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37.ダミアンの乱心

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「ど、どういたしましょうか、クラウディア様…。旦那様も奥様も外出なさってますが…」
「……。」

 追い返してしまってもいいような気がしたけれど、曲がりなりにも夫婦だったのだ。最後くらいきちんと顔を合わせて挨拶するべきかもしれない。そう思った私はジョアンナに言った。

「居間にお通しして。話をするわ」





 何度か深呼吸をして、私は静かに居間に入った。すると険しい表情でこちらを振り向いたダミアン様が勢いよく立ち上がる。

「クラウディア!!」
「…ごきげんよう、ダミアン様」
「ごきげんようじゃない!!何故だお前!…何故こんなことを……!……いや、……違うな、…………すまない、クラウディア。分かっている。俺が悪かったんだ。ちゃんと反省した。これからはもっとお前に構ってやるから。…………な?もういいだろう。戻ってこい、クラウディア」

 凄い剣幕で食ってかかろうとしてきたダミアン様は、無理矢理自分を抑えつつ、といったかんじで私に対して初めて謝罪の言葉を口にした。

「まさかお前がここまでするとはな……。ふ、ふは、……驚かされたよ。父にまで告げ口してしまうとは……。あの日記はちょっと陰険すぎてさすがに許しがたいが…………まぁいい。それほどお前の俺への執着が強いのならば、もうこちらが折れてやるしかあるまい。分かったよ、クラウディア。今後は屋敷に女を呼ぶのも止めてやるから。お前のいう、何だ、あれ…………仲睦まじい夫婦。そう。それだ。こちらが譲歩して、それらしい家庭を作るように…」
「もう結構ですわ、ダミアン様」
「…………………………。へ?」

 髪をかきあげながら格好つけて、あくまでも上から目線で交渉しようとするダミアン様の言葉を遮って、私は毅然と言い放った。もうこれで最後なのだから、きちんと伝えておかなくては。

「自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました。どうぞお好きな方とお好きに過ごしてください。私はもうあなたから離れて別の人生を歩みますわ。私自身が、そう決めたのです」

 真正面から見つめてはっきりとそう言った私を、ダミアン様は凍り付いたまま見つめ返してくる。次第に口角がプルプルと震えだしたかと思うと、彼は突然大声を上げた。

「馬鹿を言うな!!決めたのです、じゃない!!お前が戻ってこなかったら、お、俺は……ウィルコックス伯爵家を追い出されるんだよ!!お前のせいで父が屋敷に来て言ったんだ!!3日以内に出て行けと!!どうしてくれる?!しょうもない意地を張らずにさっさと戻ってこい馬鹿!!」
「きゃあっ!!は……離してくださいダミアン様!」
「うるさいっ!来いっ!!」

 乱心したダミアン様はツカツカと歩み寄ってきたかと思うと私の腕を乱暴に掴み、そのまま力ずくで私を連れ去ろうとする。よほど追い詰められているのか、目が血走って尋常ではない雰囲気が漂っている。このままでは……本当に連れて行かれてしまいそうだ。

「なっ、何をなさっているのですか!!乱暴はお止めください!!」

 騒ぎを聞きつけたジョアンナや他の侍女たちが慌てて止めに入ろうとしてくれるが、男の本気の力には敵うはずもない。

「うるさい!!この……裏切り者の侍女たちが!!邪魔をするな!!蹴り飛ばすぞ!!」
「っ!!ダ、ダミアン様……っ!お止めください……っ!」

 侍女たちを蹴り飛ばされてはたまらないと無我夢中でダミアン様に逆らっていると、ふと私を引っ張っていた彼の力が緩んだ。

「…………っ?!ア、……」

(アーネスト様……っ!)

 見ると冷たい目をしたアーネスト様がダミアン様の胸ぐらを掴んでいた。

「ぐ…………っ!」
「…彼女に乱暴することは絶対に許さないぞ、ダミアン・ウィルコックス。ちなみにこれは正当防衛だ」

 淡々とそう言うと、アーネスト様はそのままダミアン様を思いきり床に投げ飛ばした。

「ごふっ!」

 転がったダミアン様は居間の壁にゴンッ!と勢いよく頭を打ちつけた。

「ア、アーネスト様……っ!どうして、ここに……?」
「君のご両親と私たちの婚姻に関しての打ち合わせをしていたんだよ。私の両親と共にね。それで屋敷までお送りしたんだ。……無事かい?クラウディア」
「は、はい……。ありがとうございます」
「……可哀相に。手首に痣が…」
「……っ、」
 
 ダミアン様に掴まれていた腕が少し赤くなっており、そんなわずかな痣をアーネスト様は優しく撫でてくれる。

「……っ!こっ……婚姻?婚姻と言ったな今!!ほら見ろ!貴様……やっぱり下心があったんじゃないか!!俺とクラウディアの仲を引き裂いて、自分が後釜に座る気満々だったんだろう!嫌らしい男だ……!お、お前は……卑劣で……薄汚い男だ!!」

 後頭部を押さえながらヨロヨロと上体を起こしたダミアン様がアーネスト様を見上げ、睨みつけながら叫んだ。鼻血が出ている。
 アーネスト様を侮辱するような口ぶりに、私は思わずカッとなった。

「アーネスト様を愚弄するのは止めてください!彼のどこが卑劣だと言うの?!ただ私の心を慰め、大切にしてくださっただけですわ!優しくて、紳士的で、素敵で……、だから私はアーネスト様を好きになったのよ!!あなたなんかとは大違いよ!一緒にしないで!!…………はぁ、……はぁ……。…………。………………ハッ」

 ふと我に返った途端、顔から火が噴き出しそうなほどの恥ずかしさが襲ってきた。

 わ……私ったら…………、はしたなくも大声で……感情剥き出しにして……叫んでしまった…………。

(……しかも、ものすごく大胆なことを言ってしまったような…………)

 愕然とした顔で口をあんぐりと開け私を見上げているダミアン様から目を逸らし、おそるおそる後ろを振り返る。

 居間の入り口に立っていた両親もまた、口をあんぐりと開け私を見ていた。侍女たちは目をキラキラと輝かせて胸の前で指を組んで私を見つめている。

(……き…………消えたい…………)

「クラウディア」

 羞恥のあまり気を失いそうな私を支えるように抱き、アーネスト様が私の熱い頬に手を当てた。

「……ありがとう。この世に私ほどの果報者はいない。幸せだよ」
「………………っ!」

 アーネスト様のその微笑みに、私の体はますます熱を帯びもう倒れてしまいそうだった。

「ダミアン・ウィルコックス伯爵令息」

 たった今私に向けた優しい笑みとは打って変わった冷たい瞳でダミアン様を見下ろすと、私の腰を抱いたままアーネスト様は言い放った。

「私が王国騎士団の騎士だということを忘れたか。これ以上この屋敷で騒ぎを起こすつもりならば、このまま連行するぞ」
「…………く…………っ!」

 ダミアン様はギシッ…と歯ぎしりすると、私を見つめ突如眉を下げ情けない顔をした。

「ク、クラウディア……、頼むから、助けてくれよ……!お前に見捨てられたら、お、俺が、どうなるか分かってるのか……?!勘当されてしまったら、もう俺は……俺は、生きていけないんだぞ…………う゛ぅぅ……」
「…………。」

 急遽泣き落とし作戦に変更したらしい。たしかに、アーネスト様に簡単に投げ飛ばされて尻もちをついたまま鼻血を垂らして私に懇願する姿は、あまりにも情けなく憐れではあるけれど。

 私はアーネスト様にきゅ、と抱きつくと、彼を見下ろしてきっぱりと言った。

「自由を謳ってこれまで私をないがしろにしてきて、私の気持ちをここまで変えてしまったのはあなたですわ。もう私があなたの元へ戻ることはありません。お帰りになって」

 もうどうにもならないことをついに悟ったのだろう。私を見上げるダミアン様の顔は絶望の色に染まったのだった。




 
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