上 下
5 / 39

5.初めての笑顔

しおりを挟む
 おそるおそる、夫のご機嫌を伺いながらの新婚生活。
 根掘り葉掘り聞いてはいけないと自制しつつ、私はどうにかしてダミアン様との距離を縮めようと苦心していた。

 私はダミアン様のことを大切に想っています。少しずつでもいいから、心を通わせたいのです。

 その自分の思いが伝わるように、できる限りダミアン様に尽くそうとした。ご帰宅を楽しみにしているのだと意思表示したくてお部屋に花を飾ってみたり、お戻りになったらお茶を運んで会話のきっかけを作ろうとしてみたり。

 だけど私が何をしても、

「はは。そんなことしなくていいんだ。我々は建前の結婚をしただけなんだからな。君も窮屈だろう」

「食事なんか待っていてもらっても困るよ。俺は外で済ませてくることがほとんどさ。構わないでくれ」

と、軽く、時に冷たくあしらわれてしまうばかりだった。




 だけどある時、ダミアン様の机に積まれている書類を目にして私は思わず言った。

「……こ、……こちらの書類は…、お仕事のものですわよね?私、お手伝いさせていただきたいのですが……」

 嫌がられるかな、と怯えつつも、私は勇気を出した。もしも彼の仕事を手伝わせてもらえれば、会話をするきっかけも大いに増えるだろうと思った。結婚以来少しずつここに書類が溜まっていっているのも気になっていた。

 すると今までほとんど私の顔さえ見なかったダミアン様が、驚いたような表情で私を見つめたのだ。真正面から目が合って思わずドキッとする。

「……いいのかい?手伝ってもらえたら、そりゃ俺は助かるけど」
「もっ、もちろんですわ。……だ…」

 だって私は妻なのですから。

 そう言いたかったけれど、嫌な顔をされるかもしれないと思うと口に出すことができなかった。私の返事を聞いたダミアン様は結婚以来初めて見るような素敵な笑顔で言った。

「ありがとうクラウディア。君は頼りになるな」

(…………っ!)

 叫びたいほどの喜びが胸を震わせる。よかった。やっとダミアン様に喜んでもらえたわ!やっと笑ってもらえた……!

「まだ全然目を通していないんだが、おそらくほとんどは領地内の農園やら何やらの決済関係の書類だと思うよ。君の判断で出来そうなことはどんどん片付けてくれて構わないから。サインするだけのやつなんかも適当にやっておいてくれ」
「はい、分かりました」
「それからこの辺りに積んである方がたぶん急ぎなんだよな。あとこっちは……」

 すぐそばまで来て書類を見ながら指示を出すダミアン様の言葉を真剣に聞きながらはい、はい、と返事をする。ようやく夫婦として心を通わせるきっかけができたのだ。ここで失敗するわけにはいかない。幸いにも話を聞いた限り難しいものはほとんどないように思えた。

「はい、だいたい分かりましたわ、ダミアン様。後は私がやれる限りやっておきますので」
「よかった!俺は良い妻を貰ったものだ。助かるよクラウディア」
「い……いえっ……」

 結婚以来初めての、夫の温かい視線と優しい言葉。私は天にも昇りそうなほどに喜びを感じ、胸がときめいた。頬が熱を持ち、心臓が大きく高鳴る。

「じゃあ、悪いんだが俺は人と約束があるからちょっと出かけてくるよ。後は任せたよ」
「……っ!は……はいっ……」

 そう言うとダミアン様はさりげなく私の頭をそっと撫でたのだ。そしてニコリと微笑むと、そのままお部屋を出て行った。

(よかった……やっと夫婦らしい会話ができたわ……!)

 ほら。やっぱりこうやって少しずつ距離が縮まっていくものなんだわ。簡単に諦めてしまわなくてよかった。こうして彼を助けてさしあげていれば、きっともっと私に心を開いてくださるはず。居心地の良い家を作れば、もっと屋敷にいてくれる時間が増えるのかもしれない……。

 希望に胸を弾ませながら、私は目の前の大量の書類を見てひそかに気合いを入れたのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

(完)婚約解消からの愛は永遠に

青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。 両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・ 5話プラスおまけで完結予定。

処理中です...