上 下
39 / 59

39. 父の目論見(※sideエルシー)

しおりを挟む
 さすがの私も呆れるくらい、王太子殿下は簡単に落ちた。こんなに簡単でいいの?と驚くくらい。

「……ごめんなさい、王太子殿下……。こんなこと打ち明けていいものか、本当に悩んだんです。だけど、やっぱり頼れる方はあなた様しかいなくて……っ!」
「エ、エルシー嬢……。いいんだ、僕を頼ってくれて嬉しいよ。……ぼ、僕のことは、アンドリューと呼んでおくれ。まさかメレディアからそんな酷い目に遭わされていただなんて……。辛かったね」

 アンドリュー様は馬鹿だから、私の作り話を全部信じた。私は精一杯の演技力で、か弱くいじらしい娘を演じ続けた。
 そのうちアンドリュー様は私に恋をして、私との真実の愛を貫きたいと言い出した。一度王宮での晩餐会の夜、彼の手引きによって庭園に入り抱き合っていたところをヘイディ公爵令嬢に見られた。真っ青になって怯えるアンドリュー様を、私は鼓舞した。

「大丈夫ですわ、アンドリュー様。私がついております。決してあなた様のおそばを離れませんわ」
「……エルシー……。ああ、君と夫婦になれたらどんなにいいだろう……」

 この言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。今だ。揺さぶればこの人の心は一気に固まるはず。

「……あなた様の婚約者になれるのならば、私死にもの狂いで勉学に勤しみますのに……。王太子の妃として恥ずかしくない女性になるためなら、寝食を二の次にしてでも一生懸命学びますわ」
「…………。本当かい?エルシー。王太子妃教育は想像を絶する大変さだよ。その他にも、マナーや教養の勉強……。朝から晩まで必死に学ばなければならないはずだ」
「構いませんわ!だって、メレディア様にはそれができたのでしょう?あなた様への愛がより強い私にできないはずがございませんわ!」
「……エルシー……!」

 その後も逢瀬を重ねるたびに何度も何度も私はそう言って、彼を洗脳していった。王太子殿下を籠絡できそうだと両親に打ち明けると、二人は歓喜した。

「さすがは我が娘だ、エルシー……!」
「ああ、信じられない……すごいわ!私の自慢の娘エルシー!頑張るのよ!あなたに全てがかかっているの!」
「でもお父様、お母様……、ここからどうすればいいの?どうしたらアンドリュー様とヘイディ公爵令嬢との婚約を破棄させられる?」

 父は熟考し、作戦を練った。私はアンドリュー様を父に引き合わせ、二人で話をする機会を作った。

「────娘には高位貴族の方々のような高度な教育を受ける機会はたしかにございませんでしたが、地頭はものすごく良い子です。殿下のご婚約者に我が娘をお選びいただけるのでしたら、娘は必ずや殿下のために心血を注ぎ、その実力を遺憾なく発揮することでしょう」
「だ、だが……、ヘイディ公爵令嬢との婚約を解消するなど……、そう簡単にできることではないんだ……」

 尻込みするアンドリュー様に、父は様々な助言をした。両陛下不在の折を見て、きっぱりと皆の前でヘイディ公爵令嬢との婚約解消を公言すること。そして私をすぐさま王太子宮に住まわせ、既成事実を作ってしまうこと。その行動力により、両陛下にアンドリュー様の意志の強さを知らしめることができること。

「あとは王族の血縁にでもあたる家筋に、娘の後見人になってもらえれば……」
「アンドリュー様、その後は私にお任せくださいませ。私お勉強は大好きですのよ。良い先生をつけてくださるのなら、何も怖いものなしですわ!私が……、ずっとアンドリュー様のおそばにおります。ですからアンドリュー様も、私のことを守ってくださる……?」
「……エルシー……」

 かなり強引ではあったけれど、事は概ね父の目論見通もくろみどおりに進んだ。父はアンドリュー様に我が家への金銭的援助と、自分を王宮の大臣に登用することを強請ねだった。アンドリュー様は困った顔で頷いていた。我が家はお祭り騒ぎとなった。

「よくやったぞエルシー!」
「ああ、やっとお金の心配のない暮らしができるんだわ!信じられる?一生安泰なのよ!うふふふふふ……、……そうだ、買い物に行きましょうよエルシー、あなた。大通りの高級ブティックでドレスをたくさん新調しなくっちゃ!これからは上流階級のお茶会やパーティーに参加する機会がどんどん増えるわよ!」
「っ!そうねお母様!アクセサリーも……靴もよ!あ、学園に持っていっている鞄も新調したいわ。皆次々に新しいものを持ってくるのに、私だけいつも同じ鞄で恥ずかしかったのよね」
「ふふ、いくらでも買いなさいエルシー。あなたの手柄なんですもの!」

 めいっぱいはしゃぎながらも、私は心の片隅で思っていた。トラヴィス殿下はどう思っているかしら。あのアンドリュー様の誕生日パーティーではヘイディ公爵令嬢のこと庇っていたけど、自分が冷たく振った女は結局、兄上である王太子殿下の婚約者になったわよ。驚いたでしょう?自分の見る目がなかったと、後悔しているんじゃなくて?ざまぁみろ。残念ながら私はもうあなたのものにはなれないのよ。あなたはこれから先の人生、私の姿を見るたびに指を咥えて悔しがるしかないの。

(……だけどもし、もしも、トラヴィス殿下がやっぱり私が欲しいと言ってきたら……?その時ってどうなるのかしら。王太子との婚約を解消して、第二王子と婚約することってできるのかしら……)

 そんなことを思いながら、少しだけ期待して胸を高鳴らせた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

3日で保育所をドロップアウトした甥がコミュ障の叔母に預けられたことの顛末

杉山
ライト文芸
無闇矢鱈な子供扱いを嫌って3日で保育所をドロップアウトした六歳の甥が。 目前に控えた小学校入学に備えなんとか共同生活に慣れる為に。 二十歳でコミュ障の叔母が一人暮らしをするアパートに、居候する事になったその顛末を描いた読み切り連作となっております。 時代設定につきましては、なにそれ美味しいの、という気持ちでやっております。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

せっかくの婚約ですが、王太子様には想い人がいらっしゃるそうなので身を引きます。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるリルティアは、王太子である第一王子と婚約をしていた。 しかしある時、彼がある令嬢と浮気している現場を目撃してしまった。 リルティアが第一王子を問い詰めると、彼は煮え切らない言葉を返してきた。 彼は浮気している令嬢を断ち切ることも、妾として割り切ることもできないというのだ。 それ所か第一王子は、リルティアに対して怒りを向けてきた。そんな彼にリルティアは、呆れることしかできなかった。 それからどうするべきか考えていたリルティアは、第二王子であるイルドラと顔を合わせることになった。 ひょんなことから悩みを見抜かれたリルティアは、彼に事情を話すことになる。すると新たな事実を知ることになったのである。 第一王子は、リルティアが知る令嬢以外とも関係を持っていたのだ。 彼はリルティアが思っていた以上に、浮気性な人間だったのである。 そんな第一王子のことを、リルティアは切り捨てることに決めた。彼との婚約を破棄して、あらたなる道を進むことを、彼女は選んだのである。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...