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19. 初めての友人

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 私は今日シェフが用意してくれたサンドイッチを持参していたし、声をかけてきてくれた他のご令嬢たちも皆ランチを持参していた。だから学園の食堂へは行かず、私たちは中庭に面したテラス席へ移動した。周囲をぐるりとコの字型の校舎に囲われたこの中庭のテラス席は、学生たちが昼食をとるのに人気の場所だ。一人でテラスのテーブル席を占領してしまうのが申し訳なくて、私はいつも大抵食堂の隅の席で静かに食べていたけど。
 初めてのテラス席。初めてのクラスメイトとのランチ。気分がすごく高揚して、私は最高にご機嫌だった。

「ここ、すごく素敵ね!風が気持ちいいし、今の時期って最高じゃない?皆さんはいつもここでお食事してらっしゃるの?」

 ウキウキしながら誘ってきてくれた子たちに話しかけると、三人は一様に面食らった顔をしている。

「……? どうかなさった?」
「あ、いえ。……ふふ。はい、私たちは天気がいい日は大抵ここでランチをとっています。メレディア様は初めてなのですか?」
「ええ、そうなの!私ね、学園で誰かと一緒にランチをするのって初めてで。ここは人気の場所だから私一人でテーブルを一つ使ってしまうと申し訳ないでしょう?誰も私のそばには寄ってこなかったし……。遠慮していたの。だからこうして誘ってくださって本当に嬉しいわ!」
「ま、そうだったのですね」
「お誘いしてみてよかったですわ」

 皆ホッとしたようにそう言って笑った。



 三人は皆侯爵家や伯爵家の令嬢で、それぞれマーゴット、レティ、フィオナといった。私に声をかけてきてくれた子がマーゴット嬢だ。

「メレディア様、こんなこと伺ってよろしいのか分かりませんが……、お休みされている間は、何をしてお過ごしだったのですか?」

 マーゴット嬢がパンをちぎりながら私にそう尋ねると、レティ嬢とフィオナ嬢もすぐさま口を開く。

「私たちてっきり、その、体調でも崩されているのかと思っていましたの。そしたら今朝メレディア様が教室に来られた時……」
「ええ!あまりにもお元気そうだったのでびっくりしたんですわ。しかも何ていうか……以前よりずっと」

 そうか。やっぱり我慢せず甘いものを食べて毎晩ゆっくり眠っているからかしら。前より元気に見えているのね。

「ご心配ありがとう。体調なんて全然崩してなかったわ。……私ね、ご存知の通りアンドリュー様……、王太子殿下との婚約が解消されたでしょう?それでいろいろ吹っ切れちゃって。今まで我慢してきたいろいろなことをやってみてたのよ」
「我慢なさっていた、いろいろなことですか?」
「たとえば……?」

 三人は興味津々といった様子で私の言葉を待っている。
 
「ふふ。たとえばね、毎朝の朝寝坊よ。これまでは早朝から深夜まで毎日ずっと勉強してきたから、一度心ゆくまでゆっくりと眠ってみたかったの。もう最高に幸せだったわ!自然に目覚めた時間にブランチをとってね、それから教科書やマナーブック以外の本をたくさん読んだの。ほら、よく皆さんが話題にしていた小説とかよ」
「あ、それなら『スミレの咲き乱れる丘で』はお読みになりました?」
「読んだわ!とても素敵なラブストーリーだった」
「『暗闇に手招く白い指』は…?」
「あれすごく怖かったわ!その夜は眠れなくて灯りを点けっぱなしにしてもらったのよ」
「まぁ……!メレディア様でもそんなことがあるんですね」

 皆楽しそうに私の話を聞いてくれるものだから、私もつい夢中になって人生初の休暇のことをたくさん話した。

「それからね、今上演中の舞台も観に行ってきたわ。あとは大通りにある素敵なカフェに行って可愛らしいケーキを何個も食べたり……」
「あ、もしかしてブティックの隣に新しくできた?」
「ええ、そこよ!どのケーキも本当に美味しくて……」
「私たちも時々行くんですよ。メレディア様、もしよかったら今度ぜひ私たちともご一緒していただけませんこと?」
「まぁ、嬉しいわ。ぜひ!」

 こんな風に盛り上がっているうちに、お昼の休憩時間はあっという間に終わろうとしていた。マーゴット嬢がまじまじと私の顔を見つめ、噛みしめるように言う。

「……私たち、以前からメレディア様とゆっくりお話ししてみたいなって思っていたんです。だけど学園でも、茶会やパーティーの席でお見かけしても、いつもメレディア様だけは近づきがたい特別なオーラを放っていらっしゃって……。王太子殿下のご婚約者というだけではなく、全てにおいて別格のお方、という印象でしたから」
「そ、そんな……」
「だから今日こうして初めてゆっくりお話しできて本当に嬉しいんです。今朝教室に入ってこられた時から、メレディア様、何だか今までよりずっとずっとお美しくて、輝いてらっしゃるように見えて。思わず息を呑みましたわ」
「本当に。一体何があったのかと」
「ええ。これまでも稀有なお美しさをお持ちでしたけれど、今のメレディア様は本当に……溌溂としていて、とても楽しそうで。以前よりも輝きが増してらっしゃるんですもの」
「ほ、褒めすぎよ、あなたたち……」

 三人して私の顔をじっと覗き込むようにしながらそんな風に手放しで褒めるものだから、こちらは気恥ずかしくてならない。ただ気ままに過ごしていただけなのに。
 マーゴット嬢が優しい笑みを浮かべて言った。

「自分を解放して楽しんでいらっしゃったからなのですね。でもきっとメレディア様が今こんなに輝いていらっしゃるのは、今まで精一杯頑張ってこられた下地があるからなのですわ。素敵です」
「も、もう……。でも、ありがとう……」

 どうしよう。ここまで褒められるともう……顔が火照ってしょうがないんだけど。
 するとレティ嬢がふいに私に尋ねてきた。

「メレディア様、先ほど仰ってた観劇やカフェは、どなたと行かれたんですの?」
「……えっ」

 思わずドキリとする。頭の中にトラヴィス殿下の少し生意気そうな、それでいてとても優しいあの笑顔が浮かぶ。

「……一人でよ」
「あら、そうなのですね。あまりにも楽しそうにお話しなさるから、てっきり素敵な殿方とでもお出かけになったのかと。だってメレディア様ならきっと引く手あまたですもの」
「ま、まさか。王太子殿下から婚約を解消されたいわくつきの私なのよ。そんなすぐには……」
「いいえ!メレディア様に限ってはそんな経歴、何の傷にもなりませんわ!」
「そうですわ。きっとすぐに良い殿方がお決まりになるのでしょうね。ですが……、どうぞそれまでは今の自由な生活を存分にお楽しみください。お許しいただける時は私たちもご一緒させていただきますわ」
「ま、ふふ。嬉しい。ありがとう」

 マーゴット嬢の優しい気遣いに笑顔で応えながら、私はトラヴィス殿下のことを考えた。たしかに、私の休暇がこんなにも楽しいものになったのは彼のおかげであることは間違いない。一人でも楽しめたかもしれないけれど、トラヴィス殿下と過ごす時間は思っていた以上にずっと心地よく満たされるものだった。

(……気が合うからかしら。畏れ多い言い方だけど)

 そんなことを考えながら席を立ち、三人と言葉を交わしながら教室に戻ろうとしていた時だった。

(…………あら?)

 ふと目をやった校舎の窓ガラス越しに、アンドリュー様がこちらを見ていることに気が付いた。……何だろう。あんなにじっと見て。ずっと休んでいたからだろうか。まるで珍獣でも発見したかのように訝しげな、驚いたような妙な顔で私のことを凝視している。

「……。」

 すごく気が進まなかったけれど、一応軽く挨拶するそぶりをしてみせる。するとアンドリュー様はビクッと肩を揺らし、慌てたようにフイッと顔を背けそのまま行ってしまった。

(……。何なのよ一体)




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