王太子の、自分の息子の婚約者になったこの私に、国王と王妃が一切会おうとしないことだった。お呼びもかからないし、挨拶に行きましょうか?とアンドリュー様に尋ねても、うん……、とか、何だか曖昧な返事。普通挨拶くらいしない?これから息子をよろしく頼むとか。違うの?王族は王族のしきたりか何かがあるのかしら。結婚の日までそういうのはないとか?よく分からない。まぁいいわ。
それよりも、勉強疲れでおかしくなりそう。アンドリュー様の前ではずっと猫被って大人しく可愛らしくしてたけど、ストレスがひどくて最近ではもう化けの皮が剥がれつつある。顔を合わせるときつく文句を言ってしまう。
マナーがどうの、立ち居振る舞いがどうの。集中力が足りないとかもっと意欲的に取り組めとか……。発狂しそうよ。アンドリュー様に、たまには何かご褒美が欲しい、楽しいこともないと気力が湧かないと甘えてみても、あの女との婚約解消の時に莫大な慰謝料を支払ったから自由にできる金銭がないとか、馬鹿なことばかり。王族なのにお金がないなんてことある?この国で一番お金持ちなはずでしょ?私は何のためにこの男と婚約したわけ?
うちの実家への援助もない。父の望みの大臣への登用も叶えてくれない。この人、何なの?
だんだんと二人の仲がギスギスしてきたある日、アンドリュー様が私のご機嫌を伺うようなニヤけた顔でこう言ってきた。君の養家のウィンズレット侯爵家で、君のために茶会を開いてもらうよう頼んでおいたよ。たまには気晴らしに行っておいで、いつも辛い思いをして泣いてばかりで君が可哀想だから、と。
「……じゃあ、その茶会に参加するために新しいドレスを作ってくださる?」
「…………あ……ああ、うん……。い、いいよ。分かった。だから、ね?行っておいで」
「っ!やったわ!!ありがとうアンドリュー様!」
「そ、そしてほら、侯爵邸でお友達を作ってきたらどうかな?上流階級のご令嬢方が集まるはずだからさ、君にとってはいい刺激になるんじゃないかと……マナーとか……」
「ええ、ええ!分かったわアンドリュー様!うふふ、嬉しいっ!仕立て屋さんを呼んでくださる?大至急作らせなくちゃ!特別な一枚をね!」
たっぷり時間をかけて準備して出かけたその茶会には、なぜかあのメレディア・ヘイディまで出席していた。何なの?この人。王太子から婚約を解消された立場でこんな茶会に参加するなんて。厚かましいわね。
(……あ。そういえば、出かける時になんかボソボソ言ってたっけ、アンドリュー様。「王太子妃の勉強のコツを、か、彼女に聞いておいで」とか……。この人のことだったのね)
めんっどくさい。何で楽しい茶会の場でわざわざ勉強の話なんかしなきゃいけないのよ。
侯爵夫人もメレディア・ヘイディも、上から目線で私に次々と口出ししたり説教したりしてくる。挙句の果てにはせっかくこの王太子の婚約者様が出向いてきてあげたっていうのに、ゾロゾロと帰りはじめる失礼な女たち。ヘイディ公爵家の説教女が最後に私に生意気な口をきいて帰ろうとしたから、釘を差してやったわ。トラヴィス殿下に近づくな、あんたが王家に嫁ぎたいがために第二王子を狙いに行ってるって皆にバラすわよ!って。ふん、図星だったのか、あの女言い返してもこなかったわ。
あー、それにしてもイライラする!!
不満は溜まる一方で、私はアンドリュー様に対して乱暴な口調で接するようになっていった。私をさらに苛立たせていたのは、同学年の間でトラヴィス殿下とメレディア・ヘイディ公爵令嬢がいい仲なんじゃないか、などという噂が出回りはじめたからだった。せっかくあの日の茶会で、あの女に忠告したのに。トラヴィス殿下には近づくなって。なのに……今じゃまるであの二人は婚約するんじゃないかって噂まで流れはじめた。腹が立って腹が立って、もう頭がおかしくなりそう。
イライラが最高潮に達していた時、学園でトラヴィス殿下が一人で歩いているのを見かけた。……やっぱり、彼の姿を見ると胸が高鳴る。素敵……。
(……?あの女……、メレディア・ヘイディだわ。……何で殿下の後ろをついていってるの?)
うっとりしながら遠目に殿下の姿を見ていると、少し離れたところをあの公爵令嬢が同じ方向に歩いていっていた。……あっちは、裏庭の方。なぜ昼休みにわざわざ裏庭なんかに?
「……。」
ヘイディ公爵令嬢が追いかけまわしているのか、それとも、二人してコソコソと逢引きでもするつもりなのか……。
気になってしかたない私はひそかに二人の後をつけた。
(……何あれ……!何よあれは……っ!!)
校舎の陰に隠れながら、はっきりと見てしまった。トラヴィス殿下がメレディア・ヘイディにブレスレットを着けてあげているのを。頬を赤らめながら殿下を見上げるあの女を、この上なく優しい瞳で見つめるトラヴィス殿下。
私に向けたあの冷たい軽蔑の笑みとは、全然違う。
殿下の愛情のこもった笑顔を見た瞬間、私の嫉妬心は爆発した。許せない、あの女……!なんであの女ばっかりいい思いをしてるの?!こっちは冴えない王太子の婚約者になってもいいことなんか全然なくて、毎日辛い教育を受けさせられて大変なのに……。向こうは皆の憧れの的の第二王子にあんなにチヤホヤされて、大切に扱われて、贈り物まで与えられてる……。
(やっぱり断然あっちがよかった。王太子妃教育なんて地獄のような猛勉強もさせられなくていいし、アンドリュー様とは比べ物にもならないほどカッコいいし……。ああ、どうして……何でこんなに上手くいかないの……?!)
どうしてもトラヴィス殿下が欲しい。
あんな女、この世からいなくなればいいのに。
王太子だって落とせた私だもの、あの女さえ目の前からいなくなれば、きっとトラヴィス殿下も私のことを気にかけるようになるはずなのに……。
ヘイディ公爵令嬢の頬を優しく撫でるトラヴィス殿下を見つめながら、気付けば私はボロボロと涙を流していた。嫉妬と怒りに燃える、熱い涙を。
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