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21. 食い下がるトラヴィス
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我が家には私との結婚を望む家からの釣書が次々と寄せられるようになっていた。両親は毎日のようにそれについて話し合っている。
「……まぁ、あの辺境伯様のご嫡男からも……?」
「ああ。ご子息たってのご希望とのことだ。……ふむ……」
「難しくなってきましたわね。でも私はもうメレディアの意志を最優先に考えてあげたいですわ」
母の気持ちは嬉しいけれど、ヘイディ公爵家にとって最良と目される家との縁を結ぶことが重要なのもよく分かっている。うちには留学中の兄がいて、その兄には立派な婚約者もいる。だからこの家の後継ぎのことで頭を悩ませる必要はないけれど、やはり私の結婚も他の有力な貴族家とのパイプとして軽んじられないことは分かっている。王家が駄目なら、しかるべき高位貴族の子息と……、と父も考えていることだろう。
(私がこうして気楽に過ごしていられるのも、あとどのくらいの時間かしらね……)
誰にも縛られていない今の状態は、私の人生に突然訪れた限りある自由時間なのだ。そう思うと一層今をしっかり楽しんでおかなくちゃ、という気持ちになってくる。
「最近ますます楽しそうじゃないか」
その日の午後の休憩時間。生徒会室に資料を置きに行った後一人で学園の廊下を歩いていると、トラヴィス殿下が背後から突然声をかけてきた。私とアンドリュー様の婚約解消以降、この方は本当に神出鬼没だ……。もう驚くのも疲れた。
「……殿下、ごきげんよう」
「いつも孤高の存在のようにしていたのに、最近ではよくどこぞの令嬢方とつるんでいるな。お喋りに花を咲かせて、まるで普通の女子生徒のようだ。楽しそうで結構」
「……まるで今までの私が普通の女子生徒ではなかったかのような口ぶりですね」
私の返事にトラヴィス殿下はニヤリと口角を上げる。この人の方がよっぽど楽しそうだ。
「次はどこに出かけようか」
「……え?」
唐突にそんなことを言われて、キョトンとしてしまう。……次って?
「……どういう意味でしょうか、殿下」
「そのままの意味だ。もう他に行きたいところややってみたいことはないのか?まぁ、随分いろいろ出かけたからな」
「……えっと……」
学園を休んでいる間、たしかにトラヴィス殿下とは何度も二人きりで外出した。最初はカフェにケーキを食べに行く時。その後も街をブラブラしたり、観劇に誘っていただいたり。
たしかに楽しい時間だった。けれど、もうこうして学園にもまた通いはじめたことだし、そもそもこれ以上何度も殿下と二人で出かけるのはリスクが大きすぎる。あの観劇の日も、グリーヴ男爵令嬢に見られてしまった。これ以上誰かに目撃されて変な噂を立てられたくはない。私よりも、殿下に迷惑をかけてしまうから……。
「殿下……、その、お誘いはとても光栄ですしありがたいのですが、復学した以上なかなか時間も……」
「週末があるだろう。放課後にまたカフェに行ってもいい」
「……制服姿では目立ちますし」
「別に構わないだろう。気になるのなら週末にどこかに行こうか」
……すごい食い下がってくる……。
絶対分かってるわよね?私が暗にお断りしていること。機転の利くこの方に限って分からないわけがない。
「……殿下。二人きりでの外出は、もう控えた方がよろしいのかと。何度もお付き合いいただいて本当に楽しかったのですが、これ以上頻繁になると人目につくリスクも増えますし……」
「まだそんなこと気にしているのか?前にも言っただろう。別に何もやましいことはないんだから堂々としていればいい。護衛たちだって常に周囲にいるんだ。完全に二人きりなわけでもあるまいし」
「そうではなくて……。ほら、お分かりになりますでしょう……?よからぬ噂が立ってしまいますわ」
「余計なことを言う連中がいたら俺が黙らせるから大丈夫だ」
……なぜそこまでして私と出かけることにこだわるのですか……。
(……あ、そうだわ)
「殿下、殿下はよくご学友の皆様とも一緒にお出かけになっていらっしゃるのですよね?」
「ああ、そうだな。まぁ最近はあまり学園の外で会うことはなかったが。時間がある時は君とばかりいたからな」
「でしたら、今度はその皆様との集まりに私もお誘いいただけませんか?もしくは、私が最近親しくしている友人たちと今度カフェに行こうかと話しているので、よければその時殿下もご一緒に……」
「嫌だ」
名案だと思ったのにバサリと一刀両断されてしまった。同じ立場の学生たちが他にも何人かいるような場でなら、会ってもいいんじゃないかと思ったのに……。
「ダ、ダメですか……」
「俺は君と二人きりがいいんだ。せっかく君がうちの馬鹿兄のものでなくなったというのに、何故わざわざ他の連中も交えて会わなければならないんだ」
…………。……ん?
今の……どういう意味?
いつもの会話と変わらない、あまりにもあっさりとした口調で、殿下がなんか大胆なことを言った気がする。
……言ったよね?今。あれ?私の勘違い?
そういう意味では、ない?
「お、予鈴だ」
殿下の言葉の解釈が追いつかず返事に詰まっているうちに、次の授業の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「君に特に希望がないのなら、次は俺の行きたいところに付き合ってもらえるか。また近々連絡するよ」
「……承知いたしましたわ」
思考が追いつかず機械的に返事をすると、殿下はじゃあなと言ってニヤリと口角を上げ、先に行ってしまった。
「…………?」
考えすぎかしら。好意を打ち明けられたにしては、あまりにも殿下の態度が淡々としている……気がする……。
教室に戻りながら、私は一生懸命分析してみた。これまでのトラヴィス殿下の私への態度、普段の様子、彼の人となり、周囲の評価。そして教室に着く頃、一つの結論にたどり着いた。
(……うん。特に深い意味はないわね、あれは)
その時思ったことをサラリと口にしてしまう、王族らしくない気さくさ。オーラ溢れるあの見た目とのギャップがすごいけど、あれがあの方の人気の秘訣なんだろう。
納得した私は席につき、それ以上そのことについて考えることはなかった。
「……まぁ、あの辺境伯様のご嫡男からも……?」
「ああ。ご子息たってのご希望とのことだ。……ふむ……」
「難しくなってきましたわね。でも私はもうメレディアの意志を最優先に考えてあげたいですわ」
母の気持ちは嬉しいけれど、ヘイディ公爵家にとって最良と目される家との縁を結ぶことが重要なのもよく分かっている。うちには留学中の兄がいて、その兄には立派な婚約者もいる。だからこの家の後継ぎのことで頭を悩ませる必要はないけれど、やはり私の結婚も他の有力な貴族家とのパイプとして軽んじられないことは分かっている。王家が駄目なら、しかるべき高位貴族の子息と……、と父も考えていることだろう。
(私がこうして気楽に過ごしていられるのも、あとどのくらいの時間かしらね……)
誰にも縛られていない今の状態は、私の人生に突然訪れた限りある自由時間なのだ。そう思うと一層今をしっかり楽しんでおかなくちゃ、という気持ちになってくる。
「最近ますます楽しそうじゃないか」
その日の午後の休憩時間。生徒会室に資料を置きに行った後一人で学園の廊下を歩いていると、トラヴィス殿下が背後から突然声をかけてきた。私とアンドリュー様の婚約解消以降、この方は本当に神出鬼没だ……。もう驚くのも疲れた。
「……殿下、ごきげんよう」
「いつも孤高の存在のようにしていたのに、最近ではよくどこぞの令嬢方とつるんでいるな。お喋りに花を咲かせて、まるで普通の女子生徒のようだ。楽しそうで結構」
「……まるで今までの私が普通の女子生徒ではなかったかのような口ぶりですね」
私の返事にトラヴィス殿下はニヤリと口角を上げる。この人の方がよっぽど楽しそうだ。
「次はどこに出かけようか」
「……え?」
唐突にそんなことを言われて、キョトンとしてしまう。……次って?
「……どういう意味でしょうか、殿下」
「そのままの意味だ。もう他に行きたいところややってみたいことはないのか?まぁ、随分いろいろ出かけたからな」
「……えっと……」
学園を休んでいる間、たしかにトラヴィス殿下とは何度も二人きりで外出した。最初はカフェにケーキを食べに行く時。その後も街をブラブラしたり、観劇に誘っていただいたり。
たしかに楽しい時間だった。けれど、もうこうして学園にもまた通いはじめたことだし、そもそもこれ以上何度も殿下と二人で出かけるのはリスクが大きすぎる。あの観劇の日も、グリーヴ男爵令嬢に見られてしまった。これ以上誰かに目撃されて変な噂を立てられたくはない。私よりも、殿下に迷惑をかけてしまうから……。
「殿下……、その、お誘いはとても光栄ですしありがたいのですが、復学した以上なかなか時間も……」
「週末があるだろう。放課後にまたカフェに行ってもいい」
「……制服姿では目立ちますし」
「別に構わないだろう。気になるのなら週末にどこかに行こうか」
……すごい食い下がってくる……。
絶対分かってるわよね?私が暗にお断りしていること。機転の利くこの方に限って分からないわけがない。
「……殿下。二人きりでの外出は、もう控えた方がよろしいのかと。何度もお付き合いいただいて本当に楽しかったのですが、これ以上頻繁になると人目につくリスクも増えますし……」
「まだそんなこと気にしているのか?前にも言っただろう。別に何もやましいことはないんだから堂々としていればいい。護衛たちだって常に周囲にいるんだ。完全に二人きりなわけでもあるまいし」
「そうではなくて……。ほら、お分かりになりますでしょう……?よからぬ噂が立ってしまいますわ」
「余計なことを言う連中がいたら俺が黙らせるから大丈夫だ」
……なぜそこまでして私と出かけることにこだわるのですか……。
(……あ、そうだわ)
「殿下、殿下はよくご学友の皆様とも一緒にお出かけになっていらっしゃるのですよね?」
「ああ、そうだな。まぁ最近はあまり学園の外で会うことはなかったが。時間がある時は君とばかりいたからな」
「でしたら、今度はその皆様との集まりに私もお誘いいただけませんか?もしくは、私が最近親しくしている友人たちと今度カフェに行こうかと話しているので、よければその時殿下もご一緒に……」
「嫌だ」
名案だと思ったのにバサリと一刀両断されてしまった。同じ立場の学生たちが他にも何人かいるような場でなら、会ってもいいんじゃないかと思ったのに……。
「ダ、ダメですか……」
「俺は君と二人きりがいいんだ。せっかく君がうちの馬鹿兄のものでなくなったというのに、何故わざわざ他の連中も交えて会わなければならないんだ」
…………。……ん?
今の……どういう意味?
いつもの会話と変わらない、あまりにもあっさりとした口調で、殿下がなんか大胆なことを言った気がする。
……言ったよね?今。あれ?私の勘違い?
そういう意味では、ない?
「お、予鈴だ」
殿下の言葉の解釈が追いつかず返事に詰まっているうちに、次の授業の開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「君に特に希望がないのなら、次は俺の行きたいところに付き合ってもらえるか。また近々連絡するよ」
「……承知いたしましたわ」
思考が追いつかず機械的に返事をすると、殿下はじゃあなと言ってニヤリと口角を上げ、先に行ってしまった。
「…………?」
考えすぎかしら。好意を打ち明けられたにしては、あまりにも殿下の態度が淡々としている……気がする……。
教室に戻りながら、私は一生懸命分析してみた。これまでのトラヴィス殿下の私への態度、普段の様子、彼の人となり、周囲の評価。そして教室に着く頃、一つの結論にたどり着いた。
(……うん。特に深い意味はないわね、あれは)
その時思ったことをサラリと口にしてしまう、王族らしくない気さくさ。オーラ溢れるあの見た目とのギャップがすごいけど、あれがあの方の人気の秘訣なんだろう。
納得した私は席につき、それ以上そのことについて考えることはなかった。
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