上 下
25 / 39

25.深まる関係

しおりを挟む
「……ふ…、やはりよく似合っている。つけてきてくれてありがとう、クラウディア嬢」
「こっ……こちらこそ……っ。こんな素敵な贈り物……。感激しましたわ。ありがとうございます、アーネスト様」
「……。」
「…………?あ、……あの……?」
「…………今日もとても綺麗だ」
「っ?!…………そっ…………!……ぁ、……ありがとうございます……」


 あれから何度かの手紙のやり取りをして、今日はアーネスト様と二度目のお出かけ。
 待ち望んでいなかったと言えば、嘘になる。




 あの楽しかったお出かけの夜。
 一日の思い出と素敵な贈り物にすっかり興奮してしまって、少しも眠れなかった。男性からあんなロマンチックな演出をしてもらったのは初めてだったから。あの日以来、アーネスト様のことが頭の中から一時も離れない。

(私ったら……なんて単純なのかしら。私は既婚者なのよ。あちらは深い意味なんてなくて、ただ一緒にお食事を楽しんでくださっているだけなのに。アーネスト様が紳士で気が利いていて素敵な男性だから、あんなロマンチックな贈り物をしてくれただけ。それなのに、いつまでもこんな浮ついた気持ちでいるのは、逆に失礼よ。私のバカ……)

 必死で自分を戒めてみても、アーネスト様が頭の中から出て行ってくれない。

 素敵な男性から大切に扱われて優しくしてもらえることが、こんなにも嬉しいことだったなんて、今まで知らなかったから……。

 ダミアン様は私に贈り物をくださったり、私を褒めてくれたことなんて一度もなかった。子どもの頃にダミアン様の妻になるのだと聞かされた日以来他の男性の存在を意識したことのなかった私にとって、アーネスト様と過ごした一日はあまりにも新鮮だった。

(……ううん。それが何よ。自分の夫と他の男性を比べるなんて、そもそもおかしな話よね。私の夫はダミアン様なんだから。アーネスト様は、ただのお友達…)

 何度も自分にそう言い聞かせてみても、夫が女性を伴って帰宅したり夜帰ってこなかったりすることに対して、以前ほど苦しい気持ちがなくなってきていることも確かだ。ここ数ヶ月、ずっと泣いてばかりの結婚生活だった。だけど今は違う。
 もう以前のように無理して夫とコミュニケーションを取ろうと頑張ることもしなくなってしまった。アーネスト様の優しい眼差しと、ダミアン様の面倒そうな冷たい眼差しとはあまりにも違いすぎた。

(これが、お互い自由に生きるということ…。ダミアン様が望んでいることなのよね)

 それならば、もういいわ。夫の何かが変わるまで、私もこうして気を紛らわせながら日々を過ごしていけばいい。

 ついこの前まであんなにも苦しんでいたというのに、今の私はあっさりとそんな風に考えるようにまでなってしまったのだった。





「わぁ…!本当に綺麗ですね、アーネスト様。見てください、これ……!何て繊細なんでしょう」

 アーネスト様が連れて行ってくださった素敵なレストランで昼食をとった後、私たちは街の一角にできた異国マーケットに足を運んでいた。

 年に一度だけこの辺りに開設される異国マーケットは、他国からやって来た商人やお店のオーナーたちが通り沿いに簡易的な店を出して様々な品物を並べては皆の目を楽しませている。私は子どもの頃に母と見に来たことがあるくらいだ。王立学園に通うようになってからは婚約者や恋人とデートで行っている人たちが何人もいて、よく話を聞いては羨ましく思ったものだ。私もダミアン様と来てみたかったけれど誘われることはなかったし、いつも他のご友人方と一緒にいる彼に声をかけることもできなかった。

「…ああ、確かに。これは素晴らしい職人技だな。見事なものだ」

 ガラス細工をたくさん並べている店舗の軒先を覗き込みながら、アーネスト様も感心している。
 たくさん並んだ精巧なガラス細工は本当に美しかった。様々な色がつけられた香水瓶に、動物や植物をかたどったもの、妖精や天使のモチーフのものなど見ていてちっとも飽きない。

「どれが気に入ったんだい?」
「そうですね…どれも素敵で……。でも一番はこれかしら。ほら、この二羽の小鳥、見てください。…可愛い」

 私が特に惹かれたのは、小さな二羽の小鳥が向かい合って互いを慈しむように羽を触れ合わせているものだった。淡い水色で色付けられていてとても綺麗だ。

「では、これを包んでくれるか」
「はい、かしこまりました。ありがとうございます」
「っ?!…え?!」

 アーネスト様は躊躇いもなくお店の女性に声をかけ、二羽の小鳥を買ってしまった。

「ア、アーネスト様っ?!いえっ、違……っ、か、買ってほしかったわけではなくて……っ!」
「いいじゃないか。私がプレゼントしたいんだ。君の部屋に飾ってくれたら、きっと見るたびに今日のことを思い出すだろう?」
「……っ、ア……アーネスト様……」

 優しい言葉に胸がいっぱいになる。頬が火照ってきて、私は慌てて目を逸らした。



 マーケットは人通りが多く、私は人並みに揉まれそうになりながらアーネスト様の隣に並んで頑張って歩いていた。

「あっ!ご、ごめんなさい……」

 すれ違う人と強めに肩がぶつかってしまって慌てて謝る。本当に、自分の鈍くささが嫌になる。

 その時、アーネスト様がごく自然に私の右手を包み込むようにぎゅっと握った。

「っ!!」
「…はぐれてしまわないように。もっと傍にくっついていて」
「………………はい……」

 私を振り返って優しく微笑むアーネスト様のお顔があまりにも素敵で、心臓が口から飛び出しそうだった。頭がクラクラする。足が宙に浮いているようだった。きっと私の体中どこもかしこもが真っ赤に染まっていたことだろう。





 その夜。
 私は部屋のテーブルの上に飾った二羽の小鳥を、いつまでもずっと見つめていた。月明かりに照らされた、小さな可愛い小鳥たち。

 甘く痺れるような胸の疼きを持て余し、何度も溜息をつきながら、いつまでもずっと見つめていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...