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16. 鋭い視線

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 結局それ以来、私とトラヴィス殿下は一緒に過ごす時間がどんどん増えていった。殿下は私がすこぶる元気だと分かった後でもなぜだかこまめに連絡をくれたし、彼と過ごす時間が楽しくて「王族と出かける」ということに対する抵抗や変な緊張感がなくなってしまった私もまた、徐々に殿下のお誘いを素直に受け入れるようになっていった。
 あの日、楽しかった昔の記憶を思い出したことがこの関係に拍車をかけたのかもしれない。



「素敵でしたわ……!特に最後の一幕のあのアリア……」
「ああ。素晴らしかったな。女優の演技も見事だった」
「ええ!切なくて美しくて……、夢中で見入ってしまいました」
「そうだな。君があまりにも熱中しているものだから、息をし忘れているんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
「ま、まさか。そこまでは……」

 その日も私は殿下のお誘いを受け、変装した殿下と二人で話題の舞台を観に来ていた。最高の物語と音楽を心ゆくまで堪能し、楽しく感想を言い合いながら馬車に乗り、大通りまで移動する。
 通りの前で殿下にエスコートされながら馬車を降り、ごく自然に二人並んで歩きはじめる。

(今日はいつにもまして人が多いわね。……誰にも会わないといいのだけど)

 いくら殿下が黒髪のかつらを被ってラフな服装だからといっても、目立つものは目立つ。多くの人より頭一つ飛び抜けた長身に長い足。これ以上ないほどに整った端正なお顔。街ゆく人々の中にはまじまじと殿下のことを見つめたり、すれ違いざまに振り返る人までいる。

「……?どうした?そんなにジッと見て。俺の顔に何かついてるか?」
「いえ……。最近こうして何度もご一緒させていただいてますが、そろそろ知っている誰かに見られてしまうのではないかと、少し不安で……。殿下のお顔をよく知っている高位貴族の方々や学園の生徒たちなんかは、今の殿下のお姿を見てもきっと気付いてしまうでしょう」
「はは。大丈夫だろう。見られたらその時はその時だ。別にやましいことをしているわけじゃない」
「もちろんそうですけど……。今の私の立場的には褒められたことではありませんもの。……あ、ほら、今すれ違っていった人たちも、こちらをずっと見ていましたわ」
「……さっきの若い男たちのことか?」
「ええ」
「案外鈍いところがあるな、君は。あれは俺を見ていたんじゃない。君だろう」
「……私でございますか?まさか。以前の完璧な公爵令嬢の姿でしたらいざ知らず、今はこれほど地味な出で立ちですわ。……きっと前より少し太ってもいるでしょうし」
「ふ……。分かってないな」

 殿下は気になる笑い方をしたけれど、ふいに話題を変えた。

「このまま食事に行こうか。時間もいい頃合いだろう。個室のあるレストランに予約を入れてある」
「あ、はい。ありがとうございます」

 長時間の観劇で空腹を覚えていた私は喜んで賛同した。
 一緒に他愛もない話をしながら大通りを歩いていく。
 しばらくすると、目の前のブティックから華やかなドレスに身を包んだ若い女性が通りに出てきた。両親と思われる派手な身なりの男女も一緒だ。ご令嬢はとても楽しそうに満面の笑みを浮かべキャッキャとはしゃいでいる。

(……あ……、)

 ふいにそのご令嬢がくるりとこちらを振り向いた瞬間、私は思わず凍りついた。その人が他ならぬアンドリュー様の恋人、エルシー・グリーヴ男爵令嬢であることに気付いたからだ。向こうもハッとしたように私の顔を見る。今日は観劇に行くとあって、少しきちんとしてみせなくてはと髪をアップに纏めていたから、さすがに分かりやすかったかもしれない。

「…………。」

 エルシー嬢は少し白けたような顔をして私から目を逸らそうとし、そのまま私の隣に立っていたトラヴィス殿下に目をやった。マズいわ、バレてしまうかもしれない……、っていうか、この距離じゃ絶対バレる……。
 内心ビクビクしながらエルシー嬢の反応を伺っていると、

「……。──────っ!!」

(……え……?)

 訝しげにトラヴィス殿下を見つめていたエルシー嬢が急に目を大きく見開く。そしてそのまま鋭い視線で私を睨みつけてきた。

「……早く行きましょう、お父様、お母様」

 こちらに気付かず楽しげに会話を交わしている両親に声をかけると、エルシー嬢は最後にもう一度私を強く睨みつけプイッと盛大に顔を背けた。そして両親や大荷物を持たせた使用人らしき人たちを引き連れて去っていったのだった。

「……どうやらかなり不快な思いをさせてしまったようですわ」

 アンドリュー様との婚約を解消して間を置かず、その弟君であるトラヴィス殿下と二人連れ立って歩いている。きっと私がよからぬことを企んでいるように邪推されたのだろう。トラヴィス殿下を使ってアンドリュー様の気を引こうとしているとでも勘繰られたか、あるいは私が今度は第二王子を狙っているとでも思われたのか……。さっきの目つき、異様なまでの敵意を感じた。

「いや、おそらく違う。あれは逆恨みだろう」
「……? どういうことですか?殿下」
「まぁ、気にすることはない。行こう、メレディア嬢」
「は、はい」

 殿下は私の気を紛らわすためか、それからレストランに着くまで違う話題を次々振ってくれていた。だけど会話を交わしながらも、頭の中ではつい何度もさっきのエルシー嬢の姿を思い出してしまう。

(随分派手なドレスだったわね。……アンドリュー様に贈られたものだったのかしら。それに、すごい量のお買い物をなさってた)

 まぁ、それは私の知ったことではないけれど。
 エルシー嬢に出会ったことで、最近ぼんやりと考えるようになっていた学園のことも思い出した。

(……さすがにそろそろ行かなきゃね。だいぶお休みしてしまったもの)

 いくら卒業までの授業内容を全て修得済みとはいえ、出席日数が足りなくなっては困るし。



 それから殿下と素敵なランチを満喫し、いつものようにタウンハウスに送ってもらった。そして帰宅するやいなや、両親が居間で待っていると伝えられる。
 帰宅の挨拶をしソファーに座ると、父が神妙な顔で口を開いた。

「王太子殿下とお前の婚約解消の件が正式に受理された。おそらく件の男爵令嬢との正式な婚約も、今頃進んでいるのだろう」
「そうですか。分かりましたわ。こんな期待外れな結果になってしまい、本当に申し訳ございませんでした、お父様、お母様」
「まぁ……、メレディアったら……」
「お前のせいではないと私たちは充分分かっている。これまでよくやったと、お前を誇りに思うよ。しばらくはこのままゆっくり過ごすといい」
「……はい。ありがとうございます」

 両親の心遣いに涙が出そうだった。だけどアンドリュー様との婚約が正式に解消されたという事実は、意外なほどに私の心を乱さなかった。すでに彼と縁が切れた今の自由な生活を私が存分に満喫しているからかもしれない。

 それよりも……

(さぁ、今後彼らがどうなっていくか、見ものよね)




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