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22. 二通の手紙

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 それから数日後、私の元に思わず眉間に皺が寄ってしまうような手紙が二通届いた。それはトラヴィス殿下からのお出かけのお誘い……ではなかった。

「……ウィンズレット侯爵家から……?私と母に……?なぜ」

 一通は茶会の誘いだった。よりにもよって、アンドリュー王太子殿下の婚約者となったエルシー・グリーヴ男爵令嬢の養父母である、ウィンズレット侯爵家から。かの家が王太子殿下から頼み込まれ、半ば強引にエルシー嬢を戸籍上の養女にさせられたことは社交界の誰もがすでに知っている。
 その茶会に、エルシー嬢本人がいないのならばまだいい。
 ところが、添えられた手紙にはこう記してあった。

“ アンドリュー王太子殿下の妃となるべく日夜勉学に励む娘エルシーへ、どうぞ激励のお言葉をかけてやっていただきたく存じます ”…………

(本気?これ、本気でうちに送ってきたの?宛先間違ってない?)

 あの良識溢れるウィンズレット侯爵夫人が……?何かの間違いだと思いたい。
 そして……

「………………。」

 茶会の招待状と同封されていたウィンズレット侯爵夫人からの手紙を手にしたまま、私はテーブルの上に置いてあるもう一通の手紙に目をやった。
 本来ならば何を差し置いてもこちらを真っ先に開けなくてはならなかったのだろう。
 でもものすごく嫌な予感がして、どうしても開けたくない。……無視してしまおうかしら。

(……それはさすがにマズいわよね)

 王家の紋章の封蝋が施された、質の良い紙質の封筒に渋々手を伸ばす。ため息が漏れた。

(変な内容じゃありませんように。何も面倒なことが書いてありませんように……)

 私の元にアンドリュー様からの手紙が届く時点で面倒がないわけがない。だけど私はそう願った。おそるおそる開封し、祈る思いで手紙を開く。……分厚い。何枚あるのかしら、これ。
 
 “ メレディア・ヘイディ公爵令嬢

 僕は君に詫びなければならない。君には君の言い分があったはずなのに、僕はエルシーの言葉だけを鵜呑みにして大勢の前で君を糾弾してしまった。
 あれから何人もの学友たちから意見された。
 エルシーは繊細な性格で、よかれと思ってしてくれたのであろう君の助言を、強い非難の言葉と勘違いしてしまったようだ。彼女も深く反省している。しかしながらこのような誤解が生じたのは………… ”

「…………。…………はぁ……。嘘でしょ……」

 長い長い手紙の内容を要約すると、僕の誕生日パーティーの日のアレ、本当悪かったね。君はそんなことする人間じゃないはずだって皆が僕を責めてくるんだよ。悪かったとは思うけど、エルシーと会話する時にものすごく優しく話さなかった君にも落ち度があるよ。だから誤解を招いたんだよ(だからそもそも話したこと自体がないんだってば)。それと、エルシーの王太子妃教育が全然進まず困っている。それ以前に基本的なマナーや淑女教育さえままならない。助けてほしい。あの子も毎日必死なんだけど、何せ元男爵令嬢だから。君らのような高位貴族の娘たちとは基盤が違うから。大変なのも仕方ないよね。どうかどうか助けてほしい。ウィンズレット侯爵家の茶会で、高位貴族の淑女たちの立ち居振る舞いを実際に目の前で見せたいし、その界隈の人たちと交流させたいし、何より君から妃教育の勉強のコツを教えてやってほしい。エルシーができるだけ早く習得できるように。本気でお願いします。こっちは尻に火がついています。……こういうことらしい。

 厚顔無恥にもほどがある。

(何よこれ。あのご令嬢、あの日パーティー会場で言ってたわよね。私から殴られたとか、アクセサリーをゴミ箱に捨てられたとか。言ってなかったかしら?何でその辺はなかったことになってるわけ?)

 公衆の面前であれほど私を侮辱しておきながら、追い詰められたら途端に助けてください?私を何だと思ってるのよ。なぜ一方的に捨てられた形のこの私が、その原因となったご令嬢に尽くしてそんな面倒なことをしなきゃならないわけ……?

 ふつふつと湧き上がってくる怒りと、疫病神がのしかかってきているかのごとくずんずん重くなる肩。
 ウィンズレット侯爵夫人からの手紙は封が切られていた。宛名が連名だったから、先に母が目を通したのだろう。私は重い足取りで階下の母の元へ向かった。



「……お断りしてもいいのよ、メレディア。……そうしましょうか」
「……お母様……」

 むくれた私の顔を見て、手紙に目を通したことを悟ったのだろう。私が居間に足を踏み入れるなり、母はそう言った。

「とてもウィンズレット侯爵夫人らしくないお誘いだとは思うけれど。……王太子殿下からのお手紙には、何と?」
「まさにその茶会のことでしたわ。エルシー嬢の王太子妃教育や淑女教育がまるで進まないから、私からかの方へ助言をしてほしいと。高位貴族のご婦人やご令嬢方と交流させることで皆の立ち居振る舞いを勉強させたい意図もあるようでしたわ」
「まぁ……。呆れたものね。あなたにそれを頼んでくるなんて。厚顔無恥にもほどがあるわ」

 母も私と全く同じ感想を持ったようだ。その眉間に皺が寄った。

「おそらくウィンズレット侯爵夫人は、アンドリュー様に頼み込まれたのではないでしょうか。侯爵邸で茶会を開き、私たちを招いてほしいと」

 エルシー嬢を養女にする際にも、アンドリュー様がかなりしつこく押したらしいという噂だ。

「今頃頭を悩ませていらっしゃるわね、きっと。……どちらでもいいわ、メレディア。出向いていってに格の違いを見せつけるもよし、きっぱりとお断りしてもよし。……まぁ、ウィンズレット侯爵夫人には少しご迷惑をおかけしてしまうかもしれないけれど」
「……少し考えさせてくださる?お母様」



 部屋に戻り、熟考する。別にアンドリュー様の頼みを無下にすることには何ら抵抗はない。それによって国王陛下からの叱責があるなんてこともないだろう。陛下はアンドリュー様の独断での婚約解消をお許しになってはいないようだし、我がヘイディ公爵家にも丁寧な謝罪があった。
 ただ、ウィンズレット侯爵夫人の人の良さそうなお顔が頭をよぎる。王家の縁戚に当たる侯爵家当主の、温厚で知性溢れる気立ての良い奥方。パーティーや茶会で顔を合わせるたびにとても温かい笑顔でご挨拶をくださる素敵な方だ。母も昔から親しくしている。

(……一度くらい、いいかな。ウィンズレット侯爵夫人のお顔を立てるためと思えば)

 夫人もきっと大変な思いをされていることだろう。縁もゆかりもない男爵家の令嬢を突然養女として迎えるよう王太子殿下から頼み込まれ、戸籍上だけの縁かと思いきや今度はその養女のために邸で茶会を開けと……。

(アンドリュー様が顔を出されるかは分からないけれど、お会いできたら一度苦言を呈することくらいは許されるわよね)

 その翌日、私は茶会に参加する旨の返事をウィンズレット侯爵家に宛ててしたためたのだった。




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