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13.アーネストの初恋(※sideアーネスト)

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 私は幼い頃から真面目で勤勉かつ、妙に冷めたところがあった。

 由緒あるグレアム侯爵家の二番目の息子として生を受け何不自由なく育っていた私は、幼少の頃より何人もの家庭教師を付けられたくさん勉強させられていたが、それを苦痛と思うことはほとんどなかった。
 8歳になる頃にはすでに将来のビジョンが自分の中で出来上がっていた。学園に通い、卒業したら王国騎士団に入団したいが、その傍ら領地経営にも参加して父や兄の仕事を手助けしようと。そのため子どもの頃から勉学のみならず武術にもかなり真剣に取り組んでいた。結果として文武両道と言われるほどの実力を身に付けることに成功した。

 しかし私は婚約に関してはどうしても前向きになれなかった。


「今日の茶会に来ていたあの子をどう思った?アーネスト。お前にずっと話しかけてきてくれていただろう。水色のドレスを着ていた…」
「ガブリエラさんよ。ヘイウッド伯爵家の…。素敵な女の子だったでしょう?」
「ちちうえ、ははうえ。ぼくはまだこんやくはしたくありません。将来ずっと一緒に暮らす人なら、もっとしんちょうに選びたいのです」
「…そ、そうか」


「……そろそろ決めないか、アーネスト。ノースモア伯爵家のソフィア嬢が、お前をいたく気に入ってくださっているようだぞ」
「リチャーズ家のフィオナさんもよ。…アーネスト、もう王立学園に入学する歳になったのよ、あなた。いい加減どなたかしっかりしたお家柄のお嬢さんと婚約してくれなくては…、私たちも心が休まらないわ……」
「……父上、母上。どうか急かさずお待ちいただけませんか。生涯の伴侶となる人は自分の目でしっかりと確かめてから見定めたいのです」
「…………はぁ……」


 こだわりの強い私の性格を持て余し、両親は困り果てていた。申し訳なく思うが、私はどうしても簡単に婚約する気になれなかったのだ。そもそも女性に対して恋愛感情を抱いたためしがない。いや、分かっている。貴族の結婚はそんな個人の感情でなされるものではないのだ。互いの家同士のメリットを最大限考慮して決められるのが普通なのだから。

 だが私はそのことを充分に理解しつつも、そのメリットを保った上でさらに互いに愛情を感じあえるような人との結婚を望んでいた。こだわりが強く簡単には女性に惚れることができない上に妙にロマンチスト、私はそういった面倒くさい人間に育っていた。





 そんな私が。

 出会ってしまったのだ。ついに。



 王立学園の入学式の日。私の目は彼女に釘付けになった。
 白い制服に身を包みしとやかに座っている、この上なく可愛らしい女性に。
 艶やかに波打つ金色の絹糸のような長い髪を、その美しい瞳と同じ色の深い緑のリボンで結んでいた。

「……………………。」


(か…………可愛い…………)


 あまりの愛らしさに思わず立ち止まって見つめてしまったほどだ。視線を感じたらしい彼女がふいに顔を上げた瞬間には私はそれより素早く目を逸らし何事もなかったかのようにススッと移動していたのでおそらく気付かれてはいない。それに、彼女を見つめているのは私だけではなかった。周囲にいた何人もの男たちが彼女にチラチラと熱い視線を送っていた。

(…………。ふ、馬鹿らしい。何を考えているんだ、私は。見た目が可愛らしいからといって、こんな風に浮かれて見つめるとは……。これではただの浅はかな男じゃないか)

 自嘲しながら式に列席した私だったが、その後彼女の、クラウディア・マクラウド伯爵令嬢のことを知るにつれどんどん深みにはまっていくことになったのだった。



 クラウディアは大人しい子だった。私の従姉妹のエレナなどはいつもたくさんの仲間に囲まれどこでも賑やかに過ごしていたが、彼女はそんな令嬢たちとは対照的にいつも一人か、もしくはほんの数人の友人らと静かに過ごしていることが多かった。物静かであまり声も聞くことがなかった。

 中庭や食堂で友人らと食事をしながら時折見せる笑顔。図書室で一人静かに読書をしている真剣な横顔。
 徐々に親しくなり、私が「遠慮せず気さくに呼んでくれ」と言った時に初めて私の名を口にしてくれた、その時の彼女の柔らかい声。

『アーネスト様』

 いつ思い出しても腰が抜けそうになるほど、あの時のクラウディアのはにかんだ笑顔は可愛かった。

 真面目でしとやかで、華奢で愛らしい。彼女を好きになって初めて私は自分の女性の好みというものを知ったのだった。

 なぜ今まで彼女の顔を知らなかったのか。いろいろ話していると、子どもの頃から同じ茶会の場にいたりしたことは何度かあったようだ。おそらく私の周りにはいつも何人ものご令嬢方が集まってきては何かと話しかけてきていたが、クラウディアはそんな風にたくさんの子どもが集まってワイワイしている場に入っていくことができない性格だったため、離れたところで静かに過ごしていたからだろうと思う。



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