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24. 最悪のマナー
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「……随分ごゆっくりですこと。王太子殿下のご婚約者様は」
ついに一人のご婦人がぽつりとそう漏らした。
「……ね。どうなさったのかしら」
「初めての侯爵家での茶会ですもの。不慣れでいらっしゃるから、お支度に手間取ってるのかもしれませんわね」
「……大変ですわね、ウィンズレット侯爵夫人も」
さっきから何度も行ったり来たりしている夫人の横髪は少しほつれ、心なしか目も血走っている。皆憐れみを浮かべた表情でその様子を見守りつつ、静かに紅茶に手を伸ばす。苛立ちからか、だんだん皆の会話も少なくなってきた。
隣のマーゴット嬢と目が合うと、彼女も何とも言えない顔をして肩を竦める。
「……メレディア様、こちらのお菓子、召し上がりました?とても美味しかったですわ。異国のものかしら。初めていただきました」
私を気遣い、明るい口調でそう言いながらお菓子を勧めてくれる。その優しさに話を合わせつつお菓子をいただきながらも、あと数十分もすれば誰かが帰ると言い出すのではないかと懸念していた。
そして、それからしばらくして────
「皆様!大変お待たせいたしましたわ!エルシーが到着いたしました」
ゼェゼェハァハァとばかりに疲弊しきったウィンズレット侯爵夫人が広間に飛び込んできた。皆が見守る中、ようやくエルシー嬢が姿を現す。一瞬目を疑った。
(す、すごいドレスね……)
悪びれる様子もなくしれっとした顔で広間に入ってきたエルシー嬢は、盛りこぼれんばかりに大きく谷間の露出した桃色のドレスを着ていた。肩も全部出ている。ふんだんにフリルが施された、まるでこれから夜会にでも出席するかのような豪奢なドレスは床に大きく広がっている。そのドレスのあちこちに真っ赤なリボンがいくつもついていて、……なんとも悪趣味としか言いようのない出で立ちだった。
(……。まぁ、好みは人はそれぞれだから)
昼間の茶会にふさわしいデイドレスでは決してないけれど。もしも向こうから「何かアドバイスをください」と言われれば、ドレスの件にも触れるとしよう。どうやら今日の私の仕事はこの女性に淑女としてのマナーやあれこれをお教えすることらしいから。
ドスン。
(…………ん?)
そんなことを頭の中で考えているうちに、私たちのすぐそば、この広間の一番奥の席にエルシー嬢が突然座った。皆一斉に凍りつく。
「エルシーさん。……エルシーさん」
「?はい?」
ウィンズレット侯爵夫人が真っ青な顔で呼びかけると、エルシー嬢はきょとんとした顔でそちらを向く。
「……はい?ではなくて。……ほら、皆様に」
「?」
「……。……皆様にご挨拶をなさい」
「ああ。はぁい」
なんだそんなことかと言わんばかりの反応で、エルシー嬢は椅子をズズ……と押しながら立ち上がる。そして、両手でドレスをガバっと掴むとそれを真横に引っ張りながら、プリッとお尻を突き出した。
(……?まさか、今のカーテシーかな)
「こんにちは。エルシーでぇす」
「皆様!大変お待たせして申し訳ございませんでした。こちらが我がウィンズレット侯爵家の義娘となったエルシーでございます。どうぞよろしくご指導くださいませ」
義娘のあり得ない挨拶をかき消すように、ウィンズレット侯爵夫人が慌てて言葉を引き継いだ。もう可哀想で見ていられない。
当の義娘エルシー嬢は再びドスンと椅子に座ると周囲には目もくれず、「わぁ~美味しそうなお菓子!」などと言いながらテーブルを見つめている。
「……随分とごゆっくりでしたのね、エルシー嬢。お支度に時間が?」
気遣いの人マーゴット嬢が、どうにかエルシー嬢から「皆さん遅れてごめんなさい」の言葉を引き出そうとする。テーブルの向かい側に座っているご婦人方からはすでに笑顔が完全に消えてしまっていた。
「ええ、そうよ。そちらのお菓子も取ってくださる?」
「……どうぞ。……侯爵家での初めてのお茶会ですものね。皆様エルシー嬢がお越しになるのを、今か今かとずっと楽しみに待っていたんですのよ」
この優しいマーゴット嬢の謝罪の催促に気付き、そうですわよね、皆様本当にお待たせしてしまって……と出れば、まだセーフかもしれない。
「そう?やっぱり王太子殿下の婚約者ともなれば、皆興味津々なのね。うふ」
場の空気が固まる。皆が呆気にとられて見つめる中、エルシー嬢が紅茶を手に取った。
……ズゾゾ。……ゴキュ。
下品な音に思わず眉間に皺が寄り、慌ててアルカイックスマイルを作り直す。……でも向かいの席に視線を送ると、全員眉間に皺が寄っていた。
エルシー嬢は周囲の反応など気に留めることもなく、次々とお菓子に手を伸ばす。そして時折クチャッ、クチャッと不快な音を立てながら、焼き菓子をポロポロとテーブルにこぼしはじめた。もはや皆珍獣を見るような目つきだ。高位貴族の女性たちは、きっとこれまでこんな人とテーブルを共にしたことなどないのだろう。私だってそうだ。
「エルシーさん。お菓子を置きなさい」
普段はあれほど温厚なウィンズレット侯爵夫人のこめかみに、ついに青筋が立った。
ついに一人のご婦人がぽつりとそう漏らした。
「……ね。どうなさったのかしら」
「初めての侯爵家での茶会ですもの。不慣れでいらっしゃるから、お支度に手間取ってるのかもしれませんわね」
「……大変ですわね、ウィンズレット侯爵夫人も」
さっきから何度も行ったり来たりしている夫人の横髪は少しほつれ、心なしか目も血走っている。皆憐れみを浮かべた表情でその様子を見守りつつ、静かに紅茶に手を伸ばす。苛立ちからか、だんだん皆の会話も少なくなってきた。
隣のマーゴット嬢と目が合うと、彼女も何とも言えない顔をして肩を竦める。
「……メレディア様、こちらのお菓子、召し上がりました?とても美味しかったですわ。異国のものかしら。初めていただきました」
私を気遣い、明るい口調でそう言いながらお菓子を勧めてくれる。その優しさに話を合わせつつお菓子をいただきながらも、あと数十分もすれば誰かが帰ると言い出すのではないかと懸念していた。
そして、それからしばらくして────
「皆様!大変お待たせいたしましたわ!エルシーが到着いたしました」
ゼェゼェハァハァとばかりに疲弊しきったウィンズレット侯爵夫人が広間に飛び込んできた。皆が見守る中、ようやくエルシー嬢が姿を現す。一瞬目を疑った。
(す、すごいドレスね……)
悪びれる様子もなくしれっとした顔で広間に入ってきたエルシー嬢は、盛りこぼれんばかりに大きく谷間の露出した桃色のドレスを着ていた。肩も全部出ている。ふんだんにフリルが施された、まるでこれから夜会にでも出席するかのような豪奢なドレスは床に大きく広がっている。そのドレスのあちこちに真っ赤なリボンがいくつもついていて、……なんとも悪趣味としか言いようのない出で立ちだった。
(……。まぁ、好みは人はそれぞれだから)
昼間の茶会にふさわしいデイドレスでは決してないけれど。もしも向こうから「何かアドバイスをください」と言われれば、ドレスの件にも触れるとしよう。どうやら今日の私の仕事はこの女性に淑女としてのマナーやあれこれをお教えすることらしいから。
ドスン。
(…………ん?)
そんなことを頭の中で考えているうちに、私たちのすぐそば、この広間の一番奥の席にエルシー嬢が突然座った。皆一斉に凍りつく。
「エルシーさん。……エルシーさん」
「?はい?」
ウィンズレット侯爵夫人が真っ青な顔で呼びかけると、エルシー嬢はきょとんとした顔でそちらを向く。
「……はい?ではなくて。……ほら、皆様に」
「?」
「……。……皆様にご挨拶をなさい」
「ああ。はぁい」
なんだそんなことかと言わんばかりの反応で、エルシー嬢は椅子をズズ……と押しながら立ち上がる。そして、両手でドレスをガバっと掴むとそれを真横に引っ張りながら、プリッとお尻を突き出した。
(……?まさか、今のカーテシーかな)
「こんにちは。エルシーでぇす」
「皆様!大変お待たせして申し訳ございませんでした。こちらが我がウィンズレット侯爵家の義娘となったエルシーでございます。どうぞよろしくご指導くださいませ」
義娘のあり得ない挨拶をかき消すように、ウィンズレット侯爵夫人が慌てて言葉を引き継いだ。もう可哀想で見ていられない。
当の義娘エルシー嬢は再びドスンと椅子に座ると周囲には目もくれず、「わぁ~美味しそうなお菓子!」などと言いながらテーブルを見つめている。
「……随分とごゆっくりでしたのね、エルシー嬢。お支度に時間が?」
気遣いの人マーゴット嬢が、どうにかエルシー嬢から「皆さん遅れてごめんなさい」の言葉を引き出そうとする。テーブルの向かい側に座っているご婦人方からはすでに笑顔が完全に消えてしまっていた。
「ええ、そうよ。そちらのお菓子も取ってくださる?」
「……どうぞ。……侯爵家での初めてのお茶会ですものね。皆様エルシー嬢がお越しになるのを、今か今かとずっと楽しみに待っていたんですのよ」
この優しいマーゴット嬢の謝罪の催促に気付き、そうですわよね、皆様本当にお待たせしてしまって……と出れば、まだセーフかもしれない。
「そう?やっぱり王太子殿下の婚約者ともなれば、皆興味津々なのね。うふ」
場の空気が固まる。皆が呆気にとられて見つめる中、エルシー嬢が紅茶を手に取った。
……ズゾゾ。……ゴキュ。
下品な音に思わず眉間に皺が寄り、慌ててアルカイックスマイルを作り直す。……でも向かいの席に視線を送ると、全員眉間に皺が寄っていた。
エルシー嬢は周囲の反応など気に留めることもなく、次々とお菓子に手を伸ばす。そして時折クチャッ、クチャッと不快な音を立てながら、焼き菓子をポロポロとテーブルにこぼしはじめた。もはや皆珍獣を見るような目つきだ。高位貴族の女性たちは、きっとこれまでこんな人とテーブルを共にしたことなどないのだろう。私だってそうだ。
「エルシーさん。お菓子を置きなさい」
普段はあれほど温厚なウィンズレット侯爵夫人のこめかみに、ついに青筋が立った。
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