上 下
21 / 59

21. 食い下がるトラヴィス

しおりを挟む
 我が家には私との結婚を望む家からの釣書が次々と寄せられるようになっていた。両親は毎日のようにそれについて話し合っている。

「……まぁ、あの辺境伯様のご嫡男からも……?」
「ああ。ご子息たってのご希望とのことだ。……ふむ……」
「難しくなってきましたわね。でも私はもうメレディアの意志を最優先に考えてあげたいですわ」

 母の気持ちは嬉しいけれど、ヘイディ公爵家にとって最良と目される家との縁を結ぶことが重要なのもよく分かっている。うちには留学中の兄がいて、その兄には立派な婚約者もいる。だからこの家の後継ぎのことで頭を悩ませる必要はないけれど、やはり私の結婚も他の有力な貴族家とのパイプとして軽んじられないことは分かっている。王家が駄目なら、しかるべき高位貴族の子息と……、と父も考えていることだろう。

(私がこうして気楽に過ごしていられるのも、あとどのくらいの時間かしらね……)

 誰にも縛られていない今の状態は、私の人生に突然訪れた限りある自由時間なのだ。そう思うと一層今をしっかり楽しんでおかなくちゃ、という気持ちになってくる。



「最近ますます楽しそうじゃないか」

 その日の午後の休憩時間。生徒会室に資料を置きに行った後一人で学園の廊下を歩いていると、トラヴィス殿下が背後から突然声をかけてきた。私とアンドリュー様の婚約解消以降、この方は本当に神出鬼没だ……。もう驚くのも疲れた。

「……殿下、ごきげんよう」
「いつも孤高の存在のようにしていたのに、最近ではよくどこぞの令嬢方とつるんでいるな。お喋りに花を咲かせて、まるで普通の女子生徒のようだ。楽しそうで結構」
「……まるで今までの私が普通の女子生徒ではなかったかのような口ぶりですね」

 私の返事にトラヴィス殿下はニヤリと口角を上げる。この人の方がよっぽど楽しそうだ。

「次はどこに出かけようか」
「……え?」

 唐突にそんなことを言われて、キョトンとしてしまう。……次って?

「……どういう意味でしょうか、殿下」
「そのままの意味だ。もう他に行きたいところややってみたいことはないのか?まぁ、随分いろいろ出かけたからな」
「……えっと……」

 学園を休んでいる間、たしかにトラヴィス殿下とは何度も二人きりで外出した。最初はカフェにケーキを食べに行く時。その後も街をブラブラしたり、観劇に誘っていただいたり。
 たしかに楽しい時間だった。けれど、もうこうして学園にもまた通いはじめたことだし、そもそもこれ以上何度も殿下と二人で出かけるのはリスクが大きすぎる。あの観劇の日も、グリーヴ男爵令嬢に見られてしまった。これ以上誰かに目撃されて変な噂を立てられたくはない。私よりも、殿下に迷惑をかけてしまうから……。

「殿下……、その、お誘いはとても光栄ですしありがたいのですが、復学した以上なかなか時間も……」
「週末があるだろう。放課後にまたカフェに行ってもいい」
「……制服姿では目立ちますし」
「別に構わないだろう。気になるのなら週末にどこかに行こうか」

 ……すごい食い下がってくる……。
 絶対分かってるわよね?私が暗にお断りしていること。機転の利くこの方に限って分からないわけがない。

「……殿下。二人きりでの外出は、もう控えた方がよろしいのかと。何度もお付き合いいただいて本当に楽しかったのですが、これ以上頻繁になると人目につくリスクも増えますし……」
「まだそんなこと気にしているのか?前にも言っただろう。別に何もやましいことはないんだから堂々としていればいい。護衛たちだって常に周囲にいるんだ。完全に二人きりなわけでもあるまいし」
「そうではなくて……。ほら、お分かりになりますでしょう……?よからぬ噂が立ってしまいますわ」
「余計なことを言う連中がいたら俺が黙らせるから大丈夫だ」

 ……なぜそこまでして私と出かけることにこだわるのですか……。

(……あ、そうだわ)

「殿下、殿下はよくご学友の皆様とも一緒にお出かけになっていらっしゃるのですよね?」
「ああ、そうだな。まぁ最近はあまり学園の外で会うことはなかったが。時間がある時は君とばかりいたからな」
「でしたら、今度はその皆様との集まりに私もお誘いいただけませんか?もしくは、私が最近親しくしている友人たちと今度カフェに行こうかと話しているので、よければその時殿下もご一緒に……」
「嫌だ」

 名案だと思ったのにバサリと一刀両断されてしまった。同じ立場の学生たちが他にも何人かいるような場でなら、会ってもいいんじゃないかと思ったのに……。

「ダ、ダメですか……」
「俺は君と二人きりがいいんだ。せっかく君がうちの馬鹿兄のものでなくなったというのに、何故わざわざ他の連中も交えて会わなければならないんだ」

 …………。……ん?

 今の……どういう意味?

 いつもの会話と変わらない、あまりにもあっさりとした口調で、殿下がなんか大胆なことを言った気がする。
 ……言ったよね?今。あれ?私の勘違い?
 そういう意味では、ない?

「お、予鈴だ」

 殿下の言葉の解釈が追いつかず返事に詰まっているうちに、次の授業の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。

「君に特に希望がないのなら、次は俺の行きたいところに付き合ってもらえるか。また近々連絡するよ」
「……承知いたしましたわ」

 思考が追いつかず機械的に返事をすると、殿下はじゃあなと言ってニヤリと口角を上げ、先に行ってしまった。

「…………?」

 考えすぎかしら。好意を打ち明けられたにしては、あまりにも殿下の態度が淡々としている……気がする……。

 教室に戻りながら、私は一生懸命分析してみた。これまでのトラヴィス殿下の私への態度、普段の様子、彼の人となり、周囲の評価。そして教室に着く頃、一つの結論にたどり着いた。

(……うん。特に深い意味はないわね、あれは)

 その時思ったことをサラリと口にしてしまう、王族らしくない気さくさ。オーラ溢れるあの見た目とのギャップがすごいけど、あれがあの方の人気の秘訣なんだろう。

 納得した私は席につき、それ以上そのことについて考えることはなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!

ユユ
恋愛
酷い人生だった。 神様なんていないと思った。 死にゆく中、今まで必死に祈っていた自分が愚かに感じた。 苦しみながら意識を失ったはずが、起きたら婚約前だった。 絶対にあの男とは婚約しないと決めた。 そして未来に起きることに向けて対策をすることにした。 * 完結保証あり。 * 作り話です。 * 巻き戻りの話です。 * 処刑描写あり。 * R18は保険程度。 暇つぶしにどうぞ。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

処理中です...